First impression たまたま思いついただけだった。 学生会の仕事で遅くなり、月明かりの下寮に戻る途中、ふと思いついて立ち寄った。 講堂、カードキーと暗証番号を使いドアを開け中に入る。 月の明かりが窓から差し込み照明はいらなかった。 「ふん。」 カチリとライターを鳴らし煙草に火を灯す。 「‥‥。」 ピアノの前に立ち戯れに鍵盤に指を乗せる。 子供の頃2、3年習っただけだった。 お遊びのようなコンクールで優勝した後、自分は奏でるより聴くほうが好きなのだと気が付いて習うのをやめた。 音感は良かった。暗譜も得意だった。 たまに一人で弾くようになって、気ままに弾くことは好きなのだと気が付いた。 コンクール向けに楽譜通りに奏でる事、それがつまらなかったのだと今更ながらに気が付いた。 あの頃は子供で、子供すぎて気が付かなかったのだ。 「I’m going your way Moon river wider than a mile‥‥」 携帯用の灰皿に煙草をもみ消し、指を動かす。 低く歌いながら、そうする事で気持ちがなぜか落ち着いた。 落ち着いてから、はじめて自分がなぜか動揺していた事に気が付いた。 心が騒ぐことなどそう有りはしない。 学園の生活は単調で、学生会の仕事はただ忙しいだけだった。 心が浮き立つことも何もない当たり前の生活があるだけだった。 「‥。」 立ち上がり再び煙草を吹かし始める。 心が騒ぐ理由に一つだけ覚えがあった。 昨日逢ったばかりの転校生。 伊藤啓太。 平凡な子供。無邪気な子犬の様な目をした子供。 平凡な顔、目立った才も無く、気の効いた会話も出来ないただの子供の、その影がなぜか心から消えない。 気持ちが騒ぐのはそのせいだ‥と思い当たって、俺は苦笑いとともに煙を吐き出した。 「あんな子供‥ククク。まあ退屈しのぎには丁度いいか。」 紫煙を吐き出し外に出て、月明かりを背に寮へと戻る。 学園の生活はそれなりには楽しめた。 力不足に苛立ちながら生きていた子供の頃とは違っていた。 けれどそれだけだった。 何の感動もない。なんの変化もない。 淡々とすぎる日常。 それが変化した。昨日。 転校生。伊藤啓太。 訳ありの子供。その触れ込みの割りには平凡だった。 けれど、何かが変わったのだ。確かに変化した。 心の奥がザワザワと騒ぐ。 らしくないと笑いたくなる程、戸惑う程に心の奥がザワザワと騒ぎ、そして揺れた。 「ククク、俺にこんな感情があるとは‥‥知らなかったな。」 夜の道を一人、紫煙を吐き出しながら歩く。 戻ったとき寮長の篠宮が煩いだろう‥なんてどうでも良かった。 「伊藤啓太‥か‥。」 ふわりと浮かぶ煙をみながら、唇の端が上がっているのに気が付いた。 平凡な子供。 俺の心を騒がす、子供。 「俺を動揺させたんだ。その落とし前は必要だろう。 くくく。動揺?俺が‥あの子供相手に?‥‥なら、楽しまなきゃ嘘だろう?」 煙草をもみ消し、喉を鳴らし笑う。 どうやって、楽しもう。 どうやって、追い詰めよう。 考えれば考えるほど楽しくなった。 こんな気持ちになるのはきっと初めての事だ。生まれて初めての事。 何も感じずに育った。 すべての事が望んですぐに手に入った。 毎日は刺激も無くただ過ぎていくものだった。 本当に欲しいもの。そんな事を考える意味さえ忘れていた。 「欲しいのか?俺は‥ククク。あんな子供が? 欲しいのか?それともただの興味?」 その意味を俺は正しく理解しないまま、それでも欲しいのだと思った。 何かを欲しいと思う、その事実が更に気持ちを楽しいものにした。 「伊藤啓太‥ククク。後悔させてやるよ。この学園に来たことを、俺と出会ったことを‥。」 なぜ心が浮き立つのか、なぜ心が騒ぐのか、その意味を俺が知るのは、まだ先の話だった。 Fin ※※※※※※※※※※ ようするに一目惚れという奴ですね。私、中嶋さんは第一印象ですでに啓太くんに惚れてると思っているのです。でも本人はその自覚が無い‥一目惚れした次の日の中嶋さんはこんなんかな−?ということで書いてみました。 歌っていたのは、MOON RIVERです。今手元に歌詞カード無いもので‥スペル間違ってても見ないふりしてくださると助かります。 (2006/06/14(水)の日記に掲載) |
いずみんから一言 |
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