瞬く星の光を共に見上げた 〜お題 16〜





「さみー。」
 ぶるりと体を震わせて先生は空を見上げた。
「お、オリオン座。東京でも冬の夜空は綺麗だな祐。」
 へらりと笑って夜空を指差して、そうして歩き出すから、俺は黙って後ろをついて歩く。
 十二時少し前。もうすぐ年が明ける。
『おまえ大晦日って暇?』
 そんなメールが来たのが当日の夕方五時過ぎなんだから、この人って本当に何考えてるのかわからない。
 でも、冬休みに入って一度もメールも電話も無くて、もちろん一度も顔さえ見てなくて、俺は暇さえあれば携帯を見つめてたから、メール見たとたんに返事をかえした。
『暇』の一文字だけ。
 本当は嬉しくって嬉しくって、すぐに電話したかったんだけど、そんな事すると、連絡を待ってたのがバレルかもしれない。そんなん凄く重いかもしれない。そう思いながら、一字だけメールを打って送信したんだ。
 なのに、先生から来た返事は、俺のそんな考えなんか見事に無視してあっけらかんとしたものだったから、俺は驚いてしまった。
 返ってきたのは予想もしてないメールだった。
『泊まりに来い』
 それが先生からの返事。だから、俺は焦って叫んで携帯を落としてしまった。
「佑、ほら神社」
「ちいさっ。」
 おもちゃみたいな、小さな鳥居に俺は思わず声を上げる。
「お前なあ、大きさの問題じゃないだろ?ここは氏神さんなんだぞ?」
 先生は呆れたように言いながらぺこりと頭を下げた後、鳥居をくぐっていくから、俺もそれをまねしてぺこりと頭を下げて鳥居をくぐった。
「氏神ってなに?」
 小さな灯りがポツリポツリと灯る石畳の参道を歩きながら聞くと、先生は授業の時みたいな顔で教えてくれた。
「その地域を見守ってくれる神様の事。そんくらい知っておけよ?」
 ぐりぐりと頭を撫でながら言うから俺はしゅんとしてしまう。
 年が一回り以上も違う俺は、話しててツマラナイ相手なのかもしれない。俺、あんまり物しらないし。
 でも、
「ま、教える楽しみって奴もあるけどな」
 しょげた俺の頭をぐりぐりとなでながら、先生が笑うから俺はぽかんと口をあけて見つめてしまう。
「え?」
 教える楽しみ?なにそれ。
「大人の楽しみって事。」
 何か言い方がいやらしいんだけど。
 なんか俺、子ども扱いされてんのかな?それとも・・・ううう、やめやめ。なんか先生の顔見てたら恥ずかしくなってきた。
「ほら、お参りしようぜ。年が明けた」
 俺が一人で下向いて照れてるってのに、先生は腕時計を見ながら淡々と言う。
 この人って本当、感情の起伏がないっていうか・・穏やかって言うか・・・よくわかんない人だと思う。
 どこからか除夜の鐘が聞こえてきて、ああ、年が明ける・・なんて思いながら、100円お賽銭を入れて先生に習って頭を下げて、柏手を打つ。
「さむーい」
 小さな鳥居をくぐり、ぺこりと頭を下げて神社を出ながら、俺は寒くて寒くてジタバタと騒いでいた。
 まさか、先生が夜中にお参りに連れてってくれるなんて思ってなかったから、あんまり温かい格好してなかったんだ。だから寒くって俺はブルブルと震えてた。
 寒さには弱いんだ、もの凄く弱い。
「しょうがないなあ。」
「・・・・だって。」
 ブルブル震えながら見つめると、見かねた先生が自動販売機で何かを買ってきてくれた。
「ほら」
 手渡されたのは赤い缶。
「え」
 これって・・・。
「甘酒だ。」
 買ってる人間初めて見たかも。買う人いるんだ。これ・・・って、昔からあるし、人気はあるんだろうけど。
「なんだ?嫌いか?」
「飲んだことない。」
 うちの家族と一緒に出歩いたなんて、物心付いてから殆どないし、友達はこんなの買う奴いない。
「へえ?」
「先生よく飲むの?」
 人通りの無い道を並んで歩きながら聞いてみる。
「いや、でも正月は甘酒って気分だろ?」
「そう?」
 そうなのかな?正月・・・って毎年何してたっけ?ああ、去年までは毎年塾の合宿に行かされてたんだ。思い出した。
 正月を家で過ごしたのって、いつだったけ?確か低学年の頃・・。まだ、両親が揃って夕飯を食べてる姿があった頃・・の話だ。
 父さんがだんだん家に帰らなくなって、それと同じ頃から、母さんは兄さんにべったりになった。
 お正月を家族で過ごすなんて、この先きっと無い。
「なんとなくな。あ、おせちはないけど朝雑煮作ってやるからな。」
「先生そんなの作れるの?」
 雑煮って最後に食べたのいつだったっけ?
「勿論」
 得意気に笑うのを眺めながら甘酒を飲む。ほんとに甘くて、なんていうか形容出来ない味に顔しかめてたら、
「まずいか?」
 って聞くから慌てて首を振った。折角買ってきてくれたのに不味いなんて言えない。
「くくく。無理すんな」
「無理してないし。」
 言いながら無理矢理飲み干すと、笑い声とともにポケットから烏龍茶の缶が出てきた。
「え?」
「祐絶対嫌いだと思ったんだ」
 にやにやと笑う。
「なんだよそれ」
 意地悪いなあ、相変わらず。
「不味いなら不味いって言えよ。」
 言えるかんなこと。折角買ってくれたものなのに。
「旨かったよ」
 一緒に初詣行けて嬉しくて仕方ないのに、なのに、なんでそんな意地悪すんだよ。
「悪い悪い。実は間違えて買ったんだ。お前の分」
「え?」
「だから飲めないならこっちやろうと思ったんだけどさ。お前全部飲むんだもんな。」
 笑いながら言うからあきれてしまう。
「買うの間違えたの?」
「そ、本当はお汁粉にしようと思ったんだよ。そしたら手が勝手に、甘酒をさ、ポチッと押しててさ。」
 くくくと笑いながら、先生は、赤い缶に口をつける。
「お汁粉ぉ?」
 それも飲んだこと無いぞ?
「上手いぞ。お汁粉。甘くてあったまる。」
 笑いながら、凄く美味しそうに、ごくりと甘酒を飲むから、俺はつい見つめてしまう。
 なんで先生が飲むと美味しそうなんだ?違う飲み物じゃないのか?それ。
「ま、口直しに飲めば?」
「ありがとうございます。」
 受け取って、プルトップを開けると、ゴクンと烏龍茶を飲む。
 温かいお茶の味に、ホッとして笑ってしまう。
「上手そうに飲むね。」
「上手いもん。」
「やっぱり、甘酒は不味かったんだろ?」
「・・・・不味くないけど、甘かった。」
「くくく。正直でよろしい。」
 あたまをぐりぐりしながら、先生は機嫌よく笑った。
「ねえ、せんせ?」「ん?」
 ひと気のない道。寒くって寒くって烏龍茶の缶がドンドン冷えていく。
 寒い寒い夜。
 始めて二人で歩く、夜の道。
「・・・・なんでもない。」
 メール嬉しかったよってなんで言えないんだろう。
「帰ったら風呂入って暖まろうな。」
 うつむく俺の頭をまたぐりぐりと撫でながら、先生が歩くから、俺はなんとなく先生のコートに寄り添ってみたくなる。
「ん?」
「まだ寒い。」
 寒いのが理由なんだぞ。別に甘えたいんじゃないぞ。
 理由をつけなきゃ甘えられない。そんな事がなんか悔しい。
 先生は、甘えていいんだぞ。なんて俺が嬉しい言葉をさらりと言うけど、俺にはそれが凄く難しいんだ。
 甘えたことないんだから。誰にも・・・ないから。
 どうしていいのか分からなくなるんだ。いつも戸惑ってしまう。
「寒いか・・・そうか。」
 だけど、先生はそれを分かってくれる。口が悪いし性格も悪いけど、でも俺の事を本当は一番良く分かってくれる人なんだ。
「お前って時々むちゃくちゃ可愛いよな。」
 だからこんな風にちゃかして、俺が安心して甘えられる場所を作ってくれる。
 人が居ないのをいいことに、肩なんか抱いて歩いてくれる。
「性格悪いぞ、先生。」
「そうか?俺は凄く優しい、いい奴だと思うけどな。」
 それは、俺も思う。本当は凄く思ってる。
「そうなのかな?自分で優しいって言う人間ってどうなんでしょうね〜。」
 どうしたらいいんだろう。好きで好きでたまらない。
「さあな、性格は悪いんじゃないかな?」
「悪いかもね。」
「でもいいんだ。お前はそういうのが好きみたいだから。」
「え?」
「だろ?」
 にやりと笑う。そして空を見上げる。
「ほうら、祐。星が綺麗だぞ。」
「うん。」
 東京の空とは思えないくらい星が綺麗に見える。
 小さく輝く星・・・星って綺麗だったんだって、改めて気がついた。
「でも、田舎の空はもっともっと綺麗だぞ。見たことある?」
「ない。」
「じゃ、そのうち見に行こうな。」
「え?」
「びっくりするぞ、星が降るみたいに沢山見えるんだぞ。行こうな祐。」
「俺と?」
「そうだよ。お前と。」
 なんでそんな事、当然みたいに言うんだよ。
「・・・・。」
 どうしよう、泣きそうだ。
「祐?どうした?嫌なのか?」
「嫌じゃない。」
 嬉しすぎて泣きそうだ。どうしたらいいんだよ、こんな時。
 抱かれた肩の温かさが、先生の言葉が嬉しくてたまらない。
 好きすぎて、苦しい。凄く。
「先生。」
「なんだ?」
 のんきな声。どうでもいいようないい加減な返事しかしないけど、でも俺はそんな返事をするこの人が本当に好きだって・・そう思う。
「俺をこんなに甘やかしてるといつか後悔するからな。」
 だから不安になる。
 嬉しいことばかりされると不安になってしまう。それが日常だと思うようになるのが怖いんだ。
 優しい言葉を掛けてくれる。当たり前のように隣に居てくれる。それに慣れるのが怖くて、不安なんだ。
 だから、こんな可愛げの無いことを言ってしまうんだ。
「俺に甘え癖付けたら困るのは先生なんだからね。」
 言って欲しい、そんなの平気だって。
「するか、ば〜か。お前を甘やかすなんてな、俺には朝飯前なんだよ。」
「・・・ほんと?」
 じゃあ、約束したって思ってていいのかな?
 一緒に星を見に行くって。信じて待ってていいのかな?
 一緒に見てみたい。
 今みたいに、二人並んで空を見上げる・・・綺麗な綺麗な星。沢山の星を先生と見てみたい。
「ああ。だから安心して甘えてろ。莫迦。」
 古い木枠の引き戸をガラガラと開けながら先生が笑う。
「うん。」
 どうしよう、凄い嬉しいんだけど・・・。
 どうしよう、抱きついてもいいのかな?こういう時って。
「ふん。お前時々妙に素直で可愛いな。」
「え?」
「な、雑煮と風呂と酒と俺どれがいい?」
 靴を脱ぎながら、とまどう俺に先生は変な四択を持ち出す。
「・・・・え?」
「どれがいい?」
 そんな四択選べないってば。全部したいもん。
「お風呂に入って、コタツでお酒飲んで、それから先生・・・で、朝起きたら雑煮?」
 甘えて良いって言ったよね?甘えちゃうぞ、ほら・・・・。
「全部か?欲張りだな。」
「駄目?」
 不安になりながら、先生を見つめる・・と。
「いいや、じゃあ、まずは俺・・か?」
 って、くしゃりと髪を撫ぜながら、先生が笑うから、
「なんでそれが最初なんだよ。寒いって言ってんのに。」
 照れ隠しに膨れて言うと
「そんなのすぐに熱くなるさ。」
 そう言って先生はまた笑った。







いずみんから一言。

あ。ここでは鐘はついてないなあ。
でも夜中にお参りに行くパターンは同じ。
そういう年越しを何度も何度もして来られたんだろうと思う。
缶入りの甘酒だって、自販機で買って飲まれたのかもしれない。
書かれたものの行間から、作者の人となりを知ろうとする。
そして。その心に寄り添ってみようとする。
みのりさまのお心は、いつもとても温かい。


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