Happy Birthday |
「遅いですねえ。」 そわそわと時計を見ながら、ウロウロと部屋の中を歩き回る。 「臣・・・。」 郁が額に皺を寄せて見ているのを無視して、溜息をひとつ。 「大人しく座るか仕事をしたらどうだ?」 「出来ません。」 即答。 そんな事、いくら郁の言葉だといったってNOに決まっている。 「臣!!」 「だって郁、今日は誕生日なんですよ。」 「そうだな。だからさっきちゃんと・・。」 「わざわざ、昼休みに教室まで来てくれて、約束したんですよ。 それなのにどうしたんでしょう。」 いらいらと爪を噛む。時計の針だけが律儀に時を刻んでいくの がうらめしかった。 『あのね、今日は七条さんのお誕生日ですよね?俺プレゼント持っ て放課後に会計部室に伺いますから、待っててくださいネ。』 確かに啓太はそう言っていた。 大きな瞳をキラキラとさせて、にっこりと微笑んでそう言ったのだ。 『待っていてくださいね。きっとですよ。』・・と。 なのに時計はもう4時になろうとしていた。 授業なんてとっくに終わっている時間。さっきまで降っていた雨も 上がり、綺麗な青空になっていた。 「ったくそんなに心配なら啓太に電話すればいいだろう?」 「そうなんですけど。」 なにか用意に手間取っているのかもしれないし、電話を掛けて慌て させたら可哀想だ・・。 「ったく。兎に角私は先に寮に帰るから。」 「はい。あの・・・郁もしも・・。」 「寮で啓太を見かけたら、臣がここで待っている事を伝えておくから。 ・・・それでいいな?」 「ありがとうございます。」 ゆっくりとドアが閉まるのを見送り、そうして溜息をつきながらソ ファーに沈み込む。 「啓太・・・。」 綺麗な青空だ。 「あと、一時間待って来なかったら寮に帰ろう。」 きっと啓太は来てくれる。『遅くなってごめんなさい。』そういっ て息を切らせて、あのドアを開ける。 そしたらにっこりと笑って出迎えよう。大切な恋人が始めて祝って くれる誕生日。しかめっ面でなんて過ごしたくはない。 「僕の誕生日は、そういえばいつもこんな感じでしたね。」 子供の頃、一人ぼっちの部屋で、膝を抱えて時計を見ていた。 郁が祝ってくれようと何度誘いをくれても断って、いつも家に一人 で居たのだ。 忙しい母がもしかしたら、誕生日に気づいてくれるかもしれない。 『誕生日おめでとう。』そういって帰ってきて僕を抱き締めるんだ。 そんなありもしない事を想像して、夢に見て時計を見つめる。 だけど。 お茶の時間が過ぎて、夕食の時間が過ぎて、眠る頃になっても、ド アが開くことはなく、電話さえならなかった。 甘い期待はいつだって簡単に裏切られる。そう思い知らされるのが 誕生日だった。 「啓太。待つのにはなれてます。だから。」 早く来て欲しい。 いつの頃からか、期待しなくなった母からの言葉。自分の誕生日な んて嬉しくもなんともなかった。 だけど。 『誕生日おめでとうございます。臣さん。あのね、放課後誕生日のお 祝いさせてくださいね。』 にっこりと大好きな笑顔でそう言った。 誕生日が嬉しいものだと、その時に思い出したのだ。 「だから、啓太・・。」 早く来て欲しい。哀しい記憶が甦らないうちに。 待つことが無意味だなんて、思い出さないうちに。 どうか早く・・・早く・・・。 「5時・・。」 一時間過ぎてしまった。 「帰る・・・べきなんでしょうね。」 とうとう来なかった。 「なにか事情があるんですよね。仕方ないですよね。」 つぶやいて立ち上がる。鞄を持ちドアに向おうとした瞬間、勢いよ くドアが開いた。 「臣さん!!」 明るい声が部屋に響く。 「良かった。まだ居た。」 ハアハアと息を弾ませ現れたのは啓太だった。 「啓太。」 「遅くなってごめんなさい。臣さん。」 「それは・・・あの。」 なんでそんなに泥だらけなんでしょう? ブレザーもズボンも泥がついてぐしょぐしょに濡れて・・・。 「あ、これですか?へへへ。ちょっと転んじゃって。でもコレは無事 ですよ。俺ちゃんと守りましたから。」 自慢げに笑いながら、白い箱を差し出す。 「?」 「すみません。なんか思ったよりも時間が掛かっちゃって。凄く凄く 待ちましたよね。電話しておけばよかったです。ごめんなさい。」 「これ・・ケーキですか?」 「はい。今朝、成瀬さんに手伝ってもらってスポンジを焼いて。放課 後飾り付けだけすればOKの筈だったんですけど。」 「・・・。」 「栗がね中々上手く剥けなくて、四苦八苦してるうちに時間がどんど ん過ぎてて、俺それにも気が付かなくって。」 「その絆創膏は?」 昼休みに逢った時、そんなものつけてなかった。 「あ、ナイフが滑って、ちょっと切っちゃいました。」 「ええ!!」 「大丈夫ですよ、ほんの少しだけですから。」 「でも。」 「よかった、臣さん待っててくれて。ありがとうございます。」 ふにゃりと笑い、ぺこりと頭を下げる。 「そんなありがとうだなんて。」 お礼を言いたいのはこっちのほうだ。 指を怪我しながら、一生懸命作ってくれた。 息を切らせて、ここまで走ってきてくれた。 それよりも、なによりも。 『誕生日おめでとうございます。臣さん。』 その言葉を僕にくれた。 ずっとずっと欲しかった。大好きな人からその言葉を。 聞きたかった。ずっと、ずっと。 「啓太!!」 抱き締めようと手を伸ばしたとたん、啓太が素早く逃げだした。 「わ、臣さん!駄目ですよ。俺泥だらけなんですから。くっ付いたら 臣さんの制服まで汚れちゃいますよ!」 「かまいません。」 「俺はかまいます!」 「でも、抱き締めたいんです。啓太。」 「・・・・駄目です。俺のせいで臣さんが汚れたらいやです。」 「・・・・。」 「お待たせしちゃいましたけど、あの、寮で食べませんか?」 「え?」 「俺このままだとソファー泥だらけにしそうだし。」 「・・・・そうですね。そのままだと啓太が風邪を引きそうですね。」 クスリと笑って、そうして部屋を出る。 「俺の部屋に来てもらっても良いですか?」 「はい。」 「・・・ケーキきっと美味しいと思います。あの、形はあんまり・・ なんですけど。」 「はい。」 ならんで歩く。夕焼けの道。そっと手をつないだ。 「?」 「いいですか?」 「はい。へへ。臣さん。」 「はい。」 「お誕生日おめでとうございます。あ、さっき言いました?」 「ええ、お昼休みにききましたよ。」 「そうでしたね。でも良いですよね。俺何回でも言いたい気分なんです。 臣さん。お誕生日おめでとうございます。」 にっこりと笑うからつられて笑顔になってしまう。 「ふふ。」 「?」 「誕生日って嬉しいものですね。」 「そりゃそうですよ。当然です。誕生日が嬉しくない人なんていないと 思います。」 きっぱりと啓太が答える。 それは啓太がずっと幸せな誕生日を過ごしたからだ・・・。 そう口には出さずに思う。 「でもね、誕生日って祝うほうも嬉しいんですよ。」 「え?」 「臣さんの誕生日、お祝い出来て俺凄く嬉しいですもん。だからこれか ら先、ずっとずっと俺にお祝いさせてくださいね。」 「はい。啓太の誕生日もお祝いさせてくださいね。」 「はい。へへへ。臣さん、ちょっとかがんでください。」 「?」 「おめでとうございます。CHU。」 頬に触れるだけのキス。繋いだ指が温かかった。 「早く帰ってケーキ食べましょうね。」 そう言って啓太が笑った。 寮に帰って、甘い甘いケーキを、二人で食べた。 少し形が崩れていたけど、洋酒の効いたマロンクリームたっぷりのケ ーキの上には、チョコレートで「大好きな臣さんへ。たんじょうびおめ でとうございます」の文字が書かれていてなんだかとても照れくさかった。 そして食べ終わった後キスをした。 ケーキよりももっともっと甘かった。 幸せの味だと思った。 Fin なんとか間に合いました・・・。 誕生日なのに、暗い話になってしまってごめんなさい。 9月一杯フリーとしますので、もしもお気に召しました方いらっしゃいましたら どうぞお持ち帰りくださいませ。 〜 みのぷりん みのり さま 〜 |
いずみんから一言。 「みのぷりん」さま 七条クン誕生日おめでとうフリー小説でした。 今、気がついたけど、ケーキの写真がマロンじゃない……。汗 |
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