人と人なんだからぶつかったりもする 〜お題 2〜 「バカヤロウ!!ふざけんな。」 叫んでドアをバタンと閉めて、俺は階段を駆け上がった。 「バカヤロウ。」 階段を最上階まで登り、ガラクタを掻き分けてドアを開けて屋上にでる。 「あつ・・。」 制服が汚れるのも気にせずに、俺は大の字に寝転がった。 「まぶしい。」 真っ青な空だった。白い入道雲に、まぶしい太陽、夏の空。 「こんなの描けたらいいよな。すっげえ綺麗だなあ。油絵・・・いや水彩かな?こんな綺麗な空って始めて見たかも。」 『そうだな。』 いつもなら、隣でそうやって返事してくれる奴がいないってことに、今更ながら気が付いて、慌てて俺は目を瞑る。 「くそ。」 目を開けてたら、涙が出そうだった。情けなくなるくらい、動揺してる。俺。 「バカヤロウなんて言うんじゃなかった。」 ちょっとした言葉の行き違いにムッとして、大声出して、入れたばかりのアイスコーヒー先生にぶっ掛けて、そうして部屋を飛び出してしまったのだ。 「呆れたかな?子供だって。」 やっぱり子供は付き合いづらいって思ったかな?年下の癖に生意気だって、やってらんないって・・。 「どうしよう。」 今更だけど、後悔してきてしまう。 腹がたった。いつもの様に俺をからかってただけなのに今日はやけにむかついて、大声をあげてしまったのだ。 「・・・はあ。ったく、早すぎだって。」 下唇をギュッと噛んで、どうしようかと考えていたら声がした。 「早いって祐。お前俺の体力考えろよ。」 「え?」 聞きなれた声に瞼を開くと、先生が俺の顔を覗き込んでいた。 「せ、先生。」 「流石10代だよな。三階分一気に駆け上がるなんてさあ。俺途中うで休んだ。」 にやにやと笑いながら、隣にドスンと腰を下ろすと、煙草に火をつける。悔しいくらいに余裕な態度に、俺はやっぱり少しむかつきながら、ごろんと向きを変え、先生の顔を見つめた。 「先生。怒ってないの?」 「あれくらいで怒るか。ば〜か。」 額をつんとをつつき、煙を吐き出す。 青い空に白い煙がふわりと揺れて、俺はまた、今すぐ絵を描きたいって思った。 「さっき悪かったのは俺だよ。祐。ごめんな。からかい過ぎた。」 「せんせ?」 「お前反応が素直だからさあ、つい面白くって、ごめんな。」 「なんで謝るの?」 慌てて起き上がり、先生の顔を覗き込む。 「だから悪いのは俺だって今言っただろ?」 「・・・でも俺・・・。」 「でも後で、部屋の掃除やってもらうぞ?あ、白衣の洗濯もな。コーヒーの染みは落ちないぞ〜。」 そういって笑ういつもの顔に、俺は心底ほっとした。 「あんなの今更ひとつやふたつ染みが増えたって同じだよ。どうせ絵の具があっちこっちついてんだしさ。」 なのに、素直じゃない。俺はまた、こんな可愛くない事言ってしまうんだ。折角先生が折れてくれたってのに。 これじゃまた喧嘩になってしまうかもしれない。 でも、先生には俺、色々平気で言っちゃうんだ。いつも。 「・・まあ、それも一理あるかもな。でも洗濯はやってもらうぞ。コーヒーぶっ掛けた罰だからな?」 「はあい。」 返事をしながら、首を傾げてしまう。なんで先生はこんなに機嫌良いんだろう。俺は可愛くない事ばっかり言ってるのに。いつもよりも機嫌良いかもしれない。 「ねえ。」 「なんだ?」 「なんでそんなに笑ってんだよ。」 「楽しいからに決まってるだろ?」 「なんで?」 「お前がちゃんと意思表示してるからだよ。」 「意思表示?」 「そ。」 「って?」 「嫌だとか、むかつくとか。嬉しいとか楽しいとか。最近やっと言えるようになったもんな。祐。」 「え?」 「一年掛かったなあ。よしよし。」 頭をぐしゃぐしゃ撫ぜながら、先生が笑う。 「それって・・・?」 「俺がここ来たばかりのころは、お前人の顔色ばっか伺ってたもんな。生きてんだか死んでるんだかよくわかんねえっていうか。反応が鈍いって言うか・・・。」 「・・・。」 「今のお前は凄く良いよ。素直に感情を表に出してさ。凄く良い。」 「・・・・。」 そんなの先生の前だけだ。家では前と同じ。友達にも。 先生の前でなら、俺我儘も言えるし、怒ったりもできる。 だけど、他の奴の前じゃ笑ってるだけだ。強がって笑ってる。虚勢はって笑ってるだけ。 「お前が俺以外の奴にも、そうやっていられたら随分世界が変わると思うよ。祐。」 「・・・。」 そんなの無理だ。俺・・・きっと無理。 「人とぶつかるのを怖がってちゃ駄目だよ。人間なんて本音出して付き合えば付き合う程、ぶつかる様に出来てるんだから。そうやって理解しあっていくものなんだ。」 「うん。そうだね。」 頷きながら、俺には無理だと頭の隅っこで思う。 出来の良い兄貴と比較され続け、味噌っかすな俺は親から否定され続けて生きてきた。 何をするにも母親の顔色を伺ってしてきたんだ。 友達と遊ぶのも、絵を描くのもすべてそう。だからさ、気が付くと俺は、家だけでなく、学校でも人の顔色を伺って、周りの反応をこっそり観察しながら話をする癖がついてしまっていたのだ。 笑顔の仮面を貼り付けて、他人の意見を否定しないで。 人に嫌われたくない。否定されたくない。それだけを思って生きてきたんだ。先生と出逢うまで。 誰も俺のこと本気で分かろうなんて思ってない。 誰も俺に興味なんて持つはずがない。 だったら俺は良い奴でいればいい。ノリが良くって、物分りの良い、誰にとっても都合の良いやつ。 どうせ本当の友達なんて出来っこないし、本気を見せても莫迦をみるだけ。 だったら俺はこのままでいい。ずっとそう思ってたんだ。 「まあ、一度に全部やれなんて無理は言わないからさ。今は、俺の前だけでいいから素直でいろよ?いいか? 俺の前だけでは自分の気持ちに嘘つくな。今はそれだけでいいから。」 「うん。」 「よし。」 満足そうに微笑んで、先生は煙草の煙をふうっっと空に向けて吹き出した。 俺はそれを不思議な気持ちで眺めていた。 「なんだ?」 「ううん。たださ・・。」 どうしてなんだろう。俺はこの人の前でだけ素直になれる。 いいたい事を我慢するたび。怒られた。 『喧嘩するかもしれない・・とか、自分が我慢すればいいんだ・・なんて考えるな。莫迦。』 『無理して笑う必要がどこにある?俺の機嫌とってどうする? 俺はお前が無理して笑ってくれても嬉しくもなんともないぞ?』 『話す前から諦めるなよ祐。 どうせわかって貰えないなんて言うな。諦めるなよ。』 『なあ、祐、お前がそうやってがまんしてたら、俺はお前の本心をどうやって知ったら良いんだ?』 『祐、俺を信じろよ。』 何度も何度もそう言って、俺の頭を撫ぜてくれた。 俺が臆病になるたび、我慢しようとするたびにそういってくれたから、だから先生にだけは素直になることができたんだ。 「俺先生を好きになってよかったなあって。」 恥ずかしくなるくらい素直に、俺は先生にそう言えた。 ひととひとなんだから、ぶつかりもする。 だけど。 先生とならそれも怖くない。 喧嘩したら仲直りすればいい。ごめんねって言って。 大丈夫、そしたらもっともっと分かり合える。 だから、言えるよ。俺、 俺はあんたになら素直になれる。 大好きも。 大嫌いも。 素直に言えるんだよ。先生になら・・・。 喧嘩する事も出来る。先生となら。 なあ、せんせ?先生に素直に気持ちを話せるように、いつかは他の奴らにもそうなれるかな? 親にも兄貴にも壁作らずに話せるようになるかな? 俺さ、家族と喧嘩した事すらないんだよ? 意識されないってことはさ、喧嘩すら出来ないってことなんだよな・・・。 「当然だな。」 にやりと笑うから、俺は苦笑いして、先生の肩にもたれた。 青い空。 キャンバスに描きたい。先生と見たこの空を描きたい。 ぼんやりとそう思った。 Fin ちょっと元気ない系の男の子な祐は、性格がひねくれてる大人なのが 相手って云うのが向いてるのかもなあ・・・。 |
お題の中でこの祐くんの話はシリーズ化されている。 が、順序としてどういう並び方をしているのか、そのあたりが 見つかっていないので、お題の順に並べている。 話が前後するかもしれないがご了承いただきたい。 みのりさまはご自身が彼と一回りの年の差があったので 年の差カップルがお好きだったそうだ。 日記で14歳の年の差カップルの方と盛り上がって(?) おられたのは、これをupされた頃だったのだろうか。 でもあれはもう、2年も前の話なんだね……。 |
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