誤解



「離してください!!俺、もう行かないと。」
 ドアの鍵を閉められて俺は慌てて叫び声を上げた。
「行く?どこに?」
「だって、俺次の授業・・・・・。」
 体育の授業でグラウンドに行こうとしたところを無理矢理ここに連れてこられた。もうすぐ予鈴が鳴る時間だし、急がないとマズイ。
「そんなもの出る必要はないな。」
 なのに中嶋さんは、焦る俺を笑いながら、当然のようにそんな事を言う。
「え?でも。」
 必要・・・無いわけないじゃないか・・・それに俺、今中嶋さんの顔見るの凄く辛いんだけど。
「お前・・・・何を拗ねてるんだ?」
「拗ねてません!!」
 拗ねてなんかいない。落ち込んでるだけだ。
「ほお?」
「・・・・中嶋さんが何も言ってくれないなんていつもの事だし・・・俺・・・別に・・。」
 どうせ俺になんて、何も話してくれないんだから。
「何も言わない?俺が?そんな事あったかな?」
「・・・・。」
 どうしてそんな風に言えちゃうんだろう?俺、いつだって真剣に話してるのに。いつも茶化して本気にしてくれない。
「中嶋さんの気持ちが俺にはよく分かりません。」
 事実だなんて認めたくないけど、でも・・・・思い当たる事が無い訳じゃなくて、だから・・・・だから・・。
「は?」
「どうして何も言ってくれないんですか?俺・・・俺・・・・中嶋さんが言ってくれたら俺・・俺。」
 事実だって認めたくないけど、でも中嶋さんがはっきり言ってくれたら諦めもつく。
「だから何が言いたいんだ?さっきから。」
 なにがって・・・それを言いたいのはこっちだよ。
「中嶋さん・・・俺に厭きちゃったんですか?」
「あき・・?」
「・・・・だ・・・って・・・・中・・・中嶋さん?」
「ほお?厭きている様に見えるのか?」
「え?」
 中嶋さん、顔がなんか・・・怖いんだけど。
「だって・・・和希が・・・・。」
「鈴菱の莫迦に何を吹き込まれたか知らんが、それを間に受けるお前が莫迦なんだ。」
「・・・・・・。」
 もしかして?怒って・・る?
「だって・・・だ・・。な、中嶋さん?」
「そんな些細なことで拗ねて?俺に何を言わせたいんだ?啓太。」
 にやりと笑う。そして・・・。
「中嶋さん?うわっ。」
 視界が急にぐらりと揺れて、そして反転した。
「・・・・。」
「な、中嶋さん怖いです!」
 肩に担がれたまま、俺は中嶋さんの机まで運ばれて、そして乱暴にその上に降ろされた。
「な、なかじ・・・。」
「お前は俺より鈴菱の莫迦の言葉を信じるんだな?」
「え?」
 それって・・・・。
「そういう事・・・だな?」
「違います!!でも・・・。」
 どうしよう、本気で怒ってる?俺が和希の言葉を信じたから?でも、だって・・・でも。
「でも?なんだ?」
「だって、だって・・・・・。」
「言いたいことがあるなら、最後まできちんと言えと前に言わなかったか?」
「・・・・だって。」
 俺・・・和希に言われてそうかも・・って。俺の事なんかもう興味ないのかもって・・・。
「だって・・?その次はなんだ?・・・・でも・・・・か?お前はそれしか言葉を知らいのか?」
「・・・・怒っちゃ嫌です。」
「はん?そうさせてるのはお前だろう?違うのか?」
「違いませんけど・・・・でも・・・・。」
「ったく。お前は面倒な奴だな。」
「・・・・そう思うなら俺の事何か放って置いてください。俺の事・・・厭きちゃったんなら・・・もう・・・もう・・。」
「ふうん?それでいいのか?」
「・・・・・。」
 無言で見つめる。面倒・・・それが中嶋さんの答えなの?なら、なら、仕方ないよ。
 俺のこと・・・面倒って思うんなら、もう興味がないって言うなら。
「それでいいなら、お前が出て行けばいい。」
「え?」
「・・・・ふん。」
「って、何するんですか!やっ。」
 無理矢理靴を脱がせて裸足にして・・・・窓を開けて・・・。
「中嶋さん!あ!」
 信じられない。俺の靴・・・・窓の外に放り投げちゃった。
「さ、出て行け。」
 ぴしゃりと窓を閉めて・・・。
「裸足でどうやって出て行けって言うんですか!」
「さあな。俺は知らん。」
「知らん・・・て。」
「出て行きたいなら、方法は幾らだってあるだろう?お前が誰よりも信用している鈴菱を呼ぶとか。幾らでも方法はある。」
「・・・・・誰よりも和希を信用してる・・・なんて、そんな事ありません。中嶋さんよりも和希を信用してるなんて、そんな事ありません!!」
「でも、あいつの言葉を信じたんだろう?」
「信じてません。」
 ただ自信がなくなっただけだ。不安だったところに、そう言われて・・・信じていることが辛くなっただけなんだ。
「ただ、自信がなくなって・・・だって・・・。」
 中嶋さんは誰よりも格好良くて、素敵だから・・・。本当は俺なんか全然釣り合ってないって分かってるから。
 でも、好きなんだ・・・・。好きで好きで・・・・だから・・・。
「だから莫迦だっていうんだ。」
「どうせ莫迦です。頭悪いです。」
 視界が歪む・・・・ゆらゆらとゆれて、中嶋さんの顔がぼやけてきてしまう。
「本当だな。お前は俺の言ったこともろくに覚えていられない大莫迦者だからな。」
「・・・・。」
「いいか?二度同じことは言わない。良く覚えておけ。啓太。
お前は俺以外の人間の言葉を信じるな。」
「え?」
 それって・・・。
それって中嶋さんだけを信じていれば良いってこと?
 でも、でも‥。
「返事はどうした。啓太。」
「返事なんか出来ません。どうしてそんなこと言うんですか?
 どうして俺が期待しちゃうような事言うんですか?
 中嶋さん俺のことなんかもうどうでも良いくせに、 俺が泣こうがどうしようがかまわないなら、本当は俺の事なんかもうどうでも良いなら、そんな事言って俺を喜ばせないでください。
 もう、俺を面白半分に振り回さないでください。」
 ずっと不安だった。不安で不安でたまらなかった。 同じ寮に住んでいる今だって、中嶋さんと距離を感じることがあるのに、卒業したら、離れてしまったらどうなっちゃうんだろう?ってずっと思っていた。
「本気でそう思っているんだな?啓太。」
「だって、俺。」
「なんだ。」
 俯いて、唇を噛んで涙がこぼれない様にぎゅっと目をつぶる。
 不安だった。中嶋さんに抱かれていても、毎晩同じベッドで眠っていても、その不安は消えなくて、むしろ、傍に居られる時間が幸せであればある程、一人になると考えてしまう。
 俺はいつまでこの人の傍に居られるんだろう?
突然「もう、お前はいらない」なんて言われてしまうんだろうか?「卒業は終わりじゃない」あの言葉を信じていていいんだろうか?
 だって、傍にいるから相手をしてくれているのかもしれない。傍に居なければすぐに忘れられてしまうかもしれない。
 一人で考えていたって答えなんか出ないってわかっているのに、なのに俺は気が付くと、そのことばかりを考えるようになっていた。
「顔を上げろ啓太。目を開けて、ちゃんと俺を見るんだ。」
 中嶋さんの声にビクリとしながら、俺は俯いたまま思い出していた。
「啓太!」
「だって‥。」
 思い出していた‥和希の言葉を。


『啓太あの机使えば?』
『うん、そうだね。』
 頷きながら俺は、下を向いて唇を噛んだ。
 放課後の学生会室には俺と和希の二人だけだった。
 中嶋さんも王様も居ない二人だけの部屋に、どうしても慣れることが出来なくて、学生会の仕事と一緒に中嶋さんの机も、俺が引き継いだのに、まだそこに座る勇気が出なくて、俺はソファーに座って書類を片付けていた。
『ま、いいけどね。それより啓太。中嶋さんに卒業した後の事何か言われたことある?』
『え?な、何かって‥?』
『ん?啓太が卒業したら一緒に暮らそうとか。あの人の部屋の鍵をもらうとか。そういう事。』
中嶋さんの机を見ながら和希がそんな事を言うから、俺はなんて答えていいか途方に暮れて和希を見つめ、ため息を付きながら言葉を探した。
『はっきりした事言われた事無いけど‥』
 書類を片付ける振りをして俯きながら、必死に言葉を探して、やっとそれだけ答えるので精一杯だった。
 はっきりどころか、もう決まっている筈の新しい住所さえ教えられてない。
 中嶋さんの部屋の荷物はどんどん新しい部屋に送られて、今じゃ必要最低限の荷物しか寮には残っていないというのに、中嶋さんは何も言ってはくれない。
『やっぱり‥あのさ、俺お節介だとは思ったんだけど、この前あの人に聞いたんだ。』
『え?』
『卒業したら啓太とのことどうするつもりですか?って』
『か、和希何聞いてんだよ!余計なことするなよ!』
『だって気になったから。』
 気になったからって‥だからって‥。
『だって啓太最近元気ないからさ、ここ来てあの人の机見てはため息ばっかりついてるし。』
『ううっ。それは‥。』
 和希気が付いてたのか‥。
『和希‥。』
『やっぱり余計な事したかな俺、ごめん。』
『そんな事ないよ、俺の事心配してくれたんだろ?俺こそ‥あの‥ごめんなさい。』
 心配掛けてたんだ‥俺、なのに余計な事だなんて‥。
『あの、和希それで?』
 中嶋さん、なんて言ったんだろう。
『あ‥うん。あのさ。』
『うん。』
『‥ごめん。やっぱり言えないや。』
『え?』
『あの人天の邪鬼だしね、うん、きっと本気じゃないと思うし‥。』
 どういうこと?
『和希話し掛けて止められたら気になるよ。』
『うん‥でも‥。』
『驚かないよ。なに聞いても。』
『本当に?』
『うん。』
『じゃあ、言うけど‥。
俺さ、あの人に聞いたんだ、今までの相手みたいに、厭きたら捨てるつもりですかって‥啓太を幸せにするって約束して下さいって、そしたら、あの人‥。』
『和希?』
『そしたらあの人、「啓太が泣こうが傷つこうが俺の勝手だろう?幸せにするなんて約束出来ないな」って言うんだよ。』
『え?』
 それが中嶋さんの答え?
『啓太?あのさ‥』
 厭きたら捨てるんですか?の答えが、泣いても傷ついても‥って事は、つまりそう言うことだよね?
 卒業したら、俺を捨てるって、それで俺が傷ついても平気って、そういうことだよね?
『啓太?あのさ‥』
『和希。』
 幸せにして欲しいなんて、そんなこと望んでなかった。
 中嶋さんの傍に居られたらそれで十分だった。
 俺が中嶋さんを好きだって気持ちを嫌がらないで、傍においてくれる‥それだけで俺は幸せだったから、それ以上何も望むつもりなかった。
 傍に居させて、俺を邪魔にしないで、傍に居させて。
『俺、中嶋さんの傍に居ちゃいけないのかな?もう、中嶋さん俺の事いらないの?俺の事厭きちゃったの?』
 泣いちゃいけない。和希に心配掛けちゃいけない。
 だけど、心が痛くて俺はどうしても笑うことが出来なかった。
 泣くことを我慢するだけで精一杯だった。
『厭きられても仕方ないよね?中嶋さんは凄い人なんだもん、格好良くて、何でも出来て、俺みたいに運しか取り柄の無い人間なんて、厭きられても仕方ないよね?』
 本当は、物分かりの良い振りなんか出来る筈がなかった。
 俺は中嶋さんのものなのに、心も体も、全部中嶋さんのものなのに‥。厭きられちゃったんだから仕方無いなんて、そんな風に今すぐ割り切ったり出来る訳ない。
 そんな割り切った付き合い方が出来るなら、悩んだりしない。こんなに苦しんだりしない。
『啓太‥ごめん!!』
『和希は悪くないよ。謝ったりしないで。
 ごめんね、和希。俺、頭冷やしてくる。』
 立ち上がり、部屋を出た。何も考える事なんか出来なかった。泣かないようにするだけで、精一杯だった。

「中嶋さんの言葉を和希から聞きました。」
 泣かないように、ぎゅっと目をつぶって、やっと言葉をしぼりだす。
 和希の言葉で不安が現実のものになったのだと知っても俺はそれを事実として受け入れる事が出来なかった。
「中嶋さんが‥卒業した後、俺がどうなろうと関係ないって、泣こうが何しようが関係ないって言ってたって‥。」
「鈴菱の莫迦がそんな事を?ふうん?それで昨夜は部屋に来なかったと言うわけか?」
「昨夜‥?いっ‥。な、なにするんですか!」
 突然机の上に押し倒されて、俺は体を固くした。
「痛いか?当然だ、痛いようにやってるんだからな。」
「そん‥な、いっ、痛いっ。中嶋さん!」
「痛いか?啓太。」
「中嶋さん。」
 押さえ付けられた両肩が痛くてたまらなかった。どうしてこんな事されるのか理由が分からない。
「鈴菱の莫迦の言葉を真に受けて?それで?どうした?あいつに慰めてもらいでもしたのか?」
 容赦なく力を込めて、両肩を押さえ付ける。 
「和希に慰めてもらったりなんかしてませんっ。」
 俺は、ぎゅっと目をつぶり、痛みに耐えながら中嶋さんの声を聞いていた。
 なんでこんなに怒っているのか、その理由すら分からなかった。
 なぜこんなに怒るんだろう。これじゃ和希に嫉妬してるみたいだ。そんな筈ないって分かっててもそう思ってしまう。
 こんな事言われたら期待してしまう。俺のことまだ興味あるのかなって期待して、諦められなくなってしまう。
「嫌なら抵抗しろ、啓太。」
「え?」
「俺は今冷静さに欠けるからな、何をするかわからんぞ。」
「な、中嶋さん?」
 その言葉に目を開けると、中嶋さんが見つめていた。
 怖い顔。こんな顔、今まで見たことが無い。そりゃ今までだって沢山中嶋さんを怒らせて来たけど、ここまで怒ったこの人を見たことはなかった。 
「中嶋さ‥」
「逃げたいなら抵抗しろ。啓太。
俺に触れられるのも嫌だと、お前のその口ではっきり言ってみろ。そうすれば許してやる。」
「中嶋さん‥?」
「泣いて嫌だと抵抗してみろ、啓太。
 俺に好きかってに振り回されるのはもうごめんだと。まっぴらだと叫んで、お前が一番信じている男の名を叫んで抵抗してみろ。」
「一番信じている人?」
 そんなの決まってる。中嶋さんに決まってる。
「そうだ、鈴菱の名を。」
「和希?」
「そうだ、お前が一番信じてるのは鈴菱だと認めるなら、許してやる。さあ、啓太。どうする?」
 冷たい目で、怖い顔で見つめる。
 中嶋さんのこんな顔、俺は今まで見たことなかった。
「中嶋さんです。」
 痛みを堪えて、必死に名前を呼んだ。
「なんだと?」
「信じているのは中嶋さんです。だから和希に助けを求めたりしません。抵抗したりなんか絶対に絶対にしませんっ!
 中嶋さんに触られるのを嫌だなんて、思う筈ないじゃないですか。」
泣くのを堪えて、押さえ付けられた肩の痛みに堪えて、俺は中嶋さんを見つめた。
 冷たい目。見たことない位怖い顔。
「ほお?俺にどんな目に合わされてもかまわないというんだな?」
「かまいません。
 俺は中嶋さんのものだから、だから何をされたって平気です。俺は中嶋さんだけのも‥っ!」
 最後の言葉を言う前に、唇が塞がれてしまった。
「んっ。」
 何をするか分からない‥なんて脅したくせに、中嶋さんがくれたのは、優しい優しいキスだった。
 甘く舌先を吸われて、誘うように歯茎を舐められて、そんな場合じゃないのに、俺はすぐに感じ始めてしまった。そしてうっとりと目を閉じてしまう。
「中嶋さん‥。」
「だまれ。」
 だけど、甘い余韻に浸りながら名前を呼ぶ俺に、帰ってきたのは冷たい声と視線だった。
「じゃあ聞くが、俺のものだと言いながら、なぜ俺を信じない?啓太。」
 肩を押さえ込んだまま、俺を見つめる瞳。
「なか‥」
「鈴菱の戯言に簡単に踊らされて、悲劇の主人公でもを演じたいのか?あの莫迦に優しく慰めて欲しい。そうなのか?」
「違います。俺‥ごめんなさい。俺、不安で‥だから。」
 こんなのは言い訳に過ぎない。それは自分が一番良く分かっていた。
 不安だから、中嶋さんの心を疑った。不安だから、和希の言葉を信じてしまった。
 不安で不安で、自信なんか一つもなくて、だから中嶋さんを怒らせてしまった。最悪の形で‥。
「いつか、中嶋さんにお前なんかもういらないって‥そう言われちゃうんじゃないかって、そればかり考えてて、一人で考えてても答えなんか出ないって分かってるのに、だけど、どうしても考えちゃって‥そんな時に和希に言われて、ああ、やっぱりそうなのかって‥。」
 そこまで話したとたん、中嶋さんがため息をついた。
 大仰にため息をついて、肩から手を離すと、呆れたように俺を見つめたまま、また深いため息をついた。
「お前‥。」
「はい。」
「莫迦だ莫迦だと思っていたが、これ程とは思わなかったぞ?」
「え?」
 あれ?なんで?
「ったく‥お前のその頭に詰まってるのは、スポンジか何かなのか?ん?啓太?」
 どうして?なんで笑ってるの?あれだけ怒ってたくせに‥。
「一応脳みそは入ってると思いますけど‥。」
「それは無いな、お前の勘違いだ。脳みそがちゃんと納まってるにしては学習能力が無さ過ぎる。」
 遠慮なくひどい事を言いながら、椅子に座りタバコに火をつける。
「中嶋さん?」
 痛む肩をさすりながら、体を起こし、机の上に座ったまま中嶋さんを見つめる。なんで急に笑いだしたのか、理由が分からなかった。
「ったく、何度言っても覚えない、そのくせ変なところにだけ固執する。」
「変なところって‥うわぁっ!」
 手首をぐいっとひっぱられ、気が付くと俺は、中嶋さんの腕のなかに居た。
「中嶋さん?」
「厭きたなら、とっくに放り出している。」
「え?」
 タバコを啣えたまま中嶋さんが話すのを、不思議な気持ちで眺めていた。
 他の人だったら、タバコの火が気になって仕方ないんじゃないかと思う。抱き合ったままの啣えタバコなんて、顔の傍に他人の火がくるんだから、きっと怖くて仕方ないと思う。
 でも中嶋さんのは平気なんだ、見慣れてるからなのかもしれないけど、怖くも気になったりもしない。
 それどころか、たばこを吸ってる姿を見ると何だか安心してしまうんだ。
「俺はどうでもいいと思う人間を毎晩抱いて眠ったりしない。それぐらい、もういい加減に理解しても良い頃じゃないのか?ん?」
「え?」
 中嶋さんの顔に見とれていたせいで、言葉の意味を理解するのに時間が掛かってしまったんだ。
「え?じゃない。」
 中嶋さんは一瞬で苦虫を潰したような顔になる。
「だって‥。」
 どうしよう。嬉しい。
 勘違いでも聞き違いでも無いよね?中嶋さん確かに今言ったよね?
「だってだの、でもだの‥。お前は‥もういい、良くわかった。」
「え?」
「お前の頭に理解させようとしても無駄だ。」
 え‥。
「スポンジしか詰まってないお前の頭に、言葉を尽くして教え込もうとすること自体間違ってるって事だ。」
 それはつまり‥。
「あの‥。」
 ひやりと背中に冷たいものが流れていく。
「抵抗はしない、何をされてもいい‥さっきそう言ったな?」
「言いました。」
 言ったよ、確かにそう言った。
「クク。後悔してるだろう?」
「してません。俺抵抗なんか絶対にしませんからっ!」
「ふうん?その言葉、撤回するなよ?俺は今日は少しだけ、いつもよりも気が短いらしいからな?切れたら何をするかわからんぞ?
 もっとも、お前がちゃんと体で学習するまで、止める気もないが、一応警告だけはしておいてやる。」
にやりと笑うその顔に、コクコクと頷いて、そして俺はすぐに後悔した。
 中嶋さんが笑ってたから、油断してたんだ、体で覚えるって意味を‥聞き逃していたんだ‥。
後悔しない‥なんて言ったくせに、たった数分で、俺はそう言った自分を呪いたくなる位後悔していた。
 体に覚えさせる‥中嶋さんは笑ってそう言うと、俺を裸にして机の上に座らせた。
 制服だって簡単に脱がせる中嶋さんに掛かったら、、体育の授業のためにTシャツと短パン姿になっていた俺を裸にする事なんか朝飯前どころか、1分も掛からずに出来てしまう。
 抵抗しないの言葉を守り、素直に従うだけの俺は、裸にされ、ネクタイで両腕を後ろ手に縛られつつも、まだこれからなにをされるのかちゃんと理解してはいなかった。
だから、明るい日差しが差し込むこの部屋で、ふいに足首を掴まれた時も首を傾げ見つめるだけだった。
「なか‥じまさん?」
 足首を掴み、自分の胸の高さまで持ち上げながら、俺を見下ろしてニヤリと笑う顔を見て、始めてマズイと思った。
「あ、あの?」
 戸惑う俺を見つめながら、中嶋さんは、ぱくりと足の指を啣えたのだ。
「え?」
目の前でされている事なのに、一瞬なにが始まったのか分からなかったのだから、俺はかなり驚いたんだと思う。
「中嶋さん??」
中嶋さんとの付き合いで、俺は色々と驚くことをされてきたけど、これってかなり‥あの‥驚くというか、なんというか‥頭の中が?マークと何が始まるの?という不安だらけになってしまった。
「あ、あの‥」
 戸惑う俺に答えもせずに、中嶋さんはわざとぴちゃぴちゃと音をたてながら、指先を舐め始めた。
 想像もしなかった行為に俺は茫然として、中嶋さんと自分の右足を交互に見つめるしかない。
 これは何?一体中嶋さん何がしたいの!なんて思いながら実は凄く焦っていた。
 マズイ‥これ、すごくマズイ感じがする。それは直感だった。中嶋さんの笑顔と、この感覚。これが普通の行為の訳がない。
「なかじ‥」
 焦りながら、でも約束した手前嫌だとは言えなくて(それに言ったって止めてくれる訳もないし)俺はどんどん感覚を刺激され、そして追い上げられていた。
 どうしようこの感じ、舌先が触れるたびにチリチリと体の奥を刺激するこの感覚。どうしよう‥凄くマズイ。
 むず痒さとくすぐったさが繰り返し体の奥を刺激する。
 中嶋さんの舌先が親指の爪の形をなぞるように動くのも、指の付け根をチロチロと舐めるのもはっきりと分かる。チロリと舌先が動いて、舐められるだけで感じてしまう。恥ずかしい位に敏感に反応してしまう。
「中嶋さ‥。」
 そして刺激はそれだけじゃ無かった。
 狭い机の上に座らされた格好で右足だけ高く持ち上げられたら、しかも腕を縛られた状態じゃ、後ろに倒れこまないように、唯一自由になる左足でなんとかバランスを取らなきゃいけない訳で、そうすると嫌になるくらい色んなところが無防備に晒されてしまう。
 中嶋さんの目の前に晒されるのは、俺の最も敏感な場所で、いくら自分の意志じゃ無くて、中嶋さんが意図的にこういう状況を作ってるんだって理解してても、というより意図的だからこそ恥ずかしくてたまらなかった。
 見られる為に従う。
 目を合わせないように視線をそらしても、見られてる事が分かる。見られていると思うだけで、体の芯が熱を持ってくる。
 視線は指先よりも甘く俺の体を刺激するから、だから我慢が出来なくなってきてしまう。
「んっ‥はぁっん。」
 触られてもいないのに、むくむくと反応を始めた自分自身が恥ずかしすぎて居たたまれなかった。
「なか‥あっ。」
 突然太ももの内側を撫でられてびくりと体が震えてしまった。
「な、中嶋さ‥。」
 もうどうしていいのか分からなくなっていた。
「どうした?啓太。」
 笑いを含んだ声が、湿った音に交じって聞こえてくる。
 俺に見せ付けるように足の甲を舐めながら、俺の反応を見ている瞳。さっきまでの冷たい光は消えて、楽しんでいる風のそれは、見慣れたいつもの瞳だった。 楽しそうな声。俺の気持ちを十分理解してるからこそ‥のその声に、俺は泣きたくなった。
「もう俺‥あっ。」 
 ぴくりと体が震えてしまう。反射的に足を閉じようとして、慌てて我慢する。「クク。良い子だ啓太。そのままにしていろ。いいな?」
「は、はい。」
 返事をして、諦めてぎゅっと目を閉じる。
 中嶋さんの舌が動くのを見るだけで、体に甘い痺れが走ってしまう。
 中嶋さんが、甘いアイスキャンディーでも舐めるみたいに、俺の足の指を舐めるなんて‥それだけの事にこんなに感じちゃうなんて、俺ってなんて恥ずかしい人間なんだろう。
「あっ。」 
 ぴちゃぴちゃと音をたて、中嶋さんが舌と唇で指先を刺激する。さっきから肝心な部分には触れてもくれない。なのに俺は、その行為だけで、十二分に体を刺激され、机の上で痴態を晒しているんだ。
「中嶋さん、中嶋さん。」
 うわごとみたいに名前を繰り返しながら、びくびくと体を震わせるしか出来ない。
「目を開けるんだ。」
 その声に反射的に目蓋を開くと熱を帯びた瞳が見つめていた。
「中嶋さんっ‥触って下さい。もう、もう俺。」
苦しくて、必死に訴えても聞き流されてしまう。
「中嶋さん‥」
 舌先が触れるたびに滑稽な程震えてしまう。恥ずかしくてたまらない。
 中嶋さんが見ている。
 俺が耐える姿を、中嶋さんに従う姿を、見ている。
「もう嫌か?啓太‥今からでも助けを呼ぶか?鈴菱になら、優しく抱いてくれるぞ?」
 意地悪な問いに俺は必死に首を横に振る。
 そんなの嫌だ。中嶋さんじゃなきゃ嫌だ。
「助けなんか‥はぁっ。呼びません。中嶋さんじゃなきゃ嫌です。‥あっ。」
 俺の答えに、ククと笑って、そして中嶋さんは、ゆっくりと舌先をふくらはぎから太ももの内側へと移動させていく。
「中嶋さん‥。」
「まだ何もしていないぞ?啓太。」
「だって‥。」
 何もしてないなんて嘘だ。視線で俺を犯して、狂わせたくせに。
「たかが指先を啣えて舐めただけでこんな風になるのか?お前の体は簡単だな?」
「だって‥。中嶋さんが見るから。」
「見るからなんだ??」
「ひっ。」
 冷たい指先がするりと太ももを撫でただけで感じてしまう。
「中嶋さん‥」
 早く触って欲しくて、体の熱をなんとかして欲しくて俺はどうにかなってしまいそうだった。
 焦らされて焦らされて、望む場所には触れてももらえないまま、視線だけが俺の体を愛撫していく。
「どこでも感じるんだな?啓太。
 俺以外の奴だろうと、きっとお前はこうやって悦ぶんだろう?お前は淫乱だからな。」
 俺の反応を見ながら指が動いていく。太ももの内側を焦らしながら指先が動いていく。スルスルと内側の皮膚をくすぐり足の付け根まで到達した指は、でも肝心な部分には触れずに周囲を柔らかくくすぐり、俺の呼吸を乱していく。
「ぁ‥んっ。」
 望んでも叶えられない、早く触って欲しいのに、苦しくてたまらないのに、中嶋さんは楽しそうに喉をクククと鳴らしながら指先を動かすだけ。
「な‥中嶋さん‥。はぁぁん。」
 首を仰け反らせ耐える。 これはお仕置きなんだろうか?俺が中嶋さんを信じなかったから、だからこんな風に焦らされて苦しめられているんだろうか?
「不安だなんて、理由にならない‥そうだろう?」
 俺が莫迦だった‥自信が無くて、中嶋さんを信じられなくて‥和希の言葉を信じてしまった。
 でも‥だからって和希を好きになった訳じゃない。
 中嶋さん以外の人に抱かれたいなんて、思ったことない。
「中嶋さんっ‥。違うから、俺‥違いますから‥。」
「なにが違うんだ?啓太。お前は自覚が足りなすぎる。」
中嶋さんのささやく声に俺は嫌々と駄々をこねる子供の様に首を振り、とうとう泣きだしてしまった。
「中嶋さんっ」
 抱きついて頬をすり寄せて甘えたい。
 訳が分からなくなる程感じさせて欲しい。
 だけど、だけどその前に解って欲しい。
 俺は中嶋さんだけのものだと、中嶋さん以外じゃ駄目なんだと信じて欲しい。
 相手が誰でも良いなんて疑われたまま、抱かれるのだけは嫌だった。
 それだけはどうしても嫌だったんだ。
「中嶋さんだけです。俺、俺は中嶋さんだけのものですから‥。信じてください。」
 信じなかった俺が悪い。だけど、信じて欲しい。
 俺はあなたのものなんだ、ずっと、ずぅっと。
泣くのはずるい。そう思っても、涙が止まらなかった。
「俺っ、誰でも良くなんか‥。」
 中嶋さんだけだと信じて欲しかった。
「だから莫迦だと言うんだ。」
 顔を覗き込み、笑いながら中嶋さんはぺろりと涙を舐めた。
「莫迦です。そ‥そんなこと分かってます。」
「そんな事だけ自覚するんじゃない。もっと他にあるだろう?」
 抱き締めて、耳たぶを甘く噛んで囁く。
「何?」
「分からないか?」
 囁きながら、触れていく。ゆっくりと俺の中に中嶋さんの指が入ってくる。
「あ‥。」
「お前の体を淫乱にしたのは、この俺だ。そう俺が躾けた。」
 ゆるゆると指が動きだす。俺の中で、中嶋さんの指が動きだす。
「あっ。」
 感じるところを擦られて、ビクンと震えてしまう。
「お前の体のどこが感じるか、どうしたら乱れるのか、全部知ってる。
 俺だけがそれを知っている。そうだな?」
冷たい指が俺の中で熱くなっていく。俺の熱で、俺と同じ温度に変わっていく。
「は、はい。」
 そうだ、中嶋さんだけが知ってる俺の姿。他の誰も知らない。
「中嶋さ‥あっあぁっ。」
「お前の声が、どれだけ淫靡で甘いか誰も知らない。」
 くちゅりと音をたてながら指が動く度、俺はびくびくと震え、声を上げる。
「あんっあぁっ‥中嶋さんっ!!」
 中嶋さんに触れたくて、俺は両手の戒めを外そうと必死に腕を動かす。手首がネクタイに擦れてヒリヒリと痛むのも構わずに、動かし続ける。
「啓太。いいか?忘れるな。」
 指が引き抜かれ、代わりに中嶋さん自身が入ってきた。
「ひっ!」
 俺を抱き締めたまま、容赦なく入り込んでくる。
 熱い塊が入り込んでくる。
「な‥なか‥んんっ!」
 動く。俺の中で‥激しく熱く‥動く。
「いいか?忘れるな啓太。お前は俺のものだ。ずっと、ずっとだ。」
「なか‥。」
 ずっと?本当に?ずっと?
「忘れるな、啓太。お前が俺のもので居るかぎり、俺もお前だけのものだ。」
 今、何て言ったの?
「中嶋さ‥。」
 何て言ったの?今のは幻聴じゃないよね?
 俺のもの?中嶋さんが俺だけの?
「中嶋さっ‥もう、もう一度言っ‥」
「二度と言わん。いいか?自覚しろ。そして忘れるな。」
 クククと笑って意地悪く腰を揺すりだす。ゆるゆると抜き差しを繰り返される度にびくびくと体が震え、もうなにも言えなくなってしまう。
「あっ!はぁぁっん。」
 首を仰け反らせ、声をあげながら、俺は幸せだった。
 何も言ってくれたことの無い人なのに、俺が好きだと言うたびに「当然だ」と言って笑ってた人なのに‥。
なのに、俺の、俺だけのものだと‥はっきりと。
「中嶋さ‥。」
 激しく突き上げられ息を呑む。もう我慢出来そうに無かった。
「なかじ‥くうぅっ。」
 ビクンと体が跳ねて、俺自身の熱を放出した。
「中嶋さん‥はぁ。」
 好きです‥そう言おうと口を開きかけ、俺は意識を失った。

×××××××
「あ‥れ?」
 目を覚まして周囲が暗くなっているのに気が付いた。
「え‥。」
 隣に中嶋さんが眠っている。ここ、中嶋さんの部屋?
「え‥あれ夢?違うよね?」
 まさか夢じゃないよね?あれは現実‥だよね?なんて焦りながら、起き上がろうとして気が付く、腰のだるさと鈍い痛み。そして、手首にある縛られた跡。
「良かった夢じゃない。」
 ほっとしながら、中嶋さんの寝顔を見つめる。
「起きないで下さいね。」
 そっと言いながら、中嶋さんの背中に腕を回して、そっとそっと抱き締める。
 煙草と香水の匂いを胸一杯に吸い込んで、そしてさっき言えなかった言葉を囁いた。
「大好きです。中嶋さん。俺はずっとあなただけのものです。」
 囁いて、そして目を閉じた。
 不安は無くなっていた。
 幸せな気持ちのまま、俺は眠りについた。

           Fin

※※※※※※※※※※
カウンター12345番を踏んだ、まなみ様からのリクエスト。
「喧嘩してエッチで仲直り」というリクエストなのでした。

終わりました−。エロシーンがんばりました。
あんまりエロくない?どうですか‥どきどきどき(◎-◎;)
小心者のみのりでした。
エロ描写難しいです。とほほ。頑張って修業します−!
中嶋さん、過去に啓太くん以外の人間に足(または靴)を舐めさせたりして、ご奉仕させた事はあっても、自分はしたことなさそうだよね−?きっと色っぽく舐めるんだろうなあ‥と思いついて書いてみたんですが‥‥。うむむ。

それにしても、リクエスト頂いたのが12月だったというのに遅くなってしまいました。
まなみ様本当にお待たせして申し訳ありませんでした。微妙に喧嘩じゃないので、エッチで仲直り‥うわあんっ!それもクリア出来ていないかもしれません−!
でも、一応エッチで仲はより深まったはず‥中嶋さんが色々甘いこと言って啓太くんを喜ばせて終わってるだけのような気もしますが‥。
もしもお嫌じゃなかったら貰って下さいね。



(後半は 2006/03/01(水)〜03/06(月)の日記に掲載)





いずみんから一言

【 3月に入っても仕事仕事の毎日です。仕事8割り睡眠2割りなかんじでしょうか?そして合間に妄想する日々なのです。
遊びに行きたい!映画観てお買物して、好きなものだけに囲まれてだらだらしたい‥そんな気分の私ですが、今の仕事好きなんです。天職なんていうとおこがましいけど、今の仕事について頑張ってる自分は幸せだと思います。へへへ。だからどんなに辛くてへろへろのフラフラでも、この仕事を放棄したくないんですよ私。仕事場で死ねるなら本望です(会社の人たちは迷惑だろうけどねー)
なんて言いながら、眠りにつくみのりでした。】

上記は3月2日、連載中のコメントである。 
これを読みながら「ホントに死んでどうすんだよ……」と大泣きしてしまい、亡くなられた
直後にデータの取り込みをしておきながら、UPが今にずれこんでしまった。
この連載だって出張先から書いておられた。
許されるものならここの会社を告発してやりたいとさえ思う。
それはみのりさまの本位ではないだろうからしないけど。
あんな無茶苦茶な雇用をしていなければ今でも元気でおられたはずだ。

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