愛を食べよう 目が覚めたら啓太が出掛ける準備をして驚いたんだ。 「あ、和希起きたの?おっはよー!」 ちゅっと音をたててキスしてにこりと笑う、ご機嫌って感じの声と行動に首を傾げていると 「俺出掛けてくるね。」 と、またまたご機嫌な声で言ったんだ。 「出掛けるって?俺も行くよ」 昨日の夜そんなこと一言も言ってなかったから、慌ててベッドから出ようと毛布をはぐ。なのに、 「もう少し寝てなよ。昨日仕事忙しかったんだろ?俺すぐ帰ってくるから。本当すぐだから。」 と止められた。すぐなら一緒でも良くないか?なんでダメなんだよ。その気持ちは全部顔にでていたらしい。 「お昼までには帰ってくるから。ね。だから和希お腹がすいても絶対お昼食べちゃだめだからな。」 なんてくすくすと笑いながら言われてしまった。 「え?」 「食べたら絶交。なーんて嘘だけど。一緒に食べるのすっごく楽しみにしてるんだから、待ってて。」 なんて言われたら待つに決まってる。 「分かったよ」 渋々頷くと啓太はまた、ちゅってキスしてそうして足取りも軽く出ていった。 「なんなんだ?」 時計をみたらもう九時近い。 昼ご飯まで帰って来る用事なら食べ終わってからゆっくり行けばいいのにさ。 せっかくの祝日なのになんで別行動なんだよ。俺が一緒じゃまずいのか? ヤキモチのやきすぎはまずいと分かっていても、あんなにご機嫌に出て行かれるとなんだかちょっと面白くなくて俺はチェッと拗ねて毛布をかぶる。 折角の休日。どこかに出掛けようかなって思ってたのに。 映画でもゲームセンターでも、啓太の好きなところに行って遊ぶつもりだった。 仕事が忙しくって、逢うのはいつも寮の部屋の中ばかりで、デートらしいデートなんて最近したことなかったから。 部屋でべたべた甘い時間を過ごすのは、そりゃ勿論大好きだけど、でもたまには出掛けたいって思ったんだ。 だって啓太はまだまだ若いし、遊びたい盛りだしさ。俺の仕事に気兼ねしてデート行きたいって言えないのかもしれないよなぁ。なんて反省してたんだぞ。なのに。 『出掛けてくるね。』 なんて言葉で、啓太はにこにこと出て行ってしまうんだ。俺を一人置いて。なんだかそれって寂しいんだけど・・・な。 「だめだ、起きよう。」 このままこうやってたって答えなんか出るわけ無いんだ。不毛だよ不毛。起きて朝ごはん食べて編み物でもしよう。 そうだよ、啓太が居たんじゃ出来ないもんな。うんうん。時間の有効活用だ。 そんな訳で、朝ごはんを食べ終えると早速編み物の続きを始めた。 この間雑誌を見ていて啓太が「いいなこれ」と言っていたデザイン。 買うのなんか簡単だけど、どうせなら手編みがいいかな?できあがったら驚かせようかな?なんて思いついた。 そうしたら楽しくなってしまって、写真のデザインを参考にせっせと編み図をつくって仕事の合間に編んでいた。 あと少しで出来上がる。今日中は無理でもなるべく早く仕上げてしまいたかった。喜ぶ啓太の顔が早く見たかったから。 喜ぶかな?啓太。ペアで作っちゃおうかな。全く同じだと嫌だろうから、色を変えて・・襟とかもちょっとかえて・・。 なんて思いながら、せっせと編み棒を動かして、夢中で作業を続けていた。 「よし出来た」 一人はつまらないなんて思っていたのに、始めてしまえば夢中になるものだ。 「上出来、上出来。」 出来上がりに満足して、はっと気がついて時計を見る。 俺、夢中になってこれを仕上げたのはいいけど、今って何時だよ。 「2時過ぎてる・・。」 お昼までには帰るって言ってなかったっけ?それで一緒にお昼を・・・って。 「まさか、事故とか・・。」 遅くなるなら、連絡をよこす筈だ。 嫌な考えが頭の中をよぎる。でももし事故にあったのなら、秘書達から俺にすぐに連絡が来るはずだ。 誘拐?それとも何かの事件に巻き込まれて・・・。 「警察に連絡・・・・いや確認が先か。」 石塚に連絡して・・・情報を確認したほうがいい。 携帯電話を手に取り、石塚の番号を呼び出す。 『はい、石塚です。』 「ああ、休みにすまない。実は啓太のことで・・・。」 『啓太・・・さま・・・・・・・ですか?』 なんだ?歯切れが悪いな。 「そうなんだ。実は啓太が朝出掛けたきり・・・。」 『・・・あ!!(ガシャン!!・・・・『いたた・・。いった〜。』『だ、大丈夫ですか?』『大丈夫です〜。』)』 今の?啓太の声?まさか。 『あ、あの和希様・・。』 「啓太、そこにいるのか?」 なぜ・・? 『はい。あの、ですが・・。』 「サーバー棟なのか?それとも・・。」 まさか、石塚の・・・家なのか? 『いえ、サーバー棟です。』 「すぐに行く。」 電話を切って、外に出る。 石塚に逢うために出掛けていたのか?あんなに機嫌よく?休みの日に?俺と居るより石塚と居たかったって事なのか? 嫌な考えに頭の中が支配されてしまう。 「はあ、はあ・・。」 エレベーターを待つ時間がもどかしくて、階段を駆け上がり部屋のドアを開く。 「石塚・・・。」 「お早いおつきで、和希様。」 くすくすと笑いながら、石塚は俺を迎えるから、俺は怒鳴り声を上げそうになる。 「お前・・・。」 「石塚さ〜ん!あれ?和希。どうしたの?」 のんびりとした声で、啓太が奥の部屋から出てきた。 「どうしたのって。」 なんでそんなにのんきにしていられるんだ?それにその格好。 「ちょっと仕事のことで。ね、和希様。」 にこりと笑って、石塚が言う。 「そうなんだ。でも、ジャストタイミング。さっすが和希。」 なにがさすがなんだよ。なにが・・・・。 「遅くなってごめんね。俺夢中になっててさ、連絡するのも忘れてたんだ。」 夢中?なにに?一体・・・。 「とりあえず、和希さま、お座りになってお待ちください。」 「石塚?」 「はい。」 「じゃ、すぐ用意するからね。待っててよ。か〜ずき。」 俺の気持ちなんか無視して、啓太はのんきに部屋の奥へと消えていく。 「話は後で聞くからな。」 「私からお話しすることはなにもありませんよ。和希様。今、全部わかりますから。」 「なにを・・?・・・なんだこのテーブルクロス。」 ソファーセットのテーブルの上に掛けられたのは、恐ろしく少女趣味な、赤いギンガムチェックのテーブルクロス。 「おっまたせ〜!!じゃ、じゃ〜ん。」 「・・・カレー?」 そして、啓太が得意そうにトレイに乗せて運んできたのは、カレーライスだった。 「うん。カレー。和希が食べたいって言ってた奴だよ。」 にこにこと笑いながら、テーブルにセットしていくのは、大きな皿に可愛く飾り付けされたカレーライス。 ハートに形作られたご飯の周りには、ハートと星の形のにんじんが彩りよく入ったカレー。そしてそれよりも一回り小さいハート型のスライスチーズが散りばめられている。 そうしてたっぷりのサラダと。デザートはハート型のゼリー(たぶんイチゴ味) 「カレーライス。」 そんなの食べたいって言ったっけ?ってこれ啓太が作ったのか? でも、なんかこのカレー見たことがある気がするぞ。 「食べてよ和希。今日のはねすっごく美味しくできたんだぞ。ほらほら、あ〜ん。」 得意そうに笑って、隣に座り、スプーンを差し出すから、ぱくりと一口口にする。 「美味しい。」 「だろだろ!!へへへ。練習の成果なんだよ〜。もぉ、石塚さんに感謝しなきゃ。」 石塚に感謝?あれ?そういえば石塚は? 「啓太?石塚は?」 「帰ったよ。」 あいつ逃げたな。 「お腹すいただろ?遅くなってごめんね。」 「いいけど。啓太これを作るために出掛けてたのか?」 「うん。あ、ハートのご飯の型を忘れてて買いに行ったりもしたけどね。」 ハートの型? 「これがなきゃね。意味ないし。」 意味が無い? 「和希。いつもお疲れ様。ちゅっ。」 お疲れ様?なんだ? 「え?なに?今日ってなんかあったっけ?」 俺もしかして何か忘れてた? 「なにって・・・勤労感謝の日だろ今日。」 「勤労感謝の日・・・そうだけど・・・・あ!!」 思い出した。 「これってCMのカレーだ。」 「なんだよ。忘れてたの?」 「だって作ってくれるなんて思ってなかったし。だって啓太料理なんて・・・。」 「そりゃね、料理なんて出来ないけど。だから練習したんだよ。」 「練習?」 「うん。」 にっこり笑って、啓太がうなずくから、俺はカレーを食べさせてもらいながら思い出していた。 『勤労感謝の日にはカレーを食べよう。』 いつも働いてるお父さんとお母さんへプレゼントしよう。 ちょっと前に、そんなカレーのCMを見てたんだよ、二人で。 『へえ。美味しそう。・・・・勤労感謝の日か。ねえ、啓太?俺も働いてるよ。』 意味なく甘えたくなって、そんな事を言いながら啓太に抱きついて上目遣いに見つめると、 『え?うん。働いてるよね、目一杯。いつもお疲れ様。和希。』 啓太は笑いながら俺の頭をぐりぐりと撫でた。 『勤労感謝の日・・・かあ。その日って休みだよね。和希も休み?』 『うん。』 『じゃあ、ゆっくり過ごそうね。ゆっくりのんびりしよ?』 『ゆっくりのんびり?』 『そ。こんな風に。』 笑って啓太は俺に抱きついてきた。 『今は?この続きは?』 抱きつく啓太が可愛くって俺はついつい調子に乗ってしまう。 『和希次第かなあ?和希ぃ?疲れてる?』 『疲れてない。』 『じゃあ。抱っこ。』 じゃあ抱っこって・・・ううう。可愛い。 『ちゅっ。』 『ん?』 『へへへ。期待しててよ。俺頑張るからね。』 にっこりと啓太が笑う。 『頑張る?』 『そ、頑張るから。ちゅっ。』 何を頑張るんだろう?ちょっと首をひねりながら、それでも甘い雰囲気に嬉しくなって、深く追求なんてしなかったんだ。 「美味しい?」 「うん。」 CMと同じ飾り付けのカレー。不器用な啓太が料理を作れるなんて思わなかった。 しかも美味しい。 「すごいね。全部自分で作ったの?」 「うん。もちろん。」 得意そうに啓太が笑う。 「最初はね、めちゃくちゃ不味いカレーだったんだよ。石塚さんよくお腹壊さなかったなあ。」 「石塚?」 そうだ、それが残ってた。 「なんで石塚?」 「え?」 「どうして寮のキッチンじゃなくて・・・。」 石塚に食べさせたかったとか? 「だって、勤労感謝の日だから和希にカレー作るんだ。なんて説明できないだろ?和希が働いてるなんて皆知らないんだから。」 「まあね。」 それにしても・・さあ。 「この間和希をここで待ってたとき、石塚さんに聞いたんだよ。どこかこっそりカレーを作れるところありませんか?って、そしたらここに小さいけどキッチンがありますから使っていいですよって。」 「ふうん?」 石塚・・?それは好意なのか? 「で、こっそり石塚さんと材料を買いに行って、何回か作ったんだ。」 こっそり買いに行って?何回か作った? 「最初は水の分量が多すぎて、カレー風味のスープなんて感じのが出来て、その後は、ルーを入れた後の火が強すぎて焦がしちゃって、すっごく苦いのが出来ちゃって・・・その後は・・・・。」 まだ続くのか?一体何回石塚に食べさせたんだ?ああ、いらいらする。 「ん?どうしたの?和希。」 「石塚それ食べたんだ?」 「うん。忙しいのに毎回お買い物にも付き合ってくれてさ。あ、その度ケーキとかご馳走になっちゃったりしたんだよ。和希からもお礼言っておいてね。」 「そんなの必要ないよ。」 どうせ、啓太とデートだって浮かれてたに決まってるんだから。ケーキだと?あいつなに考えてるんだ。 「和希?」 「俺、どんなに不味くても良かったのに。」 啓太の始めての料理、俺が食べたかったよ。 「え?本当にすっごくすご〜く不味かったんだよ。石塚さんは毎回全部食べてくれてたけど。美味しいですよって無理して。」 俺だって食べたよ。食べ物に思えないくらい不味い物だって、絶対全部食べたよ。 「和希・・?もしかしてやきもちやいてる?」 ぎくり。 「・・・あれ?もしかして、さっきココに来たのって、仕事じゃなくて・・・。そういえば、石塚さん電話とってたよね?」 ぎく、ぎく・・。 「和希?ひょっとして、また疑った?」 う、うううう。なんでこんな時だけ勘が働くんだよ。 「も〜和希!!」 「ごめん。」 だって知らなかったんだよ。啓太がこんな事してくれてたなんて。 「まったく。」 「怒った?」 「まあ、和希のやきもちやきなのは今に始まったことじゃないから、慣れたけど。でも、ちょっと怒ったよ。」 「ごめん。もう絶対疑ったりしないから。」 「・・・ほんと?」 「うん。」 「本当かなあ?」 疑わしそうに、大きな目がじぃっと見つめる。ううう。可愛い。 だいたい、なんでそんなフリフリのエプロンつけてるんだよぉ。 「ほんと、ほんと。」 「・・・じゃあ、許す。」 「ほんと?」 「うん。ほら冷めないうちに食べようよ。あ〜ん。」 「あ〜ん。」 「美味しい?」 見つめるのは可愛い啓太。なんかこれって新婚ぽくないか? 「うん。」 「あ、ついてる。ぺろ。」 ぺろって・・・ぺろって・・・ああ、もお。 「啓太?」 う、ちょっとやばいかも。いや、かなりやばいかも・・・。 「なに?和希。」 「この後の予定は?」 カレーを食べ終えて、デザートのイチゴ味のゼリーも食べ終えて、恐る恐る尋ねてみる。 「え?和希とラブラブコースかな?」 ・・とこんな嬉しい答えが返ってきた。そして、 「ラブラブコース?」 「うん。ラブラブ。」 甘えた啓太の腕が、首筋に甘く絡んでくるから、最高にご機嫌になってしまう。 「いいの?」 ここで?いいのか?ええと・・・う〜ん・・・と? 大丈夫だよな?いくら石塚だって、察っして入っては来ないだろう。 「じゃあ・・・・・・ん?」 ノックの音? 「え?」 「失礼します和希様。ちょっとトラブルが・・・。」 書類を抱え、ドアを開けたのは石塚だった。 「・・・・・。」 お前、わざとだろ。絶対にわざとだろ!! 「和希、お仕事だってさ。」 「啓太。」 「和希様?」 「ううう。」 折角折角折角、いつもはあんまり甘えてくれない啓太が、ラブラブコースなんて言ってくれてたのに! しかも!ふりふりの白いエプロンつきの啓太なんだぞ?可愛いんだぞ。それなのに・・・。 「啓太、すぐに終わるからね。本当にすぐだから。」 「・・・・わかったよ、ここで待ってていいの?」 「待っててよ。」 「申し訳ありませんが、和希様・・・あまりすぐには終わらないかもしれませんよ。」 なんだってえ? 「嘘です。頑張っていただければ、一時間程でなんとかなるのではないかと・・。」 嘘だと〜?石塚・・・・お前・・・後でみていろよ? それにしても、一時間・・・・一時間もお預けか・・・。 「・・・・・待っててくれる?」 「・・・和希、情けない顔になってるよ。」 「え?」 「うそうそ。待ってるよ。片付け物してたらすぐそれくらいになっちゃうから大丈夫。」 笑ってお皿をトレイにのせながら、啓太がうなずく。 「ごめんな。」 「いいってば、そんなにしょげないでよ。」 「でもさ。」 折角啓太が色々してくれたのに。 「・・・・・石塚さん?ちょっと向こう向いててくれますか?」 「え?はい。」 くるりと石塚が背を向けると、啓太はトレイを持ったまま、ちゅっとキスをしてくれた。 「早く続きしよ?がんばってね、か〜ずき。」 スペシャルな笑顔つきでそんな事言われたら、頑張るに決まってるだろ? ああもう、かわいいなあ。 「啓太様?もうよろしいですか?」 「あ、はい。」 なにが、よろしいですか?・・だ。石塚・・覚えてろ? 「啓太、すぐに終わらせるからね。ほんとにほんとにすぐだから。」 そう言いながら、仕事が片付いたのは夕方近くになってからだった。 しかも、待ちくたびれて啓太はソファーでぐっすり夢の中だった。 俺ってなんだか報われないかも・・・なんだか悲しい気分になりながら、 「美味しいカレーをありがとう。愛情たっぷりだったよ。」 ・・・と、眠る啓太にささやいて頬にちゅっとキスをした。 Fin 「呪縛」が上手くかけなくて、うううっとなっていたもので、ついつい 能天気なバカップルが書きたくなってしまったのです。 和啓は、傍目も気にしないラブラブが似合うと思うのは私だけでしょうか? ちなみに、エプロンは石塚さんがくれたのです。 |
いずみんから一言 |
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