MOON〜割れたカップその後〜 カーテンを閉め忘れた窓から月明かりが差し込んでいた。 「・・・・。」 まだ相当熱が高いのだろう、啓太は赤い顔をしたまま、毛布に包まって眠っていた。 「・・・たく。」 イライラとした気持ちのまま、中嶋がベッドに近づくと、床に脱ぎ散らかした制服が落ちていた。 歩くのさえフラフラと足元がおぼつかない状態だったのだから、ちゃんと寮に帰って着替えている事だけでも褒めてやらないといけないのかもしれない。 食事はしたのか?薬は?そう思いながらも中嶋のイライラは納まらなかった。 「まだ熱いな。」 額に当てた手にかなりの熱が伝わってくる。 「手間をかける。」 舌打ちし、各個人の部屋に備え付けられた救急箱から、熱用の保冷剤の青い箱を取り出すと、セロファンシートを剥がし額に貼ってやる。 「・・・・ん・・・・。」 「起きたのか?」 顔を覗き込み低く尋ねると、焦点の合っていない、ボンヤリとした視線を啓太は中嶋に向けコクリとうなずいた。 「・・・・・?・・・はい。」 意識がどうもはっきりしていないようだった。 「何か飲むか?」 「・・・はい。」 冷蔵庫を覗いても何もないので、仕方なく、廊下の自動販売機でミネラルと、スポーツドリンクを何本かまとめ買いすると、部屋に戻る。 「ほら。」 抱き起こし、蓋を開けたスポーツドリンクを手渡すと、ボンヤリした状態のまま、啓太はコクリコクリと喉を鳴らし飲み始めた。 「・・・・・・。」 「薬は?」 「・・・・・ええ。」 意識がはっきりしていないなんてレベルではないらしい。返事がまったくかみ合わない様子に中嶋はどんどん機嫌が悪くなっていく自分に気が付いた。 啓太を寮に帰らせてから、ずっと機嫌は悪かったのだけれど、今、具合の悪い啓太を目の前にして、中嶋の機嫌の悪さは最高潮に達しようとしていた。 「気分は悪くないのか?吐き気は?」 イライラした気持ちを抑えられずに、中嶋はキツイ視線で、キツイ口調で問いただす。 知らない人間がこの場をみたら、啓太を責めているようにしか見えないだろう。 「・・・・はい・・・・・。」 ボトルを手に持ったまま、ふらりと倒れこむから、慌てて身体を支える。 「おい。」 首筋に触れる・・熱く、呼吸も脈も早いし、パジャマは汗で湿っている。あまりいい状態とは言えない状況に、どうしたものか、と中嶋は考え込んでしまう。 「なにが・・・ああ・薬・・・。」 先程片付けた救急箱の中から薬を数種類取り出し見つめると、中嶋は更に考え込む。 元々身体が丈夫で、熱などここ何年も出した事の無い中嶋は、手当ての仕方なんてものを良く知らなかった。応急処置の知識をかろうじて持っている程度だ。 「・・・・汗をかいた衣類は着替えさせる方が良かったんだったな。」 考え込んで、小学生の頃の保健体育の授業で習った記憶をなんとか思い出し、備え付けのクローゼットの中から、着替えを探し出すと、バスルームで、熱いお湯にタオルを浸し絞ったものを何本か用意する。 「啓太?」 ボンヤリしたままの啓太のパジャマを、慣れた手つきで脱がせると、全身をタオルで拭き清める。 「・・・・・ん・・・・。」 脱力した啓太の身体は、熱で火照り赤く染まっていた。 「なか・・じまさん?」 「気が付いたか?啓太。」 先程とは違った、自分でも驚くほどの優しい声で、中嶋は啓太の名前を呼んでいた。 「俺・・・?」 「熱が高いんだ。」 「・・・・・中嶋さん・・・。」 「吐き気は?何か食べられそうか?」 啓太を見つめる瞳の色も、先程とは違っている。だけどそれに中嶋が気づく筈は無い。 「・・・・・。」 力なく首を振る啓太に、中島は舌打ちし、そして考え込む。 「仕方ないな。」 「・・・・。」 新しいパジャマの、上だけを着せると、中嶋は啓太の身体を引き寄せた。 「ん・・・。」 くてん。力が入らない啓太の身体は壊れた人形の様に、中嶋の胸の中に納まると、そのまま啓太はゆっくりと目を閉じてしまった。 「つまらん。」 意識があるならともかく、無い人間相手にしてもなあ・・・。元気な啓太が聞いたら泣き出しそうな事を考えながら、中嶋は、太ももをまたぐように啓太を向かい合わせに抱っこすると、そっと指を双丘に滑らせ探り出す。 「・・・無理か。」 意識の無い状態で、まして慣らしてもいないのだから無理は無い。 「ほんの少し入ればいいだけなんだろうがなあ。」 あんまり啓太の心臓に良くないような言葉を吐きながら、中嶋は、サワサワと指先を動かし始める。 「ん・・・・。」 「・・・・起きたか?」 「中嶋さん?」 「いい子だ。大人しくしているんだ。」 「・・・?はい。中嶋さん。」 殆んど意識の無い状態で、啓太はコクリと中嶋の言葉にうなずくと、口の端を少し上げただけの笑いを中嶋は無意識にしながら唇をふさでしまう。 「ん・・・・。」 熱い舌。ボンヤリとした反応が、身体の熱を伝えてくるから、中嶋は、いつもでは考えられないくらいの優しいキスで啓太を感じさせ始めた。 「ん・・・んん。」 緊張がとかれ始めたのを察すると、指をするりと中に入れ、そうしてくすぐってみる。 「んっ。」 ピクンと素直な反応を見せる啓太をキスしながら見つめ、啓太の身体を支えながらも中嶋の指は、薬のフィルムを器用に剥がして、白い薬を取り出していた。 「・・・・。」 落とさないようにそっと薬をつまみ、そうして啓太の中に指先で押し込んでいく。 「ん・・。」 意識がまた遠くなっているのか、啓太は何をされても反応がなくなっていた。 指をゆっくりと引き抜きながら、中嶋はなぜ自分がさっきあんなにイライラしていたのか、その理由を察して溜息をついた。 「続きは意識が戻ってからだ。啓太?」 「・・・・・」 指先をタオルで拭い、ついでに啓太のお尻を拭いてから、てきぱきと啓太を着替えさせ、シーツを替えたベッドに寝かしつけてしまうと、散らかった制服をハンガーにかけ、タオルやパジャマを洗濯籠に放り込み、一通り部屋を見渡すと、とりあえず一旦戻って着替えてこようとドアを開く。 「ん・・・・中嶋さん・・。」 「なんだ?」 「・・・好きです・・・。」 「・・・・・お前は莫迦か。」 そんな事を言っている場合か?そう言葉を続けようとした瞬間、啓太がすでに眠りの世界の住人になっていることに気がついた。 「・・・寝言か今のは?」 あまりの事に毒気を抜かれ、ドアの鍵を閉めると、机の椅子をベッドの脇まで引き寄せて座り啓太の顔を覗き込む。 「ったく、お前は。」 座薬が効いてきたのだろうか?すやすやと眠るその顔は子供のようで、本当は自分の好みではないのだ・・・と中嶋はつくづく思う。 元々子供が好きではないし、面倒なのも大嫌いだった。 快楽という言葉は、自分自身が楽しむためだけのもので、人に与えるものでは無いと思っていたし、他人がどう思おうと傷つこうと平気だった。 人と深くかかわるのも嫌いだし。自分の感情を押し付けられるのも迷惑だとしか思えなかったのだ。それなのに・・・・。 「ったくお前が悪いんだ。」 イライラの原因。 「お前がいるから、俺は冷静じゃいられなくなる。莫迦みたいにイライラして、莫迦みたいに・・・・。」 イライラの原因は、発熱している啓太への心配からだと、もう中嶋は気が付いていた。そしてそのことに気が付いて、中嶋は更に気分を悪くしていた。 啓太は、自分の言葉に一喜一憂する。 どんなささいな事でも自分がそれをしたというだけで、啓太は喜びそして感動する。そのかわり、中嶋のささいな一言で、啓太は何もそこまで・・と思わせるくらいに悲しみ落込んでしまう。 この思いはそんな啓太につられたのだ。たぶんきっとそうだ。心配しているつもりになっているだけなのだ。 自分が他人を本気で心配する、などという甘い行為を自分がしているという事を、中嶋はどうしても素直に受け入れる事が出来ずにいた。 「お前が悪い全部。お前のせいだ。」 冷ややかに低くそう言葉を吐き捨てる。 眠っている啓太に、中嶋はそう言うと、煙草に火をつけながら、立ち上がり細く窓を開ける。手の中で無意識にクルクルとライターを回し遊びながら、丸い月を見上げる。 「・・・・。」 もうすぐ季節は冬になろうとしていた。 「なにをやってるんだろうな。俺は。」 最初は戯れのつもりだった。からかうと本気になって歯向かってくるのが新鮮で、この学園にも外にも、今まで自分の周りにはいたことの無いタイプの人間に興味が湧いたのだ。 それだけの筈だった。 「お前が悪い。」 全身で中嶋の事を大切だと言い。そして自分は中嶋の物だと言い切るその姿。 猫だって三日も飼えば情が移るといわれているのだ。ましてや相手は啓太なのだから、素直に情が移ったと認めてしまえば楽になるのに、それを認める事すら中嶋には到底出来ない行為だった。 「お前は俺に何を望んでいる?」 そう問いかけても、啓太はすやすやと寝息を立てて眠るだけで中嶋の問いに答えたりはしない。 「お前の望む人間から、たぶん俺は一番遠い人間だろう?違うのか?」 サディスティックで、利己主義で、そしてなにより人間として必要な最低限の精神部分が自分には欠けている。それは中嶋が常日頃感じている事だった。 煙草を灰皿で乱暴にもみ消すと、椅子に腰掛け月を見上げる。 「・・・・遠いだろう?俺は・・。」 小さく吐いて中嶋は目をつぶる。 真夜中は人の心の奥底にある、隠していた扉が開く時間だという。 他人には、見せた事のない弱気な姿。 それは中嶋自身、気が付がいた事のない姿だった。でもそれも、紛れも無い中嶋の一部だと、知っているのは、その夜の月だけだった。 FIN 中嶋さん、座薬はそんな事しなくても、ちゃんと入りますから・・。 なんて事を考えつつ、弱気な中嶋さんを書いたその呪いなのでしょうか? みのり自身が熱を出しました(T_T) 中嶋さん自身が、啓太をどれだけ大切に思っているのか、それに気が付く 話・・・ということで。少し情けない部分は目を瞑って頂けると嬉しい・・カナ? |
いずみんから一言 |
作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。 |