今夜は無礼講 !


                        

 正月というのはどうにも居心地の悪いイベントだ、と俺は思う。晴れ着を着て親に向かい「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」なーんて言うガラでもないし。だいいち親の方だって、ンなこと言ったらぶったまげちまうに違いない。
 それだけじゃない。オヤジときたら俺が中三の正月に、親戚を前にして「もう今年は高校になるからお年玉はやらんでください。あれは子供がもらうもんです」と言いやがった。それをマトモに受け取る親戚も親戚だと思うがね。それ以来、親戚を回る楽しみもなくなった。
 ンなわけで高一の年末。せっかく居心地のいい寮にいるってのに、わざわざ居心地の悪いイベントに出席するために帰省するってのがどうにも納得いかなくて、俺は寮に居残っていた。もちろん学校が始まるまでいるわけにはいかないのは十分理解している。寮のおばちゃんたちだって正月くらいのんびりして欲しい。そのためには学生全員がとっとといなくなるのが一番だ。
 けど、そのために家に帰るってのもなあ。
 ため息をつきつつ食堂に行ったら、同じく居残っている奴がいた。とっくに帰っていると思ってたからちょっとばかり驚いた。
「ヒデ? 今頃まで何やってんだ」
「それはお互い様だろう」
 あいかわらず愛想の悪い親友はにこりともせず、そして昼食の焼き魚を食う手を止めようともせずに言った。
「俺はさ、ほれ。なんか正月だ、っつって改まんのが嫌でよ。居心地悪くねぇか? 正月って」
「知らん」
「知らんって……。ああ、そうか。おまえんちは居心地いいんだ」
 うらやましいねえ。そう言いながら俺も味噌汁をすすりかけたときだった。中嶋が意外なことを言った。
「いいも悪いも正月を家族と迎えたことはない。だから知らんといった」
「迎えたことはないってよぉ。おまえんち俺とこと違って、確かねーちゃんもいるはずだし、親だって正月休めない仕事じゃなかったろう」
「まあな」
「んじゃなんで……」
「幼稚園までは一緒だったがな。小学校に上がった年から、年末年始は塾の合宿だった」
「ってマジかよ、おい」
 見たことある。確かに。年末のテレビってえと絶対にやるんだ。小学生がハチマキとか締めて授業受けてるやつ。そうか。こいつもあんなことしてたのか。
「今頃両親は海外だろう。バリかシンガポールかゴールドコーストか……。まあそんなところだろう。姉の方はわかっている」
「どこだよ」
「あれはヨーロッパ専門だ。そのあたりを探せば見つかる」
「……なんか冷たくねぇか?」
「そうか? どこでも同じようなものだろう」
 さらっといい放つ親友の顔を見て、俺は即座に決意した。
「おしっ!! 決めた。今からおまえんち行こう」
「何!?」
「年末年始はおまえんちで過ごすんだよ。ほら。メシ食ったら行くぞ!!」

 てなわけで中嶋の家で正月を迎えるのもこれで三度目となった。暮の28日にここへ来て正月の4日に寮に戻る。4日に戻るのは、その日の夜に寮でちょっとしたイベント(?)があるからだ。まあ明日もう一日のんびりさせてもらうさ。
 そんなことを思いながら俺は中嶋と、近所のビデオショップで借りてきたアダルトビデオを見ていた。年末はともかく正月のテレビのつまらんことこの上ない。中嶋はこんなビデオなどくだらんと言いやがるが、じゃあ横に座ってるおまえはなんだ、と言いたいね。俺は。
『うふっ。あなたの。ぴくぴくしてる』
『ミリちゃんのここ、いいよ。すごくいやらしくってさ』
「いやらしいつったって、モザイクばっかで何も見えねえ」
「そうか? モザイクというのはとても偉大な効果だと思うが?」
「モザイクのどこが偉大なんだよ!?」
「見えない方が好きなように想像できるだろう。モロに見えてみろ。がっかりすることだってある。無修正のビデオなんて汚いだけじゃないか」
「そりゃまあそうかもしれねぇけど……」
「だいいちこんなものは見るものじゃない。するものだ」
 思わず殴り殺してやろうかと思った。正月早々不穏当だと思ったから自主規制したが。
 そうともさ。おまえはいいよな。とっかえひっかえ女子大生とやりまくってたかと思ったら、転校してきた啓太をあっという間にかっさらって行きやがったんだから。啓太のことは可愛いななんて、俺だってちょこっとくらいは思ってたんだぞ!!
 何か言い返してやりたかったがヘタに言い返すとやぶへびになってしまう。三年の間に学習していた俺が必死になって言葉を捜していたら、中嶋は携帯電話を持って出て行ってしまった。奴の顔でわかる。あれは啓太からだ。ことさらに無表情を装っているから、かえってバレバレなのだ。急にアダルトビデオがつまらないものに見えてきた。そうだよな。こんなのは見るものじゃない。やるものだ。
 どさどさっとすごい音がしたのはそのときだ。驚いて部屋から首を出すと、この二日間に集まったお年賀の山が崩れていた。積みなおすのを手伝ってやろうかと思ったが、なんか腹が立ってたからやめた。
「啓太が何を言ってきたんだ?」
「別に。たいしたことではない」
「ふーん」
「ああ。あさって寮に戻って来いといっておいた。あいつがいてもかまわんだろう?」
「いいんじゃないか。篠宮だって何も言わんと思うぜ? だいたいあいつがアレを始めたとき、俺たちだって1年だったんだしよ」
「まあな」
 啓太を早めに呼び寄せて、いいことすんだろうなあ。こいつら。と思ったとたん、言わずもがなの言葉が口をついてしまった。
「つまんねぇことを聞くが。男同士でも年の始めにやるときは『姫はじめ』っていうのか?」
 殴られる。振り返ったあいつの勢いで、俺はそう確信した。だが中嶋のやつは嫌そうな顔で俺を睨みつけたかと思うとそっぽを向いた。
「ったく。どいつもこいつも。何だってそんなつまらんことばっかり聞くんだ」
「どいつもこいつも……って、啓太からも何か聞かれたのか?」
「知らん」
 知らんといったが、「そうだ」とあいつの顔に書いてあったから、俺はそれ以上の追及をやめた。武士の情けというやつだ。しかしお年賀の山を崩させたことといい、そんな顔をさせることといい、伊藤啓太ってのは案外大物かもしれないと思った。

 毎年恒例。正月4日のイベント。それは篠宮の部屋で鍋をつつきながら、あいつが持ってきたお神酒を酌み交わすことだ。普段はお堅い篠宮だが、お神酒となると何故かオッケーサインが出るらしい。篠宮の部屋は畳敷きでベッドもないから、俺と中嶋の3人くらいなら十分宴会ができる。特に今年は寮長室で今までより広いから、座卓と鍋を大きいものにしても全然大丈夫だった。
 酒が行き渡り、鍋が煮え始めた頃。控えめなノックの音がした。
「伊藤です。あのぅ。中嶋さんがここにいるってメモがあったんですけど……」
「伊藤か。待っていたぞ。遠慮せずに入って来い」
「失礼します」
 ドアを開けた啓太は俺たちが宴会してるのに驚いたようだった。
「あの、明けましておめで……」
「ンなこといいから。とっととドア閉めてここに座れ」
 俺と中嶋の間にちんまりと座った啓太に、篠宮が取り皿や箸を置いてやり、コップを持たせた。
「中嶋。伊藤はどれくらい飲める」
「俺に聞くな。アルコールを飲ませたことはない」
「ふん。おまえにすればえらく真面目だな。では自主申告してもらおうか。伊藤。どれくらい飲める」
「えっ!? 俺ですか? えーっ。ビールをコップに一杯くらいしか飲んだことないです」
「そうか」
 では試しに。そんなことを言って、篠宮は啓太のコップに半分くらい清酒を注いだ。事情がまだよく飲みこめていないような啓太は、おそるおそる一口なめた。
「あっ。これ美味しいですっ」
「そうか。これはうちの神社に納めるだけに造ってもらっている酒なんだ。毎年これを一本もらってきて、このメンバーで飲んでいる。遠慮せずにおまえも飲むといい」
「はいっ。有難うございます」
 もともと物怖じしないのが啓太のいいところだ。この場の雰囲気にもすっかりなじんだ啓太は、鍋にもしっかり箸を出していたし、篠宮が注いだ酒もいつのまにか空にするようになっていた。もともと俺も中嶋も日本酒はそう好きな方ではない。俺はどっちかっていうとビールをかーっとやりたい方だし、中嶋はブランデーをじっくりっていうタイプだ。今日も中嶋はこっそりとブランデーのミニボトルを持ちこんでいるようだ。だから篠宮の酒の相手がいつのまにか啓太に移ってしまっていたのは、ある意味、しかたのないことだとおれは思う。だけどなぁ……。
「らからぁ、中嶋しゃんってぇ、ひろいんれすよぉ」
「ほう。それは寮長として聞き捨てならん。言ってみろ」
「んっとぉ。何日もほったらかしゃれてるなーって思ったらぁ、こんろは何日もちゅるけて明け方まれ離してくれないしぃ」
「明け方まで何をしてるんだ」
「エッチれすよ、エッチ。ほかに何があゆんれすか」
「お、おい。啓太?」
「なんれすか王しゃま。俺はぁ、篠宮しゃんにぃ、中嶋しゃんがひろい人ら、っていうのをぉ、聞いてもやってゆんれすよぉ」
「そうだ。邪魔をするな」
 あかん、と思った。顔は端から真っ赤だったが、今では啓太の眼が完全に据わってしまっている。篠宮も真顔で酔っているのがせめてもの救いだが。一方、中嶋は中嶋で完全に頭を抱えてしまっていた。まさか啓太がこんな酔い方をするなんて思っても見なかったのだろう。何度か部屋に連れ帰ろうとして失敗した中嶋は、周りの音をシャットアウトするためか、やたらとブランデーをあおり始めていた。
「れね、中嶋ひゃんはぁ、じゅるい!!」
「俺がどうずるいって?」
 おおっ。中嶋まで酔ってるぞ、これは。って素面は俺だけかよ!!
「らってじゅるいらないれすかぁ。篠宮しゃぁん、中嶋ひゃんってほんっとにじゅるいんれすよぉ」
「ふむ。俺も聞きたいぞ。遠慮せずに言え。今夜は無礼講だ」
「はぁーいっ。1年A組伊藤啓太、言いまぁーしゅ」
 ……ご丁寧に手を上げて高らかに宣言した啓太は、とんでもないことを言い始めたのだった。
「中嶋ひゃんはぁ、自分れはなーんにも言わないくしぇにぃ、俺にだけなーんでも言わすんれす」
「伊藤にだけ言わせるのか」
「そうれす。俺が『舐めて』って言ったらぁ『どこをら?』って言うんれす。耳、とかぁ俺のを、とか言わないとぉ、中嶋ひゃんは舐めてもくえないんれすよぉ。勝手なときって、俺が嫌らって言っても、お尻の中まれ舌つっこんれくるくしぇにさぁ」
 この瞬間。俺の口から飛び出した食べかけの白菜は、正確に中嶋と篠宮の間を通過して向こうの壁に激突した。誤魔化すためにむせたフリなんぞをしてみたが、誰も気づいたふうではない。それがかえって恐ろしかった。
「なるほど。それはいかんな」
「挿れて欲しいときにも『どこに』とか『何をら』とか言うし。ほんっとに俺が『俺の中にぃ、中嶋ひゃんの太くてあちゅいのを』って言わないとぉ、じらすばーっかでいかせてもくえない」
「おいっ中嶋」
 篠宮がきっとした視線を中嶋に向けた。情けないことに俺は啓太の告白の生々しさに呆然としてしまっていて、篠宮と中嶋のとりなしをすることさえ忘れていた。
「貴様も伊藤に手を出したのなら、責任持って最後までいかせてやれ」
「いかせてやってるとも。こいつが欲しいとねだる分だけ」
「なるほど。じらすのはテクニックだと言いたいんだな。おい伊藤。……伊藤?」
 篠宮と中嶋に気を取られていた間に、啓太は畳にぶっ倒れていびきをかいていた。
「ったく。言いたいことだけ言ったら寝ちまうのか? おまえは」
 などと言いつつも中嶋は、着ていたカシミヤのカーディガンを脱いで啓太にかけてやっていた。うん。こういうさりげない優しさに啓太は魅かれたんだろうな。やっぱり。けどまあ中嶋にしてみたら、これでほっとしたに違いない。とにかく寝てくれてればお喋りはしないのだ。さて。これで俺も胸を騒がせられることもなくなった。
「あーあ。正月だからって幸せそうな顔して寝やがってよ」
「こいつの寝顔はいつもこんなものだ」
「それは何か。おまえが幸せにしてやっているから伊藤が幸せな寝顔をしている、ということか」
「まあそんなところだ」
「よしわかった。そこまで本気なら死ぬまで添い遂げろ」
「言われなくてもそのつもりだ」
 うーむ。こいつら……。どこまで真面目に酔ってやがるんだろう? 俺は今まで世の中で怖いものは猫だけだと思っていたが、今夜認識を改めた。酔っ払った篠宮と中嶋の会話は、猫の次に怖い!!
「ところで卒業旅行だが、啓太も連れて行ってかまわないか」
「俺はいいぜ?」
「俺もかまわん。どうせ卓人が別行動になったんだ。それに伊藤がいる方が、中嶋がよろしくない所に出入しない分、安心できる」
「すまないな。では遠慮なく連れて行かせてもらう」
 けっ。篠宮公認で新婚旅行かよ。勝手にしやがれ。

 宴会がお開きになっても啓太は目を覚まさなかった。でもそれはそれで幸せだったと思う。自分が酒の肴にされてるなんてわかったら、恥ずかしくって死んじまうんじゃないか。ま、それくらいヤバイ話が出たってこった。中身は想像に任せるがな。
 篠宮の指図の下、後片付けを済ませた俺に、中嶋がポケットから出した鍵を放ってきた。
「悪いな丹羽。一緒に行って部屋を開けてくれ」
「あ? ああ。いいとも」
 中嶋は膝をつくと啓太を抱き上げた。担ぎ上げるとばかり思っていたから、お姫様だっこしたのにはマジで驚いた。しかし寝息をたててる啓太が慣れた手つきで中嶋の首に腕を回したのにはもっと驚いた。今日一日で、こいつらふたりの普段の生活ってのが、よーくわかった気がした。
 鍵を開けて電気までつけてやる。俺は中嶋が自分のベッドに啓太を寝かせたのを見届けてから、押さえていたドアを閉めた。かわいそうだが啓太は明日一日、二日酔いに悩まされるだろう。

 それを最後に啓太は食事にも降りてこなくなった。始業式の前々日には遠藤が心配して騒いでたから、啓太が中嶋の部屋にいることだけは伝えておいた。その啓太が姿を現したのは始業式当日のことである。正月だってぇのにげっそりとした顔をしていたが、あれは二日酔いがつづいてたからじゃない。もちろん想像の域は越えていないが。
 ちなみに篠宮の方だが、俺がちょっと探りを入れたところでは、啓太の告白は覚えていないようだ。
 啓太の精神の平安のために、これだけは教えておいてやることにしよう。





いずみんから一言。

王様はヒデと啓太をどう見てるんだろう。そう思って王様の視点で書いてみました。
啓太くんが酔っ払ってるところ。セリフが読みにくくてごめんなさい。
真顔で酔っ払ってる篠宮って、書いててとても楽しかったです。
でも彼は、本当は啓太の告白を全部覚えてるんじゃないかなと、ひそかに思ったりしています。


作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。