083 ラヴ・ドラッグ |
無意識に手を伸ばしたマグカップは中身がすでに空になっていた。底がすっかり乾いているところをみると、飲みほしたのはずいぶん前のようだ。気づいた中嶋は時計に眼をやり、小さく息を吐き出した。すでに午前3時を回っている。つい夢中になって勉強しているうちに、思ったより時間が過ぎてしまっていたらしい。この分では啓太もすでに眠っているに違いない。 このところ、啓太は自室で眠ることが多くなっている。いくらデスクからは見えないとはいえ同じ部屋で自分だけが寝ていては、中嶋の勉強の邪魔になると思っているのだ。つまらないところで意外に頑固なところのある啓太は、何と言って聞かせようと中嶋がデスクに座っている限り、けっして同じ部屋で眠ろうとはしなかった。一段落つけば「言うことを聞かなかったお仕置き」をしなければならないだろう。 夢中になっている間は気にならなかったが、時間を見てしまえば疲れていることがわかる。これ以上続けても効率が落ちるだけだと判断した中嶋は、今日の勉強を切り上げることにした。デスクの上をざっと片付け、部屋の電気を落とす。そして啓太がベッドの上に出しておいたパジャマに着替えると、そのままベッドに入った。啓太がいないのは業腹だったが、こっちから出向いてやるのはそれ以上に面白くない。狭量だと笑いたければ勝手に笑えばいいのだ。 そんなことさえ考えつつ、闇の中で2度3度と寝返りをうち、眠りやすい場所や姿勢を探そうとする中嶋だったが、たった今までフルに使われていた神経はなかなか静まろうとせず、一向に眠りが訪れてこない。やがてそこでの眠りを諦めた中嶋は、不本意ながらもだだっ広いリビングを横切って啓太の部屋に向かったのだった。 フットライトの淡い光の中。白いシーツに茶色のくせ毛を散らして、啓太は眠っていた。広くもないベッドの、右側を大きくあけて。真ん中に置かれた枕に使ったあとがあるので、最初は普通に眠っていたのだとわかる。それが眠っているうちに、だんだんと端に寄っていってしまったのだろう。―― いつも中嶋と眠っているときのように。 自分のために空けられた場所に身をすべりこませた中嶋は、憮然とした顔を作りつつも啓太を抱き寄せた。途端に安堵感と充足感がわきあがってくるのがわかる。そして心地よい睡魔さえも。 それは麻薬のようなものだ。常習性が強く、一度知ってしまうと手放せなくなる「啓太」という麻薬。 もうとっくの昔に中毒になってしまっていたのだ。頭が認めていないだけで、体はこんなにも欲している。そして何よりもまず、心が求めていた。ほっと大きく吐いた息は、ため息だったのか、それとも ――。 中嶋は啓太を抱きなおすと眼を閉じた。中嶋英明を中毒患者した罪は重い。ならば一生涯をかけて償わせなければなるまい。手放してやらないことがお仕置きなのだ。 中嶋の想いを受けとめたかのように、腕の中で啓太が頬をすりつけた。 |
いずみんから一言。 「まめラボ(現・「ピヨ。」様)にさしあげた 『 三千世界の…… 』 と同じモチーフで 書いたもの。あっちは在学中。こっちは同居後で、時間軸と味付けが少々違うので 違って見えるが、まあ同じものだ。 中嶋氏にはきっと不本意なんだろうと思う。 仏頂面を作りつつも啓太を抱いてしまう中嶋氏を想像しながらお読みいただける と有難い。 |