097 プライド




「おいっ、啓太!! これいったいどういうことだよ!!」
 緊張と怒りに彩られた和希の顔。こんな和希の顔は前に一度だけ見たことがある。俺が退学勧告を受けたって聞いてきたときの、あの顔だ。
 あーあ。ソッコーでばれてるよ。まあ理事長だからしかたないけど。原因は和希が持っている紙にある。昨日提出した、進路調査の用紙だ。
「おまえ……、中嶋さんと一緒のはずじゃなかったのかっ!!」
「……一緒だよ」
「だけど学部が」
「中嶋さんは『同じ大学に来い』とはいったけど、『同じ学部に来い』とまでは言わなかったさ」
「啓太……」
 和希は俺を落ち着かせるかのように両手を動かした。俺は何も興奮なんてしてないのにね。
「成績のことをいってるのなら大丈夫だぞ。今はまだ合格ラインじゃないけど、中嶋さんに見てもらうようになってから確実に学力は伸びてる。受験する頃には法学部だって楽勝だ」
「うん。俺もそう思うよ」
「だったらどうして……」
「ちょっと考えればわかることだよ。俺も法学部に入ってふたりで弁護士になる。たぶん世界中を駆け回ることになるよね」
「それがあの人の望むことだろう」
「そうかもしれない。だけどそんなことしてたら、いつかきっとすれ違ってばかりになってしまう。そしたら中嶋さんはどうすると思う? あの人のことだから無理をしても俺との時間を作るよ。きっとね」
「それのどこが気に入らないんだ?」
「駄目なんだよ。俺にはそんなこと、耐えられない……!」
「……」
「俺さ。中嶋さんには思いっきり仕事してもらいたいんだ。世界中の企業からオファーがくるくらいに。そのためには、よけいなことは何も考えて欲しくない。だから決めたんだ。中嶋英明法律事務所の経営は俺が守る。中嶋さんが安心して仕事だけに専念できる環境を維持してみせる。だから大学は経営学部に行くんだ」
「……わかったよ」
 和希が弱々しく微笑んだ。そして小さく息をつくと、何回か首を振った。
「そこまで考えての行動だったら、俺はもう何も言わない」
「有難う、和希。中嶋英明法律事務所は必ず俺が守ってみせるよ。資金繰りがつかなくて中嶋さんを悩ませるなんてことは絶対にしない。中嶋さんが安心して帰ってこれるオフィスを作る。ささやかだけど、これが俺のプライドなんだ」
 しばらく黙っていたかと思うと、突然、和希は俺を抱きしめてきた。
「啓太……。今のおまえ、すごく綺麗だよ。こんな言い方おかしいかもしれないけど、本当に、すごく綺麗だ」
「有難う。和希。俺がんばるよ。中嶋さんを世界一の渉外弁護士にしてみせるよ」
 そうして俺と和希はしばらく抱き合っていた。大丈夫。俺はがんばれる。和希っていうすごいお手本がいるんだから。そんな想いをひっくるめて、俺も和希を抱き返した。  





いずみんから一言。

犯罪者の弁護をするヒデなんて想像つかない。却下。
離婚、あるいは相続の調停をするヒデ。駄目だ。却下。
民事訴訟。刑事訴訟。ちまちまと依頼人の話を聞くようなタイプじゃないな。却下。
というわけでヒデは渉外弁護士しかないと思ったのですが、啓太くんには無理でした……。



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