俺前々から不思議の思ってたんだけど」
「何がだ?」
中嶋のマンションのリビングで、昼寝中の啓太の目覚めを待っていると
唐突に丹羽が言った。
「啓太の奴なんであんなにヒデに懐いてるんだ?叔父に対する懐き方じゃねーだろ?」
「・・・・・・・・知りたいのか?」
顎に手をあて少しの間思案する素振りをした後ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべつつ
中嶋は丹羽に視線をよこす。
「なんかあんのか?」
好奇心を押さえきれないで身を乗り出す。
そんな様子を見た後仕方が無いと言うようにため息を1つつくと中嶋はソファを立ち書斎へと向かう。
程なく戻った中嶋の手の中には一枚のDVD。
「この中に全ての秘密がある」
男にしては綺麗な指がデッキの中にDVDをセットする。
ソファに戻りリモコンを丹羽に手渡すと
「知って後悔しないなら再生しろ」

ゴクリ

やや緊張気味に丹羽が喉を鳴らす。
そして再生ボタンは押された。


HERO



東京某所にある閑静な住宅街。
そのほぼ中央にある伊藤家には2歳になる元気な男の子、啓太君が大好きなパパとママと一緒に住んでいます。
今日は11月19日、これから啓太君の生まれてはじめての大冒険が始まります。

「啓太、啓太。ちょっと来て」
それはママの呼び声から始まります。
お部屋で遊んでいた啓太君、大好きなママに呼ばれて大急ぎでそちらに向かいます。
「ママ、どうしたの?」
ママはいつもと様子が違います。
困ったようにおろおろしているのです。
啓太君が不思議の思い声をかけるとママは啓太君の前に膝をつき視線を合わせてこう言いました。
「あのね、ママちょっと困ったことになって・・・啓太ママのこと助けてくれる?」
「なあに?」
「今日ね、ヒデ君のお誕生日なの。なのにママってばヒデ君にプレゼント渡すの忘れちゃって、
啓太ママの代わりにヒデ君のところに行って渡してきてくれる?」
啓太君は不安そうに言います。
「啓太一人で行くの?」
「そうよ、ママもパパも用事があって行けないの。お願い、ね」
大好きなママのお願いです。聞かないわけには行きません。
啓太は勇気を振り絞って行く決心をします。
「うん、ヒデ君のところに行ってくるよ」

そうして啓太君のはじめてのお使いが始まります。



「じゃあこれ、ヒデ君に渡してね。」
お気に入りのリュックに綺麗にラッピングされた包みを入れママは啓太君に渡します。
パパは啓太君の頭を撫でほっぺにキスをしてくれました。
「啓太、車には気をつけるんだぞ?知らない人にもついて行っちゃダメだぞ?いいな」
「うん、大丈夫!じゃあね〜」
リュックをしょい、パパとママに手を振り、元気に出発です。

ヒデ君のおうちまでは大人の足で徒歩十分。
啓太君のおうちの前の道をずーっと真直ぐ行って大きな国道を渡ります。
渡ったら右に行って更に真直ぐ。
緩やかで長い坂道の上にある大きなマンションが目的地です。
無事に着けるかな?




そうこうしてるうちにどうやら最初の難関です。
ご近所の加藤さんのおうちです。
ここにいる大きなワンちゃんが啓太君にとってとっても怖い敵なのです。
なぜって前を通るたびに吠えるからです。
でもここを通らないとヒデ君のおうちにはいけません。
「・・・・どうしよう・・・・怖いよう」
啓太君は加藤さんのおうちの手前で動けなくなってしまいました。
「でもでも、ヒデ君待ってるもん・・・よし、行くぞ!」
勇気を振り絞りダッシュで加藤さんのおうちを駆け抜けます。
ワンちゃんに吠えられても大丈夫。だって啓太君は男の子だもん。
勇気ある男の子なんです。

「なんだぁ、怖く無いじゃん」
走り抜けたせいた、ワンちゃんが散歩中だったのか、吠えられることなく
駆け抜けた啓太君はホッと一安心し、自作の歌を歌いながら歩きます。
程なく大通りに出ました。
最大の難関です。
でも大丈夫。啓太君にはある考えがあります。
それは大人の人と一緒に渡ればいいんです。
キョロキョロ辺りを見回して・・・いました。優しそうなお兄さんです。
その人のところに行くと啓太は声をかけます。
「お兄さん、啓太と一緒に渡ってください」
振り返ったお兄さんは背が高くて真っ黒な髪がさらさらでキリッとした眉の、パパと見る
テレビのお侍さんのような人でした。
お兄さんはしゃがんで啓太に視線を合わせると頭をなででくれながら言いました。
「お使いか?」
「うん!」
誇らしげに啓太君が頷くとお兄さんは優しく笑って啓太君の手を握ってくれました。
「偉いな。よし一緒に渡ろうか」
信号が変わり二人で渡るとお兄さんに手を振り啓太君は走ります。
ヒデ君のおうちまでもうすぐです。



人通りの少ないマンションの前の坂道を啓太が元気に登っていると、
少し先で車が止まりました。
ドアが開き中から人が降りてきます。
「ぼ、ぼく何処行くの?」
小太りな男の人に声を掛けられ啓太は元気に答えます。
「ヒデ君のおうちに行くの」
「お兄さんが連れてってあげるよ」
「ううん、もうすぐだもん平気」
パパの言葉を思い出した啓太君。
走って男の横を通り過ぎようとしますが腕をつかまれ引き寄せられます。
たたた、大変!啓太君のピンチです!
「連れてってあげるから!遠慮しないでおいでよ〜」
「やだやだぁ!離して」
パニックに陥った啓太君は何とか男の腕を離そうと暴れます。
でも幼い啓太君の力では大人には叶いません。
「離して!離して!・・・・パパっママ!ヒデ君助けて!」
ギュッと目を瞑りヒデ君を呼んだ瞬間。腕を掴んでいた男の手の感触が消えました。
そしてー

「ギャァ!い、イタイイタイ〜」
恐る恐る目を開けた啓太君の視界に大きな背中がありました。
「貴様・・・・汚い手で啓太に触れるとはいい度胸だ」
怒りのオーラを発しながらヒデ君が男の腕を捻り上げ車に押さえつけていました。
「ヒデ君・・・・?」
ビックリした啓太君が名前を呼ぶとヒデ君は男の鳩尾を容赦なく蹴り上げ気絶させると、
道端に捨て啓太君の前に膝をつきます。
「怖かっただろう?もう大丈夫だからな、怪我はないか?」
そっと大きな掌で啓太君の頬を撫でてくれます。
無事な啓太君の様子にヒデ君も一安心です。
実はヒデ君、啓太君のママから今日啓太君が一人でお使いに行くことを聞いて
マンションの前で待っていたんです。
「・・・・っヒデく・・・・・」
不安と緊張と恐怖から開放され、目の前にいるヒデ君の姿に安心した啓太の大きな青い瞳から
ポロポロと涙がこぼれます。
「よしよし、頑張ったな。偉いぞ啓太」
優しく笑うヒデ君に抱き上げられしがみ付いて泣いていた啓太君は思い出しました。
今日がヒデ君のお誕生日だということを。
「ヒデくん、おたんじょうびおめでと」
涙の残る目でヒデ君を見つめて啓太君はママに教えてもらった言葉を言います。
そして、もう1つ。

「ちゅ」

可愛らしい音と共に啓太君からヒデ君へプレゼントが渡されました。






「・・・・というわけだ」
がっくりと項垂れた丹羽を横目で見つつDVDを取り出す。
「要するにはじめてのおつかい・・・・」
「ま、そんなところだな。しかし誘拐されかかったのは事実だ。」
「親、ナレーションしてる場合じゃないだろ!」
「ナレーションは後入れだ。映像も編集されてる。じゃなきゃこの虫けらがこのままな分けないだろう」
「ま、確かにな。しかしやってらんねー」
あきれたようにソファの背もたれにもたれ天井を見上げた丹羽の視界に大きな青い瞳が写る。
「ぉわっ!け、啓太・・・いつの間に」
驚く丹羽に無邪気な笑顔を見せ
「ヒデ君強いねぇ、仮面○ライダーよりかっこいい!」
「啓太、もう昼寝はいいのか?」
苦笑しつつ啓太を膝に乗せると寝癖のついた髪を梳いてやる。
「うん、もういっぱい〜」
「なぁなぁ、啓太はこれ覚えてるのか?」
DVDをヒラヒラさせながら丹羽が啓太に聞く。
不思議そうに首を傾げる啓太に中嶋が説明してやる。
「さっきのテレビだ。去年のことだぞ、覚えてるか?」
「啓太がちっちゃいときのこと?」
「今でも小さいがな。そうだ覚えて・・・・なさそうだな」
「ま、そんなもんだろ」
勢いよく立ち上がり丹羽が大きく伸びをする。
啓太を抱いたまま中嶋も立ち上がる。
「よし!啓太。飯食いに行くぞ、今日は俺が奢ってやるからな」
「うん!哲君ありがとう」
嬉しそうにニッコリ笑った啓太は中嶋に向き直り。
「あのね、ひでくんおたんじょうびおめでとう」


「ちゅ」


END


2005年11月19日
う〜んHERO?






いずみんから一言。

これをはじめて読ませていただいたとき。
思ったのは「これはちびのママの声の入ったDVDなんだ」だった。
もしかしたら最後の音声かもしれない。
そう思ったら何だか泣けてきて、自分で自分に呆れたのだった。


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