013 桃 |
それは7月に入ってすぐ。2年生がBL学園名物である恐怖のサバイバルキャンプ ―― スーパーやコンビニはおろか電気ガス水道さえない場所で、完全自給自足の一週間を送る ―― に出かけてしまい、ただでさえ広いBL学園がよけいにがらんとしてしまった感じのするある日の午後のことだった。街から戻ってきた滝俊介は、偶然を装って練習帰りの成瀬由紀彦を呼び止めた。 「おっ、由紀彦やん。ちょうどええとこで会(お)うたわ」 「僕に何か配達?」 「いや。お届け物とはちゃうねんけどな。……ちょっとこっち来(き)」 滝は成瀬の袖を掴んで、木陰のベンチへ連れていった。 「なんだよ。こんなところへ」 「まあ、ええからええから」 不審さを隠そうとしない成瀬をいなしながら、滝は背負っていたデイパックをおろすと、中から小さな包みを取り出した。そして厳重なまでの包装を、もったいぶった手つきで解き始める。 「いつまでたっても卒業してしもた恋人のことを忘れられん少年Aのことを、これまたいつまでも想いつづけてる少年Bがいてるやろ」 「何だよそれ。僕のことかい?」 「まあまあ。……そいでな、俺今日ちょっと、チャリのパーツ買いに街へ出たんやけどな、駅前のファッションビル知っとうやろ。あそこの地下の高級フルーツ店で、これ見つけたんや」 そういって大事そうに滝が差し出した手には、白桃がひとつ乗っていた。 「桃?」 「これなあ、10個入りで8600円もするやつやってん。高級やろ? せやけど1個にしてんかっちゅうて交渉して、1個買うてきたわけや。キャンプに行かれてしもて、顔さえ見られんようになってしもた可哀想なお人のためにな」 「だから桃と僕と、どういう関係があるわけ?」 「よう見てみ」 眼の前に突き出された桃を、成瀬はしかたなしに眺めてみた。10個8600円というだけあって、確かに少々大きめの桃ではある。が、これが自分とどう関係があるのかはわからなかった。 「ほんまにわからへんのんか?」 「わからないね」 「この辺のこのライン」 滝の指が桃の丸みをすべるようにたどっていく。 「眼鏡の恋人を忘れられん誰かさんのケツに、どことのう似とう気ぃせえへんか?……ちゅうても俺はそないにはっきり見とう訳やないけどな。たまーに風呂で会えるんを心待ちにしとる少年Bの眼には明らかとちゃうかなー、と」 桃の実の谷間に指がすべりこもうとした瞬間、成瀬の手が滝から桃を奪い取った。 「わかった。いくらだい」 「手数料と消費税込みで1000円ぽっきりや」 「ちょっと高いんじゃない?」 「せやかて税込みで903円も払ろたんやし。……せやな。高い思うんやったらかまへんで。七条んとこ持っていくさかい。あっちやったら2000円くれるかもな」 成瀬は内心で舌打ちしながらも財布を取り出した。風呂につかって上気した啓太を思わせる、こんなに愛らしいピンクに染まった桃を、誰かの手に委ねるなんて。それはまるで犯罪だと思った。 「いい商売してるね」 「へっへっへ。毎度おおきに」 ちょろいもんや。790円の儲けやな。ほんまにおおきに。 抱きしめるようにしながら桃を持って帰る成瀬の背中に、滝が小さく呟いた。 5分後。滝の姿は七条の部屋の前にあった。 「あんな。俺今日ちょっと、チャリのパーツ買いに街へ行ったんやけどな……」 |
いずみんから一言。 PS2を買ってきました。土曜に成瀬さんルートをやり、日曜に俊介ルートをやりました。 すると月曜にはこれができていました(笑)。しかし俊介が 喋ってるのは、大阪弁じゃなくて神戸弁。ま、深くは追求しないでやって下さい〃 |