声を聞かせて

 ドアを開け、さあどうぞといって振り向くと、君は緊張しきった面持ちで立ちすくんでいた。それでなくても大きな眼を、さらに大きく見開いて。ああ伊藤くん。君はなんて可愛いんだろう。そう思ったとたん、ふっと笑いが口から漏れた。それで少しは緊張が解けたのか、手を差し出すと握り返してくれた。伊藤くんの手は暖かかった。
 そのまま部屋に導きいれ、ドアに鍵をかけた。無粋なシリンダー錠は思ったより大きな音をたて、伊藤くんは怯えたように僕を見た。そんなに怖がらなくてもいいのに。
あの音は天国の門が開く音。あるいは開幕を告げるベルの音。そんなふうに思ってもらうのは、まだまだ無理なんでしょうね?
 愛しい人をその場に残したまま、僕はまず部屋の向こうまでいき、窓のカーテンを閉めた。外から見える心配はないのだけれど、これで伊藤くんの不安が少しでも減らせるのなら。でも薄暗くなって、伊藤くんの表情(かお)が見えにくくなったのが、ちょっともったいない。
 伊藤くんのところに戻り、肩を抱いた。手に痛いくらいの緊張が伝わってきたから、何かいいたそうな顔をしたのを、わざと気づかないふりをしてくちびるを重ねた。
 くちびるを割り、歯列をこえて伊藤くんの舌をからめとる。きっと不安だろうに。
 必死になって応えようとしてくれる伊藤くんがたまらなくいとおしい。少しして顔を離すと、伊藤くんと眼が合った。
「大丈夫ですよ」
 そう声をかけて、彼がまだ抱いていた携帯電話の紙袋を取り上げた。
「えと、俺、あの……」
「心配しないで。今のキスも、とても上手でしたよ」
 そしてベッドカバーを掛け布団ごと一気に剥ぎ取る。伊藤くんが息を呑んだのがわかった。
「すみません。もっとゆっくり、伊藤くんがついてこれるようにしたいのはやまやまなんですが、僕の方がもう、一分でも一秒でも早く伊藤くんと、って思っているので」
 ベッドに腰かけ、伊藤くんの腰を抱き寄せた。耳まで真っ赤にはなっているけど、大丈夫。嫌がったりはしていない。彼の表情を確かめながら、タウンジャケットのファスナーを下げた。肩から抜いて、その場に落とす。カッターのボタンは上から順に。
 ひとつはずすたびに、健康そうな色の肌が露わになっていく。僕とはまったく違う、温かみのある肌の色。
 ベルトのバックルに手をかけたとき、伊藤くんの両手が伸びてきて、僕の肩を掴んだ。
「伊藤くん。立っていられなくなってきたのなら……」
「大丈夫、です」
 伊藤くんはなんとか微笑もうとしてくれていた。
「だってこの前も、俺、最後まで立ててたから。……だからまだ、大丈夫」
「そうでしたね」
 僕も微笑み返してズボンを下に落とした。伊藤くんは自分からそれを足から抜いた。
 僕は眼の前にある伊藤くんの膨らみに、下着の上からくちびるを押し当てた。輪郭をなぞるように、くちびるを上下させる。肩を掴む伊藤くんの指に力が入り、次第に荒くなってきた息が僕の髪を揺らす。僕はしっかりと伊藤くんの腰を抱きなおし、なぞり残しがないように、ゆっくりていねいにくちびるを這わせた。僕のくちびるが動くたび、そこの形が変わっていくのがわかる。やがて一点にしみが広がってきた。
「あ、や……。おね、が……い、脱がせ、て……」
「こうですか?」
 いわれたとおりに下着をひき下ろしてあげる。弾けたように眼の前に飛び出してきたものを、すかさず口に含んだ。
「ひぁ……っっ!!」
 伊藤くんの手が、まるで僕を遠ざけようとでもするかのように、肩を押してくる。
 駄目です。伊藤くん。君にはもっともっと気持ちよくなってもらいたいから。他人の口にそんなところをゆだねるのは初めてだろうけど、だからこそ途中では離せない。
 こうしてもらうのはとてもいいこと。それを君に教えてあげたい。
 僕の舌の上で伊藤くんがみるみる硬く、大きくなってくる。伊藤くんの身体が鞭のようにしなうたび、髪の先から振りまかれる汗が僕の顔を濡らす。伊藤くんの限界が感じられ、彼に声をかけた。
「さあ。いっていいですよ」
 もう一度繰り返してみるが、抵抗があるのか、まだ我慢をつづけようとする。もうこんなになっているのに。このままではつらいだけですよ? あまりにかわいそうだったので、先端を甘噛みしてあげた。瞬間、口の中に吐き出された伊藤くんの生命のしずくを、ごくりと飲み下す。同時に、崩れ落ちてきた伊藤くんの身体を抱きとめ、ベッドに横たえた。
 僕も手早く服を脱ぎ捨て、まだ肩を上下させながら、半ば放心状態で伏せている伊藤くんを、背中から抱き寄せた。首筋から背中にかけてくちびるを這わせつつ、前に回した手は胸の突起を探り当てる。ここを弄られるのが好きなようだったから。伊藤くんの好きなことは、どんなことでもしてあげたい。縁にそってなぞっていくと、伊藤くんの息が荒くなるのがわかる。さらにこねまわすようにしてあげると、僕の腕の中で魚のように身体がはねた。
「いいですか。伊藤くん?」
 髪を撫でながら耳元で囁きかけてみる。返事はない。返ってくるのは激しい息づかいだけ。郁に声が大きいといったのを気にしているのかもしれない。
「よかったら、いいっていって。……伊藤くんの声が聞きたい」
「あ……、いい、です……」
「ああ、よかった。ここにはふたりきりです。だから安心して、声を聞かせて」
 伊藤くんが不思議そうな顔をこっちに向ける。肩をそっとひいて伊藤くんを仰向け、その顔をのぞきこんだ。
「どうかしましたか?」
「……ふたりきり?」
「そうですよ。ここだけじゃなく、隣の部屋にも誰もいません。我慢をする必要は、何もないんです。だから好きなだけ声をあげてください」
 そして身体をかさねると、あらためて首筋にくちびるを這わせた。首筋から鎖骨をたどる。もう少し下がれば君の好きな、愛らしく尖った突起にたどり着くけれど、お楽しみはあとにおいておいて、今はまた首筋へ戻る。
「う……、ふぅ……っ」
 伊藤くんから声が漏れ始めた。と、同時に、僕の背中に手が回された。しがみつかれたことはあっても、こんなふうに抱き合ったのは初めてだった。胸の中に暖かいものが広がる気がした。
「うれしいですね、伊藤くんから抱いてもらえるなんて」
 首筋からボディの方に場所を移す。この前は伊藤くんも制服を着たままだったから、ここにはまだキスをしたことがない。だから、まずはキスの雨をあちこちに降らせた。
「……あぁ。七条さ……ん……」
「ここにもして欲しいんでしょう。わかっていますよ」
 脇腹をゆっくりと撫でながら、胸の突起を口に含んだ。くちびるで摘み、舌先でころがす。
 伊藤くんの手が、今度は僕の髪にさしこまれ、せわしなく動き始めた。足がしきりにシーツを蹴っている。次第に声が大きく甘やかに、そして断片的でありながらも断続的になり、もう何をいっているのかわからない。
 伊藤くん。やっぱり君は素敵です。そんな甘ったるい声を独り占めできるなんて。僕だけが聞ける、僕だけが知っている伊藤くんの、声。ああ僕はなんていう幸せものなんだろう。 伊藤くんには天国にいる思いをさせてあげますよ。
 僕は伊藤くんをひっくり返すと腰を抱えこみ、双丘の奥に隠された窄まりに舌を這わせた。
「いやっ、嫌ですっ。やめてください、七条さんっ!!」
 甘かった伊藤くんの声が、一瞬のうちに悲鳴に変わる。あまりに予想通りで、思わず顔がほころんだ。もちろん、そんな抗議くらいでやめたりはしないのだけれど。
「駄目ですよ。ちゃんとしておかないと」
「じゃあ、あの。……指。そうだ。指でしてください。この前……みたい、に」
「指でもちゃんとしてあげますから。もう少し」
「いやだぁ……っ。恥ずかしい……」
「ああもう、そんなに暴れないで」
 そういって、さらに舌をおし進めた。抱きしめた枕に顔を伏せた伊藤くんの口から、ほとんど泣き声のような声が聞こえてきた。それはだけど、感じてくれているっていうことだから。今はまだやめてあげない。もっともっと君の中を濡らしてあげたい。
 泣き声がすすり泣きになった頃、伊藤くんのお望みどおり、舌を指に変えてあげた。きゅっと締めつけてくるそこを、内側から丁寧に慣らしていく。僕をちょっとでも楽に受け入れてもらうために。こうしている間も感じてもらうために。また立ち上がりかけているそこからすくい取ったものを、指につけては揉みこんでいく。伊藤くんは最後まで耐え抜いてくれた。恥ずかしいと泣きながらも。
 朦朧とした表情の伊藤くんを抱き起こし、ご褒美のキスをしてあげた。最初は軽く。涙でぬれた頬を親指で拭いながら、もう一度。今度は深く深くくちづける。僕は首に回されていた伊藤くんの右手をはずし、そのまま僕の中心に導いた。驚いた伊藤くんが思わず離そうとしたのを、僕は許さなかった。
「確かめておいてください。これが僕、です」
 そういって僕を握らせた伊藤くんの手を、上下になぞらせる。伊藤くんは手を僕の好きにさせながら、不審そうに僕の眼を見た。
「どうして……?」
「君に怖がらないでほしいから。どんなに大きいように思えても、たかだかこの程度だということを、伊藤くんに知ってもらいたくて」
「そんな……っ。こんなに大きいのに……!!」
「ええ。でもこれで伊藤くんの身体がふたつに裂けたり、胃を突き上げたりすることはありません。これだけの大きさしかないんです。だから、大丈夫」
 僕がつけるのを見て、いよいよフィナーレが始まるのに気づいた伊藤くんは、もう一度僕の首にしがみつき、顔を背けてしまった。彼の片足を持ってひっぱり、僕をまたがせる。一度抱きなおして持ち上げた伊藤くんの腰を、僕の中心にくるように位置をあわせた。
「さあ伊藤くん。そのまま腰を落としてください」
「えっ!? そんなこと……っ!!」
「慌てなくていいですから」
「……あ、できな……っ」
「怖がらないで。力を抜いて」
 伊藤くんは健気にもやろうとはしてくれた。それも何回も。僕も手であてがってあげたりしたのだけれど、どうしても入れることができなかった。
「ごめんなさい、七条さん……。でも、入らない……」
「気にしなくてもいいですよ。じゃあこれはまた、今度のお楽しみということにしましょう」
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
 泣きながらごめんなさいと繰り返す伊藤くんの身体を、そのまま押し倒した。両足を持ち上げ、肩にかつぎあげる。その足を抱くようにしながらゆっくりと入っていった。
 肩のうしろで、伊藤くんの膝から下が跳ね上がるのを感じる。かみ殺したようなうめき声を聞きながらも、充分に入るまで腰を進める。そして伊藤くんの両脇に手をついて、僕も身体を倒した。
「痛かったら痛いっていっていいんですよ」
 痛みにゆがむ伊藤くんの顔をのぞきこみながらいった。
「さっきもいったでしょう。……声を聞かせてください。伊藤くんのいいことなら何でもしてあげたい。でもまだわからないから、ちゃんと教えて。ことばにならなくてもいいから、声を聞かせて」
「しち……さ、ん」
「ここにいますよ」
 霞のかかったような眼では、僕のことがよく見えないのかもしれない。僕はさらに身体を倒すと、小さくキスをしてあげた。その耳元に、かすれたような伊藤くんの声が届く。
「おねが……、動い……て」
 伊藤くんが背中に爪を立てる。痛かったけど、伊藤くんの痛みに比べれば、なんということはない。これくらいは甘受しなければ。それにしても伊藤くんの方から動いてくれといってくれるとは、思ってもみなかった。誤算だった。とてもとてもうれしい誤算だ。
 おねだりに応えて、最初は少しずつゆっくりと動いてみた。その都度、伊藤くんの眉間のしわが深くなる。だが声は逆に、次第に甘さを増してきはじめる。伊藤くんの声を頼りに、次第に大きく激しく動かしていった。
「ああっ!! 七条さん、七条さん、七条さ……んっ!!」
「伊藤くん。君の中、すごくいいですよ。僕の身体がとけてしまいそうです」
 伊藤くんがなおも、うわごとのように僕の名前を呼んでくれる。力づけられた僕は、よりいっそう激しく身体を動かした。まるでここ数日の、伊藤くんへの想いのすべてをぶつけるかのように。
「うあっ、ああ……っ!!」
 甲高い悲鳴。それに一瞬遅れて弾けた伊藤くんが飛び散るのが、ストップモーションのように感じられた。熱い滴りが僕と伊藤くんのふたり分の身体を濡らす。僕も伊藤くんをきつく抱きしめると、思いの丈を迸らせた。
 ふたりで終わりを迎えたあとも、しばらくそのまま離れられなかった。呼吸が落ち着いた頃に身体を入れ替え、離れようとした伊藤くんを、胸の上に抱き寄せる。
 汗ではりついた髪の毛をはずして、額にくちびるを押し当てた。
「すばらしかったですよ」
「あ、でも俺、その……うまくできなくて……」
 くちびるを噛みながらいう伊藤くんがとてもいじらしかった。そんなこと気にしなくていいのに。でもそこがとても伊藤くんらしいのかもしれないけれど。
「そんなこと忘れてしまっていたくらい、今日の伊藤くんは最高でした」
「だけど……」
 僕は足元に蹴り飛ばしていたかけ布団を胸元まで引き上げ、伊藤くんの肩を覆うようにかけた。
「つまらないことは気にせずに、しばらく眠っていいですよ。慣れないことで疲れたでしょう。っていうより、終わってほっとしてるんじゃないんですか?」
「…………」
 返事はなかったけれど図星だったらしく、伊藤くんの顔がぱあっと赤くなった。
「伊藤くんが眠るまで、こうして抱いていてあげますから。安心して眠ってください」
 そして僕は伊藤くんが眠りに落ちるのをじっと見守っていた。満たされた心で、伊藤くんの髪を撫でながら。それは生まれて始めて感じることのできた、やすらぎの
時間だった。



いずみんから一言。

  おかしいなあ。こんなの書くつもりなかったのに。
 じつは「スティル・ハンター」の反動の産物なのでした(笑)。
 即物的な奴らを書いたら、ゲロく甘いものが書きたくなりました。
 何で同じことをやってるのに七啓が甘くなるのか、本人にも不明なんですけど(笑)。
 ともあれ。これを「世界中の誰よりも」のラストで「詐欺だ!!」と叫んだ貴女に捧げます。


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