月の夜の物語り |
***side 啓太*** 寮の自室で課題をこなしていた俺は、ふと窓から挿し込む光に手を止めた。 そこには真ん丸なお月様。 その月を見ていると、今までこなしていた課題を思い出す。 『竹取物語』 俺にとってはかぐや姫って言われたほうが馴染みがある物語だ。 昔話しで聞いたことのある物語りを思い出しながら、しばらく月に見惚れる。 「そういえば、かぐや姫って結局月に帰っちゃうんだよな…。」 ラストを思い出し、何でかぐや姫は月に帰ってしまったのかを考えてしまう。 かぐや姫って確か…。 「地球に生まれて、地球で育つんだよな。それなのに結局月に帰っちゃう…」 俺だったら、見たこともない故郷よりも現状に留まる事を選ぶのに。かぐや姫はそれほど月が恋しかったのか、それともどうしても月に帰りたかったのか…。 「求婚にも無理難題を出したって事は、結婚したくなかったって事だよね。」 どうしてそんな事をしたんだろう。結婚したくなかったなら、始めから求婚を受けなきゃ良かったのに…。 おじいさん、おばあさんの為に受けなきゃいけなかったって事もあるんだろうけど…。 「それにしても無理な課題ばかりだよね。」 仏の御石の鉢・蓬莱の玉の枝・火鼠の裘・龍の首の五色の珠・南海の燕の子安貝。 どれもこれも俺じゃあどんなものかも想像できないような一品だ。 「でも、万が一根性のある人が本物を持って来たらどうしたんだろ…。」 ふと口を吐いて出た言葉に、俺の思考は停止する。 「あれ…?もしかして…いや、そんなことないよね……」 自分で考え付いたことに俺は焦りだす。視線を月から部屋に戻し、どうしたらそんなことが思いつくのか考えていると、ふと今までやっていた課題が目に入る。 「そ…そうだ、宿題やらなきゃ。」 机の前に戻り、古文を前にしても俺の思考は今さっき考え付いたことに囚われたままで。 「あ〜!」 どうしても思考が切り替えられない俺は、課題をこなす前に思い切って息抜きをすることにする。 頭を冷やしたほうがいい気がした俺は、上着を羽織り音を立てないようにして部屋を出る。 『篠宮さんに見つかったら大変だしな。』 足音を潜め辺りを気にしながら、どうにか寮の屋上に辿り着く。 鉄の扉を押し開き、外に出ると寒いくらいの空気が身に沁みる。 「う〜…もう夜はこんなに冷えるんだ。」 両手で肩を摩りながら、手すりに近づくと部屋の中からとは全然違う月の光に圧倒されてしまう。 「空気が澄んでるからかな。凄く綺麗……」 手すりに体を預けるようにして、そのまま月光浴をすることにする。 ***side 遠藤*** 「啓太、待っててくれてるかな…」 俺は寮への帰路を急ぎながら、今日の約束を思い出す。 今日は啓太と一緒に古文の課題をすることを約束していたんだ。それなのに、 突然の電話で呼び出され、結局こんな時間まで仕事をする事になってしまった。 「石塚も岡田も融通が利かないんだからな…」 優秀な秘書二人の顔を思い出し、自然と恨みがましい言葉が出てしまう。 あと少しで寮に辿り着く。そう思って、いつものように裏口に回り込もうとしてふと上を見上げる。 そこには普段は何もないはずなのに…。 「人影?」 あってはいけない影を見つけた俺は、素早くいつも使っている裏口の扉に潜り込むと、すぐ近くに設置してあるセキュリティーシステムの箱を開ける。 仕事帰りということもあって、携帯していたノートパソコンを取り出すとそのシステムに繋ぐ。 『確かあの辺りは…』 防犯カメラの位置を頭の中で思い出しながら、人影を確認した場所に一番近い映像を確認する。 その映像は月の明かりで、人物の顔まではっきりみえた。 「け…啓太?!」 予想もしなかった人物に思わず声を出してしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。 『ヤバイヤバイ…こんなことしているのが見つかったら大変だ。』 キョロキョロと周囲を確認し、誰にも見られなかったことにほっと息を吐くと、繋いであったパソコンを外してセキュリティーを元に戻す。 「さて…」 パソコンを再び仕舞い、自室より先に啓太がいる屋上に足を向けることにする。 ***side 啓太*** 「…クシュ!」 くしゃみと同時にどれくらい月に見惚れていて、自分の体が冷え切ってしまっていることに気づく。 一度寒さを自覚してしまうと、もうここに居ることには耐えられなくなって。 「部屋に戻ろうかな…」 ずっと手すりに預け通しで凝り固まってしまっている体を解すように、一度大きく伸びをする。 「ん〜……!」 目一杯背伸びをして、ふと力を抜く。 綺麗な月を名残惜しくてもう一度見ていると、突然後ろから抱きつかれる。 「啓太、こんなところで何してるんだ?」 「うわぁぁ!」 突然のことで、心臓が飛び出しちゃうんじゃないかと思うくらい驚いた俺の耳元でクスクスと笑う声が聞こえてくる。 「そんなに驚くことないだろ、啓太?」 かけられた声は、今日一緒に課題をする約束をしていた和希の声で。 俺はまだドキドキと高鳴る鼓動を落ち着かせるように深呼吸してから、後ろを振り向く。 「驚かせるなよ〜、和希」 「ごめん、ごめん。そんなことより、啓太はここで何してたんだ?」 悪びれもせずに謝る和希に、俺は恥ずかしくてプイッと顔を正面に戻しながら 月を指差す。 「お月見してたんだよ。」 「お月見〜?」 「そっ、綺麗だろ?」 俺は体を和希に預けながらまた月に見惚れる。 その時、俺がかぐや姫に持っちゃった疑問を和希に聞いて見たくなって…。 「なあ、和希。かぐや姫って知ってるだろ?」 「……?」 和希は何を言い出したのかと、不思議そうに顔を覗き込みながらも、そのまま俺の話を黙って聞いてくれる。 「かぐや姫ってさ、本当は誰かに月に帰るのを止めて欲しかったんじゃないかな…」 「…なんで啓太はそう思うんだ?」 俺は自分でも突拍子もない事を言っていると自覚しているのに、和希は笑いもせずに訳を聞いてくれる。 『和希のそういう所…好きだな…』 思考が別の方向に行きそうになるのをどうにか戻して、俺がそう思った訳を和希に話し始める。 「だってさ、かぐや姫って求婚者たちを断りきれずに、結局課題を出しちゃう訳だろ? お爺さん達に迷惑をかけない為って言ったって、月に帰っちゃう事が分かってるなら普通は課題なんか出さないだろ?」 「う〜ん……でも、求婚者って当時の権力者達だろ?普通に断れなかったんじゃないのか?」 「でもさ…もし万が一、自分が出した課題をクリアしちゃう人がいたら意味なくないか?」 そう言って和希のほうを振り向くと、和希は月を眺めながら考え込んでしまっている。 「難しい課題だって、クリアできる可能性が無いわけじゃないなら、課題なんて出さないでキッパリ断るべきじゃないのかな。だから俺はもしかしてかぐや姫は月に帰りたくなかったんじゃないかって思ったんだ。」 じっと和希を見つめながら俺が言うと、和希は難しそうな顔を向ける。 「それにしては課題が難しくないか?」 「それでも……そんな難しい課題をクリアしてまで引き止められたら、月に帰らなくても良いんじゃないかって思ってたんじゃないのかな…。 それに…」 俺は月の光に誘われるままに、暖かい和希の腕の中から抜け出すと、月の光を背にして振り返る。 「…もし俺が月の住人で、帰らなくて良くなるためにはかぐや姫と同じ品物が必要だって言ったら…… 和希はどうする?」 俺は不安に駆られながらも、月の光に照らされた和希の顔を表情の隅々まで見逃さないように覗き込む。 「啓太……」 そんな俺の目の前で和希の顔が嬉しそうに綻んでいく。 「そんなの決まってるだろ?!どんな手を使ってでも五つ全て手に入れて、必ず啓太をココにいられるように……」 戸惑いのない和希の言葉が嬉しくて、俺は和希の言葉を最後まで聞き終える前に、思い切り抱きつく。 「ありがとう、和希!」 和希も俺の体を抱きしめ返してくれて…。しばらくの間俺達はそのままの状態でお互いの体温を感じ取る。 「もし、それでも啓太が月に帰らなきゃいけなくなったら、月まで迎えに行ってやるからな。」 真剣な和希の声に照れくさくなって俺が体を離すと、そこには和希が輝くような笑顔を向けてくれている。 「……うん!」 和希の気持ちが嬉しくて…。俺は肯きながら和希の体にまた抱きつく。 「啓太…お前が望むなら、俺はどんな事だってしてやるよ。」 「俺も……。俺もずっとここに…和希のそばにいたい。」 「ああ。」 俺達は互いを見つめあいながら笑い合う。 「さて…。啓太、そろそろ部屋に戻ろう。体が大分冷えちゃってるよ。」 お互いに照れくさそうにしながら体を離すけど、どこか名残惜しくて。手をギュッと握り締める。 「それに宿題。まだ終わってないんだろう?」 何気ない和希の一言に、部屋でやりっぱなしだった宿題の存在を思い出す。 「あっ!そうだった…。」 「今度は俺が教えてやるから、早く帰ろう。」 「うん!」 和希の手を握ったまま、俺達は今度は振り返らずに屋上を後にした。 そのときに、錯覚だとは思うけど俺は確かに声を聞いた。 「お幸せに…」 今ではそれを、俺はかぐや姫が月から俺達に送ってくれたメッセージだったんじゃないかって思ってる。 *END* 〜 Teal Blue 須崎桜乃 さま 〜 |
いずみんから一言。 この空いている 「 間 」 が、私には真似できないなあとおもうのです。 っていうか、ぜってーできないっす。 こういう、一見 「 無駄 」 のように見えるもの。 うまく取り入れられる方が羨ましいです。 |
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