conversation


 もしもし……。トウコさん?


 あら。臣なの? 珍しいわね。あなたの方からかけてくるなんて。


 お元気そうですね。


 有難う。おかげさまで忙しくしているわ。


 今、かまわないですか?


 ええ。もちろん。ゆっくり声を聞かせてちょうだい。元気だったの?


 はい。僕も郁も元気ですよ。


 それはよかった。そっちは暑いでしょうからね。


 ええ。もうとんでもなく暑いです。気温もですけど、この湿気はやってられませんね。


 あればっかりはねえ……。私も嫌いよ、日本の夏は。


 トウコさんは冬も嫌いでしたよね。


 うふふ。


 外の気温はむしろそちらより高いくらいなのに、どうして家の中はあんなに寒いんでしょうね。


 そうね。

 
 あれはやはり家屋の構造と暖房に対する認識の


 臣?


 違いからくるものではないかと……


 ……臣。


 ……え !? 何か言いましたか?


 あなた、お天気の話をするためにわざわざ電話をしてきたの?


 …………


 あなたから電話をしてきたのは確か……。そうね、高校を決めたときだったわ。こちらからしない限りクリスマスにさえかけてこないあなたが、2年半ぶりにかけてきたと思ったら、お天気の話なの?


 ……かないませんね、トウコさんには。


 これでも一応、あなたの母親なんですからね。


 はい。


 何かあった、っていう感じじゃないわね。あなたそういうところ嘘のつけない子だから。

 
 そうですか?


 声だけだとね、表情に惑わされない分、かえってよく分ることだってあるのよ。


 なるほど。


 もう……。感心してないで(笑)。わかったら本題に入ってちょうだい。お天気の話はそのあとでゆっくりしましょ。


 はい。


 さあ、話して。


 はい。ですけど、どこから話していいのか迷っているんです。さっきのお天気の話も、その迷いの表れのようなもので。


 ああ、そうなの。じゃあ……、そうね。その話に私の絡んでくるところはある?


 え? ああ……。あるといえばあります。


 じゃあそこから話してちょうだい。話が前後したら修正すればいいのよ。


 はい。ではお尋ねします。


 どうぞ?


 トウコさんはこの夏、日本に帰ってきますか?


 今のところ、その予定はないわね。どうしたの? 何か用事?


 いえ。そうではなくて……。僕は夏休みの間、横浜のマンションで友達と過ごそうかと思っているんです。


 ふうん……。郁くん以外の子?


 はい。


 いいことじゃない。あなたもうずーっと郁くんべったりだったから。別の友達ができたのはいいことだと思うわ。


 はい。


 つまり、楽しく遊んでいるところに母親が突然現れると困る、ってことなのかしら?


 ……少し違うように思います。


 そうなの?


 もしトウコさんが帰ってくるのなら、彼を紹介したいと思ったんです。


 ずいぶん構えてるのね。もしかしてその子、臣の恋人?


 はい。


 ああ……。なるほど。


 ……はい。


 ニューイヤーズ・イブに電話したとき、あなたといた子かしら。たしか「友達がきて楽しくやってる」とかって言ってたわね。


 そうです。あのときも一緒でした。


 そう……。


 貴女が帰ってくるのなら、僕は伊藤くんを紹介したい。トウコさんにも伊藤くんを知ってもらいたい。でも突然ドアを開けられて、彼を驚かせるようなことはしたくないんです。


 ふうん。伊藤くんって言うんだ。


 はい。伊藤啓太くんです。


 郁くんは知ってるの? あなたに恋人ができたってこと。


 はい。郁もよく知っている子です。そして……、僕たちの関係も、よく知っています。


 郁くんはなんて?


 別に。何も言いませんよ。目の前でべたべたしすぎると怒っていますけど。


 うふふ。郁くんらしいわね。


 郁だって特に目をかけて可愛がっているくらいですから。


 あらまあ。郁くんにまでそうさせるっていうのはすごいわね。よほど可愛い子なのかしら。


 見た目は普通の男の子ですよ。ぴんぴん跳ねた茶色い髪と、くるくる表情の変わる大きな眼が、特徴といえば特徴的ですが。


 へーえ。そんなに普通の子なの?


 はい。でも伊藤くんはいつも一所懸命なんです。前向きで、ひたむきで、そして真摯です。彼のためなら誰もが見返りなしで手を貸そうとする。そんな子です。


 ……あなたとのことも一所懸命?


 ……はい。もちろん。


 そう。じゃあ私には何も言うことはないわ。お互いに真面目なのだったらね。


 ……相手は同性ですけど……?


 でも真面目に好きになってしまったのでしょう?


 はい。


 伊藤くんは嫌がっているとか?


 そんなことはありません。ちゃんと僕を受け入れてくれました。


 そうか……。そこまでいっちゃってるのね。


 ああ、ええと……。今のはちょっとしたことばの綾みたいなもので……。


 はぁぁ。隠さなくてもいいわよ。『 恋人 』 って聞いたときから予想はついてたんだから。ただ相手が日本人の男の子だから、どうかなって思っただけ。


 ……はい。


 そりゃあ確かに、相手の母親がいきなりドアを開けたら驚くわね。


 ……はい。


 よくわかったわ。今年の夏は帰国しない。それでいい?


 ……はい。


 それと……、伊藤くん、だったっけ? 彼のことはちゃんと気をつけてあげなさいよ。病気にさせないこと。そして成績を落とさせないこと。このふたつは誰かと付き合うときの最低限のマナーだからね。


 はい。それはもう。いつもトウコさんに言われてましたから。ちゃんと守っています。


 大いに結構。ふたりとも卒業して時間ができたら、一緒にカナダへいらっしゃい。そのときに会いましょう。


 トウコさん。


 なあに?


 ……有難う。


 嫌だ。自分の息子を信じただけよ。


 はい。


 だってあなた、とても幸せそうだもの。


 そうですか?


 あなたがこんなに楽しそうに話をする声、本当に久しぶりに聞いたわ。


 僕は……、いつもと同じだと思いますが。


 うふふふふ。


 僕にはトウコさんの方が楽しそうに思えます。


 ええ。楽しいわよ。決まってるじゃない。友達さえ作ろうとしなかった息子が、しらないうちに可愛い恋人を見つけてたんだもの。母親にとってこれほど楽しいことはないわ。


 息子の嫁はかわいくないんじゃないんですか?


 あなたを好きになってくれた子よ? 感謝することはあっても嫌うことはないわ。ましてや郁くんまで、その子のことを認めてるって言ってたじゃない。


 はい。


 郁くんはきちんとしたものを見る眼を持った子だもの。それが人であれモノであれ、ね。


 そうですね。郁はそういう人間です。


 だから……。ああ、どうしよう。


 どうかしましたか?


 なんだか、その伊藤くんって子にすっごく会いたくなっちゃった。


 是非、会いに来てください。伊藤くんはまだ2年生ですから、ふたりとも卒業するのを待つと再来年になってしまいます。


 そうか……。先に卒業しちゃうんだ。


 ……はい。


 どうするの?


 どうするの、とは……?


 文字通りの意味よ。あなたが卒業して、伊藤くんは学校に残る。あなたはそのとき、どうするの? もう考えてるんでしょう?


 ……2月までまだ半年ありますから。伊藤くんにとって、いちばんいいのは何かを考えたいと思っています。


 そうなの?


 ……はい。


 私には、あなたがもう答えを出しているように思うんだけど? だから電話をかけてきたんじゃないの?


 ………………


 ……つらいわね。


 僕にとって、いちばん大切なのは伊藤くんです。自分自身より、まず……。


 そう。血のつながらない誰かのことをそんな風に思えるなんて、一生に何度もないのよ。そう思わせてくれた伊藤くんに感謝しなくちゃね。


 はい。もちろんです。


 どうしようかな……。夏は無理だけど、そうね。秋ぐらい。遅くても年末までに、一度日本に帰るわ。


 伊藤くんが喜んでくれると思います。


 楽しみにしてるわ。


 あなたの想像はきっと裏切られますよ。いい方向に、ですけど。


 うふふふふ。


 じゃあ……。
 

 臣?


 ……はい?


 お天気の話はもういいの?


 くすっ。くすくす。


 わかった。お天気の話は今度ね。伊藤くんを交えて3人でしましょう。


 はい。


 じゃあね。夏風邪なんか引かないようにしてね。


 トウコさんも。働きすぎないようにしてください。


 有難う。じゃあね。bye


 bye……。





いずみんから一言

うーん。なんだ、これは? って感じですねー(笑)。
「雨の日の訪問者」が中啓最終話への伏線だとしたら、これは七啓最終話の伏線といったところでしょうか。
うちの場合、時間軸を行きつ戻りつしているので、最終話というのは「それより後の話はないよ」という程度の意味しか持たないんですけどね。
とりあえず、近いうちにトウコさんの出てくる話を書きたいと思います。 

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