056 シルバーリング




 久しぶりで西園寺さんと出かけた。といっても、注文していた本を取りに、街の書店まで行っただけなんだけど。
 春休みから四月にかけてっていうのは、のんびりできるのかと思っていたら大間違いで、実はむちゃくちゃ忙しかった。何しろ西園寺さんや七条さんが夜の七時頃まで仕事をしているのだから、それだけでもいかに忙しいかがわかろうってもんだ。三年生が卒業したあと、俺は当然のようにそのまま会計部の手伝いをつづけるつもりでいたのだが、西園寺さんの「がさつさだけが丹羽並で、能力は半分以下の人間が就任したら鬱陶しい」の一言で、おこがましくも俺が学生会長になってしまったのだった。
 学生会と会計部とでは忙しさの波もスケジュールも違うので、ふたりきりで出かけるのは、ホントに二ヶ月ぶりくらいのことになる。ときどき西園寺さんの部屋に泊まらせてもらったりはしてても、やっぱりふたりで出かけるのは特別だ。俺は自分でもよくわかるくらいに浮かれていた。
 書店で本を受け取ったあとは、季節もいいし、オープンテラスになっているカフェでシーフードのランチにして……と、今日の段取りを考えながら歩いていると、道端にアクセサリーを広げて売っているのが眼に入り、思わず足を止めてしまった。そこで扱っているのはどれもシルバーの、高くても三千円止まりの安いものばかりだ。でもそれを品定めしている、俺と同世代の恋人たちが、なんだかとても羨ましく思えてしまったのだ。
 西園寺さんとのつきあいに不満があるわけじゃない。そりゃ確かに俺が西園寺さんを抱く側になれたら、って思わないこともないけど、そんなのはつまらない些細なことでしかない。西園寺さんがこれ以上望むべくもない極上の恋人なのは、どう考えたって疑う余地はないのだから。
 だけど……。
 俺はその極上の恋人を手に入れるのと引き換えに、あんなふうな『普通の幸せ』を手放してしまったんだと、こんなときに思い知らされる気がするのだった。
「……太、啓太」
 肩に手を置かれて、マジで飛び上がった。ふりむくと眼の前に西園寺さんがいた。
「突然立ち止まるからどうしたのかと思ったら……」
 西園寺さんはかがみこんで、広げられた指輪を手にした。
「どうした。こんなものが欲しいのか?」
「あ……、と。欲しい、っていうか。あの……」
「立場上、わたしははめることはできないが、おまえが欲しいなら買ってやってもいいぞ」
「ええっ!? ホントですかあっ!!」
「わたしは嘘はいわない」
 ……だから西園寺さん。そんなとこで真顔でいわれると、どう返事していいのかわからなくなるんです、ってば……。
 当の西園寺さんは俺の当惑なんて気にした様子もなく、あれこれと指輪をとっかえひっかえし始めた。その様子が可愛くて、俺が両膝に手をついた中腰の姿勢で、西園寺さんの肩越しに眺めようとしたそのとき。西園寺さんが突然、何かに気づいたかのように指輪を放り出した。
「西園寺さん……?」
「何なんだっ、この値段はっ!?」
「値段、ですか?」
 慌ててプライス・カードに眼をやった俺は、2500円という値段を西園寺さんに告げた。
「だから、あまりに安すぎるといっているのだ。いくらシルバーでもそんな値段、あるはずがない。おおかたろくでもない紛い物に違いなかろう」
 だってそんな……。ちゃんとしたものなら、そもそもこんな路上で広げて売ったりしてるはずないのに。ほら。店の人だって、腹を立ててるっていうより、あきれた顔でこっちを見てるよ。
「わたしは自分の大切に思っている人間に、こんなニセモノは買えない。いくぞ啓太。たしか向こうの通りにジュエリーショップがあったはずだ。そこならもっとちゃんとしたシルバーリングがあるだろう。シルバーで気に入ったのがなければ、プラチナでもいいぞ」
 西園寺さんは俺の手を掴むと引き摺るようにしてその場を離れた。そこにいた女の子たちの好奇心たっぷりの視線と、何とも形容しようのない黄色い声は……、俺ひとりで受け止めた……ようだ。
 ま、いっか。これって西園寺さんがご機嫌な証拠なんだし。
 でもこんなのが気にならなくなってきた俺。なんだか最近、自分で自分がちょっとコワイ……。





いずみんから一言。

プレステ版西啓ルートをやっていて、「このあと俺がしっかりしなくちゃいけないのに」
という啓太の悲壮なまでの(?)決意に、大笑いをしてしまいました。
その気分のままワードを起動させたら、これが出来上がったという次第。
機会があったら「西園寺さんに膝枕してもらっている啓太を王様が目撃してしまった」
っていうのも考えてみたいと思います。

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