牛丼5つ、大盛りで。 |
4月のはじめに口をきいた連中とは、12月になった今でも、なんとなくつるんでいる。「俺たち親友なんです!」というほどではないにしろ、教室に入って面子の中の誰かがいたら隣に座るし、昼休みをはさめば食事にも一緒に行く。だが休みの日に連れ立って遊びに行く、ということはない。高校までとは全然違う表面的な付き合いだが、つかず離れずのこの距離感が、きっと『都会的』というのだろうと、心の中でこっそり考えている。口に出して言わないのは、言ってしまって『田舎者』と思われるのが嫌だったからだ。そう思うこと自体が田舎者の証明みたいなものなのだけれど。 そんな面子の中にひとりだけ都会っぽいヤツがいる。名は伊藤啓太だが、俺たちの間では『先生』と呼ばれている。 なんていえばいいんだろう。アタマだけならいくらでも出来のいいのはいる。かくいう俺だって理数系の成績は伊藤よりいいはずだ。だが伊藤は何をさせても、どこへ行っても、戸惑うということがなかった。レベルが違うというか場馴れしてるというか。 そしてどうやらそれは、たまにベンツやらBMWやらといった高級車で迎えに来る『保護者(笑)← 伊藤・談』の薫陶の賜物によるものらしい、というのがわかってきた。そんなクルマでどこにいっているのかというと、俺たちではびびって入れないような高級ホテルやレストランに行っているらしい。軽い気持ちで「うらやましい」と言ったら「一緒に行く?」と聞かれたので、丁重にご遠慮申し上げた。たとえ向こうの奢りだったとしても、そんな店で味がわかるとも思えない。 俺たち的にそれ以上にうらやましいのが、不定期に入るバイトがかの鈴菱グループだということだ。だってそこでコネでもできれば就職のときにちょっとくらい有利になるかもしれないから。一度、人手が必要とかで声かけてもらって、一緒に鈴菱商事で資料作成のバイトをさせてもらったことがあった。やることを説明されていざ仕事をはじめてみて驚いた。伊藤の仕事は早いのに正確かつ丁寧。「何これ。むちゃくちゃ面倒くさい〜」などとぼやきながらも、俺たちの倍近いスピードで仕事をこなしていた。それ以降も伊藤には鈴菱商事からバイトの声がかかっているらしいが、俺たちはそれっきり。というあたりで、俺らと伊藤の仕事のレベルの違いがわかってもらえると思う。その割に本人は控えめで、いつも皆の後ろで笑っているだけなんだけど。 そうそう。服装も違うな。今日なんてダッフルコートにジーンズとスニーカーと、アイテム的には他の連中と変わらないのに、むちゃくちゃ金がかかっているのは誰が見てもわかった。どんなにモノを知らなくても、本当に金のかかったものは見ればわかるんだなあと、伊藤を見るたびにそう思う。コートの下はオフホワイトのセーターで、シンプルなのにこれまた上等そうなふわふわで、ついでにいえば伊藤にすごく似合っていた。まるで誂えたみたいだと思ったところで、そうだ、こいつには腕枕をして寝るカノジョがいるんだと思い出した。だとしたらこのセーターはカノジョからのプレゼント。いやいや、それどころか手編みの可能性だってある。 今日は昼メシを学食でとらず外へ出たのだが、誰からともなくラーメン屋じゃなく牛丼屋に足が向いたのは、このセーターにスープが飛んだら大変だと思ったからに違いない。何でカノジョいない歴=年齢の俺たちが、他人の恋人にまで気を遣わなきゃならんのだろうな? それはさておき。牛丼大盛り。忘年会代わりなんで奮発して、俺らは味噌汁とキムチ付き。伊藤は味噌汁にサラダ付きを注文した。いくら待たせないのがウリの牛丼屋でも、5つも注文すればいくらか間もあく。せっせとドンブリにご飯をよそう後ろ姿を見ながら、伊藤がちょろっと口を開いた。 「あのさ、家に帰ったらカノジョがキッチンで料理してたとするだろ?」 「うおー。カノジョが料理? いいねえ。いいよ、うん」 「で、つい後ろから抱きついちゃったりとか、そのまま下着の中に手を入れちゃったりする?」 カウンターでよかった。対面のテーブルだったら、思わずごくりと喉が動いたのを見られたかもしれない。料理中バックからなんて、野郎向けお下劣マンガ、あるいは新妻ものAVなんかでちょくちょくみるパターンだ。あれと裸エプロンは男の3大ロマンに入れていいとさえ思う。ちなみに最後のひとつは、一緒に風呂に入って洗いっこする、だが、まあ今回には関係ない。だからみんな深く考えもせずに同意した。……カノジョなんて現在はおろか過去にだっていたことないくせに、さも家に帰ったら料理をしてくれてるような顔をして。 「え? あ? やる……だろ? そりゃ。なあ?」 「ああ……、やる。やるな、うん」 「そうそう。やるんだよ」 「フツーにな」 カウンターに味噌汁とキムチののった牛丼のトレイが並べられていく。割りばしを割りながら伊藤がほっとしたように言った。 「良かった。うちだけかと思っちゃった」 その時の、何とも言えないびみょ〜な店の雰囲気を、俺たちは二度と忘れることはないだろう。周囲にいた客や店員。そして俺ら。全員が耳を残して凍り付いてしまっている。そんな空気に気づきもせず、なんだかうれしそうに牛丼を頬張った伊藤は、小さい声で「美味しい♪」とつぶやいた。 |
いずみんから一言。 はい。ちょろっと天然の啓太くんでした。 啓太くんは不思議で仕方がなかったのです。料理の邪魔をしにくる中嶋さんが。 ここで『邪魔』と言われてしまうあたり、中嶋氏も不憫ですね(苦笑)。 ラストで牛丼をうれしそうに食べているのは、普段こんな店にこないから、でした。 |
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