涙の理由 最近、啓太は元気が無い。 溜息ばかりついてるし、授業も上の空、そしていつも眠そうだ。 「啓太?」 「あ、和希。ね、ね、このフライ美味しいよ食べる?」 無邪気に笑って、鳥ササミのチーズフライをフォークに突き刺し食べさせてくれる。 「うん、旨い。」 「だろ?」 にっこりと笑い、自分もパクリと美味しそうにフライを頬張る姿は、めちゃくちゃ可愛くて、ついつい抱き締めたくなるんだけど、食堂でそれをやった日には口を利いてくれなくなりそうだから、グッと我慢する。 だいたい、今の行為だって、lovelove恋人の、『ね、ね、口あけて、あ〜ん♪』なんてのとは程遠い。 啓太は誰彼かまわずに、『あ、それ俺も食べたい!!』なんて感じで、あ〜ん(^○^)と口をあけては、食べ物をもらってるんだから・・・。 「和希?」 「啓太もハンバーグ食べる?」 「うん、もーらいっっと。」 ぐさりとフォークで、一番大きい塊を持っていくと、モグモグと口いっぱいに穂奪っている。 「おいひい・・ん・・・ごほっ。」 「そんなに口に入れるから。まったく啓太は・・。」 苦笑しつつ、ミネラルのグラスを渡すと、ゴクゴクと喉を鳴らし飲み込んでいく。 「・・ふう、死ぬかと思った。」 「大げさ。」 「大げさじゃないってば、本当に苦しかったんだぞ?」 プンと膨れながら、それでも、食べるのはやめない。 これだけ、美味しそうにパクパクと食べられたら、食堂のおばさんたちも作りがいありそうだよな・・そう思いつつ味噌汁をすする。 「次の授業は、海野先生か。」 「そうだね。」 「・・・そういえば、啓太?」 「ん?」 「今晩あの・・さ。」 「え?・・・・あ、今晩?え・・とごめん、王様とオセロやる約束してるんだ!!」 「王様と?学生会は、二人そろって、泊まりで出かけてるよ?」 「え?あれ・・?」 まただ・・。 「あれ?今日って、火曜日だっけ?帰ってきたら相手してもらう約束だったんだけど・・・ええと・・。」 啓太は嘘をつくのが凄く下手なのだ、だから、すぐにわかってしまう。 「帰ってくるのは、明後日だよ。」 「・・・・勘違い、うん、そう勘違い・・。あ、俺今日日直だった。和希またね。」 「え?啓太?」 そそくさと、トレイを持つと、啓太は足早に食堂を出て行ってしまった。 「・・・・。」 まただ・・。最近の啓太はいつもこんな感じだ。 「くすくす、逃げられましたね。」 「・・・・何の事でしょうね。」 嫌味な笑いを顔に貼り付けて、会計部の片割れがトレイを持って立っていた。 「さあね、ここいいですか?」「どうぞ、女王様はどうなさったんでしょうか?」 俺が、うなずいたとたん、周りに座っていた連中が一斉に席を移動し始めた。 そこまで露骨に避けなくてもいいんじゃないか?一瞬ムッとしながらもそれは話をするには都合のいいことではあると思いなおした。 頭のいい人間だから、手札を第三者に気づかせるようなまねをこの人はしたりしない。それでも内容によってはマズイ時はあるのだ。 「郁は、今日はお休みです。少し体調を崩してましてね。」 「へえ?」 「季節の変わり目、特に梅雨が近いこの時期は、郁は調子が悪くなるんです。日本は湿気が多いですからね。」 「ふん?繊細なことで。」 会話が聞こえる範囲に人が居なくなったのを良い事に、七条は悪魔の羽根をはためかせ、会話を始める。 「・・・・・くす。人に当たるのは上に立つ人間として、褒められた行為ではないのではないでしょうか?」 「・・・。」 「大人気ないですね。」 啓太の様子が変で、イライラしてるから、だから七条に八つ当たりをしているのは、事実だったから、何も言えず、冷めてしまったハンバーグを頬張るしかない。 「くす。伊藤君もかわいそうに、こんな年齢不詳の、おじさんを相手するのは疲れますよ。」 「誰が・・・!!」 「くす。何か嫌われることでもなさったんじゃないですか?心当たりは?付き合い始めたばかりで、もう倦怠期ですか?」」 パタパタと黒い羽根を背中にはためかせながら、悪魔の使いが囁く。 「あるわけないだろ?俺と啓太はloveloveなんだからな!」 思い当たる行動を、頭の中で無理矢理打ち消しながら、引きつった笑顔を浮かべ答える。 動揺は目の前の人間の機嫌を良くするだけだ。そう思うのに、止まらない。 「ふうん?でも、最近の伊藤君はあまりにも元気が無さ過ぎますよ?それになんだかとても疲れているようですし。 あなたと付き合い始めてから・・ですよね?こんな事。」 「・・・・。」 「原因が貴方で無いとすると、何が理由なんでしょうか?」 「・・・心配してるのか?それとも。」 言われなくともわかっていた、最近、此処一週間ばかり、啓太の様子はおかしかった。 「勿論心配してるんですよ。それに、伊藤君がもしも、悩んでいるのだとしたら、先輩として、悩みをきいてあげたいと思いますしね。コスプレマニアと別れたいとか、色々あるでしょ うし・・。」 誰がコスプレマニアだ!!まったく、失礼な。 「授業の用意がありますので、失礼。」 乱暴にトレイを掴み立ち上がると、意味不明の笑顔のまま、悪魔の使いが囁いた。 「人間引き際ってありますよね。理事長。」 「余計なお世話だっ!!!あんたに関係ないでしょ?」 思ったよりも、大声で言ってしまったのだろう、一瞬食堂中がシンと静まり返る。 「とにかく、俺たちは心配されるような事は何もありませんから、もちろん貴方を喜ばすような事も。」 何が起こったのだろう?興味の視線でこちらを見ている。 うるさい、うるさい、うるさい。 俺にかまうな。誰も彼も、俺と啓太の事なんだほっといてくれ。 そう叫びたいのを必死にこらえ、目の前の悪魔を睨みつける。 「そうですか?それは残念ですね。」 にっこりと笑う背中に、黒い羽根がはっきりと見えた。 「失礼します。」 形ばかりの笑顔を浮かべ、一礼し食堂をでる。 「・・・・あんな挑発にのるほうが莫迦だ。」 大きく息を吐き、神経を沈める。 「啓太は別に、俺を避けてるわけじゃない。俺たちはうまくいってるんだから。」 自分に対し、言い聞かせてるとしか言いようの無い台詞を吐き、そうして教室へと戻ろうとしたとき、ポケットの携帯がなった。 『至急お戻りください.』 秘書からのメールだ。舌打ちしたい衝動をなんとか理性で押さえ、(今の食堂での様子を見ていたのか)遠巻きにヒソヒソと話している奴らを無視し、校舎を出る。 「暑い・・・。」 六月に入ったばかりとはいえ、昼間の日差しは夏のものとそうかわらない、啓太と再会してからもうすぐ二ヶ月が過ぎようとしていた。 「啓太・・・俺たちはうまくいってるよな?」 弱気な言葉を吐き、そうして歩き出す。 遠藤和希の時間はしばらくお預けだった。 ++++++++++++ 「ふう。」 溜息をつき、寮に戻ると、玄関で篠宮さんが仕事をしているのに出くわした。 「なんだ、遠藤今戻りか?」 「はい。」 「昨日も一昨日も外泊で?今日はこんな時間?」 メールで呼び出された後、ゴタゴタ続きで戻りたくても戻れなかったのだ、気が付いたら二日も外泊していた。今日だって無理矢理に帰ってきたのだ。 「それが何か?まだ、門限前ですよね?・・・・・・ちょっと家の用事だったんです。ちゃんと届けは出してある筈です、それもとも、なにか不備でもがありましたか?」 疲れているのと、その他の理由で、イライラと篠宮さんに問いただす。 「いや、不備はない。ただ、ちょっと聞きたいことがあって・・うん、たいしたことじゃないんだが。」 「なんですか?」 「伊藤の事なんだが、なんだか、さっき泣いていたみたいだったから・・・。」 「え?」 泣いてた? 「声をかけたら、眼が赤くて・・・なんでもないって言ってたけれど、気になっていたんだ。」 「そうですか。」 泣いてたって・・どうしたんだ? 「昨日も一昨日も元気がなかったから、余計に気になったし、遠藤なら理由わかるかと思っていたんだが、留守だったから・・それだけだ。気に触ったなら謝る。すまない。」 優しい後輩思いの言葉に、乱暴な言葉を吐いた事を後悔してしまう。 「・・・・うん、点呼はすんだ、遠藤和希は部屋にいる。」 「え?」 消灯時間には、まだ随分時間があるのに? 「・・・・伊藤もいたな、うん。」 そういうと、点呼確認の用紙に丸をつけてしまう。 「・・・篠宮さん。」 「さて、他の奴らを見に行かないとな。」 にっこりと笑い、髪をくしゃくしゃに撫ぜる、まるで小さい子供にするみたいに。 「おやすみ遠藤。」 俺は何をしてるんだ?こんな八つ当たり・・・情けない。 「おやすみなさい。」 去っていく後姿に、深く頭を下げ、そして啓太の部屋に向かう。イライラして、人に当たってる場合じゃない。 俺が何かをして、啓太を傷付けたのだとしたら、ちゃんときちんと謝ろう。俺には啓太が何より大事なんだから。 「・・・・ふう。」 深呼吸し、ドアをノックする。 「・・・・はい。」 「啓太?ただいま。」 「か、かず・・・き。」 本当だ、眼が赤い。 「入ってもいい?」 「え?・・・・え?だ、だめ。」 慌てて啓太がドアを閉めようとするのを抑えこむ。 「ダメっていっても入るから。」 力では、俺のほうが上だから、無理矢理ドアを開いて中に入ると鍵を閉めてしまう。 「和希。」 「・・・ね、啓太、俺のことが嫌いになった?」 啓太を抱き締め、そしてそのままベッドに押し倒してしまう。 「え?和希重いってば。」 「だから、避けてるの?ねえ、俺何かお前に嫌われるような事したのか?俺はお前が居なきゃダメなんだよ。啓太。ね、俺が何をしたのか教えてくれよ。 啓太に嫌われたくないんだよ。」 必死の思いで、啓太を抱き締めそして思いを告げる。 「嫌う?・・・・・何のこと?」 「・・・なんのって・・だって。」 「なんで俺が和希を嫌いになるの?」 「だって・・・だ・・・・。」 じゃあ、なんなんだ? 「重いよ和希。」 「啓太?俺に愛想付かしたんじゃないの?」 違うのか? 「へ?どうして?」 「だって、俺のこと避けてたじゃないか・・・放課後だっていつも用事があるとか言って、部屋にも入れてくれなかったし・・。」 「それは・・ええと・・・。」 「なんだよ。」 「理由を話すから、離れてよ。」 「・・・うん。」 渋々身体を話すと、啓太はなんだか照れたような顔をし て、じいっと見つめた後、立ち上がった。 「・・・・笑わないって約束できる?」 「・・・・え?」 「じゃなきゃ、話さない。」 「わかったよ。」 なんだか、照れたような、拗ねたような顔で、啓太は机の引き出しを空けると両手に何かを隠してベッドに近づいてきた。 「これを作ってたんだよ。」 「・・・これ?」 たぶん、一応クマなんだろう。 「・・・作ったんだ?」 顔は一応クマっぽいけど、手も足も、なんだかプラプラとしか付いてなくて頼りない。ちょっと引っ張ったら取れてしまいそうだ。なんだか妙に可愛い。 「笑った!笑わないって言ったのに!!」 「笑ってないよ。」 小さな小さな、クマのマスコット。 大きな耳がついていて、しかも右と左の大きさが違ってて、なんだ微妙にクマっていうより、犬っぽいけど、でも、なんだかとても可愛い。 「いいよ、もう!!どうせ不器用だよ。こんなのしか作れないよ!和希の莫迦!!」 「え?」 本気で拗ねてしまったのか、啓太は枕を掴むといきなり投げつけてきた。 「折角の和希の誕生日なのに、こんなのしか出来なくて悪かったね!!どうせ不器用だよ。」 叫んで、そのまま啓太はベッドの上で丸まっていた毛布を両手で掴むと、頭からかぶって床に座り込んでしまう。 誕生日? 「え?啓太?誕生日って?」 「今日、和希の誕生日だろ?」 忘れてた。すっかりころっと忘れてた。 「俺の為に作ってくれたんだ?」 毛布の塊が、こくんとうなずく。 啓太がこれを?俺の為に? 「啓太こういうのやったことないんじゃない?」 「あるわけないよ。」 じゃあなんで、いきなり・・・。 「和希は何でも持ってるから、俺、世界で一個しかないものあげたかったんだ。先週の日曜日、プレゼント探しに行って、何にもピンと来るのがなくて、それで・・・諦めて、和希は手芸が好きだから、そういうものがいいかなって思いついて店に行ったら、クマのマスコット付きの携帯ストラップのキットが売ってて。」 なるほど、それで俺に内緒で作り出したけど、旨くいかなかったっていうわけか・・・。 だから、部屋にも入れてくれなかったのか。 「ごめん、和希。誕生日なのに、俺プレゼントこんなのしかないんだ、他のもの買いに行く時間も無くて・・・だから・・・あの・・。」 それで、困って泣いてたって訳か。 「嬉しいよ啓太。」 毎日毎日、溜息つきながら、寝不足になりながら、これを作ってくれていたんだね、啓太。 「うそつき。」 「嘘なんかつかないよ。本当に本気で嬉しい。」 啓太が一生懸命作ってくれた、世界でたった一個しかないプレゼントだもんな。 「ホント?」 「ああ、嬉しいよ。」 一緒に床に座り込んで、そうして毛布をめくる。 「泣くなよ、莫迦だなあ。」 なんでこんなに可愛いんだろう、なんでこんなに愛しいんだろう。 「だって、だって、和希は俺の為にいつも色々してくれて、いつも俺の為に・・・・。」 涙でグチャグチャな顔で、啓太はそれでも必死に笑おうとしていた。 「和希、俺、和希の誕生日をちゃんと祝いたかったんだ。俺もね、和希に生まれてきて、いつも傍にいてくれてありがとっていいたかったんだ。」 「・・・啓太。」 啓太の誕生日の前の日の夜、確かにそう言って俺は、啓太の額にキスをした。 あれは、MVP戦の少し前だったから。秘密をまだ打ち明けていなかった頃だから、啓太の気持ちなんて本当は分かってなかったけど。啓太が俺の事本当に好きかとか、秘密を打ち明けたら何て思うだろうとか、凄く不安な時期だったんだけど。 そんな事より、啓太が生まれてきて、そしていつも俺の傍に居てくれる、そのことが一番嬉しかったから、だから・・・ お礼を言いたかったんだ。 生まれてきてくれてありがとうって。言いたかったんだ。 『生まれてきてくれて、傍に居てくれてありがとう、啓太。』 そう言って、友達の仮面をつけたまま、キスしたのだ。 ありったけの思いをこめて・・・。 「和希大好きだよ。ね、和希、俺の傍に居てくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。」 ポロポロと涙をこぼしながら、啓太は腕を伸ばししがみついてくる。 「ありがと、啓太。最高の誕生日だよ。」 右手にクマを握り締めたまま、啓太を抱き締めた。 「啓太、最高のプレゼントだよ。ありがとう。」 どんなに高価なものよりも、嬉しいよ。 「そんなグチャグチャなクマでいいの?」 「ああ、ふふ、可愛いよ。啓太に似てる。」 「え〜?」 「結構似るんだよね、こういうのって、作った人間に。」 「・・・・。」 「腕とか取れたら可哀想だから、此処だけ後で直してもいいかなあ?」 「うん。」 「ありがと。」 「へへ。」 にっこりと涙を拭きながら、啓太が笑う。 「ね、啓太。プレゼントもう一つ欲しいな。」 「?」 「キスしてよ。啓太。」 「・・・・チュ。」 「もっと。」 「ちゅ・・ちゅ・・・・・・ん・・・・。」 甘いキスのプレゼントにうっとりしながら、そうして俺は、最高の誕生日の夜をすごしたんだ。 +++++++++ 「あ!遠藤聞いたぞ!食堂で七条さんと大乱闘やったんだって?」 「和希?」 あくる日の朝、教室に付くとなぜか、クラスメイトに囲まれた。 「え?俺は、和希が七条さんに殴られて病院送りになったって聞いたぞ?だから、遠藤休んでたんだろ?」 「和希?え?怪我したの?」 「してないから・・・。」 なんとなく脱力しながら席に着くと、啓太が心配そうに近寄ってきた。 「でも、でも喧嘩したのは事実なんだろ?俺一緒に謝りに行ってやるから、和希。」 「大丈夫、喧嘩なんかしてないって。」 「本当?」 「ああ。」 いいながら、コンピューターのセキュリティがなぜだか急に心配になってきた。 「そうだよね、七条さん優しいし、喧嘩になんかなるはず無いよね?」 明るく言う啓太に、ちょっと引きつった笑顔を返しながら、早退理由をどうしようかと、考えていた。 +++++++++ 『誕生日おめでとうございます。伊藤君を泣かす人でなしさんに幸あれ!!』 その後、何度修正処理をしても、ハッピィーバースディの曲とともに、その台詞が繰り返しディスプレイに表示されるのを、苦い思いとともに、削除しながら、それでも傍らの携帯電話に付いたクマの顔を見るたびに、頬がだらしなく弛んでしまった。 『和希、生まれてきて、傍にいてくれてありがとう。』 俺たち、loveloveだよな?な?啓太。 Fin 和希君お誕生日おめでとう,ということで。 なんというか、こんな話が出来上がりました。 啓太君に、にっこり笑って『おめでとう』と言われたら、それが 一番のプレゼントでしょう? |
いずみんから一言 |
作品リストへはウインドウを閉じてお戻りください。 |