ジングルベルの鳴る街

  

 

 街にジングルベルが流れるこの時期が俺は結構好きなんだって、学園に入って気がついた。
「・・・あとは、王様に頼まれた・・・。」
「おい、まだあるのか?」
「はい、あと王様が・・。」
「・・・ったくあいつ、自分の買い物くらい自分で・・。」
 しかめっ面して中嶋さんは、買い物リストを覗き込むから俺はクスっと笑ってしまう。
 学生会で使う事務用品や備品は、ほとんど業者さんに頼んでしまうのだけれど、それ以外に臨時に必要な物・・・なんていう買出しを俺はたまに引き受けて町に出る。
 いつもは一人で、たまに量が多いときは俊介と一緒に行ったりもするんだけど、最近は何故か王様や中嶋さんが付いてきてくれる。
 曰く、年末は色々と物騒だから、お前みたいなボケボケひとりじゃ外に出すのが心配・・なんだそうだ。
「なんだ?」
 子ども扱いというか、なんというか、それを言われたときはちょっとショックだったけど(だってそれじゃお手伝いの意味がないし)でもそのお陰で中嶋さんが買い物に付き合ってくれるのはちょっと嬉しかったりするから、俺は単純だなって自分でも思ってしまう。
「いえ。早く買い物して帰りましょ?中嶋さん。」
 だから、王様が一緒のときは感じないけど、やっぱり中嶋さんが一緒だと・・これってちょとデートな感じ・・・なんて単純に思ってしまう。
「そうだな。冷えてきたし・・・今晩は雪になるかもしれないな。」
「東京ですよ?12月で雪なんてめったに降りませんよぉ。」
 言いながら思う。雪になったらいいなって。
 寒くなったら、それを理由に中嶋さんにくっついて、そうして部屋にいついてしまうんだ。
 猫みたいにまるくなって、中嶋さんの足元にすりよるんだ。
スリスリ猫みたいに頬をすりよせる。
 甘えたいんじゃないよ。俺は猫なんだ。猫はそういうもんなんだよ。
だからこうやって甘えるんだ。
 そんなむちゃくちゃな理由をつけてでも傍にいたい。
「でも分からないぞ?20年ぶりの寒波が来ているらしいからな。」
 だけど、俺のそんな思いに気づかずに、中嶋さんは空を見上げそんな話をする。
「そうなんですか?」
「ああ。」
 なんとなく中嶋さんの雰囲気がいつもと違う気がしながら、隣を歩く。
「中嶋さん?」
 ジングルベル、ジングルベル・・鈴が鳴る・・・可愛い鈴の音が、音楽が街のあちらこちらから聞こえてくる。
 夕方になってあたりが少しだけ薄暗くなって、街のいたるところに付けられたクリスマスの飾りが、小さな電球でライトアップされている。
 もうすぐクリスマスだ。待ちに待ったクリスマス。
 小さい頃は、母さんが焼いたケーキを食べて、ご馳走を食べて靴下を枕もとに下げて眠りに付いた。
 朝起きると、靴下にはキャンディーが、枕元にはおもちゃやお菓子が置いてあって、俺と妹はいつも大はしゃぎしてそれらを見せ合った。
「なんだ。」
「えっと・・・・あの・・・えっと・・・・コーヒーでも飲みませんか?」
 まだデート気分を味わっていたくて、そう言うと中嶋さんは面倒くさそうに返事をした。
「買い物が終わったらな。」
「はい、じゃあ早く行きましょう?」
 クリスマスはどうするんですか?
 勇気を出して聞いてしまえばいいのに、俺はその一言がどうしても言えずに時間を無駄にすごしていた。
 クリスマスはどうするんですか?中嶋さん
 俺、家に帰っるってまだ言ってないんです。友達と寮に残るかもって、まだ分からないんだって言ってるんです。
・・・母さん達残念がってたけど、まだそう言って・・・ちゃんと返事してないんです。
 中嶋さんと一緒に過ごしたいって思うんです。始めてのクリスマスだから、だから・・・一緒にって・・・・。
「どうした?」
「あの・・・いえ。」
 今日こそ言おうと、朝決心してきたんだけど・・・。
 どうしてもその一言が言えずに、俺は下を向いて歩く。
「これか?」
「あ、はい。」
 王様に頼まれた買い物を終えると、バス乗り場の方へ中嶋さんはドンドン歩いていってしまうから、俺は慌てて中嶋さんを呼ぶ。
「あの!中嶋さん。」
「なんだ?ああ、コーヒーか。」
 そうじゃないんだけど・・。それでもいい。それでもいいから・・・まだ、外にいたい。
 中嶋さんと、街を歩いていたい。
「中嶋さん。ね、少しだけ歩いてもいいですか?」
「ああ。」
 ジングルベルの音楽が鳴る街を歩く。
商店街のささやかなイルミネーションを見ながら、少しはずれた公園まで歩いていく。
「・・・ほお?」
 小さな小さなクリスマスパーク。
 小さなスノーマン。小さな観覧車・・・。そしてもみの木に飾り付けられた赤や緑の電球が彩られている。
「和希が教えてくれたんです。クリスマスの飾りが綺麗なんだよって。
あるデパートが、去年お店で使われてた飾りをここに寄付してくれたんですって。結構本格的なんだって和希が言ってました。」
「鈴菱がな・・・ふうん?」
「中嶋さんと見たいなあって・・・・。」
 一緒に見に行く?って和希が言ってくれたんだけど、俺中嶋さんと見たいなってその時思ったんだ。
「お前は子供だな・・・。まだクリスマスには2週間もあるだろう?」
「でも・・・綺麗ですよ。俺好きなんです。クリスマスツリーやああいう飾り・・うち、母さんがこういの大好きで、12月になると家中がクリスマスの飾りつけになるんですよ。母さんのお手製のリースや、キルトで作られた靴下や小さなクリスマスツリーが家のあちこちに飾られてて・・もちろんリビングには大きなツリーがあって。」
「ふうん?」
「そのせいかな?クリスマスって大好きなんです。だから、学園でやるクリスマスパーティーもちょっと楽しみだったりするんですよね。へへ。
ツリーが無いのがちょっと残念だけど、でもパーティー楽しみなんです。」
「お前らしいというか、なんというか・・だな。」
「子供っぽいですか?」
「そんな事は言ってないだろ?お前らしいと言ったんだ。」
 くしゃりと髪をかき混ぜながら、中嶋さんは笑う。
 それはいやみでもなんでもなくて、自然な笑顔で・・・俺はなんだかいますぐ中嶋さんに抱きしめて欲しくなってしまった。
「帰るぞ。煙草が吸いたくなった。さすがに制服のまま街の中じゃ吸えないからな。」
「はい。」
 今なら言えるかな?クリスマス一緒に過ごしたいって・・・今なら言ってもいい?
 勇気を出して、「クリスマス一緒に過ごしてください」って言うんだ。
頑張って・・・せ〜の。
「中嶋さん?あの・・・。」
「チュッ。」
「え?」
「煙草の代わりだ。」
 ううう、こんなのフェイントもいいとこだよ。
 こんな人目に付く場所で・・・キスなんて、キスなんて、キスなんてえぇっ!!
 制服だから、煙草が吸えないって言ったばかりの癖に、キスは良いんですか?キスはっ!!
「中嶋さん・・・・あの・・・。」
 うわああん・・・俺の勇気が・・・。
「帰るぞ。」
 中嶋さんはそう言うと、さっさと歩き出してしまった。
「莫迦・・・。」
 小さく言いながら、でもたったあれだけのキスで体が熱くなってる自分にちょっと悲しくなってしまった。
「クリスマス・・・もう少しなのに・・。」
 なのに、誘ってもくれない。俺が終業式の後すぐに家に帰ってもいいのかな?中嶋さん。
 クリスマス一緒に過ごしたいって思ってるのは俺だけなのかな?
「中嶋さん・・の莫迦。」
 小さくそう言って、コンと足元の石ころをけって、それから俺は慌てて中嶋さんの後を追いかけた。
「中嶋さん待ってください!中嶋さんてば!」

 
 ジングルベルジングルベル鈴がなる。今日は楽しいクリスマス・・・・♪
 ジングルベルの曲が鳴り響く、12月の街。

 
俺は中嶋さんの後を追いかけながら、その曲を聴いていた。

 
 ジングルベルジングルベル・・・二人だけで過ごしたい。
 メリークリスマス。初めてのクリスマス。


「中嶋さん!」
 追いかけて、必死に追いかけて腕にしがみつく。
「中嶋さん・・・。」
「なんだ?」
「あの、あの・・・。」
 クリスマスを一緒に過ごしてください。
「あの・・あの・・・俺・・・。」
「だから、なんだ。」
 なのに、言えない・・・・。俺の、莫迦。
「なんでもありません。」
 うつむいた俺に、中嶋さんはククッと笑ってこう言った。
「お前は温かいな、啓太。湯たんぽ代わりにちょうどいいな。今晩は冷えそうだ。」
「え?」
 それって・・・それって・・。
「嫌か?」
「嫌じゃありません。」
 猫でも湯たんぽでもいいよ。そばにいられるなら。
 コクコクと必死にうなずくと、中嶋さんはくくくと楽しそうに笑って俺の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。
「帰るぞ。」
「はい。」


 うなずいて、俺はその日湯たんぽ代わりに中嶋さんにくっついて眠った。
 あと二週間でクリスマス。
 クリスマスには、湯たんぽの代わりじゃなく傍にいたい。そう言い出せないまま、日にちだけが過ぎていった。

                                       Fin
     
  この後は、啓太のクリスマス・・に続くのですが、その間の話を書くはずが、
  まだ終わってないのでした。
  それでも、メリークリスマスなのです。皆様楽しいクリスマスを過ごしてくださいね。








いずみんから一言

去年のクリスマス。
そんなことしたことのない彼氏が突然、汐留のおしゃれなホテルを
とってきて、みのりさまは一緒にお泊りしてこられたそうです。
でもそのときの日記には、もう体調の悪さが出てしまっています。
私にはそれが、神様からのプレゼントのような気がしてならないのです。
最後のクリスマスで想い出を作れて、本当に良かったと思う。

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