初春の・・・





「しっ・・。マロン騒ぐなよ。」
 ドアの前で尻尾を振って中を見ていたマロンに声を掛け、頭を撫でた。
「バウ?」
「騒ぐなよ。座ってマロン。いい子だね。」
 頭を撫でながら囁くと、マロンは大人しくお座りしてじっとこっちを見てるから、俺はにっこり笑って頷いて、それから安心して部屋の中を覗き始めた。
「・・・・何の話してるんだろう?」
 母さんと中嶋さんが、さっきから楽しそうにおしゃべりしてるのが、気になって気になって、落ち着かないんだ。
『啓太はリビングの窓を拭いてね。早く終わらせないと夜ご飯になっちゃうわよ。』なんて言われてもさ、気になるものは仕方ないと思わない?・・なんていうのはただの言い訳だけどさ、中嶋さんが何をやってるのかな・・ってあんまり気になって仕方ないから、窓拭きを途中で止めてこっそりキッチンの方にやってきたんだ。
「二人とも楽しそう・・。それに・・・。」
 中嶋さん、格好いいなあ。
 ジーンズに黒いエプロンして、無造作にシャツを腕まくりして立っているだけなのに、見とれてしまうほど格好良いって、ちょっとずるいと思う。
 普通エプロンってさ、偏見かもしれないけど、もっと野暮ったくならないかな?
 それなのに、なんであんなに格好良い訳? 
 そりゃ中嶋さんて、元々がすっごくすっごくすっご〜く格好良いけどさ。
 だから、何してたってどんな格好したって、格好良いに決まってるけどさ。でもエプロンだよ?中嶋さんのイメージに今まで無かったよぉ。
「ずるいよなあ・・・俺なんて学校の調理実習中みたいな格好なのに。どこがちがうんだろう?」
 だいたいこれ色違いなだけで、デザインは一緒なんだけどなあ。
 色のせいかな?俺のは赤で、中嶋さんのが黒だから?それともあれが、中嶋さん専用にわざわざあつらえたみたいに、長身の中嶋さんにぴったりサイズのエプロンだったりするせいなのかな?
 でも、中嶋さんて元々料理とかも普通に作れちゃう人なんだし、違和感無くて当然なのかもなあ・・部屋じゃエプロンなんかしないけど、俺よりよっぽど手際よく色々作っちゃうもんな、中嶋さんて本当何でも出来ちゃうんだよねえ。
「それにしてもいいなあ、母さん。中嶋さんがあんなに楽しそうなのって・・俺見た事ないよ。」
 ちょっと仲間はずれにされたような気分になりながら、俺はうっとりと中嶋さんの後姿を眺め続けた。
「マロン。きっとさ、誰も信じないよね。」
「わう?」
 俺のつぶやきに、律儀なマロンは小さく鳴いて首を傾げる。
「・・・中嶋さん、結構怖いんだぞ?和希だって固まっちゃうんだぞ?なのにさあ・・・。
・・・和希絶対信じないだろうなあ・・・中嶋さんが俺の家で大掃除手伝ってる・・なんて。」
 だって、実物見てる俺が信じられないんだから、他の人が信じる訳がないよね。
 あー、この話を和希にするのは止めよっと。なんかもったいない気がする。
「それにしても、中嶋さんやっぱり優しいよなあ。」
 中嶋さんの背中をうっとりと見つめながら、俺はついさっき家に帰ってきた時のことを思い出していた。
「二人ともお帰りなさい。」
 にっこりと母さんが出迎えて、中嶋さんも「お母さんお久しぶりです。お元気ですか?」と笑ってて、俺はびっくり・・というか・・なんというか不思議な気分になった。
 中嶋さんと一緒に家に帰るのは、実はこれが三回目だったりするから、だから「お母さん」って呼んでるっていうのは知ってたんだけど、何度見ても驚いてしまうんだ。
 だって、気がついたらそう呼んでたんだもん。いつの間にか・・・そう、始めて一緒に帰ったときにはもう、そう呼んでいた気がする。おまけに母さんは「英明君」なんて名前で呼んでるし。俺なんか一回も呼んだこと無いのに・・それってなんだかずるいと思う。
「英明君運転お疲れ様。道路混んでたでしょう?さ、中に入って休んで頂戴。」
「ありがとうございます。」
「今コーヒー淹れましょうね。」
 リビングのソファーに座り、何か変だな・・と思いながら抱えたままの包みをテーブルの上に置いた。
「ふう。重かった。」
 中嶋さんが、横にしちゃ駄目だぞって言うから車の中でもずっと膝の上に抱えたままだったんだ。日本酒らしいんだけど、なんで横にしちゃ駄目なのかが分からない。結構重いんだぞ、だって一升瓶なんだから。
「はい、お待たせ。はい英明君。こっちは啓太ね。」
 コトリコトリとテーブルにマグカップが置かれる。
「あれ?」
 中嶋さんの前のもマグカップ・・・。お客さん用のじゃない・・これ。
「お母さん?」
 家族はそれぞれのカップを持っている。コーヒー用と紅茶用と日本茶用・・でも・・・。
「ん?なあに?啓太?あ、お腹空いてない?何か食べてきたのかしら?」
「うん、出てくる前に・・・。あの、それよりこのカップ・・・。」
 これってもしかして中嶋さん用のカップ?確認しようとして口を開いたら、中嶋さんが
「お母さん。」
 って呼ぶから、つい黙ってしまった。中嶋さんがお母さんって呼ぶの・・やっぱりなんだか馴れないよ。なんか凄く照れちゃうんだけど、俺。
「なあに?」
「これ、口に合うか分かりませんが・・お父さんに。」
「あらあら嬉しいわ。・・・あら、日本酒?」
「ええ。こちらはお母さんと朋子ちゃんへ。」
「いつもありがとう、英明君。まあ、にごり酒ね。お父さんが喜ぶわ。」
 紙袋の中を覗きこんで、母さんがにっこりとしている。
 にごり酒?普通の日本酒と違うの?
「あらあら・・・もしかして啓太が抱えて持ってきたの?」
「え?なんで分かるの?」
「だってこれ・・横に出来ないでしょ?」
 なんで横に出来ないの?にごり酒ってそういうものなのかな?
「なんで?」
「え?なんでって・・・ほら蓋のところに穴が開いてるでしょ?」
「え?穴?あ、本当だ。」
「そうよ。あら啓太分からないで持っていたの?」
「だって・・中嶋さん何も言ってくれないから。」
 ってそれはいつもの事だけど。中嶋さんが俺に前もって説明してくれる・・なんて事殆ど無いもん。
「・・・これは火を通していない生の酒だから、酵母が呼吸できるように蓋に空気穴が開いてるんだ。中に一枚紙蓋が入っているだけだから、横にしたらそこから酒が滲み出てくる・・分かったか?」
「ああ、そうだったんだ。知らなかった。」
 だからこれだけトランクに入れないで俺に持ってろって言ったのか・・・。
 お父さんの好きな日本酒・・とお母さん達が好きな洋菓子・・わざわざ用意してくれてたなんて・・。そうか・・・へへ。
 なんだか俺嬉しいなあ・・中嶋さん、なんだかんだ言って俺の家族を凄く大切にしてくれてる気がする。
 そういうのって、やっぱりなんか照れくさいけど、すっごく嬉しいって思っちゃうよ。
「でも、残念ね。」
「え?」
「お父さん、今寝込んでるの。お酒飲めないかも・・。」
「寝込んでる?具合悪いの?風邪?」
 お父さんが寝込んでるなんて、今まで無かったから。だから凄く驚いてしまったんだ。
「なんで?お父さんどうしちゃったんだよ。」
 昨日「明日の午後に帰るよ。」って電話した時は元気だったのに。
「お、俺・・・お父さんの所行って来る。」
「だ、大丈夫よ。啓太落ち着いて。」
「だって。」
「ぎっくり腰なの。」
「「ぎっくり腰?」」
 中嶋さんと俺と、思わず声が揃ってしまった。
「今朝、今日は大掃除の仕上げをするんだって、ええと・・・それで張り切って踏み台を持ち上げようとしてね、グキッって・・・。」
「酷いんですか?」
「え〜と・・・酷いというか・・・なんていうか・・・・。でも・・・ええと、そう!!大人しく、寝てれば平気みたいだから。」
「俺・・・様子見てくる!」
「だ、駄目よ!!」
「え?」
「えっと・・・・・さっき・・・ええと・・・・うん。さっきね、痛み止めの薬飲んでやっと眠ったばかりなの。だから、起こしたら可哀想でしょ?ね。」
 なんか・・・変・・?お母さんらしくない気がするんだけど・・・。
「大丈夫だから。」
「でも。」
 思わず中嶋さんの顔を見つめる・・となんだか考え込んでいる風に中嶋さんは母さんの顔をじいっと見ていた。
「・・・・・・・。」
「でね、二人にお願いがあるの。」
「お願い?」
「お父さんの担当のね、換気扇とリビングの窓拭きがまだ終わってないのよ。二人で手伝ってくれないかしら?」
「窓拭き?」
「換気扇・・・?」
「だって母さんじゃ手が届かないんですもの。無理して母さんまでギックリ腰になったら大変でしょ?」
「それは・・・でも。」
 そんな事中嶋さんに頼んだり出来ないよぉ。
「英明君忙しい?用事あったりするのかしら?」
「いえ、特には・・。」
「じゃあ、お願いしてもいい?大丈夫そんなにはね汚くないのよ。ただね、レンジフードが重くって一人じゃ出来ないのよ。」
 お願いって・・・か、母さん〜!!
「な、中嶋さん?」
 お、怒ったり・・・してない・・・?ふざけるな!とか怒鳴ったりしないかな・・・。
「汚れが残ったまま年越しなんて出来ないでしょ?ね、英明君お願い。」
 お願いって・・お願いって・・・・。
「・・・・・・・。」
 な、中嶋さん怒ってる。絶対絶対怒ってるよぉ。どうしよう、もうこんな図々しい事言い出す家になんか二度と来ないとか言われたら。
「仕方ないですね。」
 え?
「いいの?ありがとう。」
 今、仕方ないって言った?それって手伝ってくれるって事?嘘だろ???
「中嶋さん?」
 恐る恐る顔を見る・・・と、苦笑いと言うか、なんというか複雑な顔をしていた。怒ってる・・訳じゃないみたいだけど、決して機嫌が良いって顔じゃない・・・。
「じゃあ、さっそく。お掃除開始!待っててね、すぐにエプロンを持ってくるわ。」
 エプロン・・・?エプロンって・・・・中嶋さんにどんなエプロンさせるつもりなの〜っ!!
か、母さん行かないで!!意気揚々と部屋を出て行く母さんの後を追いかけようかどうしようか迷いながら、俺はとりあえず中嶋さんの様子を見てみることにした。
「な、中嶋さん?」
「なんだ?」
 ・・・うわ、やっぱり機嫌悪い・・。
「あの、あの・・・。」
「だから、なんなんだ。」
「すみません。あんな図々しい事・・・。」
 母さんの莫迦〜。中嶋さん怒ってるよお。
「・・・・・図々しい・・・そうだな・・・そうとも言えるな。だが・・。」
「え?」
「でも、良かったじゃないか。お父さん、寝てれば平気・・なんだろう?」
「それは、そうみたいですけど・・。でも、でも本当に平気なんでしょうか?もう病院だって休みになっちゃうし、大丈夫なんでしょうか?ギックリ腰って、いきなり状態が悪化するとか無いんでしょうか・・・。もしそうなったら・・・俺じゃお父さん担いだり出来ないし・・どうしたら良いんでしょう・・・。」
「・・・・・・落ち着け。なんでいきなりそこまで悪化させるんだ。」
「だって、だって。お父さん凄く丈夫なんですよ?毎朝マロンと朝の散歩兼ねてジョギングだってしてるし。体鍛えるの趣味って言うか・・・熱出したことだってないし、なのに・・・ギックリ腰とはいえ寝込むなんて。」
 なんだか凄いショックだよ。俺。
「・・・・・ったく。もしそんなに悪いなら、お母さんだってもっと慌ててるだろう?」
「でも、なんか変だったし・・・。本当は凄く悪いのに、隠してるのかも・・。」
「・・・・違うな。むしろ・・・。」
「え?」
 むしろ・・・?なに?
「お待たせ。はい、エプロン。赤が啓太。黒は英明君用ね。」
 英明君用ね・・・って・・・母さん〜。
「じゃあ、始めましょうか・・・?啓太。」
 泣きそうな俺とは反対に、母さんはにっこり笑ってそして・・・中嶋さんをキッチンの方へ連れいってしまったんだ。

「・・た。啓太。」
「?・・いたっ。」
 ピシッと額が弾かれて、俺は現実に戻ってきた。
「な、中嶋さん?」
「お前こんなところで何やってるんだ?掃除は終わったのか?」
「え?あ、あとカラブキすれば終わりです。」
「だったらとっとと片付けるんだな。」
「中嶋さんは?もう終わったんですか?」
「お前が呆けてる間にな。」
「え?」
 そう言われて中嶋さんを見ると、もうエプロンもはずしてしまっている。
「サボるな。」
「すみません。」
 慌ててリビングに戻り、窓拭きの続きを始めると、中嶋さんはソファーに座って煙草に火をつけた。
「ったく。」
「中嶋さん?疲れちゃいました?」
「・・・さあな。」
 リビングの窓を拭きながら、ソファーに座って煙草を吸う中嶋さんをちらりと盗み見る。
 ソファーにゆったりと座って、煙草の煙を燻らせてる・・・なんか、こういう感じって・・・・。
「啓太?」
「はい?なんでしょう?」
 俺が卒業したら・・中嶋さんと一緒に暮らし始めたら・・・こんなふうに暮らすのかな?
中嶋さんがくつろいでいる横で、俺は家の事とか当たり前に片付けてるんだ。それで「今晩何食べたいですか?」なんて訊いたりして。で、中嶋さんは「お前が作るものならなんでもいい。」とか答えたりして・・・。あ、そんな言い方はしないかなあ・・・。
「へへへ。」
「不気味な奴だな。」
「え?」
「本当ねえ。」
「か、母さん!」
 いつから居たんだよぉ。
「はい、英明君お疲れ様。コーヒーどうぞ。」
 あ、やっぱりさっきのマグカップだ。あれもしかして中嶋さん用?
「ありがとうございます。」
 あ、お礼言ってる。
「啓太も少し休憩する?」
「あ・・。」
「さっき勝手に休んでましたから。それに、早く終わらせたいだろう?啓太。」
 ううう。
「あら・・・くす。そうなの?あらあら・・。」
 お母さん笑ってるし・・・。
「じゃあがんばって終わらせないとね。啓太。」
「はあい。」
 なんか母さんと中嶋さん、妙に仲良くない?ちぇ。
「そういえば、朋子は?」
「ああ、塾よ。冬期講習。今日まであるの。」
「へえ。大変だなあ。大晦日まで塾あるんだ。」
「そうなのよ。でもそろそろ帰ってくる時間かな・・・あ、帰ってきた。」
 ドアの開く音。そして・・・。
「ただいま〜。あ、英明おにいちゃんお帰りなさい!あれ?お兄ちゃんは?あ、いた!!」
 あ、居たって・・・。まったく。
「こんにちは。」
「ふふふ。お兄ちゃん達早速ママにこき使われてたの?」
「こら。人聞きの悪い。」
「だって〜。あ、ママお布団そろそろ取り込まないとヤバクナイ?」
 布団・・・?
「あ、本当。急がないと・・。」
「母さん布団・・って?あ、俺がやるよぉ。」
 布団・・・誰の干してたんだろ?俺のかな?
「・・・け、啓太は気にしなくていいから、早く窓拭き終わらせて・・・ね?」
「ん?・・・・・あ!そうだよ。お兄ちゃん。窓開けっ放しは寒いんだから!私が手伝うから大丈夫だから!」
「そう?」
 なんか二人とも変。
「それじゃ・・・。」
「待ってください。」
 慌ててリビングを出て行こうと立ち上がった母さんを、中嶋さんが呼び止めた。
「え?な、なに?英明君。」
「お手伝いしましょう。」
 え?
「お母さん、大掃除で疲れてるでしょうし、お父さんみたいに腰を悪くしたら大変だ。」
 中嶋さん優しい!・・・・あれ?でも、なんか微妙に・・・・変な顔してないか?笑ってるけど・・・なんか・・・。
「え、だ、大丈夫よっ!!ほら、朋子も居るし!ね。」
「そ、そう。うん。だい、大丈夫。英明お兄ちゃんも換気扇掃除とかして疲れてるでしょ?」
 あれ?なんで母さん達こんなに慌ててるんだろう?
「あれ?なんで換気扇の掃除した事・・知ってるのかな?」
 あ、そういえばそうだ。なんでその事知ってたんだ?
「え・・・?あ・・・・。あの、そう!!ママと今朝言ってたの。パパが寝込んじゃったから、お兄ちゃん達に掃除頼もうって。」
「ふうん?・・・・・だそうだ。啓太。」
 だ、そうだって・・・・?中嶋さん何が言いたいんだろう?って朝から母さん達そんな話してたの?
「お母さん!!そんな計画してたの?」
「え?けいか・・・計画なんてそんなの・・・・してないわよ。ね、朋子。」
「そ、そうそう・・・・あは・・・ママ・・?行こうか。」
「そうね。・・・・あ、本当に大丈夫よ。私たちだけで・・。」
「遠慮しないで下さい。」
「そ・・・そんな遠慮なんて・・・。」
「さ、行きましょう。」
 なんか中嶋さんずいぶん強引だなあ。
「じゃあ、お願い・・・しようかな。ね・・?」
「そうだね・・・・ママ。」
 なんか二人とも・・・変。
「・・・・・そういえば・・・テーブル変わったんですね。」
「え?」
「ダイニングテーブル。」
「・・・・・・え?あ・・・・・そ、そう変えたの。前のはだいぶ古くなってて・・・それでね。」
「そうですか。」
 そういえば、以前使ってた正方形の四人がけのじゃなくなってる。丸い・・・椅子が・・・あれ?5脚?なんで?
「・・・さ、行きましょうか?お母さん。」
 にっこり笑って中嶋さんはお母さんを見つめてる・・・一見和やか・・なんだけど・・なんとなく違和感がある。
「え・・・・・・ええ。じゃあ、朋子は啓太を手伝ってあげてね。」
 お母さん、顔が引きつってる・・。
「なあ?朋子?」
「なに、お兄ちゃん。」
「母さん今日ちょっと様子がおかしくない?・・・よし窓拭き終了。あとはこれを片付けてっと。」
 中嶋さんに久しぶりに逢って緊張してるのかな?そんな事ないよね?
「・・・・・・はあ。」
「なんだよ。」
「英明お兄ちゃんが、お兄ちゃんくらい鈍い人だったら苦労しなくてすんだのに。」
「は?なんだよそれ。」
 ため息つきながら、思いっきり嫌そうに言う事じゃないと思うんだけど・・・そりゃ俺鈍いけどさ。
「なんでもない。早くそれ片付けてきたら?」
「言われなくても片付けるよ。な、それより父さん大丈夫なの?」
「はあぁ。・・・・・・お兄ちゃん?」
 なんなんだ?また、大袈裟にため息ついて。
「なんだよ。」
 いくらなんでも失礼じゃないか?そう思いながら睨むと朋子は更にため息をついて、こう言った。
「・・・・お兄ちゃんって幸せだね。本当羨ましいよ。あ〜疲れた。ココアでも入れて来ようかな。」
「なんだよそれ〜!!お兄ちゃんを莫迦にしてるだろ!!こらあっ!」
「中嶋さん遅いなあ。」
 母さんと布団を片付けに行ってから、もう結構時間が経っている。朋子は俺の分のココアをテーブルに置くとさっさと自分の部屋に行ってしまったし、ひとりリビングに残された俺は暇をもてあましていた。
「中嶋さんと母さんなにやってるんだろう。」
 確か夏に帰ってきたときは、俺の小さい頃のアルバムを引っ張り出してきて中嶋さんに無理矢理見せてたんだ。小さい頃のアルバムって、全部母さんが綺麗に整理してくれていて、シールにコメントまで付けられてて、結構見られたら恥ずかしい感じになってるんだけど、それをいちいち説明しながら中嶋さんに見せていた。
『幼稚園の父兄参観の時にね、先生がみんなに「大きくなったら何になりたい?」って聞いたの、そしたら啓太ったらね「僕は大きくなったらキリンさんになります!」って答えてね。皆に大笑いさたの、でも啓太はどうして皆に笑われたのか分からなくって、泣き出しちゃったのよ。』 なんて話を中嶋さんに聞かせたせいで、俺はその後中嶋さんに「啓太、知ってるか?人間は大きくなっても人間のままなんだぞ?」ってからかわれたんだ。
「まさか、また何か見せてたりしないよなあ・・?」
 でも、アルバム以外に見られて困るものって・・ないか・・。
 あ、昔の通信簿とかはちょっと恥ずかしいかも・・・う〜ん。でも俺が成績悪いのなんか中嶋さんの方が母さんより詳しいもんな。
「あ〜あ、暇・・あ、父さん。」
 そういえば、どうしてるんだろう?まだ腰痛いのかな?
「心配だし、様子見に部屋に行ってみようかな。話さなきゃいけないこともあるし。」
 実は今朝決心して来たんだ。ちゃんと今回は父さんに話をしようって。中嶋さんとの事・・・ちゃんと話をしようって・・。
「・・・でも・・なあ。」
 いざとなると言いづらいんだよな・・やっぱり。
「母さん、ちゃんと父さんも認めてくれてるって・・そう言ってたけど・・。」
 母さんは最初から反対なんかしなかった。「あなたが一緒に居て本当に幸せだって思える相手なら、母さんは相手が同性だってかまわないわ。」そう言って、認めてくれたんだけど・・・でも、父さんは・・・。
「父さん・・本当はどう思ってるんだろう。」
 母さんが話してくれて、それで反対してないってことは分かってるんだけど、でも自分で言ったわけじゃないし、夏休みも秋の連休も話をするタイミングを探している内に学校に帰る日になってしまって、結局何も言えないまま時間だけが過ぎてしまった。
「今日こそはちゃんと言おう。このまま新年迎えちゃうのは嫌だし。よし、やっぱり父さんのところに行ってこよう。」
 ココアを飲み干して、そうしてスリッパをパタパタ鳴らしながら、父さんたちの部屋に向かう。
 言うぞ、ちゃんと言うんだ。握りこぶし作って気合入れて、そうしてドアの前で深呼吸していたら、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
「・・・・・あれ?誰だろ。」
 母さんかな?でも何か違う気がする・・・。
 そっとドアを開ける・・と父さんと話しているのは中嶋さんだった。
「なんで?」
 なんで中嶋さんがこの部屋に・・?嘘だろ・・・なに話してるんだろう・・・。
 立ち聞きは良くないよって思いながら、俺は息を殺し部屋の様子を伺った。
「・・・・・ずっと謝りたかったんだよ。英明君、君に。」
「え?」
 謝りたかった?父さんが?中嶋さんに・・・??一体何があったって言うんだよぉ!!
「前に・・・君に酷いことを言った。あの時、怒鳴って・・・感情的になって・・・本当にすまなかった。」
 怒鳴った・・・?父さんが?中嶋さんを?え・・ええっ。
「・・・・・。」
「許して欲しいなんて、虫の良い話をしたいんじゃないんだよ。ただ、謝りたかったんだ。本当にすまなかった。」
 父さんと中嶋さん・・・一体いつ逢ったっていうんだよ、俺と一緒の時は仲良く一緒にお酒飲んでたじゃないか・・・。
「・・・・。」
「正直なところ、自分でもどうしていいのか分からなかったんだよ。想像もしていなかった事だったから。あの学園に啓太を転校させた事を後悔もしたんだよ。」
 後悔・・・・そうか・・・そうだよね。
「そうでしょうね。」
「昔・・・啓太が生まれたとき、私と家内は誓ったんだ。啓太の笑顔を守って行こうって、二人で誓ったんだよ。
啓太がどんな人生を選んでもいい。啓太が幸せだと思える生き方が出来るのなら、自分自身を偽ることなく、幸せな、満足いく人生を歩めるのなら、私たちはどんな努力でもしようってね。
私たちがそうだったから、誰からも祝福されないままに結婚して、啓太が生まれた時も、病院に行ったのは私だけで・・寂しい思いを家内はしていたから、だから余計にそう思ったのかもしれないね。
啓太が選ぶ人生を、話も聞かず頭から反対して道を閉ざしてしまう。そういう親にだけはならない。啓太に私たちと同じ悲しみだけは味合わせない。そう誓ったんだ・・。
なのに・・いざその時が来てみると駄目なものだね。みっともなく感情的になって、君を怒鳴りつけて・・・。我ながら情けないよ。」
 同じ悲しみ?それって、一体何なの?父さんたちは幸せじゃなかったの?俺が生まれるとき一体なにがあったっていうの?
「・・・幸せだと思いますか?今の啓太は。」
「そうだね、幸せだと思うよ。」
「俺と生きていくことが?その先にあるのが幸福だとそう言い切れますか?」
「・・・・・言い切ることは出来ないかもしれないね。あの日君が言ったように、そんな先のことは分かりはしない。」
「そうですね。」
「だが啓太は今、幸せそうだ。それだけははっきりしている。君の傍らで、あの子は幸せに生きている。
私は、頭の固い人間で、君と啓太のことをちゃんと理解できているか・・というとそうじゃないかもしれないけれど、それに、家内と違って君という人間が、どういう人かなんてちゃんとわかってはいないと思うけれどね、でも、英明君、君と一緒に飲む酒はとても旨いからね。だから、信用はしているよ。」
「信用ですか。」
「そうだよ。私は酒飲みだからね、そうやって人を判断するんだ。酔うと本性が出るだろ?隠していても分かるもんだよ。」
「・・・・。」
「良かったら、今晩はゆっくりと飲もうよ。嫌かな?」
「いえ、お父さん。喜んで。」
 お父さん・・・・中嶋さん・・・。俺、どうしよう・・・俺・・・。
「・・・・。」
「啓太?こっちにいらっしゃい。」
 いつの間にか、お母さんが立っていた。
「お母さん。」
 俺きっと今凄く情けない顔してる。きっと、きっと凄く情けない顔してる。
「・・・・・おいで啓太。」
「はい。」
 母さんに促され、俺はしょんぼりとリビングに戻った。
「母さん・・・。」
「なあに?」
「お母さんも、嫌だった?中嶋さんとの事・・・嫌だって思った?俺があの学園に転校させなきゃよかったって後悔した?」
「そうねえ・・・最初はさすがに困ったなあとは思ったけどね。」
 やっぱりそうなんだ。俺・・・・。どうしよう、俺・・・。
「でもねえ。こればかりは仕方のないことだからね。」
「え?」
「好きだと思う気持ちはね止めたり出来ないものだから。それに啓太は不幸になるために、悲しい思いをするために英明君の傍にいるわけじゃないでしょう?」
「うん。」
「幸せだって思う?」
「思うよ。俺ね中嶋さんの傍にいたい。ずっとずっといつまでも一緒に居たい。」
 もしもそれで母さんや父さんを悲しませることになっても、それでも傍に居たい。
「だったら啓太はその気持ちを大切にして生きていけばいいのよ。大丈夫、父さんだってね、始めは戸惑っていたけど、今はちゃんと分かってるから。
啓太、私たちはね、貴方達に幸せになって欲しい。だから悩んだのよ。悩んで悩んで、そして受け入れようと思ったの。
だって、啓太を本当に幸せにしてくれるのは英明君だけだと思ったから、それに英明君を本当に幸せに出来るのも啓太だけだって、そう思ったから。」
 本当に・・・?でも、でも・・・・。
「怒鳴ったって本当?」
「怒鳴るって言うか・・・そこまで激しい言い方はしていなかったけど。でもそれなりではあったかもしれないわね。」
「そんな・・・。」
 中嶋さんを怒鳴るなんて・・・きっと今まで誰もしたことなんかないよぉ。
「英明君もねえ、挑発するから・・・・あれは仕方なかったのかもね。」
「挑発?」
 中嶋さん・・一体その時父さんとどんな話をしたんだろう・・・。
「知りたい?」
「うん。」
「だめ〜。内緒。」
 母さんは俺の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜながら、ふふふと笑う。
「なんで〜!!」
「だって、あれはお父さんと英明君の秘密だからね。だから知りたいなら、英明君本人に聞きなさい。」
 そんなの聞けるわけ無いじゃないか・・・。
「ふふふ。とりあえず、その時の英明君が凄く格好良かった事だけは確かよ。・・・・あら、お父さん・・。」
「え?お、お父さん!!中嶋さんも・・・。」
 普通に歩いてる。え?お父さん、腰は・・・?腰は大丈夫なの???
「で?俺に今度は何をさせるつもりなんだ?」
 賑やかな境内の一角に出来始めた列へ並んだ途端、中嶋さんは不機嫌そうにそう言った。
 どうしよう・・・嫌かな?こういうのを進んでやりたがる人じゃないのは、十分承知してるんだけど、『母さん達はお札をお願いしてくるから、先に並んでてね。』と母さんが無責任に中嶋さんを列に並ばせちゃったから仕方ない。
「えと。鐘を突くんです。」
俺は怒鳴られるのを覚悟しながら、なんとかそれだけを答えた。
「鐘?もしかして、あれか?」
「はい。」
 怒られる、いい加減そろそろ色んなことが限界に来てるだろうし、今度こそ絶対に怒られる・・・そう思いながら恐る恐る頷くと、中嶋さんは大きなため息をついた後
「わかった。」
とだけ返事を返してきた。
不機嫌そのものって顔だけど付き合ってくれるらしい返事に、俺は単純に嬉しくなって、
「へへ」
と、つい笑ったらゴンと頭をたたかれた。
「いたっ。なんで叩くんですか!」
 今の、すっごく痛かったんですけど。本気で星が飛びそうな勢いだったんですけど・・・。頭を両手で押さえて涙目で訴えたら、中嶋さんはちょっと機嫌が直ったのか
「さあな。」
 と笑って煙草に火をつけた。
「もおっ」
「それにしても、除夜の鐘なんて始めて突くな。」
「そうなんですか?ここのお寺の鐘はみんなで突くんですよ。家は毎年来てるんです。」
「ほお。」
「はい。家で年越しそばを食べて、ここに来て除夜の鐘をついたらお参りするんです。鐘を突いた人は蜜柑を貰えるんで、それをあそこのたき火に当たりながら食べるんです。」
「伊藤家の大晦日か。」
「はい。」
「なんだか珍しいことを今日は色々させられた気がするが。最後がこれか・・。」
「・・・珍しい・・。」
 それって、大掃除のことなのかな・・。
「神棚にお膳を供えて祈ったり・・・。カレイの煮つけを食わされたり・・・珍しいだろう?」
「そう・・なのかな?」
「普通の家庭の大晦日なんて過ごしたことはないからな、良く知らんが聞いたことないぞ。」
「ああ・・・そうですよね。あれ、父さんのおじいさんの家でやってた年越しのやり方をそのままやってるらしいですから。関東の風習じゃないと思います。」
「お父さんの?」
「はい。」
 頷きながら中嶋さんを見つめる。機嫌やっぱり悪いよなあ。予定に無かったのに結局家に泊まることになっちゃったし、もしかしたら何か予定があったのをキャンセルとかしたのかもしれないよなあ。まったくお母さんはやることが大胆すぎるよ。 
『お父さんがぎっくり腰で寝込んでるから、大掃除手伝って。』なんて嘘ついてさ・・信じられないよ。
「・・・・お父さんか・・・。」
「え?」
 今、お父さんって言った?
「・・・なんだ?」
「いえ。」
 中嶋さんなんで怒らないんだろ。嘘つかれるの大嫌いなくせに。母さんの嘘、最初から気がついてたみたいなのに、どうして怒らないで家に居てくれたんだろう。
「カレイ・・美味しかったですか?」
「そうだな。」
「じゃ、今度俺が作ったら食べてくれますか?」
「お前が?以前ブリの照り焼きを作ろうとして炭にしたのを忘れたのか?」
「ブリ・・は確かに焦げましたけど・・・その前に作ったさばの味噌には上手く出来たじゃないですか!それに、その焦げた照り焼きだって食べてくれたじゃないですかぁ。」
「・・・・・・俺が食べ物を粗末に出来ない性格だったのが災いしたな。」
「・・・もう。絶対上手に作りますから。ちゃんと母さんにコツ習って・・ちゃんと作りますからぁ。」
 なんだかんだ言っても中嶋さんいつも俺の料理食べてくれるんだよなあ。自分で食べても「まずっ」って思うのだって、もの凄い失敗作だってちゃんと食べてくれるんだ(ってさすがに吐きそうなくらい不味い・・なんて凄いのは今まで無いけど)
「やめておいたほうが懸命だと思うぞ。お前に煮魚を作る才能はない。」
「・・・無くても頑張ります。」
「俺の胃袋の強度にも限界はあるんだがな?」
「・・・・限界が来る前に上手になりますから・・・。」
 酷いよ・・・確かに最初は失敗ばかりだったけど、だいぶ上達したのに。
「だから・・あ、始まった・・・。」
 並んでいた列が動きだし、鐘の音がゴーンと響いた。
「・・・年が明けるな。」
「はい。」
 頷きながら、去年のことを思い出していた。
 去年ここにこうやって並んでいたときは不安が一杯あったんだ。中嶋さんの卒業の事や、その後のこと、ずっとこの先も一緒にいられるんだろうか・・とか、中嶋さんとの事を知ったら母さんや父さんはなんて思うんだろうとか・・そんな不安を抱えたまま除夜の鐘をついたんだ。
「啓太。」
「あ、はい。」
「お前の番だろう?」
 名前を呼ばれて我に返ると、すぐ前に並んでいた人がもう鐘をついて戻ってきていた。去年のことを思い出しているうちに順番が回ってきたらしい、
「ほら、順番だ。」
「え?中嶋さん先に・・・。」
「・・・・ったく。ほら、来い。」
「え?中嶋さん?」
 背中を押され石段を登り、鐘の下に立つ。
「一緒でもいいですか?」
「ええ、どうぞ。」
 鐘の脇に立っていた係りのおじさんが、中嶋さんの言葉に頷いて、綱を手元まで引いてくれるからあわててしまう。
 一緒?ええっ?
「な、中嶋さん?」
「もたもたしてたら次の人に迷惑だろうが。」
「あ、はい。」
 うわあっ。一緒につけるなんて思ってもいなかったよ。
「せーの。」
 一礼して二人で綱を握り、そして
 ゴ〜ンッッ!夜空に響く鐘の音。
「ありがとうございました。」
 ぺこりと頭を下げ、それぞれ蜜柑をもらって石段を降りる。
「結構響くものだな。」
「そうですよね。あ、お堂は向こうです。ここから石段を登るんです。」
 お堂に続く石段を並んで昇りながら、不思議な気持ちになる。中嶋さんと一緒にお参りする日が来るなんで思わなかった。 
「へへへ。」
「なにを笑ってる?不気味なやつだな。」
「だって。嬉しいんですもん。」
 今日はびっくりしたり、戸惑ったりしたことも多かったけど、それよりも何よりも嬉しい事が多いんだから。中嶋さんが優しくて、俺の家族にとっても優しくしてくれて凄く凄く嬉しかったんだ。
「変なやつだ。」
「変なんです。俺。自分でもそう思います。」
 頷きながら石段を登りきり、お線香を頂いてお供えし手を合わせてから気がついた。
「あ・・・。」
 そういえば、何をお願いしようか考えてこなかった。
 去年はひたすら中嶋さんとの事だけを祈っていたけど。不安な気持ちが消えますように、傍にいられますようにってそれだけを祈っていたけど・・・。
 今年はどうしよう・・そうだ・・・決めた。
「はあ。」
 ぎゅっと目をつぶりお祈りして、そして顔をあげると、少し離れたところから中嶋さんが面白そうに俺を眺めていた。
「あれ?」
「何をそんなに熱心に祈ってたんだ?」
 タバコの煙を吐きながら、笑うから俺はちょっと照れて「内緒です。」と答えた。
「ほお?内緒だと?俺に隠し事をしようなんざ良い度胸だな。」
「え?隠し事じゃありませんよ。」
 石段を降りながら、あわてて答える。
「お願いじゃなくて、お礼を言ってたんです。」
「お礼?」
「はい。去年のお願いを叶えてくれてありがとうございますって・・・。あ、みんなの健康は祈りましたけど。」
「で?」
「え?」
「去年は何を祈ってたんだ?」
「えっ。あ、あの・・・笑いませんか?」
「さあな。」
「・・・あの、中嶋さんが卒業してからも一緒に居られますようにって。」
「・・・お前らしすぎて笑う気にもなれないな。」
「ひどいです。」
 俺、真剣なのに・・と抗議しようとしたら、背後から笑い声がした。
「くすくす、本当ねえ。」
「・・・え?あ、お母さん。」
「お兄ちゃん乙女過ぎて恥ずかしいんですけど。」
「恥ずかしいって言うな!」
「まったく、啓太は・・仕方ないな・・。」
「お父さんまで・・。」
 皆一体いつから話を聞いてたんだよ。
「啓太たちが遅いから探しに来たのよ。まちくだびれちゃった。」
「え?そんなに遅かった?」
「ふふ、嘘。」
「母さん〜。」
「お前は本当に簡単にだまされるな。」
「でしょ?」
 でしょ?じゃないよぉ。
「母さんいつも俺のこと騙すんだから。今日だって・・。」
 俺本気で父さんのこと心配したのにさ。
「ふふふ。だって素直に騙されるんですもん。騙される啓太が悪いのよ。ほら、いじけてないで帰りましょうね。」
「もお。」
 騙されるほうが悪いってそんなのないよ。中嶋さんのことも騙したくせに。
「そうだな、騙されるほうが悪いな。ククク。そういうことだ啓太。」
「中嶋さんまで・・・。あれ?」
「帰るぞ。」
 今の・・ってもしかして・・。
「中嶋さん?」
「さすがに冷えますね。」
「そうね、帰ったら熱燗・・かな?お父さんに付き合ってあげてくれる?」
「そうですね。」
 もしかして今の、騙されたのは自分が悪いってつもりで言ったの?あれ?でも中嶋さんは嘘に気がついてたんだよね?
 そういうことだって・・そういうことだから、気にするなってこと?お母さん達の嘘を許してくれてるって事?怒ってないの?
「中嶋さん。」
「なんだ?」
「・・・いえ。へへ。」
 中嶋さんのコートの袖を掴みながら、暗い道を家族で歩く。
「お前変だぞ。」
「変でも良いです。幸せなんです。」
 家族・・中嶋さんも家族なんだ。だって「ただいま。」って帰ってきたんだから。一緒に帰ってきたんだから。
 こんな幸せってないよね。俺、きっと今世界で一番幸せだと思う。
「幸せ・・ふうん?」
「幸せです。俺・・・。」
 もう一度言って、そしてそっと中嶋さんにもたれて歩いた。

 新しい年はきっと凄く幸せな年になると思う。だって今こんなに幸せなんだから。
 朝目が覚めたら、お母さんの爆弾発言が待ってるとも知らず、そんな事をのんきに思っていた。

                       Fin


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そんな訳で、新婚さんの里帰りです。って実際はまだ籍入れてないので、新婚じゃないのですが・・・。
ホームドラマでしょうか?って感じののほほん話ですが、お付き合い頂けたら嬉しいです。
ちなみに、マロンはみのりが勝手に設定してしまった伊藤家の愛犬です。ゴールデンレトリバーだったりします。


(2006/01/11(水)〜01/20(金) の日記に掲載)







いずみんから一言

お話の流れ順に並べなおしてしまったので分からなくなってしまっているが
このあとの「里帰り」のあとにupされた作品である。
だからちょっとネタバレになるなと思いつつ編集作業をした。
この頃すでに体調が悪いのに会社で泊り込みで仕事をされていた。
そのわずかな時間を使って書かれたので、日記での連載となった。

『新しい年はきっと凄く幸せな年になると思う。だって今こんなに幸せなんだから』

そうだね。貴女はちょっとばかり運が悪くて病気の発見が遅れちゃったけど
でも不幸ではなかったよね。
そう自分に言い聞かせながらも涙を抑えきれない自分がここにいる。

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