090 同級生




「かっ……」
「……?」
「和希の馬鹿! 何、考えてんだよっ。いったい!」
 真っ赤な顔でそう言い残して、啓太は部屋にこもってしまった。
 卒業して「同級生」という関係を終わらせ、同居をはじめてから数ヵ月。何が悪いのか、俺は恋人を怒らせてばかりいる。
 ふたりで暮らすこの家を買って怒られ、海外旅行でプチホテルを借りきって怒られた。毎月のお小遣いに10万円渡そうとして怒られたから、15万にしたらもっと怒られた。少ないならともかく、多くてどうして怒るのかがわからない。
 今もそうだ。俊介の置き土産だった、虎の絵のついたハチマキを巻いた顔があんまり可愛かったから。テレビの画面に向かって黄色いメガホンを振る仕草があんまり楽しそうだったから。来年の、つまり二十歳の誕生日に、その球団をプレゼントしようと思っただけなのに。
 球団買収ってダーティなイメージが強いのだろうか。どっかのIT成金が札束で顔はたいて買い取ろうとしたり。なんとかファンドは業務用掃除機みたいに株を買い集めてみたり。どいつもこいつもダサいやり方をしてくれたから、まだ若い啓太には受け入れられないのかもしれない。だけど俺は系列丸ごと買おうとしただけで、チームの名前も変わったりしないのに。
 このやり方だと系列の頂点にいる人間が「うん」と言いさえすればいいんだから、買収だってそう難しいことじゃない。経営陣もほとんどそのまま。社名さえ変わらないとなれば、株主総会はクリアできるんだ。鈴菱傘下に入ると聞いて「No」という株主がそうそういるもんかよ。どっちかって言えば喜ぶだろ。そんな株主にとってオーナー個人の名前なんてなんだっていいんだ。
 それにあそこは鉄道2社をメインとして、それぞれがホテルだの百貨店だの旅行社だのアミューズメント施設だの不動産関連事業だの。そうそう。歌劇団まで持ってたな。その多彩さを考えれば、鈴菱にとって悪い買い物でもない。
 だいたい、いくら啓太が可愛くたって、損を出してまで買ったりはしないぞ?
 なのに啓太ときたら、俺の感覚がおかしいって言って怒るんだよ。恋人の喜ぶ顔が見たいってのの、いったいどこがおかしいんだか。

 この家を買ったとき。同じことをぼやいた俺に、石塚は困ったような顔でこう言った。「啓太さまの本当に欲しいものは、他にあるのではないでしょうか」と。そして「お金のかかるもの
を欲しがる方とも思えませんが」とも。
 今度もそれだろうか。啓太は二十歳のお祝いに、もっと欲しいものがあるんだろうか。
 考えてもわからない。今わかるのは、ちょっと安易に決めすぎたってことだけだ。
 ああ、でも。やっぱりそうかもしれない。
 二十歳の誕生日って特別なんだから、あんな思いつきで決めちゃいけなかったんだ。啓太が怒るのも無理はない。
 要するに余裕がないんだ。タヌキおやじ相手なら手玉にとる必要さえないってのに、それが啓太になったとたん、自信がどこかへ吹っ飛んでいってしまう俺。啓太はちゃんとそこにいてくれるのに、焦って慌てて失敗する。

 やれやれと、ひとつため息をついて、俺は立ち上がった。こういう時「ごめん」って言って抱きしめればいいって覚えたのは、一緒に暮しはじめてからだ。抱きしめて謝って、そしてもう一度、二十歳の誕生日に相応しいものを考えてみればいい。
 部屋のドアをそっとノックしてみる。
「啓太……?」
 返事はない。でも代わりにドアの鍵が開いている。
 またすぐ怒られる羽目になるなんて思いもせずに、俺はそのドアを開けたのだった。





いずみんから一言。

和希の誕生日で他サイトさま巡りをしていたら、無性に和啓が書きたくなりました。
思いついたのがちょっと黒い和希と天然な和希。
で、これは天然な方です。いや。見ればわかるか(笑)。
天然というよりか、一般人と感覚がずれちゃってることに気がついてないだけなんですけどね。
ついでに言えば啓太が何を怒ってるのかも分かってない。
まあそりゃー啓太も怒りたくもなるわな、って(笑)。
和希の名誉(笑)のために付け加えると、プチホテルを借り切ったのは、同性カップルとして
啓太が嫌な思いをしないように気を遣っただけです。
和希も啓太も、そして石塚さんも、それぞれに苦労が絶えないようです(笑)

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