終わりのない約束


ドアを開くと目に飛び込んできたのは一面の白。
部屋中が真っ白になったのかと思うほどの白い・・・それは
真っ白な薔薇の花だった。

「な・・・なに???これ」


驚く俺の背後で何かが動く気配がした。


「お帰りなさい。伊藤君」
「あ、あ・・・あ、ただ今戻りました・・て、七条さん、これ・・・」


おれは再び部屋の中に目を遣る。
一体何本・・いや、何百本あるんだろう・・・。そんな事を考えながら部屋中を見渡した。
そんな俺をすっと部屋に促して、七条さんは、ぱたりとドアを閉めてしまった。

なんていう種類の薔薇なんだろう・・・。その真っ白い花びらは、柔らかな天鵝絨のようで
丸い雫を載せてきらりと輝いている。一輪が掌と同じくらいの大きさはありそうなそれは
仄かに上品な甘い香りを放っていて、部屋中に満ちるその芳香に、俺は思わず息を吸い込んだ。


「今日は・・・」

穏やかな声が頭上に降ってきた。そして、その温もりが背中をそっと包んだ。

「大切な方が、天の国へお帰りになった日なんです」
「えっ?そうなんですか?」

その弔い花なんですよ・・・と呟く声に、俺は驚いて振り向くと、覗き込んでいた紫の瞳が
そっと露をはらんでいるのが見えた。滅多に涙を流したりしないその人のその所作に俺は驚かされた。
常に冷静沈着な人、感情の見えない人だと皆に言われている。長い間一緒に居るが俺も、
感情を顕にしたりする場面に遭遇したことは、数えるほどしかない。
そんな七条さんのその様子に俺は思わずそっと口を寄せてその露を掬った。

それはほんのりと甘い薔薇の味を舌先に載せて、薔薇の香りで胸がいっぱいになる。
目を開くと穏やかに笑う銀の月。俺はもう一度口唇を寄せて
宥めるように、チュッと軽く音を立ててキスをした。

そんな俺の仕草に七条さんは、すっと眼を細めるとクスリと笑った。

「君には本当に敵いません。僕は一生君には勝てそうにない」

そういうと、俺の口唇に甘い温もりを落とす。
そして、いつになくギュッと抱きしめるとそっと耳元で囁いた。

「大切な方が、紡いでくれた物語の中の僕も、君を抱きしめることが出来た。
今、君が僕の側に居るように」
「??それって・・・」
「しっーーーーー。もう黙って」

抱きしめた腕が俺をさっと抱き上げる。そして、そっと頬にキスをして

「どの物語の中でも君は僕を導く光なんですよ。啓太くん」

「臣さん・・」

「愛していますよ。もう絶対、離れない」

「俺も、大好きです。離れろと言われても、離れてあげませんから」

「おや?この啓太くんは、なかなか強気ですね」

「だって、幸せになるって誓ったんですから」


その言葉に目を瞠った七条さんがまじまじと俺の顔を見る。俺は、そっとその銀の髪に触れてクスッと笑った。

「3年前の今日、俺は必ず七条さんともう一度めぐり合って幸せになるって
俺達の大切な方に誓ったんですから」

そう言うと俺は七条さん首に手を回してギュッとしがみつく。すると七条さんも俺をもう一度抱きしめてくれた。


「知ってた?」
「忘れるわけないじゃないですか」
そうですね・・と、七条さんはひっそりと微笑むと悲しそうに目を伏せた。

「お会いしたかったですね」
七条さんがそっと窓の外の空、月明かりに照らされたその中空に目を遣って、呟いた。


余りある才能を神に愛されたのか大切なあの方は、志半ばで空の国へ。
みんなの手の中をするりと抜けて天の人となった。


俺も、その問いにコクリと頷く。もう少し早く、この世界に来ていたら、
お会いできたのに・・と。それを見ていた七条さんは、とにっこりと笑って

「きっといつの日かお会いで来ますよ」

だって、命に終わりはないのですから・・・ね・・・。そう囁くともう一度甘い香りのするキスをくれた。





                   



少しだけ文字などを書き散らかしてしまいました。 これをお目にかけるかどうか・・・すごく悩んだんですが 清水の舞台から飛び降りた気持ちで贈らせていただきます。

                                                  麻耶拝




いずみんから一言

みのりさまの三回忌を前に、「 A promise of an angel 」の麻耶さまから素敵な
お話が届きました。
七啓が大好きだったみのりさまは、今頃喜んで読んでくださっていることでしょう。
麻耶さまのやわらかくて温かい文体はみのりさまの感性と近いものがあり、
もしも生前に出会っておられたらいいお友達になれたのではないかと思います。
いつの日か必ず、おふたりが出会えますように。
麻耶さま。本当に有難うございました。

あ。タイトルは伊住が勝手につけました(汗)。
タイトルつけるの下手なのにねえ?



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