011 シーツ |
中嶋家では住人がふたりになると毎朝シーツのお洗濯をします。なにしろ新陳代謝の激しい青少年がふたりで使っているのですから、前夜に何もなくてもお洗濯をする方が賢明といえるでしょう。そして何かあった場合は、絶対にお洗濯をしなければなりません。大人4人でも寝られそうなくらい大きなベッドの大きなシーツは、丸めて置いておくだけでも邪魔っけなのです。 中嶋氏がお洗濯をするときは全自動の洗濯機に入れてボタンを押すだけです。乾燥機つきなのできれいに乾かしてもくれます。中嶋氏らしいお洗濯といえるかもしれません。 一方。啓太くんはお日さまにあてて洗濯物を乾かそうとします。これはもちろん、寮長だった篠宮さんの影響です。中嶋氏からは無駄に時間を使わないよう何度も言われているのですが、どうもこれだけはやめられないようです。 今日もいいお天気。お洗濯日和です。啓太くんはさっそくシーツを洗濯しました。昨夜はたっぷり泣かされたので、変なしみが残らないよう、念入りなチェックも忘れません。キングサイズのシーツは干すのも一苦労なのですが、最近はとても手際がよくなってきたようです。ぱんぱんとしわを伸ばしながら干していると、お隣の奥さんが声をかけてきました。 「あらあら。啓太くん。がんばってるわねえ」 「あっ。おはようございます」 「はい。おはようございます」 お隣の奥さんは子供がいない所為か若く見えるのですが、じつはもう46歳。啓太くんのお母さんより年上です。なのにこの奥さんときたら、どうも中嶋氏に興味があるようなのです。今のところ大丈夫そうだとは啓太くんも思っていますが、その根拠が「隣の家の人妻に手を出してもメリットはない」という中嶋氏の一言だけなので、ちょっと弱いかとも思っているのです。 王様によると高校時代の中嶋氏は「女子大生専門」だったそうです。それは単に、相手が年上の方が後腐れなく遊べるからだったのですが、啓太くんにとっとそれは、年増好みと限りなくイコールで結ばれているのです。だからもし「あんなババア、頼まれても手など出さん!」と真っ向から否定したとしても、それはそれで信じてもらえなかったに違いありません。きっぱり否定しすぎるところがかえってアヤシイと思ってしまうのです。中嶋氏にすれば不本意きわまりない誤解でしょうが、自業自得なので、今は放っておきましょう(笑)。 さて。そんな訳もあって、啓太くんはこの奥さんが苦手です。でもそれだけが理由ではありません。このオバサン、中嶋氏に興味があると言うだけあって、こと中嶋氏に関する限り、みょ〜なカンの良さをみせてしまうのです。今日もほら。こんなふうに……。 「啓太くんてば偉いわねぇ。毎日中嶋さんのシーツ洗ってあげてるのね」 「え゛」 「たまには自分のシーツも洗わなきゃだめよ?」 バレてる?……(汗)。と、啓太くんはむちゃくちゃ焦りました。洗っているのが中嶋氏のシーツばかりで、啓太くんのは洗っていないのが、どういう訳だかお見通しなのです。もしかしたら一緒に寝ているのまで知っているかもしれません。啓太くんの脳裏に、バルコニーでコトに及んでしまったあの夜やこの夜のことが浮かんでは消えて行きました。 でもどうやら相手はごくごく真っ当な常識を持った人間だったようです。そんな腐女子的発想など微塵も見せず、隣の奥さんはこう言いました。 「まあねえ。中嶋さんほどいい男なら、女の子も日替わりで来るんでしょうけど……。高校生なら気になって洗っちゃうのも無理ないかしらねえ」 「そっ、そうなんです……っ。気になるんですっ! だからついつい、洗っちゃうんですっ!!」 勘違いしてくれたのを幸いとばかり、啓太くんはブンブンとすごい勢いで首を振りました。それがあまりに必死だったので、お隣の奥さんは驚いてしまったようです。少しの間、啓太くんの顔を見ていたかと思うと、なんとも気の毒そうな笑みを浮かべました。 「まあね。啓太くんも大人になったら分かるわよ」 我に返った啓太くんは、自分ちのお洗濯を干しはじめた奥さんには聞こえないくらいの小さな声で、「……はい」と呟いたのでした。 このことがあってからというもの、啓太くんはシーツに限り、乾燥機で乾かすようになりました。そんな理由があったなんて知らない中嶋さんは、頑固者の啓太くんの心変わりに、しばらく首をひねったということです。 |
いずみんから一言。 こんな大きなサイズのベッドなど、高校生はまず使いません。 中嶋家の家族構成さえ知っていれば、誰もが中嶋氏のシーツだと言うに違いないと思います。 でも後ろ暗い(笑)ところのある啓太くんは、そんなところまで気が回らなかったのでした(爆)。 ネーミングを募集していたお隣の奥さんの名前は「小松崎沙織」さんに決定いたしました。 応募くださったKさま。有難うございました! |