065 世界が終わるまで |
いつの頃からだろう。俺が「覚悟」を決めたのは。 覚悟? いや。「悟り」かもしれない。あるいは「腹をくくった」か。 中嶋さんと日々暮らしていると嫌でも気がついてしまうんだ。あの人と俺とが違いすぎるっていうことに。そして一緒にいる時間を計る単位が週になり月になり、幾度もの年になった今では、もうそれは動かしようのない事実として俺の前に立ちはだかっている。 だから。ねぇ中嶋さん。俺、覚悟ができてるんですよ。 たとえ今のこの瞬間、あなたから別れを告げられても、俺は笑顔でそれを受け入れることができる。今まで有難うございましたといって、この部屋から出て行けるよ。それでも死ぬ間際に、なんていい人生だったんだろうって思うんだ。 そのために俺は、ただの一秒も無駄に過ごしていない。何気ない会話のひとつひとつ。どうってことのない毎日の繰り返しが、こんなにも大切でいとおしいのだから。 今もそう。ブランデーの香りを楽しんでいる貴方の横顔を、俺は脳裏に刻み付けている。 「どうかしたか?」 気づいた中嶋さんが俺を招き寄せる。逆らわずに俺は中嶋さんの腕の中に絡め取られた。「覚悟」を自覚したときから、俺は中嶋さんに隠し事はしないって決めた。だから今の気持ちも正直に伝えた。 「こんなにしあわせな日々がいつまでつづけられるのかなぁって」 「そうだな……。未来永劫といってやりたい所だが、残念ながらそこまでの自信は俺にはない」 うん。そうだよね。今まで一緒にいられたことの方が奇跡に近いんだ。俺ひとりがどんなに想いつづけても、しかたがないことだってあるんだよね……。 無理して笑ったけど、ちょっとわざとらしくなったかもしれない。中嶋さんの大きな手が俺の頬を包みこんだ。それがひんやりして気持ちよかったから、今度は本当に微笑むことができた。だって今俺に触れているのは中嶋さんだから。この時間が未来永劫つづかなくても、少なくとも今この手は俺のものだよ……。 「だから世界が終わるまで程度で我慢してくれ」 中嶋さんはそう言って悪戯っぽく笑った。だから俺もそれに応える。 「じゃあ俺も世界が終わるまで、中嶋さんと一緒にいますね」 「駄目だ」 「えっ。どうして……?」 「おまえは未来永劫、俺のものだ。たかだか世界が終わったくらいでリタイヤするのは許さん」 ホントにもう……。勝手な人なんだから。 苦笑しながら俺は、このしあわせな光景をまたひとつ、記憶のアルバムに貼り付けたのだった。 |
いずみんから一言。 自分で書いておきながら、読み返してみて砂吐きそうになりました。 (あ。ちょっと待て。「砂吐きそうに甘い」って他所でも通じる比喩だろうか?) それはさておき。すみませんが、どなたかこいつらを何とかしてください……!!) |