081 オモチャ |
中嶋さんちのお風呂はとても便利です。外から電話をして暗証番号を入力すれば、勝手にお湯張りをしてくれるのです。これだと出先でどんなに遅くなっても、家に帰ればすぐにお風呂に入れるのだから便利です。いかにも中嶋さんが好みそうな、無駄のないシステムです。 とある土曜日。啓太くんを連れて帰ってきた中嶋さんは、車を駐車場に入れたあと、その足で鈴木シェフのイタリアンレストランに食事にいきました。歩いてもそう遠くはないし、何より安心してお酒が飲めますからね。じつはハロウィン用のデザートを試作したので、啓太くんにモニターを頼まれていたのです。自分がお酒を飲めないからでしょうか。啓太くんは中嶋さんがお酒を飲む姿がとても好きです。どれだけ酔ってもほとんど変わらない中嶋さんですが、彼を包む雰囲気がほんの少しだけゆるむのです。まあいつものようにブランデーをロックで楽しんでいる訳ではないので、今夜はさほどの変化はなかったのですが。 それはさておき。日中はともあれ、少し冷えるようになった夜風に吹かれながら帰ってきた中嶋さんは、先に風呂に入るよう啓太くんに言いました。啓太くんはこのあと、中嶋さんと王様の出した課題を終わらせないと寝られないのです。冷えた身体を温めて、そして少しでも早く勉強に向かわせようという、中嶋さんなりの優しさでした。まあ……、早く終わってくれないとあれやこれやと楽しむこともできませんしね(苦笑)。 そんな訳で先にお風呂に入ろうとした啓太くんでしたが、お湯が入っているか確認するのにフタを開けたところ、あるモノと目があってしまいました。中嶋さんの手でピカピカに磨きあげられたステンレスのスタイリッシュなバスタブに浮かぶ異質な物体。それはお風呂のおもちゃの定番。黄色いアヒルだったのです。 「うん?どうした」 手を洗いにでも来たのでしょうか。フタをもったまま固まってしまっている啓太くんを見つけて、中嶋さんが聞いてきました。 「あの、これ……」 「ああ、それか。K太だ」 「えっ、俺?」 「違う。ケー太。アルファベットのKに太い」 「はぁ……。K太」 確かにそれは自分の名前とは違うような気もしますが、だからと言って「あ、なんだ。そうなんですか。だったら全然違いますね〜」と言えるほどではないのもまた確かなことでした。 「丹羽が見つけて買ってきたんだ。おまえに似てると言ってな」 「……」 似ていると言われても少々困ります。あっちは塩化ビニルでできた黄色いアヒル。こちらはまがりなりにも人間様なのです。端から見れば大きな目や髪の具合など、似ている部分はあちこちに見つかるのですが、当の本人はそんなところまで思い至るはずもありません。どうにも返事のしようもないまま、啓太くんはつぶらな瞳でこっちを見上げるアヒルと見つめあっていました。そんな期待通り、もとい予想通りの表情に内心でにやりとしつつ、中嶋さんは「確かにそっくりだった」と続けました。 「こいつときたら、俺が風呂に入るとまとわりついてくるんだ。追い払ったつもりなのに、いつの間にか胸元で浮いていたりする。どうだ。お前にそっくりだろう?」 たっぷりのお湯の中で身体を伸ばす中嶋さんと、ぷかぷか浮かぶつぶらな瞳の黄色いアヒル。その思いつきがアタマの中に像を結ぶより早く真っ赤になった啓太くんは「もー! 中嶋さんはアヒル禁止ですっ!」と叫んで、お風呂のドアを閉めたのでした。 |
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いずみんから一言。 「いいか? 今度から中嶋さんがお風呂に入ってきたら逃げるんだぞ?」 とアヒルに言い聞かせている啓太くんの姿が目に浮かびます(笑)。 彼にはアヒルをお風呂から避難させるという発想がないようです。 ホントにからかい甲斐のある子です(笑)。 王様が買ってきたこのオモチャ。 啓太くんをからかうためにあんなこと言ってるだけで、たぶん中嶋さんは今日はじめて アヒルをバスタブに入れたに違いない。 そう思いつつも、アヒルと一緒にお風呂に入る中嶋さんもまた似合ってるよなあと 思う自分がここにいます……(汗)。 |