077 お兄ちゃん




「お兄ちゃん、あれ、いったいどういうことよ!!」
 携帯電話のボタンを押したとたんにあふれ出てきた朋子の声。理由はわかっている。俺の眼の前で、満面の笑みを浮かべながら新聞の写真に見入っているこの人が原因だ。
 昨日行われたベルカップ決勝戦。観ているこっちが辛くなってしまうくらいの試合で、居ても立ってもいられなくなった俺は、思わずフェンスにかじりついて声援を送ったのだった。それがよかったのかどうか、成瀬さんは見事に優勝して国内ランキング一位の座につくことができた。
 そこまではよかったのだけど……。
 勝ったとわかって、思わずそこにへたりこんでしまった俺を、駆け寄ってきた成瀬さんが報道陣の前に連れ出し、そして。ああ。思い出しても恥ずかしい。成瀬さんのくちびるが俺のに触れたと思った瞬間、一斉に切られるシャッター音に包まれていたのだった。
 今日の新聞のスポーツ面はそればっかりだ。普通紙でさえこれなんだから、スポーツ新聞は考えるのも恐ろしい。学園の寮でスポーツ新聞を取っていなかったのを、密かに感謝した。でもきっと今頃、俊介が買いに走ってるんだろうけど。今日の成瀬さんなら、一紙千円でも買うに違いない。
 そんなことはおいておいて。ここまで派手に報道されてしまったら、絶対、うちの家族の眼にも入っただろうなと思っていた矢先にかかってきたのが、この朋子からの電話なのだった。
「お父さんやお母さんなんか、もうびっくりしちゃってて。BL学園から連れ戻そうかって、真剣に相談してるわよ!!」
「えっ!? それマジ? こまるよ、それ。ああっ、どうしよ……」
 どうしようと思ったところで、俺の電話は横取りされた。驚く俺にウインクしてみせる。
「もしもし? 君、朋子ちゃんだったっけ? 僕は成瀬由紀彦。君を悩ませてる相手だよ」
 成瀬さんがとっておきの甘い声で話し始めた。これで落ちない女の子はいない(はず)。まだまだ子供の朋子だってごまかされてくれるに違いない。一縷の望みをかけて、俺は成瀬さんの声に聞き入った。
「ごめんね、驚かせちゃって。実はあれ、僕がお願いしたことなんだ。……。うん、そう。あのね、僕ってマスコミから注目されてて、テニス雑誌なんかによく載ったりするんだよ。そうしたらちょっと買い物に行くのでも、女の子たちがキャーキャー言いながら後をついて来るんだ。勝手に写真撮られちゃったりとかするし。……。そうなんだ。ひどいったらありゃしないよね。このあいだも啓太とふたりで出かけたんだけど、ゆっくりお茶も飲めない始末でね、それで啓太に無理にお願いしたんだ。僕がゲイだって思ったら、女の子たちももう近寄ってこないだろうと思ったから。啓太はすごく嫌がったんだけど……。……。ああ君も啓太の妹だね。優しいところそっくりだよ。僕にも妹がいるんだ。今度紹介するよ。……。そんなことないよ。君ならきっといい友達になってやってくれるよ。ああそうだ。次の試合、チケットを送るよ。お父さんやお母さんと観に来て。ね。それから、お父さんやお母さんに、驚かせてごめんなさいって、君から伝えてもらえるかな。……本当にごめんね、チュッ」
 聞いているだけで顔が熱くなってくる声だった。成瀬さんの甘い声は知っているつもりだったけど。これはまた何とも……。これで朋子は大丈夫。そう思いながら電話を受け取った。
「あの。そういう訳だから、父さんたちにはお前からうまいこといっといてくれるかな?」
「……。わかった、お兄ちゃん。お父さんとお母さんは私が何とかする」
「助かるよ」
「だからお兄ちゃん」
「何?」
「エイズにだけは気をつけてね」
 女なんて。女なんて。女なんてぇぇぇぇぇーーーっ!!
 俺はいつまでも切れた電話を握り締めつづけたのだった。





いずみんから一言。

CDネタです。聴いてない人ごめんなさい。一応内容はフォローしてますが。
成瀬さんはヒデの次に好きなキャラなのですが、あまりにまっすぐすぎてSSになりません。
なんとか力技で持ち込んだものの、「短くシャープに」を目指しているお題としては長くなってしまいました。
ヒデなり七条クンなり、少々クセのある方が扱いやすいようです。

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