どうでもいい些細な事でも教えて 〜お題 4〜



 身長、体重、生年月日に血液型、好きな食べ物、嫌いな食べ物。
 好きな言葉、好きな色・・・。
 クラスの女子が、そんな事を必死になって調べたりすることが、俺はずっと不思議だった。
 誕生日はともかくさ、相手の好きな言葉を知って、一体何になるんだよ?意味ねーじゃん。そう思ってた。
 だけど、今なら分かるんだ。今更だけど、分かる。
 何でも知りたい、どんな事でも。そして知って欲しい。俺のこと。
「ええと。」
 レポート用紙の切れ端に、知ってることを書いてみた。
 名前、職業。好きな事。煙草の銘柄。4つ目で。知ってることが終わってしまった。
「・・・・。」
 何度もキスして、何度もセックスして。それなのに、俺が知ってるあいつは、たったのこれだけ。
 その事に俺は悲しくなった。
 なあ、あんたが知ってる俺は、どんな人間なんだ?
 俺が何を好きで、何を嫌いで・・・どんな人間か知ってるのか?
 そんな想いが俺の頭の中を占拠していく。
 あんたは俺を知っている?
 俺は、あんたを知っているのか?
 それは、疑問から不安に簡単に変化する。
 あんたと付き合うようになって知ったこと、何があった?
 油絵の具はテレピン油で薄めて使うとか、墨田の花火っていう名前の紫陽花があるとか、ハッピーターンって煎餅の名前は、幸せが戻ってくるようにって名づけられたとか、そんなくだらない情報だけ頭にインプットされてるのに、あんた個人の事、俺はちゃんと知らないんじゃないか?
 そんな事で不安になって、俺は焦って放課後の美術準備室に、あんたの姿を求めてやってきた。
「祐?どうした?」
「先生。」
 握り締めてたのは、一枚のレポート用紙。
「これ読んで。」
 書いてあるのは、俺の履歴書。
「なんだ?」
「・・・俺のこと知ってよ。もっともっと知ってよ。」
 あんたの事が知りたいんだよ。なんでも、どんな些細な事でも。
「・・・ふうん?知ってるぞ?こんな事。」
「え?」
 俺が意気込んで、必死になって書いたのに、こいつはあっさりとそんな事を言うから、俺はヘナヘナと床に座り込んでしまう。
「お前こんなような事いつも話してるじゃないか?今更なんだ?」
「・・・・・話してたっけ?」
「してたぞ?」
「・・じゃあ、あんたの事教えてよ。」
「・・・?今更?」
「今更だけど、知りたいんだよ。」
 莫迦にしていたクラスの女の子と同じ、好きな奴の事なら、なんだって知りたんだ。どんな小さなことだって。
「知ってるだろ?お前に何も隠し事なんぞしとらんし。」
「え?」
「知ってるだろ?お前。俺がどんな家に住んでるかも、何が好きで、何が嫌いで。・・・知ってるだろ?」
「うん。たぶん。」
 でも、もっと知りたい。なんでも、どんな事でも。
「変な事をいいだすもんだな。若い者はよくわからん。」
 くしゃりと笑って、そうしてメンソールの煙草に火をつける。
「先生?」
「なんだ?」
「俺のこともっと知ってよ。」
 知りたいは、知って欲しいの裏返し。
 大好きだから、知りたい、知って欲しい。
「ふふふん?お前俺に惚れたな?」
「当たり前だよ。莫迦。」
 泣きたくなって抱きついた。
「俺は隠さないよ。何も。だからお前が気づけ。ば〜か。」
 抱き締めて、髪をくしゃりと撫ぜて先生が笑う。
「うるせ。甘えてるんだから。優しくしろよ。莫迦!」
 メンソールの煙草の煙を感じながら、俺は憎まれ口をたたく。
「優しいだろ?俺は。」
「・・・嘘つきだ。」
 優しいよ。先生。すっげえ大好き。
「はん。」
 なんでも知りたいよ。どんな事でも。どんな些細な秘密でも。
 大好きだから、知りたいよ。
「あ〜あ、なんでこんなの好きになったかなあ?」
 切なくなって、これが好きって事なのか?なんて思った。
「俺が魅力ある人間だからだろ?」
 なのにこいつはこんな事を平気で言う。
「莫迦じゃん?」
 だから、俺はシリアスになれない。大好きだなんて言えない。
「失礼な奴だな。」
「ふ〜んだ。」
 教えてよ、なんでも。どんな些細な事でも。
 大好きだから、知りたいよ。
 先生。俺を好きだよね?
 俺、先生を好きでいても良いんだよね?
 知りたいことが増えていく。どんどんどんどん増えていく。
 なんでも知ってよ。俺のこと全部。
 心の中で、言いながら、俺は抱きついた腕に力をこめた。
 目の前にある今が、現実。
 目の前にある今が、真実。
 それだけが、俺の知っていることだったから。
 だから、俺は瞼を閉じて、腕に力をこめた。
 大好き、その言葉の変わりに、俺は力をこめた。
 教えてよ、どんな小さなことも。
 知りたいよ、どんな些細な事も。
 あんたの事が好きだから。
 あんたの事が、大切だから。
 だから知りたいよ。どんな事も。
 本当に知りたいことは、たった一つだけど。
 それはきっと聞くことができないから。
 だから、あんたをもっと知りたい。
 本当に知りたいこと・・・それは、きっと永遠に聞くことなんかできないから。
 だから教えてよ。・・・・先生どんな些細な事も。
 大好きだから、知りたい。大好きだから、知って欲しい。
 ただ、それだけなんだ。

         

         生徒と先生な関係でした。
         祐と書いて(たすく)と読みます。








私もみのりさまのことを知りたかったなあ、って思う。
もっともっといろんなことが知りたかったよ。
そうしたらもっと早くに、貴女の辛さが分かってあげられたかも
しれないのに。
貴女の書いたものを呼び出したモニタを撫でながら、何度
「ごめんね。気づいてあげられなくて」と泣いただろう。


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