階 段





「ぜえ・・。はあ・・・重い。」
 書類を抱えて、階段を登るのって本当に大変だ。
「・・・あともう一階分。」
 来期の行事と、来期の予算編成会議の為の書類。一人当たりに配られる書類が、薄めの電話帳一冊分はあろうかという恐ろしい量を、中嶋さんと二人、抱えて持って来た。
「・・啓太?もうばてたのか?」
「・・・だい・・大丈夫です。」
 言いながら、酸欠と手の痛みで、死にそうになってる。
 俺と中嶋さんそれぞれのダンボールに分けた資料は、どうやったって中嶋さんの方が多いんだから、俺が先に根をあげるわけには行かないんだよな。
 うん、頑張らなくちゃ。
「・・・はあ。」
 なんとかやっと、会議室までたどりついて、議長席のところに積み上げる。
「はあ、完了。」
「冊数は数えたのか?」
「はい。全部で23冊です。」
「内訳は?」
「ええと、理事代理、各学年の主任、副主任で7部。各学年の、総長、副総長で6部、運動部、文化部の、総長、副総長分で、4部。学生会、会計部分で、4部、時期学生会分で2部で、合計23部です。」
 暗記してきた冊数を読み上げる。
「そうだな。」
「・・準備おわりましたね。」
「明日は、しっかり議題進行の状態をみて勉強するんだな。」
「・・・はい。」
「予算会議は最大の難関だからな。」
「はい。」
「・・・・。」
 返事をしながら、泣きそうになる。
 中嶋さんの卒業まで、まだあと4ヶ月以上もあるのに、もう次の世代の話をするなんて、まるで早く出て行けって言ってるみたいだ。
「それにしても、鈴菱の莫迦はなんで、学生会副会長なんてものになってまで、これ以上忙しくなりたいのかそれが不思議で仕方ないな。」
「・・くす。和希、どうせ学生会の資料は、半分以上、理事長の決済が必要なんだから、ついでにチェックするっていってました。」
「どうだかな。お前をこき使うつもり(一緒に居たいっていうだけ)なんだろうけど?頭が悪いとしかいいようがないな。」
「・・・俺は、会長として頑張るだけです。会長は、逃げるのが得意なんて伝統は作りませんから、安心してください。」
 泣きたくなくて、強がりを言って見る。
「ふん。どうだか?・・・戻るぞ。」
「はい。」
 中嶋さんは、どうでも言いように吐き捨てて、会議室から出て行った。
「待ってください。あ・・・鍵・えっと・あれ?」
 暗証番号何番だっけ?
「8739E#」
「え?」
「暗証番号だ。」
「あ、はい。」
 どうして俺がわからなくなったって気が付いたんだろ。
「えっと、8739E#」
 カードを通すと、ロック完了の電子音が鳴り響く。
「よし。」
「暗証番号くらい記憶しておけ。」
「すみません。」
 だって、部屋ごとに暗証番号が変わるのに、おぼえ切れないってば。
「まったく頼りないな。次期会長は。」
 溜息をつき、中嶋さんが歩き出す。
 あれ?待っててくれたのかな?
「すみません。」
 慌てて後を追う。
「・・・・。」
 中嶋さんは背が高い、当然ながら足も長い、一歩一歩の幅が違うから、当然俺はその後を急ぎ足で歩かないと、仕舞いには追いつけなくなってしまう。
「・・・。」
 なんだか、これって俺と中嶋さんの人生みたい。
 中嶋さんは、悠々と歩いてく、俺はその後を必死に歩いて、歩いて、それでも追いつけない。
「・・・。」
 俺、中嶋さんの隣を歩ける日は来ないのかな?いつまでも、味噌っかすのまま、中嶋さんの後を必死に追いかけるだけなのかな?
「・・・?」
 なんだか、哀しくなって、泣きたくなって。俺は、気が付くと歩くのをやめてしまっていた。
「・・啓太?」
 とっくに階段を一階分降り切ってしまった中嶋さんは、まだ、階段を降りようともせずに、立ち尽くして俯いている俺を、見上げている。
「何してる。」
 声が少し苛立っている。
「すみません。」
 返事をし、俺は、声がかすれてるのに、気が付いて慌ててしまう。
「置いていかないで・・・。」
 小さな声で、決して中嶋さんに聞こえないように、小さな声でそれだけ言うと、慌てて、階段を駆け下り、そして。
「あれ?」
 視線が、かち合った。
「なんだ?」
「あの・・・中嶋さんと、同じ目の高さだから。あの・・。」
 なれない、角度の視線に、慌てて俯くと、階段の段差がまだ、二段あることに気が付いた。そっか、段差の分俺の身長が高くなってるのか。
「これ、中嶋さんがいつも見てる高さなんですね。」
「何が言いたい?」
「背の高い人の、気分を今味わってるんです。」
 中嶋さんとの距離、階段二段分の高さ。
それで丁度視線が合う。いつも中嶋さんと並ぶと、どうしたって俺は、見上げるようになってしまうから。
 だから、これは凄く貴重な体験だと思う。
「変な奴だな。」
 くしゃりと中嶋さんは、俺の髪をかき混ぜる。
「中嶋さん、キスしてください。」
 同じ背の高さで、抱き締められてみたい。
「なんだ?ここでしたいのか?」
「違います。もう。」
「ククク。キスはいいのか?」
「・・・・軽くにしてください。」
「無理だな。」
「え・・。」
 早まったお願いだった・・と後悔したとたん、唇がふさがれた。
「ん・・・。」
 くちゅり・・と湿った音を立てながら、中嶋さんの舌が、俺の口内を甘く蕩かしていく。俺は、後悔しつつも、腕を中嶋さんの首筋に絡め、そうしてうっとりとその行為を受けていく。
 中嶋さん。貴方は待っててくれますか?今、みたいに。
俺が貴方に追いつくのを、待っていてくれますか?
「ん・・・あん。」
 頭の奥がジンと痺れるくらいに甘いキスだ。
 いつもは、怖くなるくらい、キスすら激しいのに、たまに中嶋さんは、戯れかなにかで、こういう優しい甘いキスをする。
「ん・・・ん・・。」
 流される蜜を、喉を鳴らし飲み込む。えさを欲しがる雛のように、大きく口を開け、中嶋さんのキスを受けてしまう。
「ん・・・も・・と・・ね・・・。」
 欲しいの。もっと欲しいの中嶋さん。俺を抱き締めて。優しく抱き締めて。
「ん・・・・あ・・ん・・・。」
 優しいキスは、俺の体から簡単に力を奪ってしまう。
「ん・・・・コクン・・・んん・・・。」
 飲んでいるのは、中嶋さんの唾液だ・・・そう思うことより、自分がまるで、甘い蜜を飲むように、はしたなく喉を鳴らし飲み込むその行為に、俺は、恥ずかしさで身体を熱くする。
「・・・ん・・・あ・・・ん・・。」
 カクン・・・ひざが崩れた・・・・・瞬間、身体がふわりと宙に浮く感じがして、そして気が付くと、俺は中嶋さんにしっかりと抱き締められていた。
「ふん。感じるのはいいが、場所を考えるんだな。」
「え?」
 あんまりにも冷たい言葉に、一瞬で体から熱が消えてしまう。
 あんなに、甘いキスの後に、そんな言葉はあんまりだと思う。
「・・・階段。」
「え?あれ?」
 視界が、いつもと同じになった?
「ったく。あんまり焦らせるな。莫迦。」
「え?・・・あ・・・。」
 そっか。俺、体の力が抜けて、階段踏み外したのか。
「中嶋さん、支えてくれたんですね。」
 それで宙に浮いた感じがしたのか。
「ここで、怪我させたら、さすがに寝覚めが悪すぎるからな。」
 にやりと、口の端だけをあげる。いつもの笑いで俺を見つめながら、そして意地悪く耳打ちする。
「・・・続きはどこがいい?ここか?それとも学生会室か?」
 他の選択はないのだろうか?
「選ばせてやる。どこがいい?」
「・・・学生会室がいいです。」
 二者択一なら、まだ、その方がましだ。
「ほお?学生会室ねえ?いいのか?誰か来るかもしれないぞ?」
 にやりとまた笑う。
「だって、ここと学生会室・・って。」
 俺は、泣きそうになりながら、中嶋さんを見上げる。
「俺は、どっちだ?とは聞いてないぞ?ん?どこがいい?と聞いただけだ。もちろん他でも良かったんだぞ?お前の部屋でもな。」
 はめられた!!もう。
「意地悪です。」
「ふん。却下は受けないぞ?」
「・・・意地悪!!うわっ!!」
 身体がふわりと宙に浮いた。
「な、中嶋さん下ろしてください。恐いです!!」
 俺を両腕に抱えたまま、中嶋さんは階段を降りて行く。
「暴れると落ちるぞ。」
「ひっ。」
 慌てて、中嶋さんにしがみついた。
「そうやってろ。」
「でもお。」
「安心しろ、階段を降りたら、すぐお前のご希望の部屋だ。ククク、優しいだろ?俺は。こんなに優しく姫君をエスコートして。」
 誰が優しい?誰が姫君?
「・・・中嶋さんは意地悪です!!」
 思わず、耳元で叫んでいた。こんな意地悪な笑顔して、どこが優しいんだよ。
「ふん、お前は、こういう俺を好きになったんだろ。」
「え?」
「俺は、お前を待ったりしないし、育てたりもしない。付いてこられないなら、置いていく。それが俺だ。」
 確かに、それが中嶋さんだ。
「不満か?」
「いいえ。不満なんかありません。中嶋さん。俺、一生懸命付いていきます。絶対置いていかれたりしないように。付いていきます。」
 そうだ、迷ってる場合なんかじゃない。
「ふん。お前は莫迦だな。」
「どうせ莫迦です。」
「・・ったく。自分が誰の物なのか、いい加減自覚しろ。」
「してます。俺は中嶋さんのです。永久に中嶋さんだけのものです。」
 そう返事して、初めて気が付いた。中嶋さんの目が、優しく見つめてる事に。
「・・・なら、迷うな。なにも迷わず付いて来い。」
「はい。中嶋さん。」
 迷わない、俺。付いていきます。中嶋さんに一生。
「ふん。莫迦なことを考えて、すねた御仕置きは何がいいのかな?」
「え?」
「くくく。あまり声を出すなよ?鍵を閉めても、声は漏れるぞ?」
「あの・・・中嶋さん。」
 どうしよう。ちょっと怒らせてたのかな?俺。
 冷や汗がたらりと背中を流れ落ちていく。
「ほうら?到着したぞ?ドアを開けろ。」
「・・・・。」
「たっぷり御仕置きしてやる。嬉しいだろ?」
 その言葉に、観念してドアを開けると、俺を抱いたまま、中嶋さんはするりと中に入り、そうして、よく響く、低い声で、鍵を閉めるように、耳元に囁いてきた。
  御仕置きは嫌だけど、でも、待っててくれたから。
 俺は、待たないって言ってるくせに、待っててくれたから。
 俺は、うっとりとこういってしまう。
「中嶋さん、大好きです。」

 
 俺、がんばって追いつきます。中嶋さんに、追いつきます。だから、どうかたまには振り返ってください。中嶋さん。
 大好きです。


心の中で、お願いして、そして俺はドアの鍵を閉めた。



                             fin 


卒業は、残されるほうが淋しい気がします。
学校の廊下や階段の窓から差し込む夕陽ってなんだか、切ない
イメージがありますよね?







いずみんから一言

「中高時代(一貫教育のお嬢様学校(笑)だったんで)の原風景は?」と問われれば
図書館の2階の階段の上から踊り場を見下ろしたところ、と答えるだろう。
ひとつだけ残っていた木造の校舎を利用した図書館の階段はもちろん木造で、
上り下りするたびにぎしぎしと音を立てていたが、途中にある踊り場に作られた
縦に細長い窓から差し込んでくる陽の光がとても好きだった。
卒業前にそれは取り壊されてしまい、近代的な設備と蔵書数を誇るというだけの
何の個性もない図書室として、今は校舎のひと隅にある。
この「階段」を読んで思い出したのは、その木造の階段と踊り場だった。
もちろん学園のものとは設備も何も違いすぎるだろうけれど、感傷的になった
啓太の心にはとてもよく似合っていると思う。
これを読まれた方は、どこかの階段を思い浮かべながら読まれたのではないだろうか。

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