君に贈る心





「あ‥。」
 プレゼント代わりのケーキの箱を抱えバス停へ向かう歩く途中で、俺は足を止めた。
「へえ‥向日葵‥ちっちゃくて可愛いなぁ。」
 花屋の店先にあったのは、小さな小さな花束。
 黄色い紙に包まれて、小さな向日葵が二本、そして紫の小さな花と葉っぱが添えられている。
「いかがですか?」
「え?」
 しゃがみこんで見つめていたら、奥から出てきた店員がにこやかに声を掛けてきた。
「ちょっとしたプレゼントにもいいですよ。」
 そうだよね。
 ちょっとしたプレゼント‥探していたのはそれだった。
 初めて祝う啓太の誕生日。
 出会ってまだ数日しかたっていない相手に、さすがに仰々しいプレゼントは贈れないから、さりげないプレゼント‥なんて感じのものを探して俺は街を歩き回った。
 ずっとずっと大切に思っていた人。大好きで大好きでたまらなかった人。
 だけど、今はまだただの友達。出会ったばかりのただの友達。
 そんな相手に何を贈ったらいいのだろう?迷いに迷って、苺が沢山乗ったケーキを買った。
 生クリームで飾られたデコレーションケーキ。蝋燭だってちゃんとある。でも何か物足りない、そう思いながら歩いていたんだ。
「じゃあ、これください。」
 一番元気そうな向日葵の花束をそっと持ち上げ立ち上がると、店員はにっこり笑って可愛いリボンを結んでくれた。
「ありがとう。」
 小さくても花束、これを持ってバスに乗るのは結構恥ずかしい。
 微妙に照れながら、バスに乗り、かなり照れながら寮に戻った。
「啓太喜んでくれるかな?」
 ゴールデンウィーク、啓太は休みを利用して帰省中でやっと今日帰ってくる。
「‥初めてちゃんと言える。」
 冷蔵庫にケーキをしまい、机の上に花束を置いて頬杖をついて向日葵を見つめる。
「‥まだ友達だけど、去年までよりずっといいよな?傍にいておめでとうって言えるんだから。」
 毎年毎年、誕生日とクリスマスには啓太へのプレゼントを用意していた。
 プレゼントを選んでカードを選んで、そうして啓太を思ってメッセージを書く。けれどそれを渡すことは出来なくて、クローゼットの中には、何時の間にかプレゼントの山が出来てしまっていた。
「莫迦だよな、俺って。」
 そう思いながらも捨てることも出来ず、入寮するときにもつい持ってきてしまった。
「‥莫迦だよな‥。」
 花束を見つめながら、啓太を思う。
 転校してきたばかりだというのに、啓太は学園の主要人物達からやたらと可愛がられていた。
『当たり前だよ、啓太はすっごく良い子で可愛くってさ、皆に好かれて当然。』
 余裕のある振りして笑う、なんて事は出来なくて、成瀬さんの『ハニー!』の声を聞くたびに邪魔をして、学生会室や会計室に啓太が呼ばれる度に無理矢理くっついて行った。
「迷惑かなあ。」
 俺の事どう思ってるんだろう?
 友達として好き?
 頼れる親友?でもちょっとお節介?
 実はひそかに大好きだとか???
「まさか嫌われてはいないよな?」
 自信なんて全然無い。
 年だって離れてるし、育った環境も違う。
 啓太にとって当たり前の日常は、俺にとっての非日常。
 俺にとって当たり前の世界は、啓太が足を踏み入れた事すら無い世界。
「それでも啓太は俺のこと理解してくれる?俺の事好きになってくれる?」 
 不安ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
 俺の秘密を知ったら、啓太はなんて思うのだろう?
 俺がこの学園の理事長だっていうことも、カズ兄だって事も啓太はまだ知らない。
 啓太はそれを知ったらなんて言うだろう。なんて思うのだろう。
 それが恐かった。
 啓太に拒絶される事、それがなにより恐かった。
「啓太‥。」
 向日葵の様な笑顔だと、始めて出会ったときに思ったんだ。
 一人でいることに慣れすぎた俺は、孤独の意味すら忘れて過ごしていた。
 啓太と出会って始めて気が付いたんだ。俺はずっと淋しかったんだって。
 啓太の手の暖かさは、俺の凍った心を溶かした。
 啓太の明るい笑顔は、俺の心を暖かくした。
『かじゅ兄ぃ−!だぁいすき−!』
 啓太にそう言われる度に俺は幸せに包まれたんだ。
「‥ううう、どうしてこんなに好きになっちゃったんだろう?」
 小さな花束に向かって話すのは、かなり情けない行為だと思うのに、俺はぶつぶつと呟き続けてしまう。
「好きって気持ちは止められないよ。どうしても止められない。」
 だから好きになってほしい‥俺の事好きになって‥啓太。
 コンコンコンッ!コンコココン!!
「なんだ?」
 不思議なノックの音にドアを開けると、啓太がにっこり笑って立っていた。
「啓太!!」
「ただいま!!和希!元気だった?」
「早かったなあ、門限ギリギリかと思ってたよ。」
 明日の朝一でプレゼントを渡して、一緒に過ごそうって思ってたんだよな−。
 でも逢えて嬉しい。
「へへへ。駅からバス停に向かって歩いてたら丁度王様と逢ってさ、バイクの後ろに乗せてもらっちゃったんだ。気持ち良かったー。俺も二輪の免許欲しいかも。」
 王様のバイク‥‥。後ろに乗ったって事は?背中にくっついたって事だよな?腕とか腰に回して‥。
「和希?」
「あ、中入ってよ、啓太。」
 嫉妬しちゃいけない。今の俺にそんな権利は無いんだから、ただの友達なのだから。
 でも、俺も二輪の免許とろうかな?なんて思っちゃうぞ?ううっ−−−!
「いいの?」
「勿論。」
 必死の思いで嫉妬を隠し頷くと、啓太はにこにこと部屋の中に入ってきた。
「わ−い。おっじゃましま−す。」
「あのさ、啓太?」
「あっ可愛い−!」
「あ、それ‥。」
「どうしたの?これ。」
 机の上の向日葵を指差しながら、啓太が小首を傾げる。 
「プレゼントだよ。」
「プレゼント?へえ−−。」
「‥へえ−って‥あのね、これは啓太にプレゼントなんだよ。」
ムードもなにも無く花束を差し出すと、啓太は大きな目を見開いて、自分を指差した。
「俺に?なんで?」
「なんでって、明日啓太の誕生日だろ?」
「え?和希俺の誕生日知ってたの?」
 知ってるよ。もう何年も前から。
「花束は変かな?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう和希。」
 小さな花束を両手に持って、啓太が笑う。
「誕生日おめでとう。啓太、生まれてきてくれて、俺の傍にいてくれてありがとう。」
 ちゅっ。と音をたて、啓太の額にキスする。
 友達の仮面をつけて。
「か、和希?」
「ん?なあに?」
「な、なんでキス?」
「ん−?成瀬さんのまね?なんて嘘だけど。」
 成瀬さんの名前を出すのはもの凄く不本意だけど、この際利用できるものは利用する事にしてにこりと笑う。
「もおっ。驚くだろ。」
「くす。作戦大成功。」
 くすくす笑って啓太を見つめると、ぷんと膨れて睨むから膨れた頬にもキスをする。
「和希!!」
「これもプレゼント。そしてね、メインはこ−れ。」
 くすくす笑いながらコーヒーメーカーをセットして、冷蔵庫からケーキを取り出す。
「え?ケーキ?」
「そ、蝋燭もあるよ。」
「凄い‥。」
「ハッピーバースディ啓太。一日早いけど、おめでとう。」
 蝋燭に火を灯して、部屋の電気を消すと啓太を見つめる。
「ありがとう。和希。」
 蝋燭の炎の向こうで啓太が笑う。
「さ、願いを込めて吹き消して。」
「ふふ、何をお願いしようかなー。‥‥ふ−っ!!」 一瞬真面目な顔になった後、啓太は炎を吹き消した。
「おめでと−!!」
 電気を消してパチパチと手を叩く。
「へへへ、なんか照れるね。」
「なにをお願いしたの?」
「ん?和希ともっと仲良くなれますよ−にって。」
「え?」
 それって‥えええっ!
「な−んて嘘。何をお願いしたのかなんて言えないよぉ。」
 へへへと笑う啓太に、がっかりというか、ちょっと悲しい気持ちになりながら叫ぶ。
「なんだよ−!いいじゃないか、教えてよ!!啓太ぁ。」
「内緒!ケーキ食べようよ!ケーキ!ケーキ!」
「も−!」
 仕方なく笑いながら、ふたりでケーキを食べ始めた。
 来年も再来年も、ふたりっきりでお祝いしたいな‥ダメかな?啓太‥。
 来年は、恋人の顔でキスしたいよ。恋人の立場でお祝いしたい。
 でも、今はこれで十分幸せ。啓太におめでとうって言えるんだから、これで十分満足。
「ん−!美味しいっ!!」
 ケーキを頬張る啓太の顔を見つめながら、俺は幸せを噛み締めていた。

お誕生日おめでとう。
生まれてきてくれて、傍にいてくれてありがとう。

          Fin

※※※※※※※※※※

啓太くん誕生日おめでとう話−−!!
和希サイドです。
啓太サイドはまだ書きおわってません。当日までに間に合うのでしょうか私‥。
本当は2本まとめてUPするよていだったのですが、2万ヒットに浮かれて、こっちだけ先にUPしてしまいました。

2006/04/24、25(月・火) の日記に掲載。




いずみんから一言

お見舞いに小さな向日葵の花をもらったといって、喜んで
おられたのはいつ頃だっだろうか。
私も本物のお花を届けたかったなあと思わずにいられない。

このお話を最初に読んだとき、「和希が2輪?」と思ったのだった。
石塚さんあたりが泣いて止めるシーンが思い浮かんで
読みながらくすくす笑ったのを思い出した。

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