喧嘩の理由 「和希の莫迦。大嫌い。いいよ、そんな風にしか本当は思ってなかったんだ。」 「啓太?」 「・・・もういい。分かった、分かったよ。もういいから。」 ギュッと唇をかんで、必死に泣くのを堪えて、啓太はそう言うと部屋を出て行った。 パタン。静かにドアが閉まる音がして、でも、俺は動く事すら出来なかったんだ。 「啓太。」 俺は今何を言った?啓太を傷つけた。 もういい。その言葉の意味は・・・?啓太? 携帯がなる。 『和希様、お時間です。』 「わかった。」 頭の中は真っ白になり、何も考える事なんか出来ない。だけど、現実はそんな俺の甘えなんか許しちゃくれない。 「すぐに行く。」 部屋を出て、鍵を掛けて、啓太のことは気になったけど、でも仕方ない。 サーバー棟に向かうと、石塚が待っていた。 「高速が、事故で渋滞しているそうですので、ヘリを用意しました。」 「ん。ご苦労。」 「和希様?」 「なに?」 「何かございましたか?」 「いや。石塚、お前は残ってこっちのデーター処理を手伝っていてくれる?」 「はい。かしこまりました。では、誰を?」 「安藤を連れて行く。」 「安藤・・ですか?」 「まあ、入ったばかりだが、こっちはお前がいないと困るだろう?秘書たちや、研究員達に指示を出すものがいないとね。」 今やっているプロジェクトは、立ち上げてまだ数ヶ月だった。なのに、その間に、大きなトラブルばかりが起きてしまい、その度に緊急呼び出しが掛かるのだ、授業中だろうと、睡眠中だろうと、それは関係なく来るから、その度にイライラとしてしまうのだ。 「全く、立ち上げたばかりで、こんなにトラブル続きじゃ先が思いやられるよ。一体何が悪いのか分からない。」 愚痴や弱音を部下に吐くべきじゃない、そのことは痛感しているのに、つい石塚の前だと本音が出てしまう。 何人もいる秘書たちの中で、一番信頼し、長く傍に置いているのが、石塚だったから、仕方のない事だとは思う。 「私たちが不甲斐ないばかりに、和希様に心労をお掛けして、大変申し訳なく思っております。」 「・・・お前のせいじゃない。このプロジェクト自体が強引なんだ。」 そう石塚に答えながら、でも口調がキツイ物になっていることに、気が付いていた。 「・・・・さて、急がないと。」 エレベーターを使い、屋上に向かうと、ヘリが待っていた。 「・・・・。」 これに乗ったら、次にここに帰ってくる頃は、確実に夏休みが終わってしまっているだろう。 今、学園のどこかで泣いているだろう啓太を思うと、心が千々に乱れる思いがする。でも、仕方が無い。 「和希様、これが報告書です。」 「分かった。・・・出してくれ」 ヘリコプターが羽音と共に空へと舞い上がる。 報告書に目を通しながら、それでも頭の中に啓太の顔がちらついて、集中できずにいた。啓太・・・俺が傷つけた。ごめん。 「和希様?」 「・・・なんでもない。とんでもない初歩的なミスだな。」 「はい。」 「これじゃ何のために、あの土地を買収したのか分からないだろうに、担当者は何を考えてるんだ?」 「申し訳ありません。」 恐縮し、頭を下げる安藤の態度に、イライラを掻き立てられてしまう。 素直なのはいいのだ、仕事も出来ないわけじゃない、ただ融通が利かない。石塚があまりにも完璧な秘書であるために、他の人間にも同じようにそれを求めてしまうのは、気の毒だとは思うけれど、でも、差がありすぎた。 「お前に文句を言っているわけじゃない。」 「はい、申し訳ありません。」 パターン通りの事をこなすのが、精一杯。 どんなに優秀だといわれていても、せいぜいこのレベルだ。その事を実感する度に、学園の生徒達、性格には多分に問題があるものの、学生会や会計部のあの人間たちの出来の良さが恨めしくさえ思えてくる。 素直に使われる人間ではないし、部下として使うには個性が強すぎる。それに何より、こちらが都合よく使おうと思ったところで、その後の倍返しが恐ろしい、でもそれでも彼らの、行動力や発想力のすばらしさは、それを補って余りあるものだと思う。 「和希様。」 「大丈夫だ、これくらいならどうとでもなる。」 あっさり返事をし、そして溜息をつく。 人材不足、それ以上に、自分の裁量不足なのだ。 まだまだ経験も足りなければ、自分自身の力が無さ過ぎる。現に今だって、プライベートの些細な悩みで秘書に当り散らしているのだから。 「ふう。」 「・・・・・。」 溜息を一つつくだけで、秘書に顔色を心配されているようじゃ、まだまだどころの騒ぎじゃない。 入社一年目の新人じゃあるまいし、これじゃあまりにも情けなさ過ぎる。 「予定はどうなっている?」 「空港に到着後、すぐにチャーター機で現地に向かいます。担当者も空港に向かっているとの連絡が入っておりますので、飛行機の中で打ち合わせを。」 「そうか。」 「・・・和希様。」 「そんな不安そうな顔をするな、別にこんなのは些細な事だ。」 「・・。」 「少し眠る。空港に着いたら起こしてくれ。」 このままずっと安藤と話を続けていると、意味の無い事で怒鳴りだしそうだった。 「かしこまりました。」 啓太、ごめん。 心の中で頭を下げて、そして俺は目を閉じた。 ++++++++++ 「あ。」 和希に謝ろう、そう思ってサーバー棟に向かった俺は、屋上から飛び立つヘリコプターに、思わず立ち止まってしまった。 「行っちゃったんだ。」 飛んでいく青いヘリコプター。どんどん小さく小さくなっていく。 あの中に、和希が乗ってる。きっと、次に和希と逢える頃には、夏休みが終わってるだろう。はっきり和希はそんな事言わなかったけど、あの電話の様子から、そうだろうなって思った。 「和希の莫迦野郎。」 悔しくて、悔しくて、涙があふれ出てきてしまうから、俺は大きなケヤキの根元に座り、シクシクと泣き出してしまった。 「和希の莫迦、和希なんか嫌いだ。」 悔しくて、哀しくて、涙が止まらない。 俺は我儘言った訳じゃないのに、むしろ逆だって言うのに、それなのに、和希は俺に酷い事を言ったんだ。 「本気で嫌いになるからな。和希の莫迦〜!!」 膝を抱え、ぐすんぐすんと鼻を鳴らしながら、俺は泣き続けた。 夏休みだし、大抵の人間は、帰省や旅行で寮にいない、それに普通だってサーバー棟のすぐ近くのこの敷地には、一般生徒は入れないから、だから俺がここで泣いてたって、誰に見つかる心配も無い。そう思って俺は、気が済むまで、ここに居ようかなって思ってたんだ。涙流したまま、寮に戻ったら、皆に心配掛けちゃうし。だから、急に俺の名前を呼ばれた時は、物凄くびっくりした。 「啓太様?」 「・・・・え?」 落ち着いた低音の声に、俺は驚いて顔を上げた。 「やっぱり、こんなところで何を・・・。あ。」 「す、すみません。すぐ消えます。寮に戻ります。」 俺の顔を覗き込むように立っていたのは、和希の第一秘書の石塚さんだったから、俺は大慌てで立ち上がった。 一般生徒が入れない、サーバー棟へ俺は自由に出入りできる。和希にサーバー棟に入る鍵も貰ってるし、和希から許可を貰っているから。でも、和希の周りの秘書さんたちが、それをあんまり良く思ってないのは、分かってた。 だって、いつもいつも、じいっと俺のほう見て、それでその後、無視するんだもん。俺が挨拶しても、にこりともしない。そんな事をされたら、幾ら俺が鈍くても、分かる。歓迎されてないんだって。 「いえ、大丈夫ですよ。今こちらにいる職員は少ないですから。」 「でも。」 「良かったら、上にいらっしゃいませんか?」 「え?」 「こんな日差しの強い場所に長時間座り込まれていたんでしょう?熱射病になってしまいますよ。上で何か冷たいものでもいかがですか?」 見たことない位の、優しい笑顔に俺はついコクリと頷いていた。 「では、どうぞ啓太様。」 にっこりと笑って、石塚さんは俺を案内してくれた、そして、通してくれたのは、入った事のない部屋だった。 「あの、ここは・・?」 「ここは、私用の仕事部屋です。」 「え?」 「さ、座ってください。今、冷たいタオルをお持ちしますね。」 「あの・・。」 白いカバーの掛かったソファーに座り、俺はどうして良いか分からずに、部屋を見渡した。 あんまり広くない、だけどとっても居心地の良い部屋。 始めて来たのに落ち着くなって思ったのは、窓辺に何個もある観葉植物の植木鉢と、どっしりとした木の本棚や机のせいかもしれない。 「さ、どうぞこれで目を冷やしてください。」 「あ、ありがとうございます。」 ペコリと頭を下げ、タオルを借りて目に当てる。泣きすぎて重く腫れた瞼に、ひんやりとしたタオルの感触が気持ち良くて、俺はまた泣きたくなった。 「啓太様。アイスココアはいかがでしょうか?」 「アイスココア?」 「ふふ、変ですか?」 「いえ、あの・・・。」 ここって石塚さんの部屋って言ってたよな?なんでココア? 「ココア好きなんですよ。実は、夏でも冬でも部屋には常備してあるんです。」 「あ、俺もです!!ココアは絶対用意してあります。美味しいですよね。」 石塚さんが、ウインクしながら笑顔でそんな事を言うから、俺もつられてついつい白状してしまう。 「くす。」 「あ・・。」 馴れ馴れしかったかな?つい優しく笑ってくれたのが嬉しくて、俺、あんまり良く思われてないのに・・・。 「くす。おそろいですね。」 「え?あ、はい。」 「でも、このココアの件は和希様には内緒ですよ?いい年して何を飲んでるんだって、笑われてしまいますから。」 「いい年って・・・和希なんて、ココアどころかチョコもアイスも良く食べてますよ?石塚さんがココア好きでも全然おかしくないです。」 「ありがとうございます。では一緒にココア飲んでいただけますか?」 「はい。」 「では、すぐにお持ちいたしますね。」 「ありがとうございます。」 ぺこりと頭を下げると、石塚さんは奥の扉を開けて出て行ってしまった。 「・・・はあ。」 タオルを瞼に当てながら、ソファーに深く沈みこむ。 和希、追いかけてきてもくれなかった。俺が泣きそうだったって気が付いてた筈なのに、なのに追いかけることも、電話を掛けることもせずに、仕事に行っちゃった。 「和希の莫迦。」 「・・・・・啓太様?」 「あ、は、はい!」 まずい、聞かれてた? 「ココアをどうぞ。」 テーブルにコトンとグラスを置くと、石塚さんは困ったような顔をしながら、向かい側のソファーに腰をおろした。 「ありがとうございます。」 聞かれてた・・みたいだなぁ。どうしよう。泣いてた理由が和希との喧嘩だってばれちゃったかな? 「頂きます。」 コクリと喉をならし、冷たいココアを飲む。 それは、とっても甘くて冷たくて、俺はココアを飲みながら、なんだかまた泣きたくなってきた。 「啓太様?和希様と何かあったのですか?」 「え?・・・・はい、ちょっと。」 「そうですか。」 俺はそれ以上何も言えず、俯いてしまう。言える筈がない。 和希に急な呼び出しが掛からなければ、俺達は今頃楽しい時間を過ごしてた筈だったんだから。 「それは、和希様に急に仕事が入ってしまったせいですか?」 「・・・・・。」 「今日から、ご旅行に行かれる筈でしたものね。申し訳ございません。」 「え?ええ?あの、石塚さんに謝ってもらう事なんて・・あの・・。」 「私達が対処できていればこんな事にはならずにすんだのですが、本当に申し訳ありません。啓太様。」 「あの、本当に石塚さんのせいとかじゃ無いですから。悪いのは和希なんです!絶対にそうなんです。」 「でも・・・。」 「だって、仕事だから、和希にとって仕事は優先されるべきものだから、だから俺、別にそれで予定が狂ったって怒ったりしません。」 「・・・じゃあ、どうして・・。あ、申し訳ありません。」 「いいんです。石塚さん、俺の愚痴聞いてもらっても良いですか?」 もういいや、話しちゃおう。俺だってストレスぐらい溜まるんだぞ。 「ええ。」 「俺ね、旅行すっごく楽しみにしてたんですよ?補講の間、和希仕事でずっと出張してて逢えなかったし。残り一週間。和希と別荘で過ごせるんだって思って、それだけ楽しみに補講を受けてたんです。」 夏休みに入っても、俺は補講授業を受けるために寮に残っていた。三週間近く補講を受けて、その後三日間だけ家に帰って「もう帰るの?」という妹の嫌味を聞きながらも、急いで寮に帰ってきたんだ、和希と旅行に行くために。 『啓太?俺ね、夏休みの前半は出張で寮にいられないんだよ。ごめん。』 夏休みに入る少し前、和希はそう言って頭を下げた。 『え?じゃあずっといないの?』 赤点は無いものの、あんまり良い成績とは云えなかった俺は、残寮して補講って決まってたから、その言葉はちょっとショックだった。 『うん、日頃学生なんかして日中仕事してないからね。長期の休みにはしわ寄せがくるんだ。』 『そっかあ。じゃあ俺、寮で一人で補講かあ・・・。』 和希がいないのは、めちゃくちゃ淋しい。だけど仕事じゃ何も言えない。 『その代わり、最後の週は旅行に行こうよ。一週間、別荘でゆっくり過ごそうよ。どう?』 『別荘?』 『ああ、北海道でも沖縄でも、海外でもいいよ。』 『そんなにあちこちにあるの?』 さすが鈴菱っていうか・・・凄い。 『あるの。』 『やった!!じゃあ、一週間のんびり過ごすために俺、補講がんばるよ!!』 別荘なんて贅沢言わない。寮だって良いんだ。ただ、和希とのんびり夏休みを過ごしたかった。 『ああ。』 『場所はね、海があるところがいいな。近くてもいいよ。泳ぎたいし、花火もしたいし、ええとあとね、バーベキューもしてそれから、それから・・.』 でも、ふたりで、ふたりっきりで楽しく夏休みの思い出を作れるなら、もっともっと良い。 『くすくす。したいことはゆっくり考えてて。まだまだ先の話だから.』 『分かった。俺楽しみにしてる!!』 和希の言葉を信じて、俺は毎日毎日補講を受けた。夏休み中だなんて嘘だろ?って位に毎日6時間の補講を受けて、夜は夜で、山のように出た宿題に四苦八苦して、でもそれもなんとか片付けて、最後のテストは結構良い成績だったんだぞ。俺すごくがんばったんだ。 和希との約束のために。 「そうでしたか。」 「でも、仕事で旅行が出来なくなったからって、俺怒ったわけじゃないんですよ?だって仕方ないですから。」 昨日和希は、山ほどのお土産とともに帰ってきた。 電話が来るたび、滞在してる場所が変わってたから、和希が日本各地を飛び回っているのも、何回かは海外にも行ってたこともわかってはいたけど、沢山のお土産は、それを嫌って程に実感させる物だった。 夏休み中、和希がどれだけ大変だったのかって実感させられちゃったんだ。 「だから、残念だけど仕方ないよね。って俺言ったんです。」 我儘言える状態じゃないって分かってたから、俺は素直にそう言ったんだ。 「・・・。」 「そしたら和希が『啓太は俺が傍にいなくても、全然平気みたいだね。』って言ったんです。」 「え?」 『傍にいなくても、どうでもいいんだ。俺が居ても居なくても、啓太にとって些細な事なんだね。』 和希はそう言って溜息をついた。 「平気なわけないのに。俺だってずっと傍に居て良いなら、我儘して良いなら・・・・俺だって・・。」 涙が溢れてきてしまう。 「啓太様?」 「ごめんなさい。」 「啓太様は、和希様の仕事の事はどの様に思われているのですか?」 「え?・・・仕事?」 「はい。」 「仕事してる和希は、格好いいって思います。いつも教室や寮で皆と居る時の和希も好きだけど、仕事してる和希の事も、俺好きです。」 「・・・。」 「だから、此処で、和希の仕事部屋で、和希が仕事してるの見ながら、仕事が終わるのを待ちながら、宿題してるのも好きなんです。邪魔してるかなって思うけど、でも本当はたまに見とれてたりするんです。」 「見とれる?」 「はい。内緒ですよ?」 「くす。かしこまりました。」 「学生と仕事と一生懸命こなして、寝不足でも疲れててもがんばってる和希は偉いなあって思うし。俺だから邪魔だけはしたくないんです。俺は和希の恋人だから、だから、和希の事を一番応援する人間でいたいんです。」 「仕事のせいで逢えなくても?」 「はい。逢えなくても平気・・・平気とは違うのかな?」 「淋しくないですか?」 「淋しくないって言えば嘘になっちゃいますけど、でも、それで不安になったりはしないですから。平気です。」 「どうして?」 「だって、和希は俺のだから。」 「え?」 「何度デートがキャンセルになっても、いつだって俺は笑って和希を仕事に送り出せます。」 「その自信を裏付ける物は何ですか?我儘言いたいとか不満とかありませんか?もっと普通の恋人同士みたいになりたい・・とか。」 「自信・・ですか?なんだろ・・俺が和希を信用してるってだけだけど。そうですね・・・和希が俺との約束を守ってくれたからかな?」 「約束?」 「はい。だから和希は今無理してる。俺の我儘のために。和希が遠藤和希として俺の傍にあり続けようとしてくれてる事が、俺には十分な愛情表現なんです。愛してるって言葉よりも何よりも。」 「・・・・。」 再会して、まだ数ヶ月しかたってない。だけど、和希がカズ兄だって知ってから、恋人になってから、本当は何度も俺は和希に言いそうになった。 遠藤和希でいる事をやめてよって。 そうしたら、和希は楽になれる。正体がばれる事を心配する事もなくなるし、時間だってもっともっと自由に使える。疲れた顔して、顔色の悪いまま授業を受けなくても良い。 「石塚さん、俺ね十分我儘なんですよ?」 鈴菱和希に遠藤和希のままでいる事を望む。これ以上の我儘は無いと思う。 遠藤和希でいる事を止めれば楽になると分かっているのに、それを止めさせられるのは、俺しか居ないのに、俺は我儘だと知っていて、それをそのまましていて欲しいと思ってる。 和希を一番応援したいと言いながら、一番足を引っ張ってるのは、俺なんだって、自分自身が一番よく分かってるんだ。 「我儘・・ですか。」 「はい、一番の我儘を叶えてくれてるから、他の事はいいんです。俺。」 「でも、喧嘩になってしまったんですね。」 「はい。」 分かってるくせに、和希に酷い事を言っちゃった。 「和希怒っちゃったかも。」 「怒ったりなさいませんよ。」 「俺酷い事言ったから。和希きっと傷つけたから。俺、謝りたい。後で電話して、ごめんって言って・・・それで・・・。酷い事言ったって・・・。」 仕事前の和希に、嫌い・・だなんて。 旅行が駄目になってしょげてるのは和希も同じなのに。 「・・・じゃあ、謝りに行きましょうか?」 「え?」 「ね、そうしましょう。」 「石塚・・・さん?」 「すぐに用意しますので、お待ちいただけますか?」 にっこり笑ってそう言って、石塚さんは部屋を出て行った。 ++++++++++ 「ふう・・・。」 疲れきってホテルに戻った頃には、9時を過ぎていた。 「ったく。」 何度啓太に電話を掛けても、テープが流れるばかりで、呼び出しの音さえ鳴らなかった。 「俺に愛想つかしたのか?」 まっすぐバスルームに向かいシャワーを浴びる。 鏡に映っているのは、疲れとイライラで、険しくなった醜い男の顔だった。 「啓太。」 大切な宝物。恥も外聞も関係なく、欲しくて欲しくてたまらなかった。 「ごめん。啓太。」 いつもいつも俺は啓太を傷つけてばかりいる。 太陽みたいに明るくて、暖かい啓太の笑顔に、学園中の人間が好意を寄せているから、そして、多分啓太の傍に居るには俺ほど不適当な人間はいないから・・・だから嫉妬と焦りで俺には何時も余裕がないんだ。 「啓太・・・。」 始めて出会ってから、一体何年たったのだろう。大切な記憶は年を幾ら重ねても色あせる事は無く、それどころか年を重ねるごとに啓太への思いは強く強くなっていった。 啓太を自分だけのものにしたい、俺だけを見ていて欲しい。 啓太が恋人になってからも、その思いは日増しに強くなっていく。 「啓太、俺は啓太が居ないと駄目だ。ごめん。」 幸せな未来なんか約束出来はしないというのに。 お互いの立場が違いすぎる。歩いていく方向が違いすぎて接点さえ見出せない未来に、どんな約束が出来るというのだろう。 なのに、それなのに、幸せな未来は無いと分かっているのに、それでも俺は、自分の命が尽きるその瞬間まで啓太に傍に居て欲しいと願っている。 啓太を手放すなんて出来ないから。絶対に出来ないから。 もしも、この先啓太が他の人間を愛し始めたとしても、それでも俺には啓太が啓太だけが必要だから、だから啓太の幸せが他の所にあるとしても、俺は啓太を離せない。 「啓太。」 俺には啓太が必要なんだ。啓太が居ないと狂ってしまう。 「啓太、お願いだから、啓太。」 分かった、もういい。・・・その先は?何を言おうとしていた?啓太。 ドロドロと黒いものが心の中に渦巻いている。 「啓太・・・・。」 鏡の中、醜い顔の男が涙を流していた。 焦りと不安で醜く歪んだ俺が、涙を流していた。 「・・・・。」 ソファーで書類を片付け、ビールを片手にベッドルームに入る。 携帯は相変わらず、テープの声を流していた。 「・・・え?」 ベッドの不自然な膨らみに、俺は首を傾げてしまった。 「一体・・?」 人が寝ているかのようにふくらんだ毛布。 「誰?」 毛布を勢いよくめくると、そこには裸の人間が横たわっていた。 「え?」 啓太? 「ん・・・・・あれ?和希お帰り。」 お帰りって、なんで? 「啓太?どうしてここに?」 「ん?・・・ふああああ。あ、そうか。へへへ。」 寝ぼけた顔で、啓太は欠伸をしながら笑っている。 「石塚さんがチケット用意してくれたんだ。」 「石塚が?」 「うん。」 どうして何の連絡もなしに・・・。 「和希、和希。」 「なに?」 いや、そんな事より謝らなくちゃ。 「いいから、此処座ってよ。」 「うん。」 ペタリとベッドの上に座り、啓太の顔を見つめる。 「ちゅ。」 「啓太?」 キスして、そして笑っている。 「ふふふ。エッチな仲直りしにきたんだよ。和希。」 「え?」 「ごめんね、嫌いなんて言って。」 「啓太。」 「大好きだからね、和希。」 「・・・・・。」 やばい、泣きそうだ俺。 「和希が仕事で遠くに居ても俺平気だけど、でも和希に嫌いって言ったままなのは嫌だったんだ。だから仕事の邪魔だとは思ったんだけど。」 「啓太。」 悪いのは俺なのに。なのに・・・。 「ごめんね和希。嫌いなんていって。本当にごめんね。嘘だからね。大好きだからね。和希ごめん。」 「啓太。」 「許してくれる?」 「謝らなきゃいけないのは俺だよ?啓太ごめん。俺のこと許してくれる?」 「じゃ、仲直りしよ。」 啓太の腕が、首筋にからむから俺はつい笑ってしまう。 「エッチな?」 「うん。疲れてる?」 「疲れも飛ぶよ。啓太が裸で待っててくれたんだって思ったら、疲れなんてどっか地球の裏側にでも飛んで行っちゃうよ。」 「ふふふ。」 「まったく啓太には驚かされてばかりだよ。まさか此処に来てくれるなんて思ってなかった。」 「仕事の邪魔にならないように、明日帰るから。ごめんね。」 「いいよ。ね、ここに居てよ。」 「え?」 「昼間退屈だろうけど、でも・・。」 「和希が邪魔だって思わないならいいよ。昼間は適当にそのへんブラブラしらてるから、大丈夫。」 「本当に?」 「うん。居ても良い?」 「居てくれたら、もっと仕事がんばれる。」 「じゃあ、居る。」 「啓太!!」 ギュッと抱き締めてそうして、唇を重ねる。 「ん・・・・。」 「啓太、啓太。ごめん。本当にごめん。」 「いいってば、悪いのはお互い様だろ?」 「でも、でも。」 「・・・・悪いって思う?」 「思う、物凄く思う。」 「じゃあ、約束してよ。」 「なに?」 「俺の傍にこれからも居るって。」 「え?」 「遠藤和希のまま、これからも学校にずっとずっと居るって約束して。」 「啓太?」 「和希が大変だって分かるけど、それが一番して欲しい事だから。」 「啓太・・・。」 それって、それって・・。 「約束するよ。」 昔の約束、ずっと一緒って約束。それをお互いが大切に思ってるって、そう云う事だよな?啓太。 「大好きだよ。啓太。」 ぎゅっと抱き締めて、俺は約束を誓った。 大切なもの。宝物。 未来は幸福ではないかもしれない。それは確かなのかもしれない。・・でも。 変えて行こうと思えば出来るはずだ。きっときっと。 変えられる、啓太が傍に居れば、きっと変えていける筈だ。 エッチな仲直りをたっぷりして、そうして俺達は抱き合って眠った。 いつまでもこうして居よう、啓太。 ずっとずっと。 幸福な未来を夢見て、そうして眠ろう、啓太。 二人一緒ならきっと、変われる筈だから。 長くなってしまいました。なんとなく「あなたが傍にいれば」 和啓バージョンなかんじになってしまっておりますが・・・。 みのりの中では和希が一番黒い人なので、どうも鈴菱和希で書くと 暗いかも。書くのは楽しいんですが・・・。 今回、一人称が、和希、啓太、和希・・と変わるので少し読みづらい かもしれません。今回は、別々に書くよりこの方が良いかな? と思ったのですが・・・。 |
いずみんから一言 |
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