陽だまりの恋人たち |
和希へ 元気ですか。ずいぶん寒くなったよな。 ボストンってなんでこんなに寒いんだろうな。 そっちはどうですか。学園島の温かさが懐かしいです。 去年の12月、こっちで買ったカレンダーもあと1枚になりました。 海軍の艦載機(おお!このパソコンは一発変換した!)の写真ので 結構かっこいいから来年もこれにしようかと思ってるところ。 ぜんぜん知らない日が赤くなったりしてて違和感ありまくりだったけど 来年になったらちょっとは見慣れてたりするのかな。 (最初に驚いたら中嶋さんに「あたりまえだろう。ここはアメリカだ。 日本の祝日が赤くなってる方が驚くぞ」とほんっとに思いっきり馬鹿にされた。ToT) 中嶋さんといえばこないだ誕生日だったのにプレゼントを買いに行けなかったんだけど……。 「こっちの生活に慣れたから」って理由の意味わかる? なんかこっち来て1年たって、ようやく周りを見る余裕ができたらさ 俺って勉強してなかったんだなあって気がついたわけ。 もちろん遊んでたわけじゃなくて自分なりに必死にやってたんだけど ぜーんぜん足りてなかった。 周りはみーんな、すっごくむちゃくちゃ馬鹿みたいに勉強してた。 そうだな。えーっと、たとえるなら みんな学園のアルティメット並に勉強してるって感じ、かな。 落第がひとつもなかったからってすっかり安心しきってた自分が馬鹿に見えた。 せっかくアメリカに連れてきてもらったってのに何やってるんだろうな、俺。 それやこれやで何かに追い立てられるみたいな感じがして 机の前に座ってばかりいたらうまく時間が使えなくなって、 気になりながらもプレゼントを買いに行けなかった。 中嶋さんってそういうの気にしない人だから、プレゼントなしでもいいかなって 心のどこかで甘えもあったと思う。 ほんっとに馬鹿だ。書いてて自己嫌悪に陥りそう……。 俺は底上げのための勉強で、中嶋さんのはより高みを目指すための勉強。 なのに毎日俺の方が先に寝てた。後から起きてた。 学園にいた頃から中嶋さんっていつ寝てるんだろうって思ってたけど 最近はさらにひどくなってる気がして、とても心配してる。 だからちょっと考えて、誕生日には昼寝をプレゼントすることにしたんだ。 これだったら犠牲になるのはランチだけ。 サンドイッチを作っておけば歩きながらでも食べられるしね。 いいアイデアだったとこっそり思ってるんだけど。どう? 大学でやってる入学希望者のための学内見学ツアーみたいのがあって 法学部のコースからちょっと離れたところに木に囲まれたベンチがある。 夏の間は葉っぱがうざいくらいに茂ってて鬱蒼として近寄りたくもなかったけど 昼寝をプレゼントしようと思って場所を考えたとき、思いついたのがここ。 前の日に大慌てで下見に行ってみたら、今は程よく葉が落ちて日当たり良好。 でも風よけ程度には残ってる。昼寝には最適の場所になってた。 誕生日の朝に約束しておいて、お昼休みにそこのベンチに行った。 中嶋さんはそこを知らなかったみたいで、ちょっとだけいい気分。えへへ。 おべんとうが出てくると思ってた中嶋さんはちょっと驚いてたみたいだったけど プレゼントだ、って言ったら、ちゃんと俺の膝枕で昼寝してくれたよ。 朝の天気予報でチェックしておいたとおり小春日和で、風がなくて 気持ちいいくらい陽があたってて、入試の時に和希にもらったひざ掛けを 中嶋さんにかけてあげたら温かかったのか、ウソみたいにすぐ寝息が聞こえてきた。 プレゼントを受け取ってくれたっていうよりかは 俺に付き合ってくれたって方が大きいかなって思う。 でもいいんだ。理由なんかどうだって。 すっごく気持ちよさそうな顔して寝てもらえたから。 中嶋さんが寝てる間ヒマだったからぼんやり空とか眺めてて思った。 ここって学園の東屋に似てる。 どこが似てるって、実はどこも似てない(笑)けど でもやっぱり似てるって思う。 サボった王様を探しに来たりトノサマと遊んだりしたなって懐かしくなって いろいろ思い出してたら、あっという間に中嶋さんを起こす時間になっちゃった。 あの中嶋さんが起こすまで寝てるなんて、やっぱり疲れてたんだろうな。 できたら週に1回くらいこんな時間を作ってあげたいけどもう寒くって駄目かもな。 もし和希がこっちに来ることがあったら案内するよ。 膝枕はしないけど昼寝はしてみて。 爆睡できるのは中嶋さんで実証済み。 あの寝顔が証拠です(爆)。 ちょっとの時間ですっきりできるよ。 じゃな。 啓太 「……なーんかむかつくんですけど」 一読どころか二読も三読もしてから、和希がボソッとつぶやいた。うしろからモニタをのぞきこんでいた成瀬がくすくすと笑う。 「なんで? 啓太が素直だから?」 「どこが素直なんです。ただの惚気でしょう」 「だから、素直に惚気られるところが」 図星を刺されたか和希がぷいっと横を向いた。こうして感情を垣間見せるあたり、成瀬には和希も素直でかわいらしく見える。ただそれが自分だけに見せる表情だということも成瀬は承知していた。幼いころから経営者としての生き方を叩き込まれてきた和希は、自らの感情を表に出すのに慣れていないのだ。和希が自分を見せるわずかな例外が成瀬と、このメールを送ってきた啓太だった。 啓太が時折よこすメールは、大なり小なり今日のもののように中嶋とのことを書いたものが多かった。届くたびに和希は何度も何度も読み返し、そこに深刻な何かが隠れていないか、彼らの行く先にわずかな翳りでも見えはじめていないかと、目を皿のようにしてモニタを見つめる。そして何もなさそうだと確認できてようやく、ほっと息を吐くのだった。和希にとって啓太は本当に大切な存在で、何かの前兆は絶対に見逃すまいと思っているのだ。早いうちに気づけば摘める芽だってある。結果、まるで重大な報告書を読み込むようにメールに目を通すことになり、それを横で見ている成瀬に気取られたくなくて悪態をつくのもいつものことだった。 「だけど君、ホントに中嶋さんのこと気にかけてるよね。夏休みのバイトを法務部に頼んでみたり、スズビシ・アメリカのバックアップを受けられるように特別パスを発行してもらったり。……あれ、根回しが大変だったんじゃない?」 「仕方ないでしょう? あの人の行動は啓太の幸せに直結してるんですから。使う使わないは別にして、バックアップがあると知っているだけで気持ちに余裕を持てるはず。余裕がなくてギスギスしてくると、啓太に対するアタリだってきつくなりかねませんからね。それに、夏休みくらい啓太を日本に帰らせてやりたいじゃないですか」 「ふ〜ん? そうなの?」 「そうですよ。1年も気を張って来たんだから、ちょっとゆるめないと断線してしまいます。中嶋さんのバイトは帰国のいい口実になる。法務部にしたっていい人材には早めに唾をつけておけますし。まさに一石二鳥とはこのことです」 「まあ、君がそういうならそういうことにしておいてもいいけどね」 いつも笑んでいるような成瀬の顔に、ほんの少しからかうような色が加わる。気づいた和希は成瀬の前髪をつまんで引き寄せた。 「自分だって特別パス持ってるくせに。しかも全世界バージョン」 「うん。根回し有難うね、ハニー」 どうあっても笑顔を崩そうとしない成瀬に、和希はつまんでいた前髪を放した。 返信をしようと座りなおした和希は、あらためてゆっくりとメールの内容を読みはじめた。虫眼鏡で細部のほころびを探すように字面を追っていた先刻と違い、啓太と中嶋の日常が目に浮かんでくる。啓太も中嶋もお互いをしっかり思い遣りながら、精一杯大学生活をおくっているようだ。 「啓太……、ちょっと大変そうかな」 「う〜ん。もともとの学力が学力でしたからねぇ。ついていくだけでやっとだったと思いますよ? でもまあいいんじゃないですか。自分で気づけたってのは大きいですよ。これからの伸び方が変わってくる」 「まあね。啓太は大物だから」 『大物』という成瀬の物言いに和希から忍び笑いが漏れる。言った本人の成瀬もくすくすと笑った。 「だって大物だよ? なんたってあの中嶋さんを膝枕で昼寝させてしまうんだから」 「あの人のことだからメリットの有る無しで考えたんでしょうけどね」 二十歳を超えた今でもまだかわいらしい笑顔のできる啓太であるが、意外に頑固な一面も持っている。こうと決めたら、あのただでさえ大きな目をさらに大きくして相手をまっすぐに見つめ、一歩も退かなくなるのだ。今回も中嶋を少しでも休ませたいという思いから『誕生日に昼寝をプレゼントする』のがスタートしているのだから、寝ないとでも言おうものなら寝るまで中嶋につきまとったのに違いない。そうなれば食事はできない本も読めない、もちろん寝られもしないのないない尽くしの三重奏に陥ってしまう。啓太の頑固さを普段からよく知っている中嶋なら、ぐずぐず言わずに寝てしまった方が得策だと判断した可能性も高かった。そうすれば少なくとも昼寝はできる。 「メリットって、啓太に膝枕してもらえる以上のメリットはないんじゃないかな」 メールを読んでいた時には意識して考えないようにしていた和希の脳裏に、いとも鮮やかな総天然色で、中嶋を膝枕する啓太の姿が浮かんだ。その肩から下のあたりに、広げればマフラーと兼用になるひざ掛けを啓太がかける。さらには寒くないようにとあっちをひっぱりこっちを伸ばしする姿まで思い浮かべてしまい、和希は渋い顔をした。 啓太のメールにあったひざ掛けは和希が編んだものだ。久我沼に拉致された啓太は収容された病院で昏々と眠りつづけた。その枕もとで仕事の書類は読みたくなくて編みはじめたものだった。ちゃんと目覚めて極寒の時季のセンター試験に使えるように、と。軽くてかさばらないよう最高級のカシミヤの中でも極端に細い糸を取り寄せ、針は極細のものを使った。時間は馬鹿みたいにかかったが仕上がりには満足している。温かくて当たり前だ。あれは啓太を温めるために編んだものなのだから。中嶋を温めるために編んだものではない。絶対に。 「なーんか、やっぱりむかついてきた」 「和希ぃ……」 「腹が立つからみんなに転送してやる!」 その通りのことを返信文として書き込んでからccに学園の連中のアドレスを流し込んだ和希は、口では腹が立つとか言いながら、その実とても楽しそうに送信ボタンを押した。今はそれぞれ居場所が違い、時差もあるが、概ね12時間のうちには皆が目にすることとなるだろう。 「もう……君、それ今年に入って何回目だよ? そのうち啓太に嫌われてもしらないよ?」 「いいんです。みんな待ってるんだから」 オニイチャンは確信犯だった。 ○ ☆ ○ 転送されてきたメールを読んで、海野先生はトノサマを抱き上げた。 「トノサマ。伊藤くんがんばってるみたいだね。中嶋くんともうまくやってるみたいだし。トノサマのこともちゃーんと覚えててくれたよ。よかったねえ」 海野先生がトノサマに頬ずりをする。温かいものが身体中に広がってくるのは、トノサマの体温だけではない。トノサマも応えるようににゃーんと鳴いた。 滝がこのメールを読んだのは合宿中のブリズベンのホテルでだった。くったくたになるまで練習してきて、ぐったり椅子に座りこんだら、目の前にノートパソコンがあったのだ。ちなみにベッドに倒れこまなかったのは、ベッドの上が広げた荷物でいっぱいになっていたからだ。朝ばたばたして荷物をそのままにして出かけた自分に少々後悔しつつメーラーを立ち上げると、和希から転送されてきていた。 「なーんや。啓太えろうがんばっとうなあ。副会長に膝枕するなんて、副会長に膝枕してもらうより難しいで。猛獣使いは健在や。ええ感じやないか。ええ感じにいちゃいちゃしとうわ。くーーーーっ! 負けられへんがな」 パソコンを床におろした滝はセルフマッサージをはじめた。口では「負けられへん」と言いつつも啓太からのメールを読みながらだと、のんびりした気分で丁寧に行えるのだ。それが良かったのか翌日の練習で滝は自己ベストを出した。 西園寺と七条はとある貴族の別荘に招待されて南仏の古城にいた。こういう場にパソコンを持ち込むのが無礼であることくらい承知していたので、ふたりともスマホさえボストンバッグに入れたままにしていた。だからこのメールを読んだ後の反応はまだわからない。だがとばっちりはまっすぐ和希に向うに違いない。 メールを読んだ篠宮は生真面目にもインターネットで検索をかけ、その日のボストンが思ったより寒かったのだと知った。仲がいいのはいいことだし、すぐに睡眠時間を削る中嶋に昼寝をプレゼントしたのもいい判断だと思う。だがそれで風邪をひいてしまっては元も子もなくなってしまうではないか。今回はたまたま風邪などには至らなかったが油断は禁物である。以降は気を付けるようにとメールを書いて送信した。 送信し終わった画面を見て篠宮は優しい笑みを浮かべた。少々小言を書きはしたが、あの後輩はきちんと篠宮の意図をくみ取ってくれることだろう。そして来年の誕生日には、もう少々、温かいところで昼寝をしてくれるのに違いない。その姿を思い浮かべるだけで、心の中がほんわりと温かくなった気がした。 和希から転送されてきたメールは芸術家の心に火をつけたらしい。一読するなりスケッチブックを取り上げた岩井は、ベンチに座るふたりの姿を何枚も描いた。目元にやわらかい微笑みがのっているからか、ふたりの感じているぬくもりが形になったような絵ばかりである。聖母のような表情を見せる啓太。葉を手前にもってきて、人物はいっそ大胆なくらい小さくしたもの。等々。そもそも初冬の陽だまりの中、膝枕で眠る恋人たちの姿は、それだけですでに一幅の絵画なのだ。あと何枚か描いてみて、気に入ったものがあればちゃんとキャンパスで色を付けようと思った。ニューヨークで予定されている個展のメインに据えるのもいいかもしれない。 自分たちの絵がギャラリーの中心に置かれていると知ったときの彼らの表情を思い、岩井はらしくもない悪戯っぽい笑みを浮かべた。 日本趣味のフィンランド人留学生に招かれて泊まり込んでいたため、丹羽がメールを読んだのは受信してから38時間後のことだった。読むなり「へへっ」と笑いが漏れる。おとなしく膝枕してもらう中嶋なんて丹羽の想像力を振り切るくらいぶっ飛んでいたが、膝枕をする啓太の姿はいくらでも思い浮かんだ。中嶋との関係に悩み、傷つき、泣き、それでも傍にいたいと願う啓太を、ずっと見守ってきたからだ。啓太の涙と努力を知っている丹羽は、啓太の膝枕を当然の結果と受け止めた。だからとりたててメールを送るなどということはしなかった。 読み終わった丹羽は何事もなかったかのように保存していた文書を呼び出し、レポートの続きを書き始めた。だが時折その手が止まる。そのたび丹羽はあらぬ方を見て「へへっ」と笑うのだ。笑うと胸の内が温かくなってくる。今度会ったときにはがしがしとアタマを撫でてやろうと思った。 啓太が中嶋の誕生日に用意したのは、ただ膝枕をして昼寝をさせるという、プレゼントともいえないくらい小さなものだった。だがその本当に小さなプレゼントはメールを読んだ者すべてを、ふんわりとした温かい空気で包み込んだのだった。 |
いずみんから一言。 啓太くん、毎年の誕生日のプレゼントに苦労しております。 つまりは作者が苦労しているわけです(苦笑) オマケをつけるつもりが時間が無くなったので、 これはクリスマスにでも。 |
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