063 先生




 入学式をはじめとして、ガイダンスだのオリエンテーションだのといった一連の儀式のような数日が過ぎた最初の日。つまり大学の講義がはじまった日のこと。たまたま必修科目ばかりが並んだ時間割だったため、啓太たち新入生は同じ顔ぶれの集団で、ぞろぞろと教室の移動を繰り返していた。
 最初はぎごちなかった彼らも、同じメンツばかりとなれば、そのうちに話をするようになる。うちとけるというにはまだまだだったが、なんといっても初日である。「さっきの講義。何あれ。お経かと思ったよ」でも「いや〜。意外なくらい美人の助教授だったよな?」でも何でもいいのだ。友情も恋愛も信頼も、すべて最初は他愛ない一言から始まるのだから。
 さて。何十人もの人間がいれば、必ずそこにはおちゃらけたお調子者が存在する。BL学園の卒業生が、せっかく合格した東大を振ってまで入学するような大学でも、それは例外ではなかったようだ。これまたぞろぞろと昼食をとりに行った学食で安いだけが取り柄のB定食をかっこみながら、進学を機会にひとり暮らしをはじめたらしい男が、おもしろおかしく今の悩みを語っていた。
「だからさ、もうこれで親の目は気にしなくていい訳じゃん。カノジョにお泊まりに来てもらうのも、ぜんっぜんオッケーってことなんだよな?」
 そうそうと、何人かが頷きやあいづちを返した。
「でさ、部屋の最終チエックとかした訳よ。お泊まりさせる秘訣は警戒心を抱かせないことだからさ。ところがなんだよ。いざカノジョを呼ぼうと電話を出したところで、手が止まっちゃったんだなあ」
 枕がひとつしかないんだ。と彼は言った。お泊まりしてもらうにはやっぱり枕はふたつある方がいい。だが最初からふたつあると警戒させてしまうだろう。ヘタをすると別に女がいるんじゃないかと疑われかねない。そうなると逆効果になってしまう。
 まだ共通の話題をもたない彼らにとって、これは絶好の時間つぶしとなった。
 議論は百出した。その日はどっちも枕なしで寝て、翌日、一緒に彼女の枕を買いに行く、というのがいちばん良さそうな意見に思えた。が、そのとき。ただにこにことみんなの意見を聞いているだけの啓太に、誰かが話を振った。可愛い部類に入る顔立ちとは思うが、取り立ててイケてるようには見えない啓太である。彼女がいなくて経験がなく、加わりたくても話に加われないのだと思い込んで、わざわざ啓太に話を振ってやったのだった。
「伊藤……だったっけ。おまえはどう思う?」
「え、俺?」
「ああ。もっといい意見ないか?」
 啓太に話を振った本人もそして周りの人間も、啓太が意見をいうなどと考えてもいなかったのに違いない。だが啓太は考える間もなくそれを口にした。
「枕なんてあっても使わない方が多いからなあ。今ある枕は自分で使って、彼女は腕枕してあげればいいんじゃない? うちではそうしてるよ?」
―― うちではそうしてる……!?
 自分がどんな爆弾を投下したか、当の啓太にはまったく何の自覚もなかったのだろう。そこにいた全員が凍りついたように固まったことにも気がつかず、啓太は先刻までと変わらぬ表情で笑っていた。

 この翌日。啓太には本人の知らないところで「先生」というあだ名がつけられていた。
 最初は「師匠」だったらしいがあまりに雰囲気とそぐなわず、妥当な線に落ち着いたようだ。
 そんなことなど知らない啓太は、もちろん今日も中嶋の腕枕で、安心しきって眠っている。





いずみんから一言。

はい。ということで「ちょっぴり天然・啓太くん」でした(笑)。
伊住的には腕枕というよりも、啓太くんが中嶋氏のお腹あたりに抱きついて
寝ている方がしっくりくるのですが、それはさて置き。
彼にしてみれば、一緒に寝るときは必ずと言っていいくらい中嶋氏の腕枕で
寝てるわけなので、それが普通だと思っているのです。
もしかすると世界中のお泊まりカップルがそうやって寝ていると信じこんで
いるかもしれません。
その場合、信じるように誘導(笑)したのは、やはりあのお方なのでしょう。
中嶋氏ってじつはとっても可愛いヤツなのでした(笑)。


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