いちごみるく 「和希、どこに座る?」 夕食の乗ったトレイを抱え、啓太がきょろきょろと周囲を見渡す。 「ん〜?そうだな。」 宿題を片付けていたせいで出遅れたせいか、食堂はかなり混んでいた。 「ん〜と、あ、中嶋さん!」 「え?啓太?」 一角だけやたら人が少ない場所で、中嶋が一人食事を取っていた。 「中嶋さん、ここ座っても良いですか?」 なんでわざわざ此処を選ぶんだよぉ。 そう言いたいのをグッと堪えて啓太の隣に座る。 「なんだ、遅かったな。」 「はい、宿題してたんです。ね、和希。」 にっこりと啓太が頷くから、俺は目を合わせないように、コクリと頷くしかない。 「ふうん?」 「和希に教わって、ぜ〜んぶ終わらせたんですよ。へへへ。」 「ほお遠藤にねえ?」 啓太?中嶋の声色変わったぞ?いいのか?そんな話して。 焦る俺には気づかずに、啓太は話を続けている。 「はい、明日中嶋さんと出掛けるから、宿題早く終わらせたいって言ったら、協力してくれたんです。ね、和希。」 いや、確かにそうだけど、週末中嶋に拉致られるって分かってて、啓太の宿題をそのままにさせておけないから、だから食事の時間を遅らせてまで宿題させてたんだけど、でも、出来るならそれは黙っていて欲しかったんだけど・・・。 味噌汁をすすりながら、この後中嶋がどう反応してくるのか、ちょっと恐怖だった。怒ってるのは確実だ。こいつは独占欲の塊みたいな人間だし。宿題なんて自分が幾らだって教えてやるのにとか(啓太には言ったりしないだろうけど)思ってるに違いない。 「へへへ。これで明日安心して出かけられます。」 幸せそうに鶏の唐揚げを食べながら、啓太が笑う。 啓太は鈍い。鈍すぎて自分が中嶋に、どれだけ思われてるかさえ気が付いていない。 ・・・俺がどれだけ啓太を大切に思ってるかも気がつかない。 「ふうん?明日ねえ。」 「え?中嶋さん約束忘れちゃったんですか?」 啓太の声が不安そうになる。 「なんだったかな?」 「・・・・え?ええっ!!」 「嘘だ。覚えてるから、とっとと食え。」 「良かったあ。ふふ、明日天気良いといいですね。雪とか降らないですよね?二月に入ってから結構降ってるし心配だなあ。」 なんて簡単なんだろ。啓太ってば、中嶋の言葉に一喜一憂してるじゃないか。中嶋の思うが侭って感じじゃないか。面白くない。 面白くない事だらけだ。全く。 啓太にとっての世界の中心は中嶋だってところが癪にさわる。 それをはっきりと理解したうえで、啓太で遊んでる中嶋の姿も気に入らない。啓太が絶対自分に逆らわないと分かってるんだ。 このサディストの鬼畜野郎は!! 「美味しいなあ。ふふ。」 啓太は暢気に食べてるけど、俺はなんだか食べた気がしない。 「中嶋さんは、もう学生会の仕事終わったんですか?」 「ああ、丹羽が残りを片付けてる。」 王様はなんでこんな奴を片腕と称して傍に置いてるんだろうな。 まあ、出来る人だとは思うし、仕事も可也真面目にこなすけど。でも協調性からなにからなさすぎるし、敵を平気でどんどん増やすし、兎に角マイナス要素が多すぎるんだよな、この人。 ある意味犯罪者すれすれって感じさえする、入学許可を出したのは間違いだったって思ったことも数知れない。それなのに、なんだかんだと言いながら、王様も篠宮さんも、中嶋英明という人間を信用してるって気がする。仲間って認識してるんだ、不思議な事に。 「王様?」 「俺の分は終わったからな。・・・お?あいつも終わったらしい。」 「え?あれ?トノサマ。」 いつの間にか、中嶋の足元にトノサマが来ていた。 「ぶにゃ(あいつ仕事終わったみたいだから、ドアの前からどいてやったぞ。約束のものは?)」 「・・・ちょっと待っていろ。」 「え?中嶋さん?」 突然立ち上がると、中嶋は皿を一つ持って帰ってきた。 「ほら。」 しゃがみこみ、床に置いたのは唐揚げが山盛りになっている皿だった。 「ぶみゃ(さんきゅ〜。)」 「唐揚げだ。」 「うん。」 なる程、トノサマを見張りにしてたのか。 「ぶみぶみ(美味かったぞ。眼鏡。また用事があるとき呼んでくれ)」 さっさと食べ終えて、トノサマが去っていく。 「中嶋さん?トノサマと何か約束してたんですか?」 「ちょっとな。ククク。」 動物には優しいんだな・・・。しかし、こいつは実際人が良いんだか悪いんだか・・。俺ももう少し観察しておく必要があるのかもなあ。それにしても、王様も気の毒に。 「はあ、お腹一杯。さてデザート。」 「また甘そうな・・。」 たった三粒の苺に、コンデスミルクをたっぷりと掛けている啓太を、中嶋は嫌そうに見つめている。 「虫歯になるぞ?啓太?ミルク掛けすぎだよ。」 「大丈夫だよ和希。俺虫歯になったことないし。」 へへへと笑う啓太を中嶋が見つめている。 まあ、以前に比べたら変わったとは思うんだよな。この人。 啓太と付き合いだしてから、変わったと思う。 少しだけ回りに出していたオーラが変わったのだ。 啓太が中嶋と付き合うって聞いたときは、お願いだからそれだけは勘弁してくれって思ったけど、でも案外間違いでもなかったかな?とも最近では思えるようにもなってはきた。・・うん。 「へえ。」 啓太の笑顔が傍にあるんだから、変わって当然だとも思うけどね。 「美味しい。イチゴ大好き〜。」 パクパクと苺を頬張り、最後の一つを食べようとフォークを伸ばした瞬間、中嶋がヒョイッと苺をつまんだ。 「え?」 「中嶋さん?」 「ほら。」 え?ほらって? 「口をあけ。」 「あの・・・。」 口をあけって・・・・啓太!! 「け・・。」 周りがなんだか静かになっているような気がするのは気のせいじゃないよな?啓太・・・。 「ククク。」 恥ずかしそうに開けた口に、中嶋が苺を押し込む。 「美味いか?啓太?」 「は、はい。」 耳まで赤くなりながら啓太が頷く。 「ふん。それは良かったな。」 言いながら、俺の方に視線がちらりと流れる。 なにをたくらんでるんだ? 「お前無駄にミルクを掛けすぎだぞ?ほら、こんなに残ってる。」 器に残ったミルクを指先にすくい取ると啓太の唇に近づける。 「すみませ・・・あ。」 啓太が一瞬硬直する。 「ほら。無駄にするな。」 無駄って・・・無駄・・・。 「あ・・あのですね、中嶋さ・・。」 「なんだ?勿体無いってお前も思うだろう?遠藤和希。」 うわ〜、わざとだ。わざとフルネームで名前呼んでる・・つまり邪魔するなって事だ・・。やっぱり宿題教えた事怒ってるんだ・・。 「そ、そうですね。」 ごめん、啓太。俺何も言えない。 ああ、食堂中がシンと静まり返ってる・・というか、皆固まってるというか・・。ああ。啓太ぁ。 「ほら、啓太。」 啓太の唇にコンデスミルクを指先でのばしながら、中嶋が機嫌良さそうに笑っている。悪魔だ・・・。 「あ・・・ん。」 うわあぁぁっっ!!啓太・・・!!口開かなくて良いからっっ!! な、舐めるつもりなのか???此処食堂だぞ?皆見てるんだぞ!! 啓太ぁぁぁぁ!! 「ペロ。」 あれ? 「なか・・じま・・さん?」 啓太が気の抜けた声を出す。 なんで、自分で舐めて・・・?ええ? 啓太が口を開いたとたん、中嶋は素早く手を引いて、そして自分でそれを舐めたのだ。しかも啓太をじっと見つめながら、見せ付けるように。 「ふん。お前のものよりは美味いか。」 低く笑いながらそんな事をいうから、俺は胸焼けをおこしかけてしまう。それって・・・ああ、想像したくない。 俺の可愛い啓太が・・・あああ。妙な敗北感で心が痛い。 だいたいなんでこの人、ただ指先を舐めるだけだって言うのに、こんなエロイ顔になるんだよ。・・・ああ啓太なんか真っ赤になってるよ。 啓太を誘ってるって訳か? 「中嶋さん甘いの嫌いなくせに、いつも食べないじゃないですか。」 啓太それ、論点がずれてるし。 「ふん、甘い物なんぞお前ので十分だ。」 って・・・それって・・。 「・・・ククク。」 一瞬俺の顔を見つめ、そうして得意そうに唇の端をあげて笑い出す。 見せ付けてるって事ですか?ったく。独占欲の塊が!! いいじゃないか、啓太に宿題教えるくらい!! ・・・って言い返せない自分が悲しい。 「中嶋さん・・。」 「ほら、行くぞ。」 「え?」 「俺のデザートの時間だ。」 コンデスミルクの容器を右手に持って、中嶋が立ち上がる。 デザート?って?まさか・・・。 「あの?」 そして気が付かない。啓太。 食堂にいた部外者たちは、いつの間にか消えていた。 「中嶋さん?ミルク持って帰って何食べるんですか?」 聞くなよ!!啓太。 「これはお前が食べるんだ。」 「え?中嶋・・さん?」 「ククク。いいからトレイを片付けてこい。」 啓太を先に行かせてしまうと、中嶋は口の端を少しあげただけの笑いを浮かべ俺を見つめてこう言った。 「莫迦な子程可愛いだろ?遠藤?・・・あいつは本当に莫迦だからな。」 「そんな事言ってないで、大切にしてください。」 どこまで俺を莫迦にすれば気が済むんだ?この男は。 「ちゃんと大事にしてるだろう?俺なりのやり方で、だがな。」 前言撤回。やっぱり納得いかない。こいつが啓太の傍に居るって事。 「・・・なんで啓太はあんたなんか良いのか理解に苦しみます。」 「ククク。そうだな。それは俺も同感だ。まあ、あいつが莫迦だからだろうなあ・・・。」 「・・・今までの相手と同じように、飽きたら捨てるつもりですか?まさか卒業したら終わりなんて考えてませんよね?」 「そんな事、お前に関係あるのか?ん?」 瞳が冷ややかに光る。だけどここでひく訳にはいかない。 他に人がいない、今だから言える事だ。 「俺にとって啓太は大切な友達ですから。あの子が泣くところはみたくないんですよ。当たり前でしょう?」 「・・・・ただの『お友達』でしかないお前に煩く言われたくないものだな。あれは俺の所有物だ。泣こうが傷つこうが俺の勝手だろう?」 冷ややかな瞳が俺を睨む。だから俺も負けずに睨み返す。 「中嶋さん!」 「安心しろ。捨てるつもりはない。」 「え?」 「でも、お前にとっては捨てたほうが都合がいいんじゃないのか?卒業して、俺がここに居なくなることで、啓太がそうなったらお友達としては、その方が都合がいいだろう?」 「それは・・。」 でも、そんなの啓太が悲しむ。俺には不本意でも、啓太にとって、世界で一番大切なのは中嶋なんだから。 「都合が良くても、啓太が幸せじゃないのは駄目なんです。そんな事俺は望まない。俺は啓太に笑ってて欲しいんです。」 「ほおお?」 「だから約束してください。啓太を幸せにするって。」 約束、うなずいてくれたら俺は啓太を本当に諦める事ができる。 なのに、 「出来るわけないだろう?」 即答。どうしてこいつはこうなんだ? 思いやりのかけらもない、ただの冷たい・・・。 「あいつと俺は違いすぎる。」 「え?」 今なんて言った?声が低すぎて聞こえなかった。 「中嶋さん?今、なんて・・。」 「ちっ。啓太先に行くぞ。」 舌打ちし、カウンターで食堂のおばさんと話しこんでいる啓太を呼ぶ。 「あ、待って下さい!!俺も行きます!あ、おばさんありがとう。」 嬉しそうに啓太が戻ってくる。 「お前何を持ってるんだ?」 「へへへ、イチゴ美味しかったって言ったら。食堂のおばさんが「皆には内緒」って言ってくれたんです〜。一緒に食べましょうね中嶋さん。」 イチゴが山盛りになった皿を抱え、啓太は嬉しそうに笑っている。 「・・・お前なあ。」 呆れたような声を出し、中嶋が啓太を見つめる。その瞳がさっきまでとは違う温かいものに変わっていることに俺は気が付いてしまった。 そうか、中嶋は啓太といる時はこんな眼をしてるんだ。 「え?駄目ですか?中嶋さんイチゴ嫌いですか?」 「・・・いや。帰るぞ。」 くしゃりと啓太の髪を撫ぜると、ドアの方へ歩き出す。 「あ、待って下さい!!じゃ和希おやすみ。」 「おやすみ、啓太。良い週末を。」 「ありがと。和希もね。」 にっこりと笑い、啓太は中嶋の後を追う。 「はあ。」 溜息をついて、冷めてしまった味噌汁をすする。 なんだか酷く疲れてしまった。 「あいつは何考えてるかよく分からないな。」 だけど、啓太を見る眼は温かかった。 俺を射るように見ていたあの眼とは違う。その事に中嶋本人でさえ気が付いていないだろう。 「ったく素直じゃないね。」 大切なら大切と言えばいいんだよ。子供の癖に生意気なんだって。 「中嶋さんだって、まだ子供なんだからさあ。」 なんて面と向っては恐くて言えないけどね。 パクリとイチゴを頬張る。 ミルクの掛かった甘いイチゴ。 今頃二人は部屋でコレを食べているのだろうか。 「・・・。」 ちょっと違う事を想像して、俺はひとり赤くなる。 「俺って莫迦かも。」 パクリとまた頬張る。 イチゴを食べるたびに赤くなりそうだ。 そう考えて俺はまた深い溜息をついた。 Fin 卒業間近の中啓です。季節があってないのは、無視という事で。 イチゴを『えろく』食べる中嶋さん。なんてものを考えていたのですが、 なんだかなあ・・・な感じです。とほほ。 |
いずみんから一言 |
作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。 |