ふたりで進む道 |
さて。と熱いお湯につかりながら啓太は考える。環境がどれほど変わろうと。極端に言えば、異星人からの攻撃を受けて逃げ回っている最中であろうとも、11月19日は中嶋の誕生日だし、誕生日が来るならばプレゼントを考えて用意をしなくてはならない。つまりここが不慣れなアメリカで、留学前後は準備で目が回るほどドタバタし、入学したらしたで今度は勉強に追い回されている現況ではあるが、啓太的にそれは言い訳にはならない、ということなる。 日本がいくらアメリカナイズされていたとしてもやはり日本は日本で、アメリカは全然違っていた。ついでにいえば海外旅行の経験は、やはり海外旅行の経験でしかなかった。 「いや。だけどさ。ものは考えようだよ」 新居に落ち着いた翌日。様子を聞きに、メールではなくわざわざ電話をしてきた和希が言った。 「そこが南米とかチベットじゃなかっただけよかったじゃないか。英語は通じるわけだし、水洗トイレもあるし。気がついたら家の中にアナコンダがぶら下がってるわけでもない」 「和希ぃ。それ、なんの慰めにもならないし」 「そうか?」 「そんなとこ、中嶋さんはハナから選ばないもん」 「じゃあマイアミはどうだ? れっきとしたアメリカだぞ? だけどあそこだったら裏口からワニが入ってくるかもしれない」 「もう。爬虫類はいいってば」 「ごめんごめん。だけどさ。そんなに気にするほどのことはないと思うぞ? 啓太が啓太らしくあれば、知らないうちに道はできてる」 「そうかなあ……」 「そうだって。俺なんか啓太よりうんと小さいときに渡米したんだぞ? あの頃の俺にできて今の啓太にできないことなんて何もないさ。自分をもっと信じてあげないとな」 百年も前からここに住んでいるかのように悠々としている中嶋と違い、何をするのもおっかなびっくり状態の啓太には、和希のことばは何の慰めにもならなかったようだ。何故ならこの日の啓太は、留学先の大学で中嶋と離ればなれになると気づいてしまい、違う学部を志望してしまった自分を呪っている真っ最中だったからである。 『一般教養』とひとくくりにされているがハーバードのものは多種多様。数えきれないほどの講座が用意されている。その中から中嶋は自分の将来に必要あるいは有利と思えるものを選んだのに対して、啓太は自分の手に負えそうなもの。つまりは単位を落とさずに済みそうなものを選ぶしかなかったのである。ふたりの選択がかすりもしなかったのも当然の結果と言えた。同じ法学志望にしておけば、ひとつやふたつは同じ講義をとれたかもしれないというのに。これから先、啓太は自力で次の教室を探し、トイレを探し、ランチや終業後は中嶋と合流するために広い構内を移動しなければならない。それらを克服したころには、きっと何か別の困難が待ち受けているのだろう。 入学前に早くも自分の限界を悟ってしまった啓太だったが、ひとつだけ。飲み物を調達することだけはクリアできていた。飲み物の買い方を習得したのではない。スーツケースを詰めるとき、何を思ったのかちょうど空になったばかりのマグボトルを洗いもせずに突っ込んできていたのだ。中嶋と同居生活を始めたときに、はじめてもらった生活費の中から自分用に買ったカバ印の青いステンレスボトルである。これで今までと同じようにお茶なりコーヒーなりをもって登校することができる。荷物を開けた時には何でこんなものを入れたのかと首をひねった自分を、わずか数日後には思いっきり褒めることになった啓太だった。 しかし目についたマグボトルを荷物に入れたという啓太の運の良さは、単に飲み物の調達に留まらなかった。本当の運の良さはこれからである。そう。啓太は気づいてしまったのだ。最初は氷入りの冷たいお茶を入れていたマグボトルに先週からは氷なしのお茶を入れていたのが、今朝は熱いお茶を入れたことに。ついでに言えば中嶋にすり寄って眠っていても「暑い」と言われなくなっていた。 熱いお茶が欲しくなったらセーターを準備する。これは親元を離れてBL学園で生活をしはじめた啓太が覚えたスケジュールだ。そして。セーターが欲しくなったらすぐ、中嶋の誕生日が来る。啓太にとって1年でいちばん大切な日が来るのだ。 ただ今年の啓太がさらに幸運だったのは、ボストンが日本よりも寒い、という点にあった。日本にいるときよりも数週間早く中嶋の誕生日の準備をスタートさせることができたからだ。慣れない異国でのハンディを帳消しにできるアドバンテージを手に入れたことになる。 プレゼントを考えなければならないと気づきはしたものの、やはり朝は忙しい。大学ではもっと忙しい。正確に言えば周囲の話す言葉に全神経を振り向けなければならないため、ほかのことを考えている余裕がないのだ。中嶋に関することが後回しになっているあたり、啓太の余裕のなさの程度が分かろうかというものである。 中嶋と家に戻り、いつの間にか彼が作ってくれていた夕食をとり、明日の講義のための準備をする。いつもと同じスケジュールを機械的にこなしている途中で、中嶋が「湯を入れておいたから今のうちに風呂に入れ」と言ってきた。時計を見るとそろそろ11時になろうとしていた。 ここで冒頭の「さて」に戻る。 バスタブは大きいが、長いだけでさほど深さがあるわけではない。啓太は腰の位置を思い切り前にずらして頭を縁に預けると、ほとんど寝そべるようにして肩までお湯につかった。温かい湯の中でゆっくりと手足を伸ばしていると凝り固まったアタマがやわやわとほぐれてくるようで、思わずほうっと大きな息が漏れた。それと同時に目先のこと以外のものまでが見えるようになり、ようやく「さて」と中嶋の誕生日のことを考える余裕ができたのだった。 考えなければならないことは多かった。お祝いの食事はどうするか。外食ならどこにどんな店があるのか考えなければならないし、家で作るなら作るでメニューを考え、食材をどこで調達するか等課題はいろいろある。プレゼントもまた然り。啓太的には日本から通販で取り寄せるのがいちばん楽な方法だった。幸いにもまだ日にちの余裕はあるので、ぐずぐずと迷いさえしなければ誕生日までには用意できるに違いない。だが正月というならともかく、アメリカにいてまで日本のものに頼るというのはどうなのだろう。 渡米するための荷物を作っていたとき、中嶋は極力荷物を減らすようにと何度も言った。こちらでも使えそうな講義のノートやテキストはともかく、服や身の回りの物などは買えばいいと、ほんの数日分の着替え程度しか持ってこられなかった。別送品に至っては、啓太の荷物などかばんひとつだけである。啓太がどうしてもと言って頑張らなければそれさえなかったろう。最初は中嶋の物言いを冷たいと感じていた啓太だったが、おそらく『いつまでも日本を引きずるな』ということだったんだと最近は思うようになった。見知らぬ国でスタートを切るなら、つい過去を振り返ってしまうような品物はない方がいいのだ。もし本当に中嶋がそう考えているとしたら、プレゼントの品物は日本から取り寄せたものではない方が、少なくとも無難ではある。 「あああっ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 中嶋さんの馬鹿っ」 思わず本音が漏れた。 「なんだってこんな引っ越してすぐ来る日に生まれるかなあ。3月とかだったらきっと今より慣れてていいものが見つけられたのにぃ!」 とりあえず明日、家のドアを1歩出たら周囲に目を配ることにする。ウインドウでも人の持ち物でも、よさそうなものがあればチェックする。見つけたものについて話を聞きたいときには……、えっと……。 「誰が馬鹿だって?」 「ええと……’What is……‘ え!?」 目線をあげると中嶋が見下ろしていた。考え事でアタマがいっぱいで、シャワーカーテンを開けられたことに気づかなかったようだ。中嶋の口の端が嫌な感じに吊り上っている。ものすごく嗜虐的で、なのに見た者を離さない。 「なかなか出てこないから風呂の中で寝落ちでもしてるのかと様子を見に来たんだがな。まさか風呂の中で悪口を言われているとは思いもしなかった」 「え? あの? 悪口、ですか?」 「この耳ではっきり聞いたぞ?『中嶋さんの馬鹿』ってな」 「いや、その。あれは悪口なんかじゃなくて、ですね……」 そんなことはわかりきっているのだろう。だからこそ中嶋は容赦をしない。眼鏡を外して棚の上に置くと、服のままバスタブに足を踏み入れてきた。啓太の顔の両脇に手をついて至近距離から啓太の顔を見下ろす。 「お仕置きだな」 「えええっ! 俺はただ中嶋さんの」 「『馬鹿』と言っていただけか?」 「ちがっ! ってか中嶋さん、服ぬれてます」 「たかが部屋着だ。クリーニングに出せば済む」 「ふたりで入るとお湯があふれてしまいます!」 「ふうん? 下の階から苦情が来るか?」 「そうです、そうです!」 「それはいけないな。お仕置きの最中に邪魔が入ったら大変だ」 左手を湯の中に入れ、中嶋が栓を抜く。啓太の耳に聞こえたのは水が抜けていく音か。それとも自分の血の下がっていく音だったのか。 「まずは俺を洗ってもらおうか。みたところおまえもまだ体を洗っていないようだからな。上手に洗えたらおまえも洗ってやる」 いつもなら甘い疼きさえ感じさせる『洗ってやる』の言葉が、啓太の心のどこかに触れた。啓太はこのところうまく中嶋を受け入れられずにいるからだ。中嶋は啓太に負担を感じさせないよう、さらっと「じゃあ今度な」と言ってくれてはいるが、今夜のように『洗ってやる』程度の言葉に敏感に反応してしまうのは、啓太の方にかなりの罪悪感が積み重なっているからに違いなかった。 理由はおそらくストレスにあるのだろう。啓太は今、学内で孤立に近い状態にあるのだ。誰が悪いわけでもない。ただ全米どころか世界中から集まってくる学生たちのさまざまな英語について行けず、話しかけられても、話しかけられていると気づけなかったことが多かっただけだ。それが度重なるうちに無視しているととられてしまった。ハーバードは学生に手厚い学校で、カウンセリングなども気軽く受けられるようになっている。啓太も最初に説明は聞いたはずだしポスターなどもあちこちで見かけはする。だがカウンセリングになじみのない日本人である啓太には、そもそも受けてみようという発想さえなかったのである。 最初は孤立していることさえ気づいていなかった。気づいてしまってからは『聞き取らなければ』という思いが強すぎて、啓太は渡米当初より余裕をなくしていた。そんな中で中嶋の誕生日を思い出せたのは本当に幸運だった。忍び寄る寒さを気に留めずにいたらクリスマスになっても思い出さないままだったかもしれなかった。 またうまくできなかったら。その思いが啓太をすくませる。だがもう残された道はない。啓太はゆっくりと手をあげて中嶋のシャツのボタンに指をかける。最後の湯が抜けきる前に、中嶋はシャワーの湯を出した。 結局啓太はこの日も中嶋を受け入れることができなかった。こういうときにつくづくと、自分の身体は中嶋を受け入れるようにできていないのだと思い知らされる。啓太の手の中で泡に包まれた中嶋はいつものようには猛っていなかった。それはきっとできなかったときの心の負担を考えていてくれたのだろう、と啓太は思っている。 実を言えば中嶋も、そして和希も、程度の差こそあっても啓太の今の状態は予想が出来ていた。啓太は決して精神的に弱い人間ではないが、変なところでまじめすぎてしまう傾向があった。躓いた石が大きければ迂回するなり誰かの手を借りて排除すればいいものを、自分で何とか動かそうとして疲れ切ってしまう傾向が見受けられるのだ。しかも困っていることを周りに見せようとしない。特に中嶋と付き合いはじめてからというもの、中嶋の負担になるのを恐れて、本当に大変な時ほど内部にしまいこんでしまっていた。留学先でそうなってしまえば、最悪の場合、逃げ道を無くした啓太がつぶれてしまう可能性さえあった。 留学を見据えていた中嶋は、まだ啓太が日本で大学に入った頃から和希と何度もこの件で話し合っていた。そうして出た結論が、全寮制のハーバードであえて入寮を避けるというものだったのである。もともと寮の他にも部屋をひとつ借りる予定はしていた中嶋だったが、さすがにルール無視ともいえるこの申し入れが通るとは思っていなかった。新入生用の寮の部屋を割り当てられたうえで他所で済むことを許可された際には、さすがの中嶋が驚きを通り越してあきれ返ってしまったくらいだ。裏で和希が相当動いたのは明らかだった。 だから昨日の夜も、そして朝になっても、駄目だったことに中嶋は何も触れなかった。いっそ大声を出された方が啓太の罪悪感も薄れるだろうに、中嶋はいつもとまるで変わらず朝の準備をし、大学へとクルマを出した。中嶋に聞きとがめられないようため息を押し殺す啓太の目の前を、少しは見慣れた風景が流れていく。啓太の心とは裏腹に外は明るい陽がさしていた。 「どうかしたか?」 「あ……、えっと。外が明るくてきれいだな、って」 「もう冬が近いからな。明るい陽射しもそろそろ終わりだろう」 「そうなんですか」 「冬になったら灰色の雲で空にふたをされたみたいになるだろうな」 今はこんなに明るいのに。どんよりとした日が続くなんて今の風景からは想像もつかなかった。たしかに左手に見えてきた公園は樹々の紅葉が進みはじめていたが、おしゃれなウエアでランニングをする人や芝生に寝転ぶ人たちがまだ多く見受けられた。そう言えば引っ越してきたとき、こんなふうに走ったり昼寝ができたりするようになったらボストンの住民になれたと思えるんじゃないかな、と思ったものだった。まだまだ遠いな。そう思う啓太の啓太の横を公園はうしろへと遠ざかって行った。 それから数日後の金曜日。プレゼントはまだ決まっていなかったが、啓太はいつもよりは軽い足取りで中嶋との待ち合わせ場所へと歩いていた。昨夜は中嶋との時間が過ごせたのだ。お仕置きから発展したものだったし、日本にいた頃のような激しいものでもなかったが、啓太にとっては漸くの思いで得られた、心の底から満ち足りた時間だった。 さらにはそのあとで中嶋から『お願い』をされ、中嶋が憧れる渉外弁護士の特別講義の申し込みをするというおまけまでついてきた。周囲に目を遣れば問題は山積みでも、とりあえず今日だけはすべてを脇に置いておける気分だった。 金曜の夕方だからだろうか。今日はいつもに増して騒がしかった。時折聞こえる大声や歓声は、どこかここからは見えないところで何かのパフォーマンスがされているのだろうか。レンガ色の建物が並ぶ学内の道では風がかなり冷たくなりはじめていた。ほんの数日で一気に季節が進んだようだ。ポケットに手を突っ込むほどではないものの、開けていたジャケットのボタンを全部とめてしまった。今日着ている秋用のジャケットと薄手のセーターはつい先日買ったばかりだったが、この分では早めに冬物を用意した方がいいかもしれない。 「あ。じゃあその時に中嶋さんのプレゼントもこっそり見てくればいいんだ」 思いついたのと周囲の声がいきなり大きくなったのと、どちらが先だったろうか。悲鳴のような声が耳に入り、振り向くまもなく腕を引かれた。バランスを崩して誰かの腕に倒れこんだ啓太の50センチむこうに、長さは優に3メートル。一抱えもあるような大木が横倒しに落ちてきた。風圧で地面の小石や落ちた葉、折れた小枝までが巻き上げられ、思わず啓太が顔をそむける。だが枝が茂ったままだったのが幸いしたのか落ちただけで転がっては来ず、啓太はぎりぎりで難を逃れた。黄やら赤やらくすんだ緑やら。ごちゃまぜの紅葉具合に啓太は「ユリノキだ」と、場違いなことを思った。 「啓太!」 突然の出来事に何が起こったのかついていけていない啓太だったが中嶋の大声で我に返った。必死に走ってくる中嶋の姿の向こうに、植栽に突っ込んで止まっているピックアップトラックが目に入った。同じような長さの樹の幹をあと2本のせているのは、1本の長い樹を荷台に合わせて3つに切り分けたように見える。くくりつけていたらしいロープがほどけたらしく、長々と引きずっていた。そういえば『図書館裏の木に倒木の恐れがあるため伐採する。作業中はエリア内進入禁止』というお知らせメールを受け取っていたし、あちこちに注意喚起の掲示もされていた。おそらくこれがその木だったのだろう。駆けつけた警備員が運転手を外へ出して拘束しようとしていた。あれが直撃していたら。そう思ったとたん、今更のように足が震えだして、啓太はその場にへたり込んでしまった。近くにいた女子学生が『大丈夫?』といいながら髪やジャケットについた葉を取ってくれた。 「無事か!」 「あ、はい」 当の啓太より青い顔をして息を切らせていた中嶋は、それでも啓太の無事を確認できてひと息つけたのだろう。啓太の後ろにいた学生に礼を言った。 『助けてくれて有難う。心から礼を言う』 『あ。俺、彼と同じ講義をいくつかとってるんです。トラックが蛇行しながら突っ込んできて、みんな危ないって叫んでるのに彼ひとり悠々と歩いてるのが見えて、もしかしたらわかってないかもしれないって』 『だから私が走れ!って言ったの。間に合ってよかったわ』 啓太の脇にしゃがんだまま女子学生が補足した。どうやらふたりは知り合いだったらしい。 『俺はチャールズ・ブチンスキー。友人はブッチと呼んでる。彼女は姉のアンナ・サウスウッド』 『私たち、おばあちゃんがけがをしたって言うからふたりでお見舞いに行こうとしてたところだったの』 『おかげで助かった。俺は中嶋英明。こっちの伊藤啓太の保護者のようなものだ』 まだ立てない啓太を抜いて、3人が握手を交わした。 『お見舞いに行く前に時間の余裕があったら、ぜひ一杯おごらせてもらいたいのだが』 ブッチとアンナが顔を見合わせ、肩をすくめた。背の高さも体格も、髪の色さえ違うのに、その仕草は笑ってしまうくらい似ていた。彼らが双子だと分かるのはもう何時間か後のことになる。 『おばあちゃんたら玄関ポーチのひさしにペンキを塗ってて、梯子の一番下の段を踏み外してしまったの。ペンキをかぶった以外は尻もちをついて足を軽くひねったくらいね』 『つまりお見舞いは今日でなくても大丈夫だ、ということ』 『じゃあ決まりだ』 派手な色と音で警察が到着した。大声でわめき散らしながら連行されていく運転手をブッチとアンナが呆れたような顔で見遣った。 『何あれ。あいつ馬鹿?』 ただでさえ大声で喚かれて聞き取りにくいうえにスラングだらけの米語を、アンナが聞き取りやすい言葉に翻訳した。それによると『お前たちより俺の方がよほど優秀だ。今日の仕事がここだったというのは、俺を落とし続けた大学と、俺の代わりに入学した奴らに思い知らせるために、神が仕組んでくださったからだ』と言っているらしい。 『なるほど。ただの馬鹿だな』 『つまり事故じゃなくて事件ってことか? だったらさっさと飲みに行こうぜ。事情聴取なんか受けてたらばあちゃんに殺される』 へたりこんだままの啓太を中嶋の大きな手が引き上げる。 『運転手を訴えるなら力になるわよ。私ロースクールの学生だから』 『ロースクールの?』 アンナの言葉に中嶋が反応する。 『じつは俺もロースクール希望なんです。一応日本での弁護士資格をもってます』 『あら。それは頼もしいわね。じゃあまずは……』 話が弾んでいるらしく中嶋とアンナが先に歩きはじめた。あとに続くブッチが『それにしても』と、転がった樹の幹を蹴飛ばした。 『手を引っ張った俺が言うのもなんだけど。よくこんなのから逃げられたなあ』 『ああ俺、昔から運だけはいいんだ』 そう。啓太は運がいいのだ。ならば今日ブッチとアンナの姉弟と出会ったのも、啓太の運が引き寄せたものではないだろうか。啓太はひとつ息を吸い込むとブッチに話しかける。 『あのね、もうすぐ彼の誕生日なんだ。お祝いにジョギングのシューズをプレゼントしようと思うんだ。いい店を知ってる?』 『ふうん。予算は? あと気に入りのメーカーはあるか?』 『メーカーはどこでもいい。でも俺のも買おうと思うから、とっても高いのはだめかな』 『まかせろ。買い物は来週でいいかな』 『いいよ。まだ時間はあるから』 『そのかわり、こっちからもひとついいかな』 『何?』 『アンナに日本のアニメの話をしてやってくれよ。彼女は日本の大ファンなんだ』 『いいよ。もちろん。俺もアニメ大好きだし』 『よし。交渉成立だ』 ブッチが手を出してきたので啓太がそれを握る。渡米してからというもの、啓太がこれほど長い会話を英語でしたのははじめてのことだった。引っ越してきたときに俊介から届いた「道頓堀」と「通天閣」のTシャツは、まだ部屋のチェストの中にある。今日のお礼に彼らにあげようと思いそして不意に、啓太はまだ自分ではお礼を言っていなかったことに気がついた。 『助けてくれてありがとう。それで、えっと、これからもよろしく』 啓太がブッチの手を握りなおす。啓太の前に新しい道が伸びようとしていた。 |
いずみんから一言。 みなさん。ネットの回線トラブルには気を付けましょう。 こんなに遅れるなんて思ってもみませんでした。 11月中にUPできただけでも良しとするしかありません。 あちこちをつなぐ話が書きたかったのですが、それよりも 大きなミスをしてまして。って。 「ハーバードは全寮制だったよ!」 これをちょっとごまかしたかったんです。 ぺこぺこ(汗) |
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