啓太のクリスマス




                          
 今まで、どうでもいいというか、馬鹿らしいとしか思っていなかった、そしてまさか、それを自分がやるなんてことを考えた事もなかった。
「凄いツリーですね。ふふ♪すごぉーい。」
 無邪気に喜ぶ啓太の顔を見ていたら、無視するつもりでいたのに、気が付いたらこんな馬鹿げたことをしていたのだ。
「な・・・中嶋さん?」
「なんだ。」
「これって、あの・・・。」
 馬鹿げている。
俺は、頭がいかれてるんだ、きっと。
「気に入らないなら、帰るぞ。」
「そんな、うれしいです。」
 クリスマスコンサート。しかも啓太の興味のない、ジャズ。そして、其の後は、フランス料理のレストランにやってきた。
 一見は決して入れない、会員制の店。うるさいクリスマスソングもなければ、酔っ払った莫迦なカップルもここには、入る事すらできない。静かなたたずまいに、啓太は二の足をふんでいた。
「すみません、中嶋さん。」
「なんだ。」
「洋服まで、買っていただいて。それにこんな凄いお店にまで・・。」
「期末テストが、赤点じゃなかったご褒美だ。」
 学生会の仕事を毎日毎日、遅くまで手伝わせていたのにもかかわらず、啓太のテストは、かなり良い成績だった。
 転入してきた時の、お世辞にも良いと言えなかったあの頃にくらべたら、啓太は格段に成績をあげてきている。必死に勉強をしたのだろう。だから、今日ぐらいはその努力を認めて、甘やかしてやるのも悪くはない。なにせ、関係のない仕事を、文句も言わず、一生懸命に手伝っているのだから。
 今日の、イレギュラーな行為の理由を、俺は、そう自分に言い訳していた。
「中嶋さん。」
「・・・それに、子供っぽい格好の連れじゃ、俺が恥をかく。」
 啓太が、素直に喜ぶのがなぜか我慢できず、ついきつい事をいってしまう。
「・・・すみません、俺の服ってやっぱり子供っぽいですよね。」
 当たり前だ、啓太は、俺と違う普通の高校生なのだから。・・・しゅんとしてしまった啓太の顔を見ながら、本当はそう思う。
 啓太と、自分との違い、そう言うものを、二人っきりでいればいるほど、思い知らされる。食べ物の好み、一般的な嗜好の違い。性癖。育った環境から、すべて違う。なにもかも。
「ふん。お前のセンスは、俺の好みとは、違うからな。」
「・・・。」
「でも、俺の好みの服も似合わなくはないな、次は、普段着も、俺好みのものを、見繕ってやる。」
「え?」
「下着から、全部。選んでやるといってるんだ。」
「・・・(////)」
「嫌なのか?」
「中嶋さんの好みの服、高いから・・あの・・。」
「お前は、やっぱり馬鹿だな。お前の親の金で、俺の好みに仕立てて何が面白いって言うんだ?」
 「・・・え?でも、俺が着る服なのに、中嶋さんがお金を出すって言うのも。」
 男が、恋人の服を買う理由、それを解ってない。
 食前酒がすんで、メインの料理が運ばれてきても、啓太は緊張がとけていないようだった。少しおどおどと(それでも、きちんとしたテーブルマナーで)食事をしている。
「ふん、俺のものを、俺好みにする事の、何が悪いんだ?」
 要するに、それだけ子供なのだ。
男がどう裏で思案して動いている動物なのか、そんな事も知らず、表面の笑顔にだまされる。
「え・・・。」
 動揺したのだろう、耳障りな音をたて、啓太は一瞬びくんと身体を震わせた。
「そうだろう?啓太。お前は誰のものなんだ?」
 子供で、お人よしの啓太。だからお前はいつも、学園の人間に、友達以上の好意を持たれて、罠をかけられている事も気が付かない、そして、無防備にあいつらのそばに行って、俺をイライラさせることになる。
「・・・・中嶋さんです。」
「・・・分かっているのに、わざとそういう事をいうんだな?悪い子だな。」
「すみません。」
「それは、暗に、俺の好みになるのは嫌だと言っているんだろうな?」
「ち、違います。」
「じゃあ、お前はどうなりたいんだ?啓太・・・・。」
 食べる手を止め、じっと啓太を見つめる。他の人間が見たら、睨みつけているのとそう大差のない視線に、啓太は、それでも視線をそらすことなく答えた。
「中嶋さんの好みになりたいです。」
「ふ。」
 怯えてるわけでもなく、うっとりと啓太がその言葉を吐き出すのに満足してワイングラスをあおる。・・とそれを合図に、パティシエがケーキののったワゴンを運んできた。
「・・・あ、凄い、綺麗なケーキ。」
「・・・・。」
「どのくらいお切りしましょうか。」
「え・・あの・・どのくらいって。」
「好きな大きさに、カットしてもらえる。でも、全部とかは言うなよ?啓太。」
「そんな事いいません。いくら俺だって。」
「どうだか、お前の胃袋は甘いものは別に入るらしいからな。」
 だいたい、午前中に、成瀬手製のクリスマスケーキを山程食ったくせに、そんな顔してるお前が言っても、説得力のかけらもない。
「意地悪だ・・。えっと、あの・・1/4、きってください。」
「かしこまりました。」
「・・・。」
「中嶋さんは、いらないんですか?ほら、凄く美味しそうですよ。」
「俺は、甘いものは好きじゃない。ブランデーを。」
「・・・かしこまりました。」
「・・美味しいのに。」
 ぱくりと一口食べ、唇についたクリームを舌先で軽く舐めてとる。そして{どうして?}という顔で、啓太は首をかしげる。
「俺を怒らせたいのか?」
 その表情が、どれだけ俺を、そして他の人間の身体を熱く誘うのか、啓太はきっと一生涯気が付く事はないのだろう。
 啓太自身の魅力を一番分かっていないのは、その本人なのだ。
「とんでもない。」
 ぶるぶると、首を振り、そして、あっというまに、ケーキを平らげる。
「お前は、子供だな。」
 満足そうに微笑む啓太に向かい、ついそうコメントしてしまう。
「子供じゃないです。」
「子供だ。」
 馬鹿げているな、本当に。これじゃあ、幼い子供に、長靴に入ったお菓子を持って帰る、子煩悩な父親のようだ。
 啓太をこんなに甘やかして、喜ばせて、俺は一体何をしたいんだろう。
「・・・・お前が、次の学生会をしょって立つのかと思うと、学園の来期が心配になってくるな。」
「・・・じゃあ、残って見守っててください。」
「・・・無理をいうんじゃない。」
「無理でもそうしてほしいです。」
「ふん。・・・・・我儘を言う子は御仕置きだな。」
「それでも、いいです。」
「・・・帰るぞ。」
 うっとうしくなって、席をたつ。
「中嶋さん。」
「・・・・・旨かった、シェフに伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
「あ、ごちそうさまでした。」
「・・・ありがとうございました。」

レストランを出ると。リムジンのドアを開け、運転手が待っているから、必死に追いかけてくる啓太を無視して、さっさと乗り込む。
「え?」
 啓太はそのまま、呆然とそれをみていた。
「乗れ。」
「・・・え?(り、リムジンだ。)」
 動揺した様子のまま、啓太が車に乗り込みそして、俺の横顔を眺めている。
「出せ」
 それだけを告げると、目をつむってしまう。
 話すのが、面倒だったわけじゃない。ただ、先のことを不安がっているのがよく分かる、啓太の顔を、見ていたくなかっただけだった。
「・・・・。」
 馬鹿げた事をしている。
 今日何度目かの其の台詞を、心の中で繰り返す。
 実際、馬鹿げている。クリスマスなんて、神仏の存在を信じない、無宗教の俺がなんでキリストなんて奴の生誕祝いをしなくちゃならないんだ。
 ばかばかしい。本当に馬鹿馬鹿しい。
 なのに、啓太を連れて、俺は、その莫迦莫迦しい事をしているのだ。
「・・・中嶋さん、あの、今日は俺、楽しかったです。ジャズの曲、あんまりよく知らないのが多くて・・・あの・・・でも。歌とか凄く綺麗で・・。」
「・・・。」
「大好きな中嶋さんと、イヴをすごせて、凄く嬉しかったです。夢見たいです。ありがとうございました。俺・・・それなのに・・・。」
 泣くのを我慢して、そうして啓太は必死に言葉を続ける。
「啓太。」
「はい。」
「卒業したら、学園から俺はいなくなる。」
「はい。」
「でも、だからといって、お前が俺のものだっていうことに、変化が起きるわけじゃあない。」
「え?」
「卒業したら、俺から解放されるなんて思っているなら、大きな間違いだ。卒業は終わりの合図じゃない。よく覚えておくんだな。」
「・・・中嶋さん。」
 啓太が、涙声で、腕にしがみいてきた。
「俺、うれしいです。中嶋さん。」
「・・・泣くなら、お前をここでおろして置いていくぞ。」
「泣きません。くすん。えへ。」
 両手で、涙を拭いて、そうしてやっと笑顔になる。
 学園のすべての人間を魅了してやまない、啓太の笑顔。
「大好きです、中嶋さん。」
「・・・知ってる。」
「もっと知ってください。中嶋さん愛してます。大好きです。」
「ふん。」
「中嶋さん、俺からのクリスマスプレゼント貰ってくれますか?」
「クリスマスなんか興味ないし、別にクリスマスイブだから、こんな風にしてるわけじゃない。馬鹿らしい。」
「・・・。」
 どんどん啓太は、しょんぼりとしてきてしまう。
「お前は、ツリーで、おおはしゃぎして、ケーキに浮かれて、本当に子供だな。」
「・・・。」
「ふ。」
「中嶋さん、呆れてるんですか?俺が、学校のツリー見て大騒ぎしてたから。」
「呆れてなどいない。想像通りの反応で、笑えただけだ。」
「・・・・。」
「お前らしいといえば、らしいんだろうな。」
 それが見たくて、わざわざツリーを用意した。
会計部の二人を怒らせてまで、予算外の超大きなツリーを。
「馬鹿だって思ってるんですよね。」
「思ってない。あれに関してはな。」
 言ってみようか、あれは、お前のためだけのツリーだと。
 丹羽を脅してまで、内緒にしていた、事実を。
「じゃあ、何に関しては、思ってるんですか?」
 自分自身だ。
 今日の、自分自身。・・・いいや、啓太と出会ってからの自分だ。
「・・・さあな。」
 今日がイレギュラーなんじゃない。今日だけじゃない。
 そう、啓太と出会ってから、すべてが変わった。そう、自分自身が驚くほどに自分を変えてしまった。
「お前から、クリスマスプレゼントを貰おうなんて、期待しちゃいない。」
「・・・だめですか?俺・・・一生懸命・・・あの・・。」
「くす。そうだな、じゃあ。」
「え?」
「裸で、頭に大きなリボンをつけて、俺にお前の身体ごと、それをくれるって言うなら、貰ってやってもいいぞ。」
「え・・・・・・・。」
 腕にしがみついたまま、啓太が固まる。
「あの・・・裸・・・ですか?」
「そうだ。」
「でも、大きなリボンがありません。」
「・・・・。」
「それに・・・。」
「ん?なんだ?」
「俺の身体は、もうとっくに中嶋さんのものです。だから、俺のじゃないものを、あげるわけには・・・」
「ふ。なんだ?啓太自身の身体は、お前のものじゃないのか?」
 あいかわらず、面白い思考をしているな。
「・・・・俺の身体は・・勿論、心も全部、中嶋さんのものです。」
 そうくるか。
 一瞬、予想外の思考に眩暈を感じながらそれでも平静を装う。そして、タイミングよく車が止まったのをいいことに、そのまま視線をそらしてしまう。
「・・・ついたな。」
「あの。ここは?」
 返事をせずに、中に入っていく。
「いらっしゃいませ、中嶋様。お待ちしておりました。」
 啓太は、なんの計算もなしに、俺が喜ぶ言葉を口にする。
 あんな言葉、啓太以外の人間がもし言っても、嬉しいどころか蹴り倒してる。
「ん。少し遅くなったかな?」
「・・・・あの・・・。」
 何処なのかもよくわからない、少し怪しい雰囲気に啓太は、怯えた様子で、ひじにそっとふれてきた。
「いいえ、とんでもございません。」
 その様子をどうとったのか、口元に笑みを浮かべ、男は頭をたれる。
「今日は冷えるな。」
「はい、明日は雪になるかもしれないと・・。」
「そうか。啓太。」
「は、はい。」
「何をぼんやりしてるんだ。いくぞ。」
「はい。」
 ぼぉっと周りを見ている、啓太を促し、階段を登る。
「あの・・。」
「なんだ。」
 部屋に入るなり、啓太が小さな声で聞いてきた。
「ここって、ホテルなんですか?」
「いや、別荘だ。」
「え?別荘?こんな大きな?」
 まあ、別荘にしては、大きいと言えなくもないのかもしれない。
「安心しろ、俺のじゃない。」
「え?」
「お前の良く知ってる店のオーナーのものだ。」
「え?良く知ってる店・・・あ・・・(>_<)」
「くす、思い出したか?」
「あの・・・。」
「してほしいなら、色々な道具もあるぞ?」
「あの・・・。」
「冗談だ。今日はそんな気分じゃないからな。・・・脱げ。」
「え・・・。」
 部屋の奥にセットされている、ソファーに座り、テーブルにのせられている、シャンパンをあけ、グラスに注ぐ。
「あの・・。」
「プレゼント。くれるんじゃなかったのか?」
「え・・・あ・・・あの。」
「ほうら、丁度良かったな、ここにリボンがあるぞ。」
 シャンパンの瓶に飾られていた、赤いリボンを解くと、啓太に手渡す。
「演出的には、ヌードで登場してきてほしいな。バスルームは向こうだ。」
「・・・・・はい。」
 大人しく、リボンを手に持ったまま、啓太がバスルームに消える。
「ふう。」
 シャンパンを飲み、深く息をつく。
 何をやっているんだ。俺は・・・。
「馬鹿みたいだな。」
 ぼんやりと、考える。俺は、何をしたいんだ本当に。
「馬鹿馬鹿しい。」
 自分自身がよければ、それでいい。他人がどう思うかなんて、気にした事は、一度もなかった。・・・そう啓太に逢うまでは。
「俺も終わりだな。」
 啓太の喜ぶ顔が、みてみたい。そう考えて、あのツリーを用意した。


『ヒデ〜なんだよ。このツリーって。』
『ん?ちょっとした嫌がらせだ。』
『嫌がらせ?』
『そうだ。遠藤が啓太にプレゼントしようと計画してたからな、先に、用意してしまおうと思ってさ。』
『それ、嫌がらせなのか?啓太が大喜びするだけだろ?しかもお前が計画したなんてさあ、『中嶋さん俺嬉しいです!!』とかってさあ。なんだよただ単にのろけたいだけか?』
『啓太に、俺が計画したなんて、ばらしたら、トノサマと一晩一緒にいてもらうからな。いいか?』
『は?』
『あいつを、無駄に付け上がらせるなんて事はするつもりはない。ただ、遠藤が、啓太に感謝されたいって事だけで、学園のイベントを利用するのが嫌なだけだ。啓太の為にする事じゃない。』
『素直じゃないなあ。全く。』
『トノサマ連れてくるか?今すぐ。』
『いや、絶対黙ってます。おとなしくしてます。』


 素直じゃないといわれても、啓太を喜ばす為にしたなんて、本人に思われるのが一番癪だったのだから、仕様がない。
「本当に馬鹿なことをしてる。」
 煙草をふかし、天井を仰ぎ見る。
「あの・・・中嶋さん・・。」
「なんだ・・・・。」
 バスローブをはおり、頭には、赤いリボンをつけ、両手には小さなプレゼントの包みをささげ持っている。
「裸で・・といったろう?啓太。それともそれで焦らしてるつもりか?」
「いえ・・・あの。」
 湯上りの甘い香りが、鼻腔をくすぐる。言った事はないが、この香りにはそそられるのだいつも。
「・・・・中嶋さん。プレゼント貰ってください。」
 バスローブを脱いで、そうして、おそるおそる、近づいてくる。
「誘ってみろ。気に入ったら、もらってやる。」
「ハイ・・・中嶋さん。」
 恥ずかしそうに、プレゼントをテーブルに置くと、そっとひざに腰掛て、腕を首筋にまわしてくる。
 甘い香りが体の芯を熱く誘っている。
「中嶋さん・・・俺の事貰ってください。・・・CHU。」
 そうして、口付けて、潤んだ瞳でみつめる。
 普段は、三歳児がおまえは?と突っ込みたくなるほど、子供っぽい顔をするくせに、こういうときは、俺が今まで抱いた、どんな人間よりも、色っぽいとひそかに思ってしまうことがある。
「お前は誰のものだ?」
「中嶋さんです。」
 即答。
「中嶋さん、好きです。大好きです。愛してます。」
 熱に浮かされたように、啓太は同じ言葉を繰り返す。
「知ってる。」
「もっと知ってください。俺が本気で中嶋さんを好きなんだって知ってください。中嶋さん。お願いです。俺、俺・・・・。」
 今にも泣き出しそうに啓太はただ、ひたすらに言葉を続ける。
「知っている。お前は馬鹿だな。どうして俺が分かってないって思うんだ?お前こそ、いい加減この状況を理解するんだな。」
 他の誰に、こんなまねをするというんだ。
「お前は、俺に何を望んでるんだ?優しさか?他の人間がするように、甘く優しい言葉でも囁いて欲しいとでもいうのか?」
「そんな事望んでません。」
「甘やかしてほしいなら、西園寺か、遠藤のところにでも行くんだな?あいつらなら、いくらでもお前を甘やかしてくれる事だろう。」
 もしも本当にそうしたら、お仕置き位じゃすまないがな。
「嫌です。俺はどこにも行きません。中嶋さんの傍にいます。ずっとずっと中嶋さんの傍にいます。」
 半べそをかきながら、それでも気丈にそう繰り返す。
「俺に嫌われても?呆れられてもそうするのか?」
「・・・・傍にいるの駄目ですか?俺が、傍にいたら迷惑ですか?」
「・・・なら、どうして俺はここにお前を連れてきたんだ?」
「・・・・・中嶋さん。」
 ぎゅっとしがみつき、そうして泣きじゃくる。
「だから、お前は馬鹿だっていうんだよ。啓太。」
 らしくない、そう思いながら、啓太の癖の強い髪を撫ぜる。
「馬鹿ですね。俺。」
「大馬鹿だな。」
 苦笑し、そうして唇をふさぐ。
 大馬鹿なのは俺も同じだ。
「あの・・・。」
 唇を重ねただけで、なにもしない俺に、啓太は不思議そうな声を上げる。
「誘うのはお前だ。啓太。プレゼントなんだからな。」
「は、はい。」
 真っ赤になりながら、啓太は、そっと唇を重ねてきた。
「・・・中嶋さん・・好きです・・・」
 そうささやいて、また唇を重ねる。ついばむようなキスを繰り返し、そうして恐る恐る、舌をいれてくる。
「・・・ん・・・・・。」
 誘うという行為が、そして、自分だけが裸で、明るい部屋で、恋人の唇をむさぼっているという行為が、興奮をよぶのか、啓太は、耳まで赤くしながら、必死に、俺を感じさせようとしていた。
「好きです・・スキ・・・・中嶋さん・・・・。」
 甘い声で、名前を呼びながら、耳たぶを甘噛みし、舌でくすぐる。
「スキ・・・。」
甘い声。掠れたその声が、耳に届くたびに、背筋がゾクゾクとし始める。
お前は俺のものだ。生涯俺のものだ、他の誰にも、渡しはしない。
髪に指を絡めながら、そう思う。
「中嶋さん・・・・。」
「なんだ、それで終わりか?」
 突然止まる行為に、冷やかすようにそう言って、見つめる。
「ううん。あの・・・俺・・・してもいいですか?」
 恥ずかしそうに、視線をそらしながら、言う。
「・・・自信があるならやってみればいい。」
 今まで、させた事はなかった。やり方を知っているのかさえ、怪しかった。
「・・自信はないですけど・・あの・・。」
「好きにしろ。」
「はい(///)」
 啓太の体が、するりと下におりていく。
「・・・・。」
 ぎこちない指の動きが、ファスナーを開きはじめ、そうして途方にくれる。
「なんだ。」
「あの・・・。」
 泣きそうな顔、そして、それを見つめて納得する。
「・・・誘うのはお前には十年は早かったな。」
 苦笑ともため息とも付かぬものを吐き出すと、抱き上げてひざに向かい合わせに座らせる。
「あ。」
「ちゃんと出来なかったお仕置きはなにがいいのかな?啓太。」
「あの・・。」
 泣きそうになりながら、大きな瞳を涙で潤ませながら、それでも言葉を続けようとする。
「クク。早く欲しくてたまらないんだろ?なにもしないでそんなになって。」
「ごめんなさい。」
 俺になにかしようという段階じゃない。啓太はしっかりと自分だけ反応を始めてしまっていたのだ。
「クククッ。まあお前は淫乱なんだから。しかたないな。」
 もともと、とても感じやすいのだ、それに、ここに連れてくるつもりで、十日ほど、わざとほったらかしにしておいたのだ。無理はない。
「・・・嫌いにならないでください。」
「淫乱は少なくとも、嫌いではないがな。・・でも。」
「・・・お仕置き・・ですか?」
「そう、お仕置きだ。年が明けるまでお前はこの部屋からでられない。いいな?」
「え?」
「・・・そうだな、正月には帰してやろう。俺のほうも忙しいからな。」
 予定していたくせに、今決めたかのように、そう告げる。
「あの・・それって。お仕置きですか?」
「そうだ。たっぷりしてやる。歩けなくなるくらいまでな。」
 敏感になっている部分に唇をつけ、意地悪く笑う。
「・・・・それはちょっと恐いけど。そんなのお仕置きじゃありませんよ。」
「ほお?」 
 指先を動かしながら、じっとみつめだす。予想外の答えだった。
「は・・・・・ん。」
「ほお?お前は、いきなりここに連れてこられて、用意も何もなく、一週間近く軟禁状態にされるのが、御仕置きじゃないというんだな?」
 熱く反応し始めた部分が、指先の動きに、湿った音を出し始める。
「・・・・そりゃ・・着替えがないのはちょっと困るけど・・・ん・・・。でも・・・あっ・・・ん。中嶋さんの傍にずっといられるなら。俺・・・・嬉しいですから、だか・・・・っら・・・あん。」
「ふうん、そんなに期待してるなら、望みどおり、たっぷりと色んなことをしてやろう。幸いここにはどんなものでも揃っているしな。」
「え・・?」
 まったく、こいつの言動には、予想がつかない。
俺が、啓太の予定などを無視して、閉じ込めようとしているのを、傍にいられるから嬉しい・・だなんて。
 予想も付かない。まったく。そう言われた事が、嬉しいだなんて。
「何をとぼけている。ここの持ち主が誰なのか忘れたわけじゃないだろう?」
「・・・・・え・・あ!!」
「・・・。」
 愛しい。愛しくてたまらない。だから・・・離さない。絶対に。
「あの、中嶋さん。お仕置きが嬉しいわけじゃなくて・・・あ・・嫌でもないですけど・・・でもでも・・・・。」
「ククク。知らなかったな。啓太がそんなに、ああいう事が好きだとは。」
 わざと意地の悪い事を言ってみる。
「そうじゃなくて・・・うわぁ〜ん!!」
「楽しみにしていろ?」
 離さない。絶対に。

ぐったりとした啓太をシャワールームにつれていき、身体を綺麗にしたあと、抱き上げてベッドまではこんだ。
「すみません。中嶋さん」
 枕を背もたれ代わりにし、何とか身体をおこすと、なぜかしょんぼりとしながら、啓太はそう言った。
「謝る必要は無い。」
 容赦なく、何度もしたのだ。動けるはずがない。
「ほら。」
 新たにあけた、シャンパンと共に、小さな包みをもってくる。
「あ・・・。」
「見かけの割りに重いな。」
 啓太に手渡すと、なぜかうつむいた。
「どうした?」
「貰ってくれないですよね。俺、さっき失敗しちゃったし。」
「そうだな。」
 それで、さっきから元気がなかったのか。しすぎて疲れたのかと思った。
「・・・。」
「まあ、其の分のお仕置きは、明日する事にしたからな。」
「じゃあ、貰ってくれるんですか?」
 一瞬で、顔が明るくなる。分かりやすい。本当に。
「啓太が、どうしてもとお願いするなら、そうしてやってあげなくもないな。」
 我ながら、尊大な態度だと思うけれど、啓太はちっとも気にならないらしい。
「貰って欲しいです。中嶋さん。お願いします。どうか貰ってください。」
「・・・・まったく。お前は。」
 こうなると笑うしかない。
「?どうして笑うんですか?」
「・・・いいや。お前は面白いな。」
 思わず頭をなでながら、ついそんな事を口走ってしまう。
 俺の言う事を、いちいち真面目に受けて、そうして受け入れる。
 計算があるわけでもなく、ただ俺を好きだというだけで、そうしてしまう。
「???面白いって褒め言葉ですよね。ふふ、なんでそういわれるのか分からないですけど、中島さんに褒めてもらえるなら嬉しいです。」
 にっこりと笑う。
「中嶋さん、どうか受け取ってください。」
「しかたないな。」
 手に取る、と本当に嬉しそうに見つめる。
「今、開けたほうがいいのか?」
「開けてください。」
「・・・・。」
 丁寧に包まれた包装をとくと、指輪のケースより若干大きめの箱にそれは入っていた。
「あの・・。」
 ロンソンのパラフレーム。昔ながらの、シルバーのデザイン。
「ふうん?ずいぶんクラシックなものを選んだな。」
「・・なんとなく。」
「なんとなく?」
「ジェームスボンドより、中嶋さんのほうが似合うなあって思って。」
「ふうん?ずいぶん古い話を知ってるな。」
 啓太が知っている、という事に驚いていた。
 啓太は、別に映画もそう詳しいほうじゃないし。
「父が、好きなんです。それで・・・。」
 なるほど、家族と仲のいい啓太らしい理由だ。 
「じゃあ、これも知っていたのか?」
「はい?」
「ライターを贈る意味。」
「え?」
「あなたの心に火をつけたい。」
「え?」
「つまり好きになって欲しい相手に贈るって事だ。」
 そうして、恋人に服を買うって事は、脱がしたいって意思表示だ。きっと啓太は其の事もシラナイだろう。
「・・・・そうなんですか?」
「そういう意味もある。」
「・・・じゃあ、中嶋さん以外の人には絶対、選びません。あ!これから、ずっと中嶋さんへのプレゼントはライターにします!!」
「そんなに、毎回毎回、貰ってどうするんだ。莫迦。一個で十分だ。」
「あの・・・使ってくれますか?」
「そうだな。」
「よかったぁ。」
 馬鹿げていても、いいか。今日くらいは。
 火をつけてみる。
 ロンソンのライター。
そういえば、気障な作家が書いていた、老年刑事の愛用品でもあったな、もっともあれはオイルライターのほうだった気がするが。
「啓太?」
「はい。中嶋さん。」
「メリークリスマス。」
「え・・・。」
 本当に想像通りの反応をするなあ。大きな目を見開いて。ぽかんとしている。
「ククッ。お前って奴は。」
 本当に飽きないな。いつまでたっても。
「中嶋さん。大好きです。ホントにホントに大好きです。」
「クククッ。違うだろ。啓太。」
「あ・・・あの!あの!メリークリスマス。です。中嶋さん。」
「ああ、メリークリスマス。」
「・・・・でもなんで、急に・・・あ・・ごめんなさい。」
 そりゃ、そうだ。
「さあな。」
 ライターをサイドテーブルに置き、毛布をかぶると、啓太に背中を向ける。
「中嶋さん?」
「火がついたのかもしれないな。・・・ふ。おやすみ。」
 そういうと、目を閉じる。
 本当に馬鹿げている、でも、年に一度くらい、こういう日があってもいいのかもしれない。
「火がついたって・・・あ・・・中嶋さん!!」
「・・・・」
「あ・・・・嬉しいです。」
 ぎゅっと、啓太が背中にしがみついてくる。
「大好きです中嶋さん。」
「うるさい。もう寝ろ。お前身体がだるいって騒いでたくせに。」
「はい。あの・・・こうしててもいいですか?」
「駄目だ、」
「そうですか・・・。」
「・・・たく。」
 体の向きを変え、啓太を見つめる。
 しょんぼりとした声。泣きそうな顔。
お前は、なんでこんなに、俺の言葉一つ一つに一喜一憂するんだろうな。
「目が覚めたら、さっきの続きをするからな、覚悟しろよ。」
「え?」
「・・・其の前に、眠れないかもしれないけれどな。お前。」
 にやりと笑い。裸の啓太を抱き締める。
「中嶋さん?」
「寝ろ。」
「ハイ。」
 そういいながら、足を絡める。
「…(////)・・・。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
 目を閉じる。馬鹿げた一日がやっと幕をとじる。
「・・・・・。」
 メリークリスマス。
 神など信じるに値しないものを祝うつもりはないが。
 メリークリスマス。
 啓太と出会わせた運命に・・・・。
   
  メリークリスマス。


                              fin


 すみません、甘々の偽者な中嶋さんです。
 始めて書いたのが、こんなに甘々な話なので、これ以後何を書いても
 こんな感じになってしまってます。







いずみんから一言

「はじめて書いた」とあるのが納得できる。
いつ頃書かれたものかは分からないが、お世辞にも上手とは言いがたい。
別の場所で読むと、最後の連載と同じ人の手だとは思わないのに違いない。
ところが、年を越えた頃からころっと文章が変っていくのだ。
まるで終わりが来るのが分かっていたかのように。 
惜しくて、そして何故か「もったいない」と思ってしまった。

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