お誕生会





 誕生日の日はパーティ−だった。
 キラキラ光るシャンデリアに豪華な料理、作り物めいた世界で俺の誕生日は祝われていた。
 誕生日なんかつまらない、意味のないものだよ。それが子供の頃の思い出だった。

××××××

「出来上がるまで和希はオトナシクここで待っててよね?」
 ブルーのエプロンをつけた啓太は、テーブルにコーヒーカップを置くとにこりと笑った。
「はいはい。」
「ここのキッチンで料理したことないから、なんか緊張するよ−。」
「気楽に気楽に。」
 くすくすと笑いながら言うと、啓太は「不味いの出来ても知らないからな!」と膨れながらキッチンに消えた。
 啓太と過ごすためだけに用意したこの部屋で、週末を過ごすのは始めてではないけれど、大抵食事は外で済ませてしまうから、設備の整ったキッチンは、コーヒーを飲む時ぐらいしか使ったことが無かった。
「啓太ー?俺もなにか手伝おうか?」
 なんだか落ち着かなくて、カウンター越しに声を掛けると啓太は
「いいから、座ってて!!」
 と大声をあげた。
「つまんないなぁ。」
 言いながらコーヒーを一口飲んで、ソファーに沈み込む。
 なんとなく顔がにやけていた。

『誕生日になにが欲しい?』

 啓太がそう俺に聞いてきたのは、2週間ほど前だった。
『あのさ、去年はそれしかあげられなかったろ?
今年はちゃんとしたものをプレゼントしたいなぁって‥その‥思って‥。』
 照れたように、拗ねたように、俺の携帯電話にぶら下がっているクマを指差しながら啓太が言うから、俺はつい笑ってしまった。
『笑うなよー!も−いい!それ外すから。』
『駄目駄目、これは俺の大事な大事なくまちゃんなんだから。』
 去年の誕生日、啓太が泣きながら作ってくれたプレゼント。
『もう汚れてきてるし‥。』
『いいから。あ、ねえプレゼントにさ、カレーライス作ってよ。前みたいに。』
『カレー?そんなんでいいの?』
 不満そうに俺の顔を見つめる啓太に、俺は笑顔で頷いた。
『うん。駄目?』
『和希がそれで良いなら‥いいけど。いいの?』
『いいの。リクエストしてるのは俺だよ?だから作ってよ、ね?』
 啓太を抱き締め、すりすりと擦り寄りながら、お願いすると、啓太は困ったように眉をしかめながら頷いた。
『じゃあ、がんばって美味しーの作るね。』
『楽しみにしてる。』
『うん。楽しみにしてて。』
 そう言って啓太は俺の頬にキスをしたんだ。−−−−−−−−

 誕生日当日、授業が終わると、急いで私服に着替えて俺達は街に出た。
 部屋の近くのスーパーマーケットで、カートをガラガラ鳴らしながら、二人で買い物をした。
『半熟ゆで卵なんてのも良いよね。』
『ん?カレー?』
『うん。美味しいんだよ。』
 にこりと笑う。その笑顔の可愛さにクラクラしながら、無理矢理平静を装って、俺は『そう。』と頷いた。
 林檎にグレープフルーツに、苺にパイナップル。色とりどりの果物の前を通りすぎて、ヨーグルトやチーズの並ぶ棚から、啓太はプロセスチーズとカマンベールチーズの箱を選ぶとカートに入れた。
『野菜も入れたし、あとはお肉かな?』
 カラカラとカートを鳴らし、プラプラと店内を歩く。
『あ、これね妹が好きなんだ。』
『和希これ食べたことある?美味しいよ。』
 なんて啓太の声に頷きながら、スーパーなんてあんまり来たことの無い俺は、物珍しさについついキョロキョロとしてしまう。
『和希?』
『あ‥えーと買い忘れ無い?』
 不審そうに見つめる啓太を誤魔化しながら、カートの中を覗き込んで聞くと。
『だいじょ−ぶ!』
と頷いた。
『楽しみだな、カレー』
『ふふふ。美味しいの作るからね。』
 笑う啓太につられて、俺も笑顔で頷いたんだ。

××××××

「和希、起きてよ和希ってば。」
「ん‥。」
 ゆさゆさと肩を揺すられて、俺はやっと目を開けた。
 あれ?ここどこだっけ?俺はスーパーで啓太と買い物を‥。あれ?
「寝呆けてる?和希。」
「啓太?」
「起きてよ。カレー出来たよ。」
 待ってる間に寝てしまったらしい。
「カレー?‥あ、すごい。」
 テーブルに並んだご馳走に俺は声をあげた。
「凄くないよ。カレーだもん。」
「凄いよ美味しそうだもん。あれ?これは何?」
「ラッシー。味見したから大丈夫。美味しいよ。」
「美味しいよって、啓太が作ったのか?あれ?ケーキだ。」
 テーブルの真ん中に、生クリームと苺で飾られたケーキを見付け、俺は首を傾げた。
 ケーキ買ってなかったよな?
「うん。ケーキ。」
「どうしたの?」
「作ったんだよ−だ。」
「えっ!!」
「全部手作りでお祝いしてみたかったから、ケーキも作った凄いだろ−!」
 えへんと胸を張り、啓太は俺の隣にすとんと座ると、チュッと頬にキスをした。
「誕生日おめでとう。和希、いつも俺の傍にいてくれてありがとう。」
「啓太。」
「へへ、食べよ?」
「うん。」
 幸せな気分に浸りながら、カレーとサラダとケーキを食べた。
 カレーはとろりとして程良く辛く、ホットケーキにクリームでデコレーションしたお手製ケーキは、甘かった。
「啓太?」
「なあに?」
「凄く幸せだよ。ありがとう。」
「ふふ、良かった。」
 笑う啓太に、俺もつられて笑いながら、昔昔の記憶を呼び戻していた。
 あの時俺は少しも嬉しくなかった。豪華な食事も、豪華なプレゼントも嬉しくなかった‥。 
「このカレーが一番美味しい。」
「へ?」
「今まで、食べたどんなものより一番美味しい。」
「そんなわけないよ。ただのカレーだよこれ。」
 驚く啓太に抱きついて、俺はくすくすと笑った。
「それでも俺には一番のご馳走なんだよ。」
 くすくすと笑いながら、俺は啓太にキスをした。
 幸せを噛み締めながら。
「啓太。来年もお祝いして?俺を幸せにして?」
「和希?水で酔った?ふふ、お祝いするよ、ずっとお祝いさせて?大好きだよ、か−ずき。」
 啓太はそう言うと笑って俺に口付けた。

         Fin
(2006/06/09(金)の日記に掲載)



いずみんから一言

だんだんとカレーが上手になってきた啓太くんです。
好きな人のためならどんな努力だってできる。
みのりさまの和啓の啓太くんがとても強気なのは、
そんな覚悟みたいなものがあるからかもしれない。

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