卒   業




 卒業式と言うものは、何処の高校でも同じものらしい。
 ソレが普通の学校でも、このベルリバティ学園でも中身はそう変わらない。
 開会の言葉から始まって、恐らくはもう歌う事は皆無に等しい、最後の校歌詠唱。退屈でありきたりの祝辞。そして一人一人に渡される卒業証書。送辞、答辞。最後に歌で締めくくられる。
 まぁ、送辞は現学生会長である伊藤啓太が勤め、答辞は当然のように西園寺郁が返した。
 丹羽の後を引き継いで、会長に就任したばかりの啓太は何処か頼り無げだったが、流石に一年間西園寺に仕込まれただけあって、もはや押しも押されぬ見事な会長ぶりだ。
 そして西園寺は変わらぬ美しさに益々磨きがかかり、見ているだけでうっとりとしてしまいそうだった。下級生たちからは感嘆の溜息さえ聞こえてくる。
 そんな西園寺を七条は誇らしげに見つめ、その姿を脳裡に焼き付けた。
 式は滞りなく進み、祝電が読み上げられる。

 -----『お前ら、卒業したからって、この学園の事忘れるんじゃねぇぞ!!』-----

 丹羽が送りつけてきたカセットテープから、懐かしい声が聞こえてきた時には、2年生も3年生もどよめき、次の瞬間には歓声が上がった。
 「全く一年も前に卒業したと言うのに騒がしい奴だ…。」
 苦笑しながらも西園寺も楽しげに呟いた。七条もクスクスと笑う。丹羽のカリスマ性は今も健在だ。
 尤もこの一年、啓太がまだ会長職に不慣れな為、西園寺は丹羽や中嶋と頻繁に連絡を取りあっていた。だから一年ぶりに声を聞くわけではなかったが、このような場面で聞く前学生会長の声は、感激も一入だった。


 寮に残っている卒業生の荷物は、今日これから運送会社が来て全て運び出す事になっていた。卒業生は手荷物だけの身軽な服装で学園を出られる。式が終わり、教室での最後のホームルームが終わると、もう学園での全ての生活には終止符が打たれる。その場で郷里に帰ることも可能だった。
 しかしそうするものは一人も居らず、卒業生たちは卒業証書の入った筒を持ったまま、全員連れ立って講堂へ足を運ぶ。ソコでは学生会主催の送別会が開かれる事になっていたからだ。
 ベルリバティ学園は他の高校とは違い、全国から学生たちが集まってくる。3年間寮で一緒に生活してきた同級生と、もう一生会えないかもしれない。実際そういう卒業生も何人もいる。
 そう思うと足は自然と講堂へ向かった。
 卒業するのは嬉しい。だが、この学園から離れる事は寂しい。複雑な思いが卒業生の頭を交差する。またソレは下級生にしても同じ事だ。
 会場に着いた途端に成瀬の所には人だかりが出来る。テニス部の後輩は勿論の事、密かに憧れていたと言う下級生も、今日が最後と言う事もあり勇気を振り絞っている。
 成瀬ほどではないにしろ、西園寺や七条にも下級生が挨拶に来た。
 滝はコレが学園最後の商売と、今まで溜めた食券の残りを2割引で販売し、この後大阪まで自転車で帰るからと言う事で、食い溜めとばかりに料理を掻っ込み、用意しておいたタッパーに手当たり次第に詰め込んでいた。

 昼を挟んでの送別会は、午後になっても誰一人抜け出すものはいなかった。そんな中で、同級生の一人と話をしていた西園寺の下へ七条がやってきた。
 「…郁、少し良いですか…?」
 講堂の出口をちらりと見て七条が西園寺に尋ねる。
 「ココではダメな話か?」
 「えぇ、…でも、ほんの少しの時間で済みますから。」
 西園寺は一瞬怪訝そうな顔をしたが、七条と一緒に講堂の外へ出た。
 「何だ?」
 西園寺が促すと、七条は周囲を見て誰もいないことを確認してから、西園寺に手に持っていた卒業証書を差し出した。
 驚く西園寺に、七条が上擦ったような声で話す。
 「…貴方が…郁がいたからこの学園に来る事が出来ました。無事卒業できたのも、郁のおかげです。でも、僕には何もお返しするものがありません。だからコレを受け取って欲しいんです。」
 「私は何もしていない。確かに入学時には色々とあったが、ソレはただの切っ掛けに過ぎない。この卒業証書はお前が実力で受け取ったものだ、私には受け取れない。」
 七条は首を横に振る。
 「でも、その切っ掛けを与えてくれたのも、郁、貴方です。貴方があの時、僕に命じなければ僕は理事長に見出される事も無かった。この学園に入学する事は出来ませんでした。」
 七条はまた西園寺に卒業証書を差し出した。
 「貴方は僕の全てでした。」
 「…過去形か…?」
 西園寺が少し苦笑した。
 「貴方がいたから、今の僕がいます。だからこの卒業証書も、貴方に貰って頂きたいんです。貴方が僕を導いてくれた証として受け取って下さい。」
 西園寺はじっと七条の顔を見つめると、フッと溜息を漏らして手を伸ばし、七条が差し出す証書が入った筒を手に取った。
 「…解った、受け取ろう…。」
 満面の笑みを浮かべる七条を見て、西園寺は少し寂しげに笑った。気を取り直すように、七条に尋ねる。
 「…まだ時間はあるのか…?」
 「いえ、もうそれ程は…。ただ、伊藤くんと遠藤くんにも少しお話があったんですが…。」
 「呼んで来てやろう。」
 踵を返そうとする西園寺を七条が止めようとした時、タイミング良く現会長伊藤啓太と現副会長遠藤和希が、西園寺と七条を探しにやってきた。
 「こんな所にいたんですか?姿が見えないので、お二人とも、もう行ってしまったんじゃないか、って心配しました。」
 啓太が嬉しそうに話した。
 西園寺が苦笑すると、その横から七条が啓太の前に進み出てその手をギュッと握り締める。驚く啓太に七条が優しげに微笑む。
 「…伊藤くん、頑張って下さい…。あの人と丹羽会長が作った学生会を宜しくお願いします…。」
 ソレは去年、啓太が丹羽と中嶋に言われた言葉だ。

 -----『…啓太、俺とヒデが作った学生会を頼んだぜ!』-----
 -----『…お前は俺と丹羽が認めたんだ。期待を裏切るなよ。』-----

 丹羽と中嶋らしい激励の言葉に、あの日啓太は泣いた。そして今日も、泣くまいと思っていたのに、七条の言葉を聞いた途端に涙が溢れてきた。
 「伊藤くん?」
 「す、すいません…お、俺、…今日は絶対に…泣かないって…思って…たんです…け…ど……。」
 「啓太、ほら、会長が泣いちゃ、みっともないぞ。」
 遠藤が横から啓太にハンカチーフを差し出した。その遠藤にも、七条は深々と頭を下げた。
 「入学を許可していただいてありがとうございました。理事長に心から感謝します。」
 遠藤の手から、ハンカチーフが滑り落ちる。
 「…ずっとお礼が言いたかったんです。でも、…最後になってしまいましたけど…。本当にありがとうございました。」
 七条の姿を放心したように見つめていた遠藤は、我に返ると慌てて落としたハンカチーフを拾い、横を向いた。
 「…和希…お前…。」
 「み、見るなよっ!…もうっ…不意打ちですよっ…こんなの…。」
 啓太に差し出したハンカチーフで、自分の涙を拭いながら、遠藤はくぐもるような声で呟く。遠藤もまた、涙を堪えていたのだった。
 「臣、お前がらしくない事を言うから、見ろっ!会長と副会長が揃って泣いてしまったではないか。」
 「あぁ、申し訳ありません。泣かせる心算ではなかったんです…。ただ、僕はお礼が言いたくて…。」
 七条がしゅんとして呟くと、啓太も遠藤も慌てて涙を拭った。
 「そんなっ!七条さん謝らないで下さい。」
 「本当に七条さんには、最後までやられっぱなしですね…。あぁ〜もう、いい年してみっともない…。」
 無理しておどけたように言う遠藤に、西園寺も七条も啓太もつられて笑う。啓太の頬にはまだ涙の跡が残っている。そして西園寺と七条の瞳も微かに潤んでいた。
 「さぁ、中に入りましょう。まだパーティーは終わっていません。」
 先に立って進もうとする遠藤に、七条は苦笑しながら答える。
 「遠藤くん、申し訳ないのですが、僕はコレで失礼させて頂きます…。」
 その言葉に啓太も驚き、遠藤と顔を見合わせる。そして二人は西園寺を振り返った。西園寺は軽く溜息を吐くと首を横に振った。
 「私はまだ時間がある。…臣は誰かさんが迎えに来るようだ…。」
 「…本当は卒業式が終わったら直ぐ来ると言っていたんですが…、少しだけ送別会に出たいと話したもので…。そうしたら、来る前に連絡すると言ってくれたんです。」
 「せっかちな奴だな…。それで、連絡があったのか?」
 七条が微かに笑う、それを見て西園寺は『そうか…。』と小さく呟いた。
 「…では皆さんお元気で…。」
 軽く会釈をし、その場を離れようとする七条の横をすり抜け、西園寺が先に立って歩き出した。
 「郁?」
 「門まで送る。ソレぐらいはさせろ!」
 七条が何かを言いかける前に、両脇から啓太と遠藤がすっと前に出た。
 「伊藤くん、遠藤くんも…。」
 「俺たちも送ります。なっ、和希。」
 頷く遠藤に、七条は首を振った。
 「会長と副会長が抜け出しては他の皆さんが変に思います。ココで結構です。」
 「そう言うなら、会長と副会長が学生会の先輩を見送らないなんて、もっと変ですよ。」
 遠藤が啓太に目配せをした。啓太がコクンと頷く。
 「俺たちは会長と副会長として、そして学生会の後輩として先輩を見送ります。卒業生を見送るのは在校生の務めです。」
 啓太の言葉に、七条は驚いたように啓太と遠藤を見つめた。
 「臣、一本取られたな。コレが最後だ、ちゃんと見送ってもらえ。」
 西園寺がにやりと笑って先に立って歩き出す。その後ろを啓太と遠藤が続く。

 -----『こっそりと行く心算だったのに…コレは嬉しい誤算でした…。』-----

 胸の奥が熱くなってくるのを感じながら、七条は前を見て歩き出した。


 一年の思い出を振り返りながら四人は校門まで歩いた。
 時々、啓太が鼻を啜る。遠藤も表情が少し強張っている。この一年、大変なことも多かったが、今となっては楽しいことばかりだったような気もする。学生会と会計機構がまた一緒になり、丹羽と中嶋と言う学園の歴史に残るような会長と副会長の跡を継いだ啓太と遠藤も、西園寺と七条のフォローのおかげで難題も何とか乗り切った。
 「俺、忘れません。王様や中嶋さんは勿論ですけど、西園寺さんと七条さんの事も、絶対に忘れません!!」
 「…伊藤くん、ありがとうございます…。」
 校門の手前の来客用の駐車場で、啓太が大粒の涙を零しながら、七条の両手をぐっと握った。
 その時あまり聞いた事のない、車のエキゾストノートと共に、黒い車が校門から入ってきた。その車は駐車スペースには入らず、校門の出口に横付けに止まる。左側のドアが開き、中から、一年前この学園を卒業した、前学生会副会長中嶋英明が姿を現した。
 七条の顔に笑みが浮かぶ。西園寺と啓太と遠藤に軽く会釈をすると、七条は足を中嶋の方へ向けた。
 その瞬間、袖が引かれる。驚いて振り返ると、西園寺が七条の眼の前に卒業証書の入った筒を差し出した。
 「お前から貰ったものではない。コレは私が貰った卒業証書だ。お前にやろう。」
 七条は激しく首を横に振った。
 「ダメです!コレは郁の卒業証書です!僕は…。」
 「お前が私と言う幼馴染を卒業した卒業証書だ!何も言わずに持って行け。」
 「………かお…る………。」
 七条の紫色の瞳に涙が滲む。まるで叱られた子供のような顔つきだ。
 「…そんな顔をするな、コレはお前が私を卒業した証だ。…だが忘れるな!お前がこの学園を卒業しても、この学園の学生だったと言う事は変わらない。それと同じように、お前が私の幼馴染だと言う事は一生変わらないのだからな…。」
 震える手で西園寺から筒を受け取ると、七条は西園寺に抱きついた。
 「…ありがとうございます…。…郁…、大好きです…。」
 消え入りそうな声で西園寺に呟くと、七条は身体を離し、踵を返して中嶋の下へ走り出した。両手を広げて中嶋に飛びつくように抱きつく。抱き合った二人はその場で熱い口付けを交わした。

 「全く…相変わらず恥知らずな奴らだ…。」
 西園寺がうんざりしたように呟いた。
 「…ま、まぁ、中嶋さんと七条さんですから…。」
 遠藤が取り繕うように話す。すると後ろからいきなり声がした。
 「え〜っ!?ちょっ、ちょっと何?あの二人ってそう言う関係だったの!?」
 「何や〜!?そんじゃあの2年間は何だったんやっ!?」
 西園寺たちが振り向くと、ソコには鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした、成瀬と滝が呆然と立ち尽くしていた。
 「ハニー!ハニーは知っていたの?!」
 成瀬の問いに、啓太は頷く。
 「いや〜、もうすっかり騙されとった訳やな…。何や、コレは訳聞かんと、このまま卒業なんて出来へんで!!」
 成瀬と滝が文句を言う中、噂の二人は漸くギャラリーに気付き、抱擁を解く。中嶋が七条に目配せをすると、七条は頷いて車の反対側に回った。ドアを開け車に乗り込む前に、七条はもう一度西園寺たちを見ると、片手を軽く上げ、心からの笑みを浮かべてそのまま車に乗り込んだ。
 黒い車はまた来た時と同じようにエキゾストノートを響かせ、あっという間に校門を出て行った。


 講堂に戻る道を歩きながら、西園寺は今までにない寂しさを感じていた。少し前を啓太と遠藤、そして成瀬と滝が話をしながら歩いている。話の内容は勿論あの二人の事だ。
 その話には加わらず、西園寺は手に持った七条の卒業証書に視線を落とした。

 -----『私も、卒業せねばな…。』-----

 そう思いながら西園寺は卒業証書の入った筒をぎゅっと握り締めた。



         時期的にそろそろこんな季節ですよね
         まぁ臣クンたちの卒業式を妄想して見ました
         欲しい人・・・いるかなぁ・・・?
         誰かが貰ってくれると嬉しいなぁ・・・。


                                         〜 BRONTES アイミ さま 〜



いずみんから一言。

こういうシチュエーションはどこのサイトさまでもやっていることと思う。
うちでもやろうやろうと思っているし(笑)。
見慣れすぎたパターンでも、やっぱり中七となればずいぶん違う。
それにしても西園寺さんがいい味だしてるよな……。



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