傷を忘れるなど無理だから 〜 お題 8 〜


                         


 ふと目を覚ますと、先生がパソコンの画面をみつめていた。
「先生?」
「なんだ?起きたのか?」
「うん。何見てたの?」
 そろりとベッドから抜け出して、シャツだけはおって先生の傍まで歩く。
「ん。別にたいしたもんじゃない。」
 そう言いながら、先生は少し体をずらして画面を見せてくれた。
「あ。」
 画面に見えたのは、光の回廊。これって・・・。
「なんで?」
「ああ?そうだな、なんだかふと思い出してさ。」
「え?」
「もう十年以上も前の話。」
「なに?聞いてもいい話?」
「ああ。」
「せんせ?」
 先生の横顔があんまりにも寂しそうで、俺は戸惑いながら先生の肩にふれた。
「あいつが言ったんだ。絶対に元気になるから、あの場所に来年は二人で行こうって。夕方のニュースで流れた、たった数十秒の映像だった。
 あの光の下に立ちたい・・・だからその為に元気になるからって、あいつは言ったんだ。」
「え?」
「癌だったんだ。血液の癌。もう長くないって本人も分かってた。俺もそいつの母親から聞かされてた。だからお互いわかってたんだ。来年は無いって。」
「・・・先生?」
「だけど、俺はうなずいて、そうして約束したんだ。一緒に行こうって。無理だってわかってて俺達は約束したんだ。必ず二人で行こうって。」
「・・・・・。」
「だけど、それから三ヶ月も経たないうちに、あいつは眠るように息を引き取ったんだ。
 春の彼岸の頃だった。あいつの実家は東北の海沿いで、三月に桜が咲くなんて事めったにないんだってさ。
 なのにあいつの葬式は、満開の桜の・・・花の中でさ。あいつの好きな花だったから。だから、咲いたのかなってそのとき思った。」
「・・・・。」
「夢と光・・・鎮魂と、復興への祈りをこめてこれは作られたって知ってるか?」
「うん。ニュースで見たことある。」
「だから後ろめたかった。俺だけが違う思いでこの光を見てるっていうことが。後ろめたかった。
 俺は元気で、こうして生きていて、そしてこれを見るたびに今はいないあいつを思い出すんだ。
 この光の意味は違うのに、なのに俺はあいつへの思いだけで、その意味だけでこの光を見てしまう。」
「え?」
「だから俺は、未だにあの場所に行けないでいるんだ。莫迦みたいだろ?」
「先生・・・。」
 それって・・・・先生は、その人のこと・・。
「やっと冷静にニュースを見られるようになったんだ。
 ああ、この話題が出ると年末だなって、思えるようになった。
 この話題が出るともうすぐ年末だな、今年ももうすぐ終わるんだなって、やっと思えるようになった。10年かかったよ。そう思えるようになるまで。
 きっと今年も混んでるんだろうな・・とか。今年のデザインはどんななんだろう・・とか、やっと思えるようになった。」
 煙草に火を付け煙を吐き出す。隣に居るのになぜか遠くに感じる。
「ニュースを見るたびに、毎年思う。来年こそは行こうって。だけど行けない。今年も行けなかった。」
「先生。」
 はじめてみる。こんな顔。知らない。見たことない。
 三年近く傍に居たのに、俺は先生のこんな顔を今まで知らなかった。
「きっとあと何年か過ぎたら平気になるさ。なんでもない思い出になる。きっと何年か経ったら、今こうして話してたことすら忘れてしまう。
 あいつが死んで10年以上たったんだ。あの光があの街を照らすようになって、それだけの年月がたったんだ。
 生きていくために、人は忘れるんだよ。
 辛かったことを、悲しかったことをすべてを忘れるなんて無理だから。だから、辛い記憶をかすかなものに変えて、そうして、生きていく。
 全部覚えていたら辛いから。だから思い出に変えるんだ。
 そうしなきゃ生きていけない。辛いことや悲しいことを全部覚えたまま人は生きてなんていけないから。」
「・・・。」
「莫迦みたいだな。祐。なのに俺はちっぽけな約束に縛られたまま、あの街に入ることすら、未だに出来ないんだ。」
「そんな事ないよ。」
 唇の端をあげて笑う先生の顔を見つめていたら、俺の方の涙腺がゆるくなってきてしまって、慌てて俺は先生に抱きついた。
「覚えてればいいだろ?先生とその人の大切な思い出じゃないか。先生しかそれ覚えていられる人いないんじゃないか。」
 きっとそれは、その人の希望だったんだ。あの光の回廊を歩くってその約束が・・・その時のその人の心をきっと支えてた。
「覚えててよ。ずっと忘れないで。先生のその思いは悪じゃない。
 先生の思いをきっとこの光は受け入れてくれるよ。だってこんなに綺麗で・・・こんなに優しいじゃないか。」
「祐。」
「せんせ?来年は俺と一緒に行こう?この光の中を・・・歩こう。」
 抱きついたまま囁く。先生・・・。
「先生。俺、先生より長生きする。俺は先生にそんな悲しい顔させたりしない。」
 この夜のことを俺達はすぐに忘れるのかもしれない。何年か後にはこれはただの思い出になる。きっと・・・。
 でも、それでもいい。それで・・いい。
「俺は生きるから、先生。だから俺の傍にいてよ。」
「ばかだな。お前は。」
 髪を優しく撫ぜる手。この手は本当は俺のための手じゃないのかもしれない。
「莫迦だな・・・俺も・・・莫迦だよな。」
 声が遠くに聞こえる。傍に居て抱き合っているのに遠くに先生を感じる。
「来年は一緒に行こう。」
 それでも先生は確かにそう言って。そして俺の髪を何度も何度も撫ぜた。
「うん。」
 忘れてよ。そんな思い出なんか・・・先生をそんなに悲しませる記憶なんか・・・消えてなくなってしまえばいい。
 先生の指の動きを感じながら、俺はそっとまぶたを閉じた。


                                    Fin


 SSというより、日記か懺悔か・・という感じですが。
 まあ、生きていたら色々な経験はするもので、ささいな約束がずっと心に残って
 いたりもするのでした。
 そんな訳で、来年こそはあの光の下に立ちたいと、思っています。







臆病者のわたしは、この作品を最後の最後まで残していた。
ルミナリエを扱った作品は、それくらい私にとって身近すぎて重いのだ。
あの光のうしろに、何があるのかを知りすぎているから。

わたしを含めて知らない人が読めば、これはただのSSだ。
それを「日記か懺悔」とみのりさまは書いておられる。

「来年こそはあの光の下に立ちたい」
みのりさまはこの光の下に立たれたと思う。
みのりさまが旅立たれて以降、ずっと「アニメ版学園ヘヴン」のDVDを
一緒に観ていた。
サイトにお伺いしては「一緒に見ましょう」と拍手でメッセージを送った。
最終巻の発売が12月で、見終ったのはもう点灯している時間をすぎていた。
我が家から会場までは電車に乗っても1時間で。
東北までお戻りになる、その道の途中にある。
だからきっと光の回廊を潜り抜けて帰っていかれたのに違いない。

だけど今年の12月。みのりさまと一緒にあの光の下を歩きたいと思う。
みのりさまは一緒に来てくださるかもしれない。



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