ある日の王様





「だー、疲れた疲れた。休憩だ!!」
 印鑑を放り投げ、思い切り伸びをする。
「王様?」
「啓太コーヒー入れてくれよ。」
「・・くす。はい。濃い目ですか?」
「そ、頼む。」
「わかりました。少し待っててくださいね。」
 にっこりと小首をかしげ、啓太が見つめる。
 か・・可愛い。
「お、おう。頼む。」
 なんとなく照れながら、うなずくと、啓太は簡易キッチンの方に歩いていった。
「・・・ふう。」
 自分のせいとはいえ、よくまあこれだけ書類が溜まったもんだ。
「あと、一山分あるなあ。」
 折角、中嶋が今日は用事で出かけているってのに、しかも昼寝日和のいい天気だってのにさ、よりにもよって啓太の泣き落としに合うなんてなあ。ついてないぜ。
「お疲れ様です。王様。」
「・・お、すまん。」
 前言撤回。
 目の前に、優しい言葉と共に、コトンとマグカップが置かれ、そんでもって可愛い啓太のスペシャルな笑顔を独り占め、ついてなくないぞ。うん、ついてる、ついてる。
「王様?」
「え?あ・・。え〜と、慣れない仕事すると疲れるな。」
 テレ隠しになんか意味の無い事を言って見たりする。やばいなあ、俺、顔赤くなってないか?
「ふふ、いっつも仕事に来てくれれば、慣れない仕事じゃなくなりますよ?」
「そりゃそうだけどな、俺には昼寝も大事な仕事だからな。」
「王様ってば。」
 くすくすと、啓太が笑うから、俺もつられて笑顔になってしまう。
 可愛いなあ、啓太。本当に。・・・それにしても疲れたなあ。
「・・・ふう。」
「王様?」
「あ、悪い。なんか目が疲れてさ。ほら、書類の細かい文字をずっと見てたから。」
 さすがに、適当に印鑑を押していくわけにもいかないからな、俺だって、仕事するときはきっちりやる。・・・でも集中力が続かないんだよなあ。おまけに書類の量が多すぎて、なんつうか、目がしょぼしょぼするって言うか、目の奥が痛いって言うか。
「デスクワークは性にあわんな、本当。肩こっちまったよ。」
「・・・肩ですか?」
「そ。あ〜動きたい!!」
 椅子に座ったまま、両腕を伸ばす・・とゴキッと鈍い音がした。
「・・・王様大丈夫ですか?」
「ああ。コーヒーのお陰だな。ちょっと元気になってきた。」
「もう。・・そうだマッサージしてあげましょうか?」
「マッサージ?」
「ええ、俺得意なんですよ。ね。」
 にっこりと天使の笑顔で言われたら、そりゃうなずくだろ?
「・・・じゃあ、お願いして・・も・・いいか?」
 いいのか?そんな・・・うわ・・。
「勿論。じゃあ、早速。」
 いいながら、啓太の手が首筋にふれる。
「・・・ん。」
 とたんに、変な声が出てしまう。
「ふふ、ここ痛いですか?」
「痛い。」
「ここね、目の疲れに効くんですよ。ツボってやつなんですよ。」
「へえ・・・う・・・そこっ・・い・・・いたぎも。」
 首というか、耳の後ろというか・・啓太の細い指が動くたび、鈍い痛みというか気持ち良い痛みというか・・そんなのがダイレクトに頭に響いてくる。
「ここをね、こうやって揉み解してから、肩をもむといいらしいですよ。」
「へえ・・・うんん・・・・気持ちいいなあ。」
「へへへ。」
 啓太のマッサージってだけで天国にいるみたいなのに、実際上手い。最高だ。
「家の母が得意なんですよ。よく父にしてあげてて、俺にも教えてくれたんです。」
「へえ。仲良いんだな。」
「両親ですか?ええ?とっても仲良しですよ。」
「ふう・・・ん!そこ・・・!!」
 指が移動し、今度は腕の付け根のあたりをギュッと押され、また俺は怪しい声を上げる。
「王様こってますよ。うん。」
 なぜだか、啓太は嬉しそうにそういながら、ゆっくりと肩をもんでくれる。
「疲れないか?大丈夫か?」
 筋肉質だしな・・俺。可愛い啓太の手が疲れたら大変だ。
「大丈夫ですよ。そんなに力いれてないですもん。」
「そうなのか?」
 でも、結構くるぞ?いたぎもな気持ちよさ・・。力は関係ないのか?
「へへへ。自慢になっちゃうけど、しっかりツボに指が入れば、力はそんなに要らないんですよ?力入れちゃうのって本当は良くないんです。・・母の受け売りですけど。」
「へえ・・・。」
「はい、肩は終わり。」
 もう?・・天国にいる時間は短かった。
「ありがと・・お、楽になった。」
「ふふ、次は、こっちをむいて頂いていいですか?」
「え?」
「さっき、目が疲れてるって言ってたでしょ?」
「ああ。」
「だから・・・少し顔上げてくださいね。」
「・・・・え?」
 なにが始まるんだ?うわ・・啓太の顔が直ぐ近くに・・・。
「ここをね、押すんです。」
「・・・んん!!」
「痛いですか?」
「いだい・・・。」
「じゃ、少し加減しますね。」
「・・・・う・・・・ん・・・あう!」
 なんだこれ!!いたぎも〜!!
「どうですか?」
「気持ちいい・・。」
 親指で、ただ目の直ぐ下をゆっくりと押してるだけなのに・・。ああ、それよりも、啓太の顔が本当にすぐ近くに・・うわあ・・なんかやばいかも。
「ここね、目のツボなんですよ。あとね・・。」
「・・・・。」
 にっこりと、癒しの笑顔で啓太が優しく目の周辺を押していく。指の動きもそうだけど、この笑顔に、俺癒されまくりだよ。
「王様?」
「・・・啓太。」
 やばい、すっごく抱き締めたい。
 今ならこのまま抱き締めれば、俺の腕の中に素直に入ってきてくれそうだ・・・よな?
「啓太・・あの・・さ・・。」
「あ!!中嶋さんお帰りなさい!!」
 突然指が離れ、啓太の笑顔がスペシャルになる。
「へ?」
「お前たち何をしてたんだ?」
「マッサージです。王様が目が疲れたって言うから。」
「ほお?」
 やばい。ヒデの声がやたら低くなってる。
「中嶋さん、コーヒー入れましょうか?外寒かったでしょ?」
「そうだな。」
 思いっきり不機嫌にうなずく声。その様子に気が付いてないのか、啓太はご機嫌でコーヒーを入れにいってしまう。
「・・・あの・・ヒデ?」
「書類は片付いたのか?」
「あと、少し。」
「ふうん。」
 面白くなさそうな様子で、ヒデは、ソファーに足を組んで座ると、煙草に火をつける。
「・・・。」
 冬休み明け、気が付いたらヒデは、ライターを変えていた。
「なんだ?」
「いや。」
 俺と違って、物にこだわる方だと思うけど、前のライター相当気に入って使ってた様だったのに・・と思っていたら、どうも啓太からのプレゼントらしい。
「・・・。」
 変わったよなあ。こいつ。ちょっと前までは物凄い恐い奴だったのに。
 いや、今も十分恐い奴だけどさ。それでも・・。
「中嶋さんお待たせしました。」
「ん。」
 確かに恐いやつだけどさ、ほら、こんな風に、啓太が超可愛い笑顔と一緒に傍によるだけで、、なんとなく気配が変わるんだよ。
「ふっ。」
 わざと煙草の煙を、啓太に向けて吐いてみたり・・以前のこいつならやらないよな?
「けほっ。中嶋さん。煙いですぅ。」
「そうか?気のせいだろう?」
「もう。ね、ね、中嶋さんも肩こってませんか?」
 当たり前のようにヒデの隣に腰をおろし、啓太の指がヒデの肩に触れる。
「・・・哲っちゃん?」
「なんだ?」
「さっき、近くでトノサマが鳴いてたぞ?」
「え?」
「逃げたほうがいいんじゃないか?」
「・・・・。」
 嘘だ。絶対に嘘だ。俺を追い出したいんだ。
「・・・なんなら、連れて来てやろうか?」
 口の端を上げ、にやりと笑う。
 くそ〜、嘘だと思うのに、でも・・・こいつならやりかねない。
「・・・逃げるよ。逃げればいいんだろ?」
 こいつ、やっぱり怒ってやがる。ちぇ、たまに啓太を借りたからって、そこまで怒らなくてもいいじゃないか。くそっ。
「王様?」
「啓太。マッサージありがとな、すっげー楽になった。」
「え、いいえ。いつでも言って下さいね。」
「・・・そうだな。」
 頼みたいけどなあ・・・無理だろうなあ。ちぇ。
「魔王が居ない時にでもな・・。」
「え?魔王?」
「・・・ふん?」
「・・・じゃあな、お邪魔様〜!!」
 やばやば。つい本音が出ちまった。
 慌てて立ち上がり、ドアを閉める。
「ふう。地雷踏むとこだった。」
 ヒデをからかうのは命がけだよ。本当。
「・・・さてと部屋に戻るか。」
 惜しかったなあ。あと少しあいつが戻ってくるのが遅かったら・・・。
「・・・ま、いいか。」
 チャンスはまだあるだろう。・・・たぶん。
「ん〜、マッサージ本当に気持ちよかったなあ。」
 寮にむかって歩きながら、一人さっきの記憶を甦らせる。
「啓太の指・・・へへ。」
 なんとなく頬に触れて見たりして、照れて見たり・・・。
「良い日だったなあ。今日は。」
 めったにない啓太独占の時間だもんな。
「・・・へへ・・・へ!!」
「ぶみゃあ(なんだお前か。)」
「・・・・ト・・トノサマ・」
「ぶみぃ〜(暇なんだよ。遊んでやるよ)」
 不気味な笑顔をうかべ、トノサマが近づいてくる。
「ち、近寄るな!!トノサマ!!」
 前言撤回!!良くない!!厄日だよ!!
「ぶみゃ(遠慮するなって)」
「ち、ちかずくなあ!!」
 やばい、意識が遠く・・・うわあ・・・・。

                   ◎

「・・・あれ?あんなところに王様が寝てますよ。」
「・・・ほっとけ。」
 啓太の声?
「でも・・風邪引いちゃいますよ?もう夕方ですし・・。」
「あいつの昼寝を邪魔しても悪いだろう?(ニヤリ)」
 ヒデお前、わかってて言ってるだろ!!
「・・そう・・・ですけど・・。」
「行くぞ。」
「あ、待ってください、中嶋さん。うわっ。」
「・・・ふん。慌てるな、腰に力が入らないくせに。」
 腰に・・・って何やってたんだよ。お前ら。
「・・・・誰のせいですか?」
「さあな。」
「もう・・・。」
 二人の声が遠ざかる。


 やっぱり、今日は厄日だ・・・。


                              おわり

 

王様は、やっぱり可哀想でした。
そして、啓太君はどうもお仕置きをされた模様。
啓太君にマッサージされたら、それだけで癒されそうです・・・。
 






いずみんから一言

みのりさまはマッサージがお得意だったそうです。
お店(っていうんでしょうか?)を開きたいくらいなんだけど、やってあげたいと
思う人にしかしてあげたくないので開業は無理、と書いておられた。
開業されてたら行くのになあ、と思ったことを覚えている。
施術してもらいながら啓太くんたちの話をしていると、それだけで癒されそうだ。
神戸には「みのり」と名前のついたマッサージのお店があって、そこの広告を
目にするたびにみのりさまのことを思っている。

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