ちょっとだけ……



「いらっしゃいませ〜。」
 にこやかに声を掛けられ俺はちょっとドキッとしてしまった。
いつもなら啓太に入ろうと言われてもちょっと躊躇しそうな感じの可愛らしい作りの喫茶店。売りは新鮮なフルーツをたっぷりと使ったタルトと美味しい紅茶・・なんだけど、俺の目的はそれじゃない。
「あ。」
 やってるやってる・・・へへへ。
「お客様・・・?」
「あ、えっと待ち合わせなんですけど・・・まだ来てないみたいです・・。」
 一人で来るのはちょっとなあって思ったから、啓太と待ち合わせてしたんだけど、まだ来ていないみたいだ。
「先に来てる筈だったんですけど・・。」
 入ってくるなり案内の店員を無視して、きょろきょろ店内を見渡してたんだから、ちょっと挙動不審な・・・と思われたのかもしれない、慌ててそう言うと笑ってごまかす。
「そうですか。ではお二人様・・ということでよろしいですか?」
「ええ。」
 頷くと、メニューを抱えた店員が案内してくれたのは、窓側の日当たりのいい席だった。
「今日はイベントをやっておりまして・・少し店内が騒がしくなっております。申し訳ございません。」
「あ・・・あの。」
「はい?」
「そのイベント、当日自由参加って聞いて・・あの・・。」
「お客様、失礼ですが・・。」
「実は・・参加希望だったりなんか・・して・・。」
「そうでしたか、失礼いたしました。では、どうぞあちらの席に・・・。ではお待ち合わせの方も・・ですか?」
「いえ、あの俺だけで・・。後から来る者は・・付き添い?一人で来るのも・・・なんとなく・・・・。」
「え?・・・くす。遠慮なさらないで下さいね。今日はいらっしゃいませんけど、男性の参加者も多いんですよ。」
 行動の不審さも、納得・・だったのか、店員の目がどんどん優しいものに変わっていく。
「さ、こちらです。どうぞ。」
 カフェの一角。丸テーブルを何個か囲んでいる人たちに紹介されるから、ガラにも無く緊張してしまう。
「ありがとうございます。すみません、お邪魔します。」
 ぺこりと頭を下げる・・と帰ってきたのは温かい笑顔。
「お飲み物は・・・?」
「あ、紅茶を・・。ミルクで。」
「かしこまりました。」
 店員が去っていくのを確認して、いそいそとテーブルに用意してきたものをだす。
「え〜、素敵ですね。」
「え?」
「可愛い模様。いいなあ。」
 やばい、嬉しいかも。周りの反応に微妙に顔がにやけてしまうのを、作業する振りして慌てて隠す。
 流行だって聞いて、ネットで調べて来たんだけど。妙に居心地いい空間だ。
「初めての参加・・ですよね?」
「え?あ、はい。」
「どうですか?ニットカフェって男の子でも馴染みやすい?私も今日始めて来たのよ。彼女もそう。」
同じテーブルを囲む人たち・・・仲良く話しているから、友達なのかと思っていたら、今日ここで知り合ったのだという。
「そうですね・・・馴染みやすいって言うか・・・なんていうか。居心地いい感じがします。」
 教室で編んでても、奇異な目で見られたりはしないけど、でも・・こことはちょっと違うかも。
 同じ趣味を持つもの同士の気安さ・・とでもいうのだろうか。なんだか男一人でも全然違和感無く溶け込めてしまう。
「それにしても、上手ね。誰に習ったの?」
「母です。母がニットのデザインの仕事をしていたもので、それで・・・小さい頃から・・。」
「へえ。だからセンスいいの?いいなあ。うちのママなんてマフラーも編めないよ。だからねここで教えて貰おうと思って来たの。今日は始めてだから指編みのマフラーなんだ。」
「へえ?」
 紅茶を飲みながら、編み物をして。初心者の女子高生にちょっと教えてあげたりして。また、せっせと自分も編み物をして・・・。
そんななんとも楽しい時間を過ごしていたら、啓太と待ち合わせてたって事すっかり忘れてた。
「で〜きた。やった完成!!」
「あ。上手上手。」
「綺麗に出来たじゃない。おめでとう。」
「へへへ。嬉しいなあ。これして帰ろうかな。似合う?」
 指編みのマフラーを首に巻いて立ち上がった女子高生に、皆で拍手しながら、ふと思い立つ。
何か足りない感じ。足りない、何か寂しい。
「あ、そうだちょっと待って。え〜と、鈎針借りて良いですか?」
「あ、どうぞ。」
「ありがとう。」
 女子高生の使った残り毛糸と、同色の細いモヘアを組み合わせて、鉤針編みでコサージュを作ると、コサージュピンに取り付ける。
「はい完成。こうやって・・。」
「あ、可愛い。わあ、ありがとう。」
「さすが、センス良いわね〜。似合うわ。」
「ふふふ。嬉しいなあ。友達に自慢しちゃお〜。ありがとう遠藤君。」
「いえいえ・・。」
 にっこり笑って頷いてたら、視界の端に赤い制服が見えた。
「あれ?」
 ヤバイ、今何時だ?
「啓太!!」
「遠藤くん?」
 慌てて立ち上がって、啓太の座っているテーブルに駆け寄る。
「啓太、いつ来たの?声掛けてくれれば良かったのに。」
「・・・うん。」
 テーブルの上には、手の付けられてないタルトとミルクティー。今来たばかり?
「啓太?」
「・・・俺ココにいるから、和希気にせず向こうにいれば?」
「え?」
 あれ?なんか不機嫌じゃないか?
「啓太も向こうに行こうよ。・・ね?」
「・・・俺、帰る。」
 返事せずに立ち上がるから、首を傾げてしまう。なんだ?
「啓太・・・?・・・。」
 もしかして・・?
カップに触れる・・とやっぱり冷たくなっていた。・・・でも、なんで?
「待ってよ。じゃあ、一緒に帰るから。」
「いいよ。」
「良くない。ちょっと待ってて、ね?」
 返事を待たずに、テーブルに戻ると慌てて荷物を片付ける。
「あれ?もう帰るの?」
「うん。」
 頷く脇を啓太が足早に通り抜けていく。やばい。
「これ、ありがとう。コサージュ。」
「気に入ってくれて良かったよ。」 
 急がなきゃ。
「じゃ、皆さんありがとうございました。」
「またね、遠藤君。」
「はい。」
 ぺこりと頭を下げて、慌ててレジに向かう。
「・・・700円です。」
「え?紅茶代だけ?」
 あれ?そうだっけ?
「ええ、このイベントは別に参加費をいただいてる訳じゃないんです。私が企画したんですけどね結構人気なんですよ。」
「そう・・なんですか?」
 たいてい紅茶や、コーヒーを頼むだけで、何時間も居座ってるって店の方の採算あわないんじゃ?
「私も編み物好きなんです。だから、ニットカフェが流行ってるってきいて、利益抜きで楽しみたいなって思ったの。
だって編み物って楽しいけど、ちょっと作業が孤独でしょ?」
「ああ。そうですね。」
「編んでるときも楽しみたいじゃない?だから良かったらまた来てくださいね。」
「あ、そうですね。ぜひ。」
 愛想笑い。そんな場合じゃないのに、編み物好きって聞いちゃうとやっぱり嬉しいから・・・邪険に出来ない。
「また来ます。」
 笑って、頭を下げてそして、次の瞬間店を飛び出していた。
「啓太!!」
 ドンドン歩いていく細い後姿を追いかける。
「啓太ってば。」
 何怒ってる?待ち合わせ忘れてた事?
「・・・・いいんだよ。和希まだあそこに居てよかったんだよ。」
「啓太?」
「楽しそうだったじゃないか。凄く。可愛い女の子に何か作ってあげたりして・・凄く楽しそうだった。」
 あれ?もしかして?
「やきもち?」
「・・・・そんなんじゃないよ。」
 やばい嬉しい。
「だって嫌だったんだろ?」
「嫌じゃないよ。別に。和希が俺の事に気がつかない位に楽しそうだった事なんて、別にちっとも嫌じゃない。」
 ぷんと膨れて啓太は拗ねている。か、可愛い。可愛すぎる〜。
「ごめんね。」
 だって楽しかったんだ。同じ楽しみを知っている者同士の気安さというか連帯感というか。変な居心地の良さ。
「謝ることないよ。別に俺が勝手に拗ねてるだけ。」
「でも、ごめん。寂しい思いさせちゃったんだろ?啓太。大好きなケーキも食べないで・・悲しかった?」
 顔を覗き込む・・拗ねてる顔が可愛くてたまんない。
「声掛けようかと思ったんだけどさ、和希凄く楽しそうで、皆も楽しそうで、だから声掛けそびれちゃったんだよ。なんか、雰囲気壊しそうで。そしたらさ、なんかさ・・・寂しくなっちゃったんだよ。ちょこっとだけ。だって、俺と居るより楽しそうだったんだもん。」
 しょんぼりする頭をぐしゃぐしゃ撫でて、ぎゅって抱きしめたくなる。やばいどんどん顔がにやけてしまう。
「そんな事ないよ。啓太と一緒に居ることより楽しい事なんか無いって。」
「・・・・怒んないの?」
「なんで?」
「なんでって・・だって、折角楽しそうだったのに、俺のせいで中断してきちゃったんだろ?」
「うん。でも啓太の方が大事だからね。」
もしかしたらこれって怒っていい事なのかもしれないけど、嬉しすぎて怒れない。
「ごめん。」
「俺こそごめん。気がつかなくて。」
 楽しくて楽しくて夢中になって、啓太のこと忘れててごめんね。・・・てそうか、俺肝心なこと説明してなかったんだ。
「・・編み物ってさ、一人でやっててもそりゃ楽しいんだけどね、孤独だろ?やってること地味だし。だから編んでる時も楽しめたら良いなって思っててさ。ニットカフェって言って今流行ってるんだよ。あのカフェでも月に何回かやってるって知ってね一度行ってみたかったんだ。」
 ろくに説明もしないで、あの店を待ち合わせ場所って決めただけ、そりゃ啓太びっくりして当然だよな。俺って莫迦だなあ。
「そうなんだ。流行ってるんだ。和希それであの店に行こうって言ったんだね。」
「うん。ちゃんと先に説明しておくべきだったよね。ごめん。」
 何も知らないであの店に来て、俺が見たこともない女の子と仲良くしてたら、そりゃ驚くし嫌だろう・・・。大失敗。
「いいよもう。ね、和希?」
「ん?」
「俺が編み物したいって言ったら教えてくれる?」
「勿論。」
「俺不器用だし、すっごく覚えも悪いよ?それでも?」
「うん。ね、じゃあリクエストしてもいい?」
「何を?」
「マフラー。バレンタインにさ・・どう?」
「どう・・・て?え?バレンタイン!一ヶ月もないよ!」
「いいから、そうだこれから毛糸買いに行こうよ。」
「和希!編めないよそんなの!」
「大丈夫。俺が教えるんだから。ほら、行こう!」
 嫌がる啓太の手を引いて、俺は浮かれ気分で歩き出した。
「和希!」
「啓太が編み物好きになってくれたら俺凄く嬉しいんだけどな。」
 立ち止まり、顔を覗き込んで囁く。
「う・・・ううう。好きになるのと、上手になるのは違うんだからな?きっとマフラーなんて雑巾みたいになっちゃうんだからね。」
「ならないよ。くまだって作れたじゃないか。啓太は頑張りやさんだから大丈夫。」
「う・・・ううううう。じゃあ、頑張るけど・・・・教えるの嫌にならないでよ?」
「嫌になんかならないよ。」
 にっこり笑って頷いて、そうしてまた歩き出す。
 来月の今頃は、啓太お手製のマフラーをつけてこの街を歩いてるかもしれない。
 そう思うだけで楽しくなった。
「啓太?やきもちやかれるのって、嬉しいもんだね。」
「しらないよ。莫迦。」
 なんて怒って膨れるから、つい笑ってしまった。

 

 ごめんね啓太。でも拗ねてる顔も可愛いよ。
                                 Fin



※※※※※※※※※※
ニットカフェが流行っています・・と、朝のテレビで取り上げられてい
るのを見た時、あの中に和希がいたりして・・と妄想した私。
いつも、和希ばかり焼きもちやいてるので、たまには啓太君にさせて
みました。(でも焼きもちとはちょっと違うかな?)
とりあえず、啓太君からのバレンタインのプレゼントはマフラーらしいです(-_-;)



いずみんから一言

ニットカフェなるものを、私はこの作品で始めて知った。
そして今年になってうちの近所にも1軒できた。
うちの母親が中に入って講師の先生を紹介したりしたようだ。
できたんですよとお知らせしようと思った頃、みのりさまはすでに
体調を崩しておられて……。
ついにお知らせすることなく旅立たれてしまった。
うちにヘヴンのDVDを見に来たついでに、そこのニットカフェにも
立ち寄っていって欲しいな、と思う。


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