００９　プール

「あーっ!!　もうっ。篠宮さんてばまたこんなとこに痕つけてるーっ !!」
　平和なはずの夏休み。篠宮家の朝は啓太くんの叫び声からはじまる。
「どこだ。ちょっと見せてみろ」
「ほら。ここんとこ」
　啓太の指し示す場所を篠宮がのぞきこむと、左の脇腹から背中よりの場所に、まだ鮮やかさをとどめたいくつもの花びらが散っていた。
「これでまたプールに行けなくなったじゃないですかあっ !!」
「すまない。そこはおまえのいいところだから、つい……」
「もう……。今度こそって、俺、すっごく楽しみにしてたんですよ？」
「だからすまない、と……」
「謝ってもらってもプールに行ける訳じゃないです……。くすん」
　ぷっと頬をふくらませて上目遣いに自分を見る啓太に、篠宮が生真面目に頭を下げた。
「……そうだな。おまえの楽しみを俺が取り上げていい道理はないな。本当に申し訳なかった」
「え？　あの……。篠宮、さん !?」
　驚いたのは啓太の方である。ほんのちょっと甘えた気分で拗ねてみせたかっただけ。確かに楽しみにはしていたが、謝ってもらおうなどとは考えてもいなかったのだから。
　いつまでたっても頭を上げようとしないその端正な姿を見つめるうちに、啓太の心の奥が反応したようだ。自分でも意識しないまま、啓太は篠宮に抱きついていた。
「おっ！　おい、啓太…… !!」
「どうせプールに行けないなら、行けないついでです」
「……。そうか……。だったら今度はおまえが俺に痕をつけるといい」
「え !?」
「それでおあいこだろう」
　こんなところでも生真面目な恋人に、啓太が小さく噴き出した。
「もう……。篠宮さんの、馬鹿……」
「どうする。ベッドに行きたいか？」
「……ううん。ここでいい……」
　思いっきり甘えた声でそう言って、啓太は篠宮の背に回した腕に力を入れた。

　こうして啓太くんは８月中、ただの一度もプールに行けなかったのです。でも新学期。ほとんど日焼けらしい日焼けをしていない啓太くんに、学内の誰もが不思議だとは思いませんでした。
　だって啓太くんは新婚さんなんですから。