初夢狂想曲 |
男の力強い手が、最後に残った衣類をひきむしっていった。同じ手が、逃げようとした俺の肩を掴む。必死に抵抗しようとするが、男の強い力はものともせずに俺を持ち上げ、ベッドに投げ落とした。跳ね起きる間もなくのしかかられ、男の全体重でベッドに縫いとめられてしまった俺は、もはや微塵も動くことなどかなわない。カーテンのわずかな隙間から漏れてくる月明かりが、くちびるの両端を吊り上げた男の顔を照らし出した。 「中嶋さんっ、なんでこんなことを……っ!!」 ようやくの想いで振り絞った声は、恐怖というより屈辱に震えていた。 「なんでだと? 決まっている。俺がそうしたいからだ」 絶望が俺のすべての動きを、ほんの一瞬止めてしまった。その瞬間を見逃さなかった中嶋さんは、やたら広いベッドの上を俺の頭の方に移動し、両膝で俺の肩を、両手で膝を押さえつけた。唯一動かせる手首を使い、なんとか中嶋さんのズボンの端を掴もうとするが、するすると滑ってしまってどうすることもできない。 「嫌だ、やめっ……、やめてくださいっ!!」 「抵抗すると痛い思いをするだけだ」 制服のシャツの裾が俺の顔を撫でる。そして中嶋さんは俺の両膝を掴むと、身体を起こした。 嘘っ。何なんだよ、こんな恰好させて!! 哀しいことにその答えはすぐにわかった。 「いいぞ。丹羽。入って来い」 耳を疑う暇もなく、ドアが開いて王様が入ってきた。ドアを開けた瞬間から、完全に開かされた俺の身体が丸見えだったに違いない。俺自身も奥の窄まりも、すべてが一目で――。 ショックが大きすぎて声さえ出なかった。 「どうだ?」 「ふ……ん。なかなかなかいいんじゃないか?」 「仕込むのに時間がかかった割に、いまだに手のかかるところもあるが」 「それはそれで面白みがあっていいんじゃないか? ……まあちょっと、味見をさせてもらうよ」 「どうぞ。遠慮なくやってくれ」 服を脱いだ王様が、俺の膝を中嶋さんから受け取る。指が膝に食いこむようだった。 「嫌だぁっ!!」 「お前は壊れたレコードか? 同じセリフばかり繰り返してないで、たまには違うこともいえ」 「お願いです。やめてください、王様、中嶋さんっ!!」 涙まじりの絶叫が室内に響きわたる。まるで他人の声だ。声を聞いてより絶望が深くなる。 天井一面に鏡が張られていた。ベッドの脇に退いた中島さんが、煙草を吸いながら俺と王様を見ているのがわかる。俺の身体はのしかかってきた浅黒い背中で覆い尽くされ、やがてそれさえも見えなくなった。 まったく、正月早々、とんでもない夢を見たものだ。しかもこれが初夢だなんて、なんだか今年を暗示しているようで、ちょっと暗い気分になってしまいそうだ。有難いことにこのあとすぐ目が覚めたけど、下着はすでにべとべとで、どう取り繕うこともできやしない。家に帰ると何でも母さんがやってくれるので楽だと思っていたけど、こういうときは寮の方が便利だと痛感した。ほかのものと一緒に洗濯しておけば、誰にも気づかれずにすむのだから。でも不幸中の幸いというか、まだ夜明け前だったので、こっそり洗面所で洗うことができた。この状態で隠しておいて、みんながテレビを見ている隙にドライヤーをかけて乾かした訳だ。まったく、こんな情けない姿、誰にも見せられないよ。 おかげで少々寝不足のまま出かける羽目になった。今日は前の学校の友達と待ち合わせて、近所の神社に初詣に行くことにしていたのだ。BL学園の生徒らしく、ぱりっとして行きたかったのに。膝の上を掴まれた感触がまだ残っていては、気分的にちょっと無理だった。 待ち合わせの場所で立っていると、いくらも待たないうちにみんな集まってきた。三輪はあいかわらず細くて姿勢がいいし、矢島はさらに太ったみたいだ。そして船木はいつもどおり肩をそびやかしながら歩いてきた。たった三ヶ月会わなかっただけなのに、ものすごく懐かしい気がした。 「いよっ。おめっとうさん」 「久しぶりぃ。みんな元気だったかぁ?」 「おう。元気も元気。お前に会えんの、楽しみにしてたんだぜ」 「それは俺もだよ」 連中の顔を見たとたん、さっきまでの重たい気分は、あっという間にどこかへ行ってしまった。やっぱり友達っていい。そういえばBL学園が思ったほどでもなかったら帰ってこい、っていってくれたのはこいつらだった。俺は自分でも気づかないうちに初夢のことなど忘れ、馬鹿話をしては心の底から笑っていた。 初詣をすませたあと、屋台で買ったベビーカステラをつまみながら、これからどうするか相談した。正月というのは、店が開いているようで開いてない。みんなでだべるには、少々不便な時季なのだ。 「俺んち来てもいいぜ」 矢島が口をもぐもぐさせながらいった。 「妹が啓太に紹介しろとかっていってたし」 「何それ?」 「そりゃやっぱBL学園の生徒だからっしょ」 「恋人にはなれなくてもさ、BL学園に知り合いがいる、ってだけで奴らのステータスはあがるのさ」 俺はふんふんと聞きながら、和希や成瀬さんからしつこいくらいにいわれていたのはこういうことかと、ひそかに納得していた。 「しかし矢島の家、っちゅーのは、ちーっとばかしヤバイぞ」 「何でだよ」 「家の人がいるとこではさ、啓太もいえることといえねーことがあるだろうが」 「おお。それはそうだ」 「俺が何をいうって?」 「それはお前、BL学園生のめくるめく生活、だろう」 ちょっと待てよ。という俺の抗議はいともあっさり却下されてしまった。そしてほとんど引きずられるようにして、そこから少し離れたところにあるカラオケボックスに連れこまれたのだった。 「よし。ここなら声は外に漏れない。何でも思うことを告白してくれ」 飲み物とスナック類がひととおりテーブルの上に並んだところで、船木が俺にマイクを押しつけた。 「だから何なんだよっ」 「こら船木。んなこといったら啓太が困るだろう」 「サンキュ、三輪。お前だけが俺の友人だよ」 「こういうときはちゃんとこっちからインタビューしてやんなきゃよ。何いったらいいのかわかんねーだろうが」 「あ、そっか。なるほど」 「……三輪よ、お前もか」 実はこういうのは今日に始まったことではなかった。家に帰ってくるなり、家中の者から質問攻めにあったし、おじいちゃんの家にいったら、今度は親戚中の人間が集まった場所でまた質問攻め。いつもは来ないような伯父さんやイトコたちまでが、今年に限って顔を見せていた。まあ、おかげでお年玉だけは例年の三倍くらい集まったけど。それでまた今日のこの状態、と来た。俺はマジでフテ始めていた。 「で、何が聞きたいわけ?」 「え〜。それでは僭越ながら、ワタクシ船木芳央が皆様を代表いたしまして、天下のBL学園生、伊藤啓太くんにインタビューを行いたいと思いまぁす」 エコーのかかった船木の声が狭い室内に鳴り響き、そこに残りのふたりの拍手が重なった。 「では伊藤啓太くん、恋人をいつも何と呼んでいますかぁ?」 「中嶋さん」 ヤバっと思ったときにはすでに遅かった。連中がにんまりした顔をこっちに向けている。やられた。いきなりこんな質問がくるとは思ってなかったのだ。普通はまず「恋人はできましたか」とかって聞くだろうに。船木の術中にすっかりはまってしまった。おのれの修行の足りなさに歯噛みをする思いだった。 「おお。それは素晴らしい。ちなみに下のお名前は?」 「ひ、ひで……」 ああっ、くそっ。英明なんて、いえるもんか!! 「ヒデコちゃんか? ヒデミちゃんかあ?」 「いやいや。そんなことより、恋人というからにはエッチくらいしてるんだろう」 「しらばっくれても無駄だ。白状しろ、コラ」 「さあ吐け。きりきり吐いて楽になれ」 「わかったわかった。したよ。しました!!」 もうほとんどヤケだった。持たされていたマイクをオンにして、大声を張り上げる。 「俺は中嶋さんとエッチをしましたぁ。それも一度や二度ではありませぇん。最低でも週に一度はやっていまぁす!!」 みんなの口から「おおーっ」という声が漏れた。ちょっとだけ気分がすっとした。 「おいおい。それで『中嶋さん』はないだろう。ちょーっと冷たいんでないかい?」 「あ、いや、むこうは三年だから……」 といったとたん、三人とも少しひいてしまった。音もなく沈黙のカーテンが下りてくる。 え、何? と、戸惑う俺の肩に、三輪ががしっと手を置いた。 「おい、啓太。いくらBL学園の生徒だからって、やっていいことと悪いことがある。ひとつ年下っていうのは確かにちょうどいい年回りだけどな、中学生相手に毎週エッチしてるなんて、お前それ、ほとんど犯罪だって」 残りのふたりは腕組みをし、深刻そうな表情をつくって頷きながら聞いていた。俺はあわてて否定した。 「違う、違う。高校三年なんだ」 「うわぉ? お姉さまかよ」 ……身長182センチ、空手三段。得意は回し蹴り。SMショーの常連客。煙草はマルボロ、っていったら、こいつらどんな顔するだろうか。 「で、どんなタイプなんだよ」 「タイプっていわれてもなあ」 「アイドル系か? グラマー系? コギャル風ってことはないよな」 俺は中嶋さんの顔を思い浮かべた。知的で端整な顔立ち。細いフレームの眼鏡がよく似合って……。 「クール・ビューティ、かな。一言でいうなら」 「ああ、ちくしょう。いいなあ。啓太の奴。転校してたった三ヶ月で、もう童貞とおさらばかよ」 「ああ、俺もBLに転校してぇ」 しみじみとした矢島のことばが、妙に俺の胸に引っかかった。 童貞とおさらば。って童貞じゃなくなったってことだよな? ほんとにそう……なのかな? 自分がバージンじゃなくなったっていうのは確かなんだけど。でも中嶋さんに抱かれてるだけで、俺がしてるわけじゃない。こんなので本当に童貞じゃなくなったっていえるんだろうか……。 どこかすっきりしない思いを抱えてしまった俺は、家に帰るなり携帯電話を取り出した。中嶋さんに電話するのは初めてなので、メモリから番号を検索する間もドキドキしてしまう。中嶋さん、携帯もってくれてるかな。家にいるから電源入ってても、ポケットに入れてあるとは限らないし。俺は震える手で受話器を上げるボタンを押した。 「どうした、啓太」 数回のコールのあと、もしもしも何もなく、いきなり俺の名前が耳に飛びこんできた。俺からの電話だって、ちゃんとわかってくれたのがとてもうれしい。耳元で聞こえる、大好きな人の声。長電話をしたら、その声だけでいってしまうかもしれないとさえ思ってしまう。俺はこの声を、いったい何日聞いていなかったんだろう。 「あ、あの、俺、その……」 「だからどうしたとさっきから聞いている」 その口調に、今朝方の初夢を思い出してしまった。あれが正夢だったら? 思わずひるみかけた俺だったが、それでも何とか話をつづけることに成功した。 「俺って童貞だと思います? それとももう童貞じゃなくなったんでしょうか?」 「……」 電話の向こうで、あの中嶋さんが珍しく絶句した。何かモノが崩れる音がしたように思ったのは、気のせいだったろうか? 「あの、……中嶋さん?」 「……啓太、お前たった十日抱いてやらなかっただけで、もうたまってるのか?」 「え、いや、そんなんじゃなくて……」 「わかった。抱いてやるから、あさって学園に戻ってこい。いいな」 そして電話は唐突に切られた。抱いてやるからあさって戻って来い……? しばらく電話を見つめていた俺は、それをベッドの上に放り投げると大慌てで居間におりていった。 「あ、俺、予定が変わってあさって学園に戻ることにしたから」 両親と妹が不思議そうにこっちを見ていた。俺の顔はきっと、気味が悪いくらいにやけていたのに違いない。 |
いずみんから一言。 いやー。正月早々、夢オチで申し訳ないです〃 ただ膝を持ち上げただけなのに過激(?)になってしまうのは、ヒデの人徳のなさなのではないかと……。 ともあれ。本年もどうぞよろしく♪ |
作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。 |