極上の・・・





「臣さん?ここは?」
 啓太の隣りに寄り添って座り,質問に答えながら、鼻孔をくすぐる甘い香りに酔いしれていた。
「臣・・さん?」
「はい」
「疲れちゃいました?今日帰ってきたばかりなのに、こんな遅い時間まで俺の宿題につき合わせてしまったから・・・」
 不安そうに僕の瞳を覗く啓太に、慌てて首を振り言い訳する。
「疲れてなんかいませんよ、啓太。」
「でも・・・なんだかぼんやりしてるし。あの!もし俺に気を使ってるなら、俺部屋に帰りますから!だから臣さんはゆっくり休んでください。」
 夏休みのある日の夜。寮に帰って来てすぐ、娯楽室で皆とくつろぐ啓太を見つけた。ゲームに夢中になって中々席を立とうとしない啓太と早く二人きりになりたくて「宿題をみてあげましょうか?」と部屋へと誘った。
 素直に言葉を信じて、課題のテキストを抱えてやってきた啓太に苦笑しながら、勉強をみていたのだ。
 すぐにでも抱き締めて、キスして・・・そんな思いが無くはないけど「臣さん疲れてないですか?いいんですか?」なんて恐縮しながらも、頼ってくれる啓太が可愛くて、流石に下心を優先にはできなかった。
「そんな悲しいことを言わないで、啓太。君を追い出して休むなんて事出来るはずがないでしょう?折角久しぶりに逢えたのに。」
 郁の用事に付き合って、ほんの二、三日離れていただけだけど、それでも離れていたことには変わりない。
「でも」
「それに疲れてぼんやりしたんじゃありませんから。」
「え?」
「さっきから時々甘い香りがして、でもなんの香りか思い出せなくて考えていたんです。」
「香り?」
「ええ、啓太から」
「え?俺ですか?」
 頷くと啓太は慌てたように立ち上がり
「俺臭いですか?ええっ!さっきシ、シャワー浴びたんですけど!」
 と言いながらクンクンと洋服の匂いを嗅ぎだした。
「違いますよ。甘い香り。臭いなんて言ってませんよ?」
「あ。」
「シャワー浴びたのですか?」
それでも気になるのか、しきりに臭いを嗅いでいる啓太をクスクスと笑いながら尋ねると、小さく頷いた。
「なんだろ?・・・・あ。わかった。桃」
「桃?」
「はいこれ桃です。さっき食べたから・・手に・・。でも手は洗ったんですけど・・臭いが取れてないみたいです。」
「食堂で?」
「え?いいえ、和希の部屋です。和希が知り合いから貰ったらから食べようって誘ってくれて・・。」
「ふうん?あの人はずっと寮にいるんですか?」
 言いながら啓太の腕を引き寄せ強引に膝に座らせてしまう。
 恋人の僕が離れていたって言うのに、なんであの人が傍にいるんでしょうね?全く面白くない。
「お、臣さん?」
「はい。ああそうだ桃の香りですね。」
 手を引き寄せ、わざとゆっくり香りを嗅ぐ振りをすると啓太は頬を赤く染めながらもじっとされるがままになっている。
「桃・・・おいしかったですか?」
 甘い甘い桃の香り。啓太はどんな風にして食べたのだろう。
「はい、とっても。甘くて柔らかいくて。臣さんが今日帰ってくるて知ってたら一緒に・・・あ!きっとまだ残ってると思うから、俺和希に貰ってきます!」
「くすくす。良いですよ。」
「でも本当においしかったし、ナイフがなかったから、皮を剥いてそのまま齧り付いて・・だから、汁で手がベタベタになっちゃったんですけど。すごく美味しかったですよ?」
 ピンク色の薄い皮を爪先で引っかいて、そっと剥いて。かぷりと果肉に噛り付く。甘い桃の果汁が啓太の唇を濡らし、指をぬらす。
「そんなに美味しいなら味見したいですね」
 唇をぺろりと舐めるピンク色の舌は、指についた汁も舐め取る。
 甘い甘い桃・・・・それはどんなにエロティックな光景だろう。
「ですよね!じゃあ俺すぐに・・。」
「だから・・味見させて下さいね。」
 あの年齢詐称の理事長はそれをどんな思いで見ていたんでしょうか?いくらあの人は成瀬に懸想してるとはいえ、可愛い可愛い啓太のそんな無防備な行為をなんの思いも無しに見ていただけとは、とても思えない。許せませんね。
「え?」
にっこりと笑って、啓太の指先をパクリとくわえる。
「お、臣さん?」
ゆっくりと舌先で細い指をなぞるように舐めていくと啓太はピクリと反応した。
「お、臣さん」
「本当だ。甘くて美味しいですね。」
 甘い桃の香りが鼻腔をくすぐる。
 啓太の甘い声が身体の芯を熱くする。
「お・・・俺ちゃんと手を洗ったし、味なんて・・・。」
戸惑いながら耐えている啓太に微笑みかけながら、行為を繰り返す。指を一本一本舐めて、わざとと音をたてながらしゃぶれば啓太は耳まで赤く染め、大きな瞳を潤ませ始めてしまう。
「臣さん・・・もうダメです・・やめ・・・あ!」
 指と指の間。
 付け根の部分をチロチロと舐めていくだけで啓太は甘い声を上げ始めてしまう。
「君の指も声もなんて甘いのでしょうね。啓太。」
 甘い声、啓太はあまりにも無防備で誰でも簡単に信用しすぎてしまうから。あまりにも自分の魅力に無頓着で、誰にでもその可愛い姿を見せてしまうから。だから心配なのですよ、僕は。
「臣・・・。」
「甘くてとろけてしまいそうです。」
にっこりと笑って手の甲にキスをする。
「どんな極上のフルーツよりも甘い甘い啓太。あなたは私の最高のデザートですね。」
「臣さんからかわないで下さい。」
「からかってなんかいませんよ、可愛い啓太。」
 どんなものよりも、勝る極上のもの。
 だれもが欲してやまない宝物。
「知っていますか?啓太。桃源郷の桃はね、人間には不老不死の妙薬と思われていたそうですが、本当は天界、仙界に住む人たちの春情のためのものだったのだそうですよ。」
 さも本当の事の様に、適当な事を言う。
 それでも素直な啓太は素直にそれを信じてしまう。
 可愛い啓太。とっても素直で可愛い啓太は僕の大切な宝物。
 宝物は誰にも見せたくない、誰にも触らせたくない。
「春情?」
「ええ、精力剤です。簡単に言えば。」
 にっこりと笑ってそう言うと、素直に啓太は反応する。
「だから甘い桃の甘い香りは、催淫の効果があるのかもしれませんね。ほうら甘い香りに僕も誘われてしまった。」
 耳たぶを甘噛みしながら、啓太を抱いて立ち上がる。
「臣さん・・。」
「ね?啓太も誘われてしまった・・でしょ?」
「・・・・うう・・・・・・はい・・・。」
 恨めしそうに可愛く睨みながら、それでも啓太は小さく頷いた。
「くす。現代の桃にも、桃源郷の伝説の桃と同じ効果があるのかもしれませんね。そう思いませんか?」
「・・・知りません・・・。」
 俯く啓太をベッドに横たえて始まるのは、甘い甘い行為。
「今夜は二人で桃源郷まで旅しましょうね。」
 くすくすと笑いながら、耳元に低く囁く。
 甘い桃の香りが満ちる伝説の世界。そこでなら誰にも邪魔される事なく啓太と居られるのだろうか?
「大好きですよ。啓太。」
 抱き締めて口付ける。
「臣さん・・・。」
「唇も甘いですね。」
 うっとりと見つめ、そうして服をぬがせ、そして・・・・。

++++++++++

「くう・・。」
 疲れてぐったりと眠る啓太の髪を優しく撫ぜながら、背中に黒い羽根をはためかせながら考える。
 啓太の可愛い無防備な姿を見た代償を理事長にどうやって払っていただきましょう?
「・・・夏休みの残り全部、啓太に逢えなくなるくらい忙しくなるような・・・・そんなプレゼントがいいですね。」
 忙しくて忙しくて、可愛い啓太にも逢えなくなる位のプレゼント。
 何が良いでしょうね。
 愛しい宝物を抱き締めながら、楽しくそんな事を考えていた。
「親友に逢えない淋しさなんて感じないくらいに、僕が毎日愛してあげますからね、啓太。安心して下さいね。」
 耳元に優しく囁いて、そうして眼を閉じる。
 啓太の髪に顔をうずめ眠る。啓太の香りに包まれて眠る。
 
 今夜は桃源郷の夢でも見そうだ。
 二人だけの世界。夢の世界・・・。
 そこで君と愛し合う。永遠に・・・。
 何処にもない国。夢の世界で。
                                           Fin
               

 夏休みのふたりの夜でした。まだ付き合い始めたばかりで
 微妙に温度差のあるふたりかも・・・。      
 夕ご飯用に鯵をおろしていて、手に付いた臭いがとれなくって
 で、「これが桃とかの香りなら色っぽい話になるかなあ?」
 と思いついた次第です。
 なにがきっかけで妄想が始まるか分からない・・というお話でした。






いずみんから一言

同じ「桃」を書いても伊住とはやはり全然違う(笑)。

初めてこれを読んだとき、お話そのものではなくコメントの
「夕ご飯用に鯵をおろしていて」のくだりに感動(?)しました。
ひとり暮らしなのにわざわざ鯵をおろすのか! と。
もしかしたら彼氏が来るんだったのかもしれませんね。
家政科の高校を出たみのりさまは、きっといい奥さんになった
だろうなあと思う。

そういえば去年の12月頃だかにコート用のカシミアの生地を
買ってきたと、日記に書いておられた。
あの生地は結局、仕立てられずに終っちゃったんじゃないだろうか。


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