甘い幸せ 「七条さん♪あ〜んしてください。」 「伊藤君?」 「早く。あ〜ん」 目の前の、可愛い恋人は、にっこり笑って、フォークを差し出している。 「くすくす。はい。あ〜ん。」 ぱくりと食べる。 甘い生クリームがたっぷり詰まった、シュークリーム。 「七条さん、美味しい?」 小首を傾げ、そして大きな瞳で見つめるから、嬉しくてつい笑ってしまう。 「ええ、とっても。可愛い伊藤君の唇みたいに甘くって、美味しいですよ。ね、伊藤君もあ〜んしてください。」 「え〜、恥ずかしいから嫌です。」 「僕が食べさせるのは、嫌ですか?」 しょんぼりとしてみせると、伊藤君は慌てて否定する。 「そ、そんな事ないですよ。嬉しいです♪」 「じゃあ、あ〜ん。」 「はい。」 にっこりと笑って・・そして・・・。 「臣。」 「・・・・。」 「おい、臣!!」 「・・・あ、郁?何か?」 「何かじゃないだろ?その弛みきっただらし無い顔をなんとかしろ。」 「おや?失礼ですね?僕がいつだらし無い顔をしていたというんです?」 「今だ。全く。どうせ啓太のことでも考えていたのだろうが・・。」 「ええ。その通りです。」 それは事実なので、素直にうなずいてみせると、郁は心底嫌そうな顔をして、そうして立ち上がる。 「郁?」 「今日は、急ぎの仕事も無いし、先に帰る。」 「え?もうすぐ伊藤君も来ると思いますし、三人でゆっくりお茶でもいかがですか?伊藤君も郁が居ないと淋しがると思いますよ?」 最後の一言は、社交辞令。 実際に、伊藤君は、郁が居なければ、がっかりするかもしれないけど。僕は、一秒でも早く二人っきりになりたい気持ちのほうが強いから。 だから、これは社交辞令。 「心にも無い事を言うんじゃない。気持ち悪い。」 「郁?」 酷いですね。 「啓太に宜しく伝えてくれ。それから臣?」 「はい。」 「あんまり最初から本性を出して、啓太を怯えさせるなよ?」 「ふふ。怯えさせるような、恐い性格はしていませんよ。あの、人でなしさんとは違います。僕は紳士ですから。」 「・・・・・はあ。啓太は一体何処に魅かれたんだか・・・。」 大仰な溜息をつきながら郁が部屋を出て行くのを見送ると、二人分のティーカップを用意する。 「ふふふ、伊藤君に早く逢いたいですね。」 引き締めようと頑張っても、自然と頬が弛んでくる。 ほんの数日前、僕たちはやっと恋人同士になった。 東屋で、気持ちを確かめ合い、伊藤君は僕に永遠の愛を誓ってくれたのだ。 「早く伊藤君が、う〜んと甘えてくれるようになるといいんですが。」 恥ずかしがり屋の伊藤君は、中々素直に甘えてくれないから、なんとなくつまらない。甘く愛を囁いて、そうして可愛い伊藤君の頬や唇にキスしたい。ピンク色の耳たぶにも、細い指先にも、勿論それ以外の場所にも・・・だけど、伊藤君は、見つめるだけで恥ずかしそうに下を向いてしまうし。肩を抱くだけで、ビクンと震えて、不安そうに大きな瞳を潤ませてしまうから、なかなか先に進めない。 「あんまり急いては可哀想ですしね。」 郁に忠告されなくても、その辺はちゃんと考えていたつもりだった。 可愛い啓太君は、純粋培養で育てられた天使のような人だから。 優しくて、素直で、愛らしい。天使のような人だから。だから、その笑顔が曇らないように。怯えて悲しませないように。これでも十分に気を使っているつもりなのだ。理性を持って、紳士的に接しているつもりなのだ。 ただ、その理性が、可愛い伊藤君を前にすると、あんまり自制が効かなくなる・・という困った点がない訳じゃ無いのだけれど。それは、伊藤君があんまりにも可愛すぎるから、仕方のない事だと思う。 「順番順番、何事も、急いてはいい結果は得られません。」 美味しい紅茶を入れるためにも、ちゃんとした手順があるように、恋にもきっと、それなりの手順があると思う。 性急に、全てを一度に味わう恋もあれば、ゆっくりと段階をふんで、一つ一つ楽しみながら、進む恋もある。今までしてきたのは、全てをまとめて一度に味わう恋ばかりだった。 「いいえ、違いますね。」 あれは、あれらは恋ですらなかった。ただのゲーム、そう、ゲームだった。 戯れにつまんで、駆け引きだけを楽しむ。相手の反応を見て、頭の中に、データーを蓄積していく。 流行の店も、雰囲気のある景色も、何もかもがゲームの為の小道具だった。 郁以外は、生きてなかったから。郁以外の人間なんて、本当はどうでもよかったから。だから、あれはただのゲームだった。 コンピューターを操るのと同じ、人の心を操るゲーム。 出逢いから、別れまで、自作自演の華々しい演出で相手を酔わせるゲーム。 だけど、ゲームはもう終わってしまった。 伊藤君と出逢って、本当の恋を知ってしまったから。 もう、ゲームは出来なくなってしまった。 コンコンコン。ドアがノックされるから、笑顔を作りドアを開く。 「七条さん。」 「いらっしゃい、伊藤君。」 にっこりと出迎えると、伊藤君もにっこりと笑ってくれる。 本当に伊藤君の笑顔は素敵ですね。 「遅くなっちゃってごめんなさい。あれ?西園寺さんは?」 けれど、いつもの席に郁が居ない事に気が付いて、伊藤君の笑顔が少しだけ緊張したように強張ってしまう。淋しいですが、それはまだ仕方の無いことなのかもしれませんね。 「ええ、今日は急用が出来たとかで、先に寮に帰りました。」 「そうなんですか。お忙しいんですね。」 「ええ。さ、どうぞ座ってください。今日はね、美味しいシュークリームがあるんですよ。」 「わあ。」 ソファーに座らせ、紅茶を入れて、そうしてさりげなく隣に座る。 「さ、どうぞ、伊藤君。」 にっこりと紅茶とシュークリームを勧めると、伊藤君は少しだけ困った顔をしている事に気が付いた。 「どうしました?」 まさか、二人っきりが嫌だとか? 「伊藤君?」 それとも、隣に座ったのが気に触ったのでしょうか? 一体どうしたのでしょう?すこし心配になってきた頃。 「あの・・・俺、シュークリーム食べるの下手なんです。」 「え?」 「あの・・フォーク使うのが凄く凄く下手で・・。」 耳まで真っ赤になりながら、そう告白してくれた。 「くす、勿論手で持って食べていただいてもいいんですよ。」 「でも、七条さんはフォーク使うんですよね?」 「じゃあ、僕も今日は使わないで食べる事にします。」 食べさせてあげても、勿論いいのですけれど。それはまたの機会という事にしましょうね。ここで理性の箍が外れてしまうといけないですから。 「ですから遠慮なさらずにどうぞ。」 「はい。じゃあいただきます。」 にこりと安心したように微笑んで、伊藤君は、両手でシュークリームをそっと持ち上げ、パクリと口にした。 「美味しい。」 そして、クリームよりも甘い笑顔でにっこりと・・ああ、可愛い。 「七条さん凄く美味しいです。」 「それは良かった。」 「ふふ。・・・コクン。紅茶も凄くいい香りです。」 「そうでしょう。」 「七条さんの入れてくれる紅茶ってどうしてこんなに美味しいんでしょうね。どんなお店で飲んだものよりも、美味しいって思います。」 「そんなに褒められると照れてしまいます。」 「だって本当に美味しいんですもん。」 美味しいお菓子に、美味しい紅茶、伊藤君の緊張もとけたようですね。 「ふふ。」 可愛い可愛い伊藤君。こんな時間もいいですね。 二人っきりで、甘い時間。そのうちこうしているのが普通になって、二人きりでも初めから緊張せずに甘えてくれるようになってくださいね。 ゆっくりゆっくり時間を掛けて、もっともっと甘い時間を過ごせるようになりましょうね、伊藤君。 「ふふ、おいし。」 ぱくりとまた一口、伊藤君はシュークリームを口にする。 「美味しいですか?」 おや?これは・・・。 「はい。」 困りましたね。どうしましょう。 「七条さん?」 折角、優しい紳士を演じているのに。 「あの・・・?」 折角、ゆっくり・・・なんて思っていたのに・・・。 「ちゅ。」 仕方のない人間ですね。僕は。 「・・・・え?・・・ん・・・・・。」 「ふふ。」 「し、七条さん。」 「唇にクリームがついてましたよ。」 こんな些細な(無意識の)誘いに簡単に誘惑されるなんて。 「ふふ、やっぱり美味しいですね。」 「そりゃ・・・あの・。このクリームとっても美味しいですけど。」 真っ赤な顔で、大きな瞳を潤ませて、伊藤君は健気にうなずくけど。 「いいえ、クリームじゃなくて、伊藤君の唇です。」 はずれた箍はもうもとにはもどらない。 「え?」 「もう一度確認させて下さい。クリームと伊藤君どっちがより甘いのか。」 そう言うと、うろたえる伊藤君の唇に、ちょんとクリームをのせてから、ゆっくりと唇を重ねてしまう。 「え・・あの・・七条さん?・・・あ・あの・・・。」 甘い甘い時間を過ごしましょうね。 これからずっと、クリームよりも蜂蜜よりも、もっともっと甘い時間を過ごしましょう。ね、伊藤君。 「ほら、やっぱり、伊藤君のほうが甘いですよ。」 にっこり笑ってそう言うと、腕の中で「七条さんの莫迦」と伊藤君がプッと頬を膨らまして拗ねていた。 でも、伊藤君が誘うのがいけないんですよ?ねえ、郁? ねえ、郁?と聞かれても、きっと西園寺さんも困ると思うのですが・・・。 七条さん大暴走、ついでにみのりも大暴走ということで、告白直後の舞い上がってる七条さんです。 |
いずみんから一言 |
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