誕生日のお祝いは‥(中啓)





「今日は楽しかったです、ありがとうございました。中嶋さん。」
 もうすぐ学園に着く、もうすぐ楽しかった連休が終わる。連休は楽しかったな、バスに乗り遅れて待ち合わせに遅刻して怒らせたりもしたけど、でもずっと中嶋さんと一緒で楽しかった。
 ちょっと淋しい気持ちになりながら、俺は運転する中嶋さんの横顔を見つめた。
 中嶋さんの運転する姿って本当に素敵だ。
 横顔をうっとりと眺めながら俺は、今日のお礼を言った。
「‥ふん。」
 中嶋さんは不機嫌そうに煙草を吹かしながら、ちらりと視線を流すから、俺はへへへと笑ってしまう。
「楽しかったです。とっても。
ドライブも美術館も、楽しかったし、ご飯もケーキもとっても美味しかったし。」
 朝早く起こされて、どこに行くのか教えられぬまま車に押し込まれた。
『中嶋さん?』
 連休中の高速道路はちょっと混んでいて中々思うようには進まない。それでもふたりっきりのお出かけが嬉しくて、俺はずっと浮かれていた。
「美術館楽しかったです。俺ねあれ見たかったんです。あんまり詳しくないんですけど、あの人の作品は好きなんです。」
 ドライブに行きたい、そう言ったのは俺だった。でも連休中の混んでる時に、本当に連れていってくれるなんて思ってなかった。
「楽しかったです。連休中、ずっと一緒にいられて嬉しかったです。」
 春休みに中嶋さんは俺に鍵をくれた。
 中嶋さんの部屋の鍵。
『インターフォン鳴らしたって出ないぞ?勝手にそれで入ってこい。』
 とまどう俺に笑いながら鍵をくれ、春休みの後半を一緒に過ごした。
それからというもの、週末は中嶋さんの家で過ごすようになった。
 一緒に選んだキッチン用品を使って料理するのを、中嶋さんはいつも面白そうに見ている。
 不器用を絵に描いたような俺だけど、春休み中母さんにつきっきりで教えて貰ったから、結構色んなものを作れるようにはなっていた。
 それに中嶋さんは、ちょっと失敗‥なんてのでも文句言わずに食べてくれる。
 唯一怒られたのは、俺の魚の食べ方だった。
 食べてるより骨に付いた身のほうが多いんだ、母さんからいつも注意されてたんだけど、こればっかりは上手く出来なくて、だから魚料理は避けてたんだけど、中嶋さんにリクエストされたら作らない訳にはいかなくて、俺はため息をつきながら鯖の味噌煮を作った。
『なんだその食べ方は。』
 案の定怒られて、あげく箸の使い方まで教えられ、俺は泣きそうになりながら食べた。
 お陰で生まれて初めて『皿の上に骨だけが残った状態』で食事を終える事が出来たんだけど、正直しばらく魚を見たくない気分にもなった。
「‥。」
 中嶋さんは食べてる姿も綺麗だもんなあ。鯖の味噌煮だろうが、厚焼き卵だろうが、中嶋さんが食べてる姿は綺麗だと思う。
 寮で皆で食べてた時は気が付かなかったけど、ふたりっきりで食べてると見とれてしまうんだよね。
 本当に、なんでこんなに綺麗で格好良くて頭も運動神経もいい人が俺の恋人なのか、それが不思議で仕方ない。
「どうした?腹でもすいたのか?」
「え?ち、違いますよお。」
 慌てて否定して、手にもっていたペットボトルのお茶を飲む。
「‥‥。」
「中嶋さん?今週末も‥あの、行ってもいいですか?」
「学生会の仕事は無いのか?」
「大丈夫です。平日にしっかりやってますから。」
 じゃなきゃ中嶋さんに逢えない。だから勉強だって学生会の仕事だって必死にやっている。
「ふん。当然だな。」
「あの、行ってもいいですか?」
 本当は学園に帰りたくなかった。連休中ずっと一緒にいられて嬉しくて、その嬉しかった分離れてしまうのは、凄く淋しかった。
「あの‥。」
「金曜日は用事があるんだ、帰りは遅くなる。」
「‥そうですか‥。」
 忙しいんだ、中嶋さん‥そうだよね、大学での付き合いだってあるだろうし‥。
「じゃあ今週はダメです‥ね。」
「‥俺が居なくても勝手にくれば良いだろう?」
「え?いいんですか?」
 いいの?中嶋さんの居ない部屋で待ってても、いいの?
「クク。退屈しないように宿題作っといてやるよ。」
「はい!お願いします!!」
 良いんだ。待っててもいいんだ。へへへ。
 そうか、鍵ってそういう意味もあるのか。そうだよね。
 どうしよう‥今更だけど嬉しい。
「へへ。」
「なにを浮かれている。不気味な奴だな。」
「だって嬉しいんですもん。」
 なんて今日は良い日なんだろう。
 誕生日だから‥なんて言われた訳じゃないけど、でもドライブはスペシャルに楽しかった。
 ほとんど車の中で過ごした様なものだけど、いつもより中嶋さんと沢山話せたし、中嶋さんが俺を誘ってくれた事が嬉しかった。
「中嶋さん?」
 どうしよう、本当にどんどん好きになっていく。
 今だって限界ぎりぎりまで好きだと思うのに、それなのにもっともっと好きになる。いつか気持ちが溢れてしまうんじゃないのかな?好きって気持ちが溜まりすぎて、俺の心が壊れそうだよ。
「中嶋さん‥。」
「なんだ。」
「好きです。中嶋さん。大好きです。」
 俺、中嶋さんの一部になりたい。どろどろに溶けて中嶋さんの体の一部になりたい。
 そしたらいつだって一緒に居られるのに。
「‥ふん。どうした?したくなったのか?」
ちょっとだけ当たりなので、俺は返事が出来ずに俯いてしまう。
「残念だったな、時間切れだ。」
「え?あ‥。」
 車が止まる。学園の駐車場。もう着いちゃった。
「あの‥。」
「降りろ。」
「はい。」
「‥啓太?」
「はい。」
「俺は時間にルーズな人間は嫌いなんだ。わかってるな?」
「もう遅刻しません。すみませんでした。」
 ちょっと買い物‥と油断したらバスが行っちゃったんだよね‥。お陰で30分も待たせてしまった。絶対帰ってると思ってたのに、待っててくれたからびっくりしたんだ。
「腕時計くらい身に付けておけ。」
「はい。」
 あ−あ、怒られちゃった。でも俺が悪いんだから仕方ない。
「ったく。ほら。」
「え?中嶋さん?」
 なんで時計はずして‥俺に?
「遅刻は二度と許さないからな?」
「貰っていいんですか?」
 ど、どうしよう。
「いらないなら無理にとは‥。」
「使います!!大切に使わせて頂きます!!」
 慌てて受け取り、手首につける。
 うわ、重い。それに‥中嶋さんのぬくもりが残ってる‥うわあぁっ。
「もう絶対遅刻しません!!俺誓います。」
 もしかしてこれってプレゼント?誕生日のプレゼント??
「うるさい耳元で騒ぐな。」
 今日のドライブもそうなのかな?人込み嫌いな中嶋さんが今日みたいな日にドライブ?ってずっと不思議だったんだけど‥。プレゼントなのかな?
どうしよう嬉しいよぉ。
中嶋さん俺の誕生日知ってたんだ。
「中嶋さん。大好きです。」
「さっきも聞いた。いいから降りろ。」
「ドライブ楽しかったです。時計も嬉しいです。大切にしますね。あの‥ありがとうございました。ちゅっ。」
抱きついて頬にキスしてしまう。
「次に遅刻したら取り上げるからな。」
「しません絶対。」
 絶対しない。
「へへへ。」
「へへへじゃない。早く降りろ。」
 ピンッと額を指で弾いて中嶋さんが睨むから、渋々車を降りる。
「中嶋さん送ってくれてありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね。」
 返事の代わりに短くクラクションを鳴らし走りだす。
「行っちゃった。週末まで逢えないんだなあ。」
 呟きながら時計を見る。中嶋さん、何個か腕時計持ってるけど、これって一番気に入ってるんじゃなかったのかなあ?
 いつもしてた奴だよね?これ‥。
「へへ。なんかいつも一緒にいるみたい−。」
 明日和希に報告しよっと。
「俺もう絶対遅刻しませんからね、中嶋さん。」
 腕時計にキスして、歩きだした。
 こんな幸せな誕生日は初めてだった。 
           Fin





ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)


いずみんから一言

みのりさまのパソコンが壊れてから。そして長期の出張とそれにつづく入院。
その間、いつもこの「拍手」を通してみのりさまと話をしていた。
私がこれに書き、みのりさまが日記で答える、という形で。
そしてそれは8月の容体急変直前までつづいたのだった。
お返事がいただけなくても、8月中は週に1度は何かを書いて送っていた。
そういう意味で、これがいちばん思い出深い作品だと思う。
わたしとみのりさまをつないでくれていた、糸のような作品である。

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