青天白日 -Secret of 5:00 a.m.-



 別に疑ってるわけじゃねえ。
 和希があの日言った言葉を信じてないわけでもないんだけどな。


 空港でさりげなく渡された携帯。

「いつ掛けてきてもいいですよ。会議中や授業中は出られませんけど」

 そういや和希は去年の自分の誕生日に国際電話の掛けられる携帯がどうこうっつってたなあ…なんて思い出した。
 未だにあれはよくわかんねえけど。
 まあ、いつでも掛けていいっつってんだから、俺も、

「大事に使うぜ!」

 なんて早々にポケットに仕舞った。
 まあ、その時には気付かなかったっつーか、気付けなかったつーか。
 機内じゃ電源切らないといけないからな。

 渡米した後、空港近くのホテルで一泊してから、これから俺の住まいになるマンションの一室に飛び込んだ。
 部屋は和希が用意したもので、俺は、

「んなことするな!」

 って突っぱねてやったけど、まあ…、そのな。
 慣れない、しかも日本じゃない土地で、俺のこと思って用意してくれたっつーか。
 有難てえっつったら、有難てえんだけど。
 やっぱりそこまでされるってのも、格好つかねえなあって思ったらよ。

「合鍵、持ってたら駄目ですか?」

 なんて言われちまったら、拒否できねえだろ?
 しかも、首傾げて上目遣いでよ…、こう、なんだ、おねだりされてるような顔で見られてみろよ。
 断るなんてできるか!?

 え?
 本当はラッキーとか思ったんじゃないかって?

 阿呆なこと言うな!
 お、俺だって曲がりなりにも男だっつの!
 和希に、んなことさせて両手離しで喜べるわけねえだろうが!

 これはな。
 和希の為に受け取ってやったんだよ!
 しっかり覚えとけ!

 で、だ。
 俺が想像してた以上のでかいマンションの部屋で。
 一介の学生が本来なら住めるような内装でもなく。
 とにかく、部屋ん中が広すぎるに尽きる!

 何室あるんだよ、ここは!
 LDKは当然で、ゲストルームに寝室。
 バスルームとは別にシャワールームまで付いてやがる。
 実家よりでけえ部屋に住んでるなんて親父にバレたら…、言い訳する前に投げ飛ばされそうだ。

 それに俺、そんなにマメに掃除できねえぞ。
 ったく…、今度和希がここへ来る日があったら、真っ先に掃除させてやるぜ。

 こうゆうのを用意できるんなら寮の部屋もワンルームじゃなくてLDKくらいつけとけってところだな。

 まあ、言い出したらキリがねえから、部屋云々はこのくらいにして。
 まずは窓だな。

「リビングからの景色はきっと気に入ると思いますよ」

 なんて言われちまったからよ。
 これは最初に開けなきゃマズイだろう?

 薄いカーテンを思いっきり開けて、窓を開けるよりも先に俺の目に飛び込んできたもの。
 眼下に広がる太平洋は、どこまでも青く澄んで見えた。
 窓を開け放ってバルコニーに出て、そのすっげえ綺麗な海なんか眺めちまってよ。

 ああ、一目で気に入っちまったなあ。

 日本と同じ酸素吸ってるはずなんだけどな。
 やっぱり土地が違うという意識のせいか、解放感の差が大きいような気がした。
 アメリカの西側。
 あ、東側より日本に近いからって決めたわけじゃねえよ。
 俺らしく居られる場所がここじゃねえかって思っただけだ。

 まあ、和希には、

「やっぱり…」

 と呆れられたけどな。

 一応、日本を出る前に英会話は頭に叩き込んでやったけどよ。
 それでも暇な時間を過ごすのも勿体ねえからって、短い時間でも会話の勉強がてらバイトでもするか…と決め込んだ。
 金も入って一石二鳥ってヤツだ。

 会話が成り立たなくて相手を怒らせるようなことになりゃ、一本背負いすりゃいい…なんて言ったら和希は、

「力技でいつでも勝てると思うほどアメリカ人を甘く見ないほうがいいですよ」

 だとよ!
 力しかねえみたいな言い方すんなって言ってやったら、

「理屈も屁理屈も通用しない相手が居ること、自分が一番身に染みてるんじゃないですか」

 と、誰のことを指してんだかわかんねえ返事をしやがった。
 多分、和希はヒデのことを言ったんだと思う。
 が、俺は、………、これ以上はいくらなんでも思ったら駄目だ。
 今、黙っててもいつか本人目の前にしてボロが出るだろう。
 で、怒られるのがオチだ!

 色々考えても仕方がねえ。
 まずはバイト探し決定。
 とりあえず飛び込む前に電話だ、電話。

 部屋に来るまでに寄った店で雑誌買って。
 パン齧りながら職探しみたいなことやってたんだよな。

 まずは一件目、みたいな気分で携帯手にして電源入れて…。

 あれ?
 おかしい。
 今、昼じゃねえか?

 携帯の時計が表示してんのが朝の五時。

 んだよ…。
 和希もポカやったりするんだなあ。
 日本時間に合わせてどうすんだよ!

 これ、本人目の前にして指摘してやりたかったぜ。

 お前、携帯ショップで合わせてもらったまんまだったぜ!和希らしくねえなあ、ってな。

 すっげえ剣幕で怒るだろうな。
 顔、真っ赤にしてよ。
 そんな和希の様子を想像するだけで笑いが込み上げる。
 と、同時に…、ちょっとだけ、ああ、ちょっとだけ和希に会いたくなっちまったなあ。

 俺は鞄の中から説明書出して、時刻表示をこっちに合わせようとしかけたんだけどな。

 朝の五時――。

 ふと、俺の脳に過ぎったモン。


 お前、この時間、一人だろうな?


 疑ってるわけじゃねえんだけどよ。
 つか、追いかけてくるから待っててくれって言ったのは和希だけどよ。
 二年だけは待っててくれって言われたんだけどよ。
 ああ、当然、二年だろうが三年だろうが待ってやるのは決まってんだけどよ。
 俺が浮気なんかするわけねえってのも、8割、いや9割決まってんだけどよ。

 え?
 残りの1割はってか?

 今は断言できねえ。

 …なんて言ったら格好いいだろ?
 俺だってなあ、二年がどれだけ長いかわかってんだぜ。
 だから断言なんかできるか…!

 ――冗談だよ。
 するか、んなこと!

 しねえ!
 しねえよ!
 これが俺の本音だっつーの。

 今は俺がどうこうじゃなくて! 

 和希自らってのがなくても、逆に和希に言い寄ってくるヤツがいねえとは限らねえだろ!?

 と言うのに今頃気付いた俺は、すげえ恐ろしい想像に血の気が引いた。

 些細なことに動揺するような俺じゃない。
 ああ、信じてる。
 和希の事はすっげえ信じてる。
 つか、言っちまったし…、あんな…。

 あああ!こっぱずかしすぎて二度も言えるか!
 余裕ぶって真剣に言っちまったことを思い出したら、すっげえ恥ずかしいじゃねえか!

 い、今は自分の恥ずかしい過去話に花を咲かせて照れてる余裕はねえ。

 携帯の中に和希の電話番号は案の定登録されてて。
 つか、他に何にも入ってなかったけどよ。
 心臓バクバクさせながら通話ボタンを押した。

「よう!メシ食ったか?」

 いや、そんなこと言いたかったんじゃない!
 でもな、和希は黙ったまんまで、アイツの呼吸音すら聞こえてこねえ。

「和希?聞こえねえのか?」

 もしかして…、いや、信じたくねえけど。
 誰かと一緒で、その相手がこの電話を取ったんじゃねえだろうなあ?
 だったら俺、今すぐにでも帰国して、絡んでくるアメリカ人より先にそいつを背負い投げしてやるぜ!

 なんて嫌なことばっかり考えてたら。

「…今、何時ですか?」

 と、すっげえ不機嫌そうな声が返ってきた。

「昼に決まってるだろ」
「…こっちはまだ朝の五時なんですけどっ!」

 ああ、…そうだな、わかってる。
 わかってて掛けたんだけど、その理由は言えねえから、謝るほかない。

 途端に和希は電話の向こうで俺の悪態をついてきやがった。
 てことは、部屋には一人ってことか。
 焦って電話して、怒られ損っつーか、なんつーか。

 おかげで一時間だけ話相手に付き合えなんて言われちまって。
 まあ、掛けたのは俺だし、不機嫌な和希の声で電話切れるのも嫌な話だからよ。
 一時間が十分過ぎて…途中で携帯に充電コード差し込んで…、三十分も過ぎたなあ。
 自ら和希の機嫌損なわせて取り繕う俺って図は、日本に居ても居なくても同じだった。

 一旦聞いちまった和希の声を振り切って「じゃあな」とも言えねえ俺。
 もう一ヶ月遅らせて渡米するべきだったかなあと、ちょっと、ほんのちょっとだけ後悔した。
 待つ…、っつったのに、ちっとも待てねえ俺に。

 呆れるやら、呆れるやら、呆れるやら…。

 時間ずらして掛けてやろうにも。
 俺も次の日にはバイト決めて、気心の知れたヤツなんかも出来たりしてな。
 気付いたら、昼休みしか時間取れなくなっちまったモンだからよ。

 和希の声聞きたさ半分、浮気チェック半分みたいに電話してるなんて気付かれるまで。
 俺はとことん、日本時間の午前五時に、アイツの携帯を鳴らしてやった。

 この通話料。
 和希が払ってるってのもすっかり忘れてな。

 何回か早朝のコールを続けて。
 俺の脳裏に浮かんだ一つの疑問。

 なあ、和希。
 この携帯の時計。
 わざと日本時間に合わせてたんじゃねえだろうな?

 見計らって掛けてこい、ってな。

 出ない日っつーのが、ねえんだよなあ。

 それとも何か?
 和希の生活時間を俺の中にも入れておけってか?

 そんなことアイツがするわけ…ねえよ、な。
 したら…、すげえ嬉しいんだけど、よ。

 いつか訊ける日がきたとしても。
 そんなわけないでしょうっつって怒るか。
 自意識過剰ですよって呆れるかのどっちかだろうな。




END





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本編と、オマケの「The alarm clock is his voice」を読んでくださった伊住様より感想メールを頂戴致しました。
その中に書かれてあったネタを、管理人、めちゃくちゃ喜んでしまいまして…、是非取り入れたかったなあ…、王様視点で書いたら面白かったなあと妄想が繰り広げられ、それをお返事としてお返しさせていただいたら、予約を入れてくださったのですよ! そりゃあもう大喜びに舞い上がって部屋の中で踊る以外にすることないじゃないですか! と言うことで、ラスト更新したはずのサイトに、種撒いて一週間後には花が咲きました的にSS一本増えました。
結局はどっちも意地っ張りだよなあ…なんて思うと、王様と和希の今後っつーのも波乱万丈で楽しそうな気が致します。いえね、王様ってすごい人なんですけど、そんな簡単に大人の仲間入りさせたくないと言うのもあったりするんですよね。
まあ、毎日午前五時に王様が電話してくるのが決まってたら、和希も逆に浮気しやすいような気がするんですけどねえ(笑)まあ、大事な言葉をくれた王様知らん顔して浮気が出来るような和希さんは、ウチにはいませんよ。
最後の最後まで感想くださったお気持ちに感謝しつつ…、予約と言うことで、伊住様、拙すぎる作品ですが、どうぞお持ち帰りくださいませ。(と言うか、ネタのお返しにもなりゃしませんが、ご迷惑でなければ可愛がってやってくださいませ)








いずみんから一言。

某漫画の中に、時計を相手に贈るシーンがあるのですよ。
2時間(だったかな)遅れたその時間は、送り主のいる場所の時間なのです。
和希視点の後日談を読んで思い出したのがそれ。
和希は携帯電話の時間表示がJSTのままなのを知ってて贈ったんじゃないか、ってね。
目論みは見事に当たり(爆)、こうして1本ゲットしたという次第。
美和さま。いろいろと有難うございました。
4月からはBERRYSさまの方に通いますので、これからもよろしくお願いします♪



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