092 一生言わない




 ひそかに依頼していた調査員から届いた報告書は、わずか18年しか生きていない人間のものとは思えないくらいの厚みと、それに見合うだけの内容があった。
 ざっと眼を通しただけで、押しとどめられなかったため息が、思わずくちびるから漏れだしてしまう。本当に、啓太はなんだってこんな男に魅入られてしまったのだろう。あんなに素直でいい子なのに。
 俺のものにならなくてもいい。可愛い女の子でなくてもいい。啓太が幸せになってくれるなら、俺は世界中を敵に回したって啓太の恋を護るだろう。それなのに。
 啓太が選んだ相手の行状は耳に入ってくるだけでも相当なもので、思いついて調べさせてみれば実情はそれをはるかに上回っていた。俺でさえため息が出るような内容なのだ。教育委員会に知れたら学園の存続そのものが危うくなってしまうだろう。
 まあ本人もそのあたりは承知の上のようで、尻尾をつかまれるような真似はしていないのだが。おそらくは俺直属の調査員でなければこの半分も暴き出せなかったのに違いない。
 だから当の本人のことはたいして心配もしていなかった。この調子であとほんの数ヶ月をやり過ごしてさえくれれば、めでたく「卒業」という名で大手を振って解放されるからだ。……奴も。そして学園も。
 だけど啓太は、と思う。
 これで幸せになれるのだろうか。確かに啓太と付き合うようになってからは、少しは自重もしているようだ。だからといって過去が帳消しになるものでもないだろう? 洗ったからといって汚れた手が綺麗になるわけではないのだ。そんな手で啓太を抱いて欲しくはない。

 啓太に泣き顔は似合わない。あの笑顔を護るためなら、俺は何だってしてみせる。これを見せることで恨まれることになっても、たとえ一時は泣かせることになっても、あの男とは別れるのが最善の選択だ。二度と啓太と合えなくなってしまうとしても、別れさせてやるのが真の愛情というものだろう。
 だが……。
 俺はまたひとつため息をつくと、その書類をシュレッダーに放り込んだ。応接セットに灰皿を置かなくなったのはいつ頃からだったか。あれさえあれば火をつけていたところだ。燃え上がる炎を見、灰になっていく書類を見れば、少しは慰めになっただろうに。
 これは俺の胸の裡だけに残すしかない。とても言えない。特に啓太には。
 啓太の笑顔を護る方法は別に考える。



 だから言わない。





 一生、言わない。





いずみんから一言。

うーん。なんかたるい。と、思いつつ。苦労性の和希さんです。
和希にだって分かってるんですよ。それが余計なお世話だってコトくらい。
だからシュレッダーにかけちゃってるんです。
でも学園に招いた責任があるわけだし。
それより以上にオニイチャンとしては、すんなり応援はできないだろうし。
和希と一緒にため息をつきつつお読みください(笑)。

……なんか、裏から中嶋氏を脅している和希さんが目に浮かぶようです(汗)。


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