068 祈り |
「だーっ、もう! いいかげんにしろよ」 たまりかねたように丹羽が言った。 「おまえは動物園の熊かよ?」 すぐ隣にいる篠宮は、クソ真面目な顔で駄目出しをする。 「違うな。これはどちらかと言えば、分娩室の前で待っている父親だ」 今日は啓太の入試の日で、しかも本命の2次試験だ。篠宮は前日から丹羽の部屋に泊まり込んで啓太に手作りのカツサンドを弁当に持たせ、丹羽は受験生に人気のスナック菓子を差し入れた。もちろん学業成就のお守りつきだ。自分たちが受験のときにしてもらったから。というのはもちろん建前で、彼らだって啓太が可愛いのである。そして送って行った中嶋が帰って来るのを見計らって部屋を訪れ、こうして時間が過ぎて行くのを待っている。 その中嶋が、である。少しもじっとしていないのだ。何をしはじめても5分と続かず、気がつくとうろうろ歩いている。 最初のうちは丹羽も篠宮も内心で苦笑をかみころしつつ、微笑ましい思いで眺めていた。あの沈着冷静を絵に描いたような中嶋が、啓太の受験というだけで落ち着きを失い、所在なさげに歩き回っているのだから。 だがそれが数時間も続けば話は別だ。視界の端をチラチラする鬱陶しい虫と何ら変わりはない。 「そんな気になるんだったら、神社でも教会でも好きなとこ行ってお祈りでもしてこい」 「同感だ。少なくともここでうろうろしているよりは、よほど建設的かつ健康的だ」 世の中には「苦しいときだけ神頼み」という言葉がある。たが徹底した無神論者であり、祈ろうと思ったことさえない中嶋には、そういう選択肢などありえなかったのだろう。丹羽のことばに眉をひそめたまま、不思議そうに見返している。 「何だよ?」 「そんなところで何をするというんだ?」 この瞬間。丹羽も篠宮も悟ったのだった。祈りの言葉を持たない中嶋にとって、ただうろうろと歩いている、まさにそれこそが「祈り」そのものであったのだと。誰かを案じる心の発露が祈りというものの原型であるのなら、今の中嶋はどんな聖職者にもまねのできない祈りを捧げているに違いないのだ。答案用紙に向かっている啓太には、信じてもいない神の前での空疎な言葉より、こうやって歩き回ってもらっている方がよほど助けになるだろう。 「……そうだな。何もすることはないな」 「俺らが悪かったよ。好きなだけ歩き回ってろ」 ふん。と鼻を鳴らして中嶋はソファに腰をおろした。それが何分続くのかは、神様だけが知っている。 |
いずみんから一言。 2年半ぶり(笑)のお題は、前作 「秘密」 に引きつづき 「ちょっと可愛い中嶋さん シリーズ」 第2弾となりました。 一応、神社にお守りはもらいにいってるんですよ。 勧められるままにお祓いもしてもらったんじゃないかと思うんですけどね。 でもこういうところでつながらないのが、中嶋氏の中嶋氏たる所以なのでしょう。 ホント。不器用なお方です(笑)。 |