働く王様




画 ・ みのり





「哲!これ橋本のとこまで。」
「全部ですか?はい!よぉーし運ぶぞぉ。」
 勢い良く返事して、両手にペンキの缶をぶら下げると、のしのしと歩き出す。
「お前元気だなあ。」
 呆れたように言われるから、立ち止まってにやりと笑って答える。
「そりゃ今日で終わりだし。」
「あれ?今日までか?」
「そうですよ。親方、お世話になりました。」
「なんでえ、つまらねえなあ。お前ら三人面白かったのによぉ。」
 ふてくされたように言うのに笑って、つい後ろを振り返ってみると、ちょこちょこと雑用を片付ける啓太と、なんか変なオーラを出しながら働くヒデの姿があった。
「面白いですかねえ?俺達。」
「面白いって。変な組み合わせだよ。あの兄ちゃんは迫力あるしあっちの坊やは場違いだし。」
 迫力ある兄ちゃんと称されたヒデは、作業服を着て働いている。普段のヒデからは想像もつかない衣装。長袖のシャツと、ニッカズボンと言われるダブダブの作業用のズボンは共に濃い紫で、ゴクゴク普通の鳶職の人たちが着るようなものなんだけど、いかんせんヒデが着ると、暴走族の特攻服に見えるんだよなあ。
「淋しくなるな。お前らが来なくなると。」
「俺はまたそのうちお世話になりに来ますよ。」
「お前だけ来てもなあ。三人がいるって辺りが面白いんだぞ?」
「なんすかそれ。」
「さあな。さあて働くか。」
 のびをして歩いていくのを見ながら、ゆっくりと歩き出す。
 啓太がバイトを探してるって聞いて、俺が無理矢理ここに頼み込んだけど、気が付いたらそれにヒデも混ざっていたんだ。だから、今回ヒデはおまけなんだけどなあ。ちぇっ。なんとなく面白くないぞ?なんて気分になりながら、俺は一週間前の事を思い出していた。
 
「へ?バイト?」
 突然啓太に声を掛けられ、そう尋ねられたのだ。
「はい。王様何か知りませんか?」
「知りませんかって・・。」
「授業が終わってからだとあんまり出来ないけど・・。」
「ってお前学生会の手伝いどうするつもりだ?」
「一ヶ月くらいなら、中嶋さんも許してくれるかなあって。」
 無理だろそれ。それは俺が困る。
「なんだよ、小遣い足りないのか?」
「え?違いますよ。もうすぐ両親の結婚記念日なんです。だからバイトしてお金貯めてなにかプレゼントしたいなあって。」
 ふにゃりと笑う啓太にドキドキしながら、その理由に俺はめちゃくちゃ感動してた。
 両親にプレゼント?バイトして?勉強だって大変だってのに?
「結婚記念日のお祝いなんてするものなのか?」
「え?しませんか?うちはいつも家族でお祝いするんですよ。」
「へえ。」
「いつもは妹とお小遣い出し合って花を贈ってたんです。でも、高校生になったし、バイトできるし。ちゃんと自分で稼いで何か贈りたいなあって・・思って。」
「そうかあ。」
「でもなんだか忙しくてバイトどころじゃなくて、そろそろ始めないと・・・。」
「分かった。じゃあ、俺が良いところ紹介してやるよ。ただし結構きついけど。それでもいいか?」
「え?」
「俺も一緒に行くから大丈夫。」
「ありがとうございます。王様。」
 そういうわけで、知り合いの親方に頼み込んで始めたのが、ビルの塗装工事の現場の手伝いだった。
 長期の休みとか、学校の暇な時とかに何度も働かせてもらっている親方は、啓太のバイトの理由に酷く感動して、一日三時間で、一週間だけなんていう我儘にもOKしてくれたのだ。
「坊主!コーン持ってきてくれ!5個だぞ!」
「え?こ・・?コーン?(コーンって?とうもろこし?なんで塗装でとうもろこし・・?)」
「これだよ、これ。」
 首をかしげて固まってる啓太に、慌ててコーンを担いで手渡す。
「ほら。」
「あ、これ。うわわ・・重い!」
「大丈夫か?」
「大丈夫です〜」
 不慣れな力仕事に戸惑いながら、啓太はそれでも一日で皆と仲良くなってしまった。
「ごくろーさん。あと、トラテープ貰ってきてくれ。橋本が持ってるから。」
「とら?」
「そ、言えば分かるから。」
「はい。すぐ持ってきます。」
 ちょこまかと走っていく啓太をついつい眼で追いながら、仕事をこなしていく。
「哲!こっち来てくれ!」
「はい。」
 見慣れた作業着も啓太が着ると妙に可愛いよなあ。へへへ。
 だけど、幸せに浸りながら仕事が出来たのはたった一日だけだった。
「ふう。」
「大丈夫か?」
「はい。バイク始めて乗ったけど気持ち良いですね。」
 ヘルメットを脱いで、にっこり笑う啓太にくらくらしながら、バイクを駐輪場まで運ぶ。そして啓太はその後をちょこちょこついてくる。バイクの後ろに啓太を乗せて始めて走った。腰にぎゅっと回された細い腕。至福の時間って奴だ。
 バイト中は、啓太とふたりっきりだしな。へへへ。
 なんて幸せ浸っていた俺に啓太の暢気な声が待ったをかけた。
「あれ?中嶋さん。今帰りですか?」
 なんだって?ヒデ?
「お前らなにしてる?」
 お前・・なんでこんなとこ歩いてんだよ!
 駐輪場なんて用事ないだろうが!
「バイトの帰りです。中嶋さんご飯もう食べちゃいました?」
「いいや。」
「じゃあ、一緒しても良いですか?俺もう腹ペコペコで・・。」
「・・・哲ちゃん?」
「なんだよ。」
 なにもやましい事はしてないぞ。バイト紹介してくれって言ったのも啓太のほうだし。そりゃ啓太の作業着姿にちょっとヤバイ気分になったりはしたけどさ。未遂ダヨ未遂!
「うわ。」
 よろりと啓太がつまずいた。
「うわっ。大丈夫か啓太?」
 慌てて支えてやったあと、はっと気が付いた。
「哲ちゃん・・」
 周りの温度が20度は下がったぞ今・・。こ、こええっ。
「え?いや、あの、これは不可抗力で・・。」
 すまねえ啓太。肉体労働で疲れてるのに、さらにこれから疲れるかもしれねえ。
「なれない力仕事したから・・足に力入らなくって・・。」
「ほお?」
「腕もガクガクで・・。」
「ほお・・そんな状態でバイクの後ろに乗るなんて危ないな。」
「え?あ、そうですね。気が付きませんでした。」
 ヒデ顔が怖いって。
「・・・なんだよ。安全運転だぜ俺は。」
「俺は何も言っていないが?」
 心配なら心配だって言えよ。素直じゃないよな本当。
「それにしても、王様力持ちですよね。俺が重くて持地上げられなかったペンキの缶も軽―く持っちゃうし。凄いです。俺なんか役に立つどころか邪魔ばかりしてた感じなのに。」
「俺は慣れてるからなあ。」
 褒めてくれるのは嬉しいんだけどさ、ヒデの視線が痛いんだよ。
「まあ、ヒデよりは俺のほうが力があるかもな。仕事も慣れてるし。」
 だけど、ついそんな事を言ってしまったりして、そして失言だったと激しく後悔する。
「ほお?」
「え?あ・・・。」
 まずい。
「いや、ほらヒデはバイトとかしないだろ?俺は・・ほら旅行とかバイクの改造代とか・・・。」
 駄目だ墓穴掘ってる俺。
「だいたいヒデが作業着着て建設現場なんて似合わないし。肉体労働なんて似合わないだろ?」
「似合うかどうかは俺が決める。」
 へ?
「明日から俺も行ってやろう。」
 なんだって?今なんつった?
「中嶋さん?」
 行くって働くって事か?ヒデが?嘘だろ?

++++++++++

「中嶋くん、こっち手伝ってくれよ。」
「これか?結べば良いんだな。」
「そうそう。だけどただ結べばいいってもんじゃ・・・。」
「見てれば分かるこれでいいんだろう?」
「なんだなんだ、見てて覚えたのか?お前器用だなあ。」
 そりゃ、太いロープだろうと細縄だろうとヒデの手にかかりゃ容易いだろうさ。
「さすが中嶋さんですね。」
 嬉しそうに啓太が言う。ちぇ。
「作業着も中嶋さんが着るとどこかのブランドの服みたいだし。」
 うっとりと見つめてやがる。
「ちぇ。」
 なにが楽しいんだか、ヒデは結構機嫌よく毎日働いていた。
 不平不満も言わず黙々と働くなんて意外だよなあ・・と思ったりもしたが、ヒデは基本的には仕事には真面目な奴なんだ。と思いなおした。他の行動が突飛過ぎて目立たないだけでさ、自分が関わった事にはいつだって最後までクソ真面目に取り組む奴なんだ。
 だけどヒデを知ってる奴らはこれ見たら驚くだろうなあ、あのヒデが埃にまみれて働いてるなんてさあ。
 ま、啓太は毎日楽しそうに見てたけどさ。
「え?・・・あ、王様も格好良いですよ。勿論。」
 つけたしみたいに啓太が言う。
「そうかな?」
「はい。俺、建設現場なんて始めて入ったけど、皆さん凄く格好良いなあってずっと思ってたんです。ブカブカのズボンの裾を翻して歩く姿も、重い物軽々持ち上げて、あんな高い所ひょいひょい歩く様子も。凄いなあって。」
 そう言って足場の上を歩く、親方を見る眼は、ヒデを見るようにうっとりしている。
「そうかなあ。」
 3Kって言われるキツイ仕事なんだぞ?
「はい。俺全然役に立たないままだったけど、一週間ここで働けて凄く良かったです。」
 にっこりと啓太が笑う・・・。
 こいつは本当に可愛いなあ。鼻の下のばして啓太の笑顔に見とれた瞬間、頭にゴツンと何かがあたった。
「さぼるな。」
「さぼってねえって。」
「すみませんさぼってました。」
 啓太謝んなくていいから。
「ったく。ほら来い。」
「ん?」
「終わりだとさ。」
「終わり?」
「そうだ。」
 
++++++++++
 
 バスに揺られて学園に帰る途中、啓太は一人でニコニコと嬉しそうにしていた。親方が頑張ったからおまけだと言ってバイト代をはずんでくれたのだ。
「へへ。いいのかなあ?」
「いいんだって、啓太頑張ってたもんな。」
「・・・。」
「で?何を買うんだ?」
「んと、4万だし・・・ん〜。」
 4万って半端だなあ。あ、そうだ。
「啓太?あのさ・・。」
「ほら。」
「え?」
「やる。」
 ヒデのバイト代の封筒。
「中嶋さん?」
「俺は別に使う予定もないからな。」
「ええ?そんなだって中嶋さんあんなに一生懸命働いてたのに。」
「そうだな。・・・だからこれもやるよ。ほら。」
 ちぇ。先こされた。やっぱり美味しいところはヒデに持っていかれるんだ。くそぉ。
「王様?」
「俺達は、親の結婚記念日祝うのなんて柄じゃないからな。啓太の家の祝いに便乗させてくれ。」
 そんなの考えたことすらないからな。今まで。
「でも、でも。」
「ほら、俺はさちょっと時給いいから金額も多いし。三人合わせて15万だぞ。これならちょっとした旅行いけるんじゃないか?」
「旅行は無理だろう?」
「そりゃお前が何時も行くようなところは無理だろうけどさ、近場の温泉とかなら・・。」
「でも・・。」
「でも?ほお?俺の申し出に逆らうのか?」
 ぎろりとヒデが睨む。
「いえ、逆らいません!ありがたく使わせていただきます。」
 こいつ本当に素直じゃないなあ。
「替わるか?」
「ふん。」
 バスの中で疲れて眠ってしまった啓太を背負いながら歩くヒデは、なんだか妙に機嫌がよかった。
「まったく、体力が無いくせに無茶をする。」
「まったくだよな。」
 あれ?まてよ。
「お前もしかして、最初っから啓太にバイト代やるつもりで?」
 それで働いてたのか?
「さあな。」 
 素直に白状する奴じゃない・・か。まあ、すっげえ意外だけど。
 こいつ本気で啓太を可愛がってるしな。
 本当は優しい奴なのかもなあ。こいつ。
「ん・・・中嶋さん?」
「・・・ついたら起こしてやる。まだ寝てろ。」
 って何優しい声出してんだよ。
「・・はい。中嶋さん?」
「なんだ。」
「大好きです。」
・・・ぐら・・・。俺、俺って一体・・・。
「知ってる。いいから寝てろ。」
 ヒ・・ヒデ。お前って・・。
「はい。・・・くう・・。」
 なんだか俺って浮かばれない・・・。くそお。
「ふん。あー、来週からまた学生会の仕事か。」
 悔しいからサボってやる。仕事なんか全部ヒデにやらせてやる!
「一週間サボって溜まった書類は、月曜日に全部片付けてもらうからな?哲ちゃん。俺は休むからな。」
「へ?」
「啓太にしがみ付かれて鼻の下伸ばしてた罰だ。」
 なんだって?
「何の事だよ。」
「バイク。それが目的で乗せたんだろう?違うのか?」
「う・・・それは。」
「嫌か?それともトノサマにドアの前に座らせようか?」
 前言撤回。こいつはやっぱり嫌な奴だ。
「やります。やらせていただきます。」
 くそお。啓太騙されるなよ。こいつは悪人なんだからな。
「ふふふ・・・・くう。」
 だけど、悔しいけど。啓太のこの幸せそうな寝顔見てたら文句も言えない。
 いつだって啓太に関してはヒデが美味しいところを持ってくんだ。
 そして俺は何時も貧乏くじを引く・・そういう決まりなんだ。
 悔しいけど、こればっかりはしかたない。くそ。
「王様・・ありがとう・・・した。」
「へ?」
 今、啓太なんて言った?
 啓太の夢に出演中か?ひょっとして・・へへへ。しかもありがとうだってさ。
「啓太?お仕置きだな。」
 突然ヒュルルル・・と冷たい風がふいた。
 今のは、聞かなかったことにしよう・・・啓太すまねえ。
「お、俺先に食堂行くから!じゃあな。」
 俺は悪くないぞ、うん悪くない。
 寝言は俺のせいじゃないからな。でも、すまねえ啓太俺は逃げる!
 背後に冷たい風を感じながら、俺は全速力で走り出した。

          

         毎度の事ながら、萌え要素ゼロの話ですみません。
         上○地様とリヴ島でお話していた時に「萌えポイント」の話になり、
         王様だと鳶のお兄さんの格好が似合いそうだ・・と話していたのです。
         で、勝手にリクエスト♪と書いてしまったのでした。
         最初は中嶋さんを働かせる予定じゃなかったんですが、
         作業服の中嶋さんってちょっといいかも・・・と妄想してしまい
         こんな話になりました。




いずみんから一言

好きだなあ。この話。
みのりさまもご両親の結婚記念日には、何かプレゼントをされていたようです。
時間がなくて自分で選べなかったときでも、お花屋さんからお花を贈っていたとか。
うちは両親の結婚記念日がいつかなんて知りません(苦笑)。

ラストがいいですよね。とても。
王様もヒデも、最初から啓太にバイト代をあげるつもりで働いてた、なんてね。
かっこいいじゃねーか、ふたりとも!!
と、はじめて読んだときにくらくらきちゃいました。
ヒデにおんぶしてもらって幸せそうな啓太くんの顔が目に浮かびます。
これで「萌え要素ゼロ」なんて、それは贅沢というものですよ。みのりさま。

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