おひさま



 ふわふわ、ふわふわ。
 ぽよぽよと温かくて、抱き締めると日向の匂いがした。

『かず兄ぃ−』

 舌たらずに呼ぶ声。

『カズ兄?あのね、あのね大好き!だ−いすきぃ!!』
 甘い甘い声が呼ぶ。

 ぽよぽよとした腕を伸ばし、ぎゅっとしがみついて、泣きじゃくる。

『離れたくないよぉ。行っちゃ嫌だよぉ!!』

 愛しい愛しい宝物。
 連れて行きたかった。
 さらって行きたかった。
 一緒に暮らせたらどんなに楽しいだろう。
 一緒に暮らせたらどんなに幸せだろう?
 俺の傍で大きくなる子供。
 俺の傍で‥。

 さらって行きたいよ君を、君無しで生きるのは悲しすぎる。だけど、だけど‥。



「かぁずきー!ふふふ、どおしよ、俺なんだか楽しくなってきた。」
 目元を赤く染め、啓太がふふふと笑う。
「啓太?大丈夫?」
「大丈夫?うん。」
 楽しそうに、ふふふと笑いながら、啓太はカリリと梅の実を齧る。
「何個食べたの?」
「ん?3つ!」
 小さな子供みたいに、指を3本ぴんと立て、俺の顔の前に得意気に出して、そして啓太はまた、ふふふと笑う。
「3つ‥かぁ。」
 グラスの氷をカラカラと鳴らしながら、啓太を見つめる。
 目元は赤く色付いて、大きな瞳がうるうると潤んでる。
 誘ってますか?今すぐ美味しく頂いてもいいですか?そんな雰囲気だけど、そういう訳にもいかないよね?
「啓太はお手軽だなあ。」
 お酒に漬けた梅の実3つ、それで簡単に酔えるのか‥なんて経済的だろう?
 ちょっと呆れながら、頭を撫でてみると啓太は素直に体を寄せてきた。
「梅酒美味しい?和希。」
「ああ、美味しいよ。」
「へへへ。良かった。」
 先週末、用事で家に帰っていた啓太は、お土産と言ってペットボトルを一本くれた。
「母さんのお手製。」
 にっこりと笑いながらくれたペットボトルの中身は、お母さんが作ったという梅酒だった。
「啓太は飲まないんだ。」「うん、俺弱いからさ、一口で寝ちゃうもん。」
 そう言いながら、啓太は梅の実を齧りだし、俺は梅酒を飲み始めた。


 酒の肴はお月さま。
 窓辺に啓太と寄り添って座り「月が綺麗だね。」なんて言いつつ飲む酒は、甘い酔いを誘う。

「家に梅の木があってさ、母さんが毎年梅酒と梅干し作るんだよ。」
 言いながら、啓太はまたふふふと笑う。
「啓太のお母さんは料理上手なんだっけ?」
「うん。おいし−よ。」
 言いながら、こてんと頭を俺の肩にのせる。
「和希も食べる?梅。」
「俺はいいよ、これ飲んでるから。」
「そう?美味しいのにぃ。」
 甘い声で啓太が笑いながら、俺の腰に手を伸ばす。 カリカリと4つ目の梅の実を齧り、目元は更に赤くなり、頬や爪の先まで染まりだす。
 たったこれだけのアルコールで酔える啓太の体質は凄いけど、二日酔いになったりしないのだろうか?
「啓太、もう食べないほうがいいぞ?顔真っ赤だよ?」
 心配しながらも、甘える啓太は可愛くて、ついつい顔が笑ってしまう。
 啓太はいつもはこんなに甘えてくれないから、今日の啓太は貴重だよ。もの凄く貴重。
 赤い顔を啓太を眺めながら、俺は幸せに酔っていた。
「ん−?大丈夫‥へへ‥かぁずきぃ。」
「ん?なあに?啓太。」
 あぁもう、どんどん甘えてくれ!!にやけた顔で、寄り添う啓太の肩を抱いて、髪に頬を擦り寄せると、
「ねえ、和希俺のこと好き?」
 なんて事を言いだすから、俺の理性はどこかに吹き飛んでしまった。
「勿論好きだよ。大好き。」
 肩から腰に手の位置を変えながら、啓太の体を引き寄せながら答える。
 俺の答えは啓太を満足させたのだろう、にっこりと笑うと俺の肩にもたれた。
「ほんとぉ?あのねぇ、俺もだ−いすき。」
 酔っ払いの舌足らずな話し方で、にこにこと笑いながら、啓太は俺の指に触れる。
「好きだよぉ。ふふ‥。和希、す・き。」
 俺の指先を弄びながら、そんな風に言われたら、俺の理性も思考能力も全部空の彼方へ飛んでいってしまう。
 残るのは、男の本能だけ。
 あぁもう、どうしてくれよう‥この可愛い生き物。
 ドキドキドキドキ、心臓が壊れそうになってきた。
「へへへ‥酔っ払ってる?俺。」
「たぶんね。」
 本気で酔ってるよ、きっと‥瞳がとろんとして焦点合ってないし。
 酔ってる人間に手を出すのはいけないと思う。でも可愛すぎて、俺の体がちょっと色々大変な感じになってる気がする。
 冷静にならなくちゃ‥九九でも唱えるか?それともお経‥あぁ、困った。
「顔があつぅい。」
「ん?本当だ、熱いね。」
 これくらいは、いいよね?
 赤く染まった啓太の頬に、自分の頬をぴたりとつけ、にこにこしながら温度を計る。
「和希のほっぺ、冷たくて気持ちいい。」
「そう?」
「うん。」
 完全に酔ってるなあ、普段ならこんな風に甘えてこないもん。可愛いなあ、啓太って。
「啓太は熱いね、凄く熱い。」
 冷静に冷静に‥ほんの少し触れるだけだよ。本当に触れるだけ。
 自分で自分に言い訳しながら、啓太の頬に唇を寄せる。
 唇で頬に触れ熱さを確かめる。
 額に触れ、目蓋に触れ確かめる。

 啓太の温度。

 白い月が明るく照らす窓辺で、猫の様に寄り添い触れ合う。

「くすぐったいよぉ。」
「そう?」
 くすくすと笑いながら、唇で触れていく。
 酔っ払いの啓太に本気で手を出すつもりはなかった、ただ触れてたかった。
 触れたい、その気持ちを時折押さえ切れなくなる。こんなふうに、押さえ切れなくなる。
「ふふ‥くすぐったいってばぁ。」
 笑いながら、啓太は体を擦り寄せてくる。
「啓太。好きだよ。大好き。」
 愛しくて、愛し過ぎて、心が苦しくなる。
 啓太に触れたくてたまらなくなる時がある。
 夜中に一人理事長室で仕事をしている時。
 外国の街を秘書とともに歩く時。
 啓太が恋しくて堪らなくなる。
「ふふふ、俺も大好き。
和希?俺ね、和希の事が好き。好きだよ。」
「本当?」
 でもきっと違う。恋人だけど、きっと啓太の好きと俺の好きは違う。
「うん。だぁいすき−−!!
嘘じゃないよ。ホントなんだから。」
「信じてるよ。」
 拗ねたように頬をふくらませる啓太をくすくすと笑いながら、抱き締める。
 どんな意味の好きでもいい、俺の傍にいてくれるなら。
「信じてない−っ!!」
 ぷっと膨れ、そして大きな瞳が潤んでくる。
「け、啓太?」
「和希はなぁんにも分かってないんだ。莫迦。」
「分かってるよ。啓太。」
 可愛い可愛い酔っ払い。
 俺にもっと甘えてほしい。可愛い笑顔も、拗ねた顔も俺だけに見せて?
「和希?」
「泣かないで、ほら甘くて美味しいよ。一口飲んで御覧?」
 もっともっと酔った啓太が見たくって、梅酒を口移しで飲ませてしまう。 
「ん。」
 コクンと嚥下し啓太は、フゥと色っぽい息をつく。
「美味しい?」
「‥‥うん。」
「ふふ。」
「なんで笑うのぉ?」
「幸せだからかなぁ?」
「幸せ?」
「うん。幸せ。」
「へへへ、俺も、俺も幸せだよ。カズ兄ぃ‥好きぃ−っ。」
 甘える啓太。俺の背中に手を回し、ぎゅっとしがみつく。
 その姿を見ていたら、別れた時の事を思い出した。
『カズ兄ぃ‥いかないで、やだよ、離れたくないよぉ。』
 小さな啓太が俺にしがみつく。
 俺だって離れたくなかった。
 出来ることならずっとずっと一緒にいたかった。
「和希?」
「啓太。」
 大きくなって、啓太は再び俺と出会った。
 あの頃と同じように俺を好きになり、恋人になった。
「啓太に逢いたかった。離れてる間、君を忘れたことなんかなかった。」
 啓太は酔ってるから、きっと明日には忘れてる。
「和希?」
 大きな瞳がきょとんと見つめる。
「君をさらって行きたかった。小さな君を。」
 一度くらいいいよね?思いを、本心を打ち明けてもいいよね?
「君をさらって、行きたかった。ずっと一緒に居たかったんだ。」
 さらって、誰にも見せず、俺だけの啓太にしたかった。
 温かくて柔らかい腕、子供特有の熱い体、無邪気なほほ笑み。
 俺だけの宝物。
『お兄ちゃん淋しいの?』
 そう言って傍に来て寄り添った。抱きついてきた腕が温かくて、俺は自分が今まで孤独だったのだと、その時理解した。
『淋しくないよ、啓太が居るから淋しくない。』
『じゃあずっとカズ兄といる!一緒にいるよ!』
 無邪気に笑う顔。
 その時、俺の心の何かが変わったんだ。
「笑ってもいいよ、啓太。俺はね、啓太と逢うためだけに生きてきた。
啓太と再びあったとき、啓太に誇れる自分でありたいといつも思って生きてきた。」
 連れていくことは出来なかった。
 笑顔を作り、出来もしないやくそくをして別れた。
『一緒の学校に行こう』その約束は俺の支えとなり、俺の希望となった。
 暖かな太陽みたいな啓太の笑顔、思い出の中の恋人はいつも俺を癒し、励ましてくれた。
「啓太に逢いたかった。ずっとずっと逢いたかった。」
 だから嬉しかった。啓太が俺を受け入れてくれた時、嬉しかった。
「和希?淋しかったの?」
「え?」
 大きな瞳が見つめる。とろんと夢見てるような瞳が見つめる。
「俺がいなくて、淋しかったの?」
 無邪気な瞳が俺を見つめる。
「淋しかったよ。情けないね、俺は啓太が居ないと淋しくて仕方ないんだ。
一人でいると、淋しくて心細くて死にそうになる。」
 酔っているから、きっと啓太は明日には忘れてしまっているから、だから素直に告白してしまった。
 自分の弱さを。
「和希‥‥がんばってたんだね、一人で‥偉いね。」
 ふわりと啓太が笑う。
「啓太?」
「和希はいつも頑張ってるもんね。俺知ってるよ。
和希はいつも頑張って‥‥偉いね?」
 俺の頭を撫でながら、啓太は笑う。
「和希は一人じゃないよ。俺が居るからね、傍にいるからね。ずっと、ずぅっと‥‥カズ兄の傍に‥。」
 声が小さくなる。
 頭を撫でる手が止まる。
「啓太。」
「好き‥‥。」
 目蓋が閉じていた、啓太は俺の腕に体を預け、くうくうと寝息をたて始めていた。
「啓太‥寝ちゃったの?」
 眠る子供の体は重い。
 だけど、その重みが幸せで、俺は少し泣きたくなった。

 さらっていきたかった、あの時。
 小さな君をさらって、閉じ込めてしまいたかった。
「啓太、愛してるよ。」
 眠る啓太を抱き締めて、啓太の髪に顔を埋める。
 啓太の髪は、日向の匂いがする。啓太の体はいつもおひさまの匂いがする。
「啓太‥ずっと傍にいて。」
 啓太が傍にいてくれたら、俺は何もいらない。
 強くなれる、笑って生きていける。


 甘い梅酒を飲み干して、俺は月に祈った。
 お伽話の姫の様に、俺の宝物が月に帰ってしまわぬように。
 祈ってそして啓太の髪に口付けた。

          Fin

※※※※※※※※※※
カウンターの20001を踏んでくださった、まる様からのリクエスト。「酔っ払い啓太くん和希に甘えてラブラブ」です。
再会して、付き合い始めたばかりの二人です。
あんまり甘えてないかも‥ですが、いかがでしょうか?
気に入って頂けたら嬉しいです。
(2006/05/13、14(土、日)の日記に掲載)



いずみんから一言

日付は13,14になっているが、実際にupされたのは28日。
この翌日に手術が決まり、出張先の青森から東京へ戻ることになる。

「東京に帰ったらしばらく入院するかもしれません。まだよくわからないんですが、たぶんそうなるかな?入院かなー?手術かなー?といったところです。先月も今月もひそかに病院通いをしていろいろ検査してたんですけどね。病名ついたの10日ほど前なんだよねえ。胃痛と過労が恐ろしく目立ってたおかげでメインの病気の発見が遅れたみたいです。はは。こまったもんだー。といつつほっといたら死んじゃうところでした。でも不調の原因が分かったからまあいいかー。手術云々は検査の結果次第なので。(それ以前にその検査をここでする意味があるんだろうかと思ってみたり)
入院はできれば避けたいので、ひどい結果が出ないように祈ってて下さいねー。」

祈ったんだけどなあ。ちゃんと。
伊住だけじゃなく、きっときっとたくさんの人たちが。


みのりさまが生前upされていた作品の取り込みはこれが最後である。
最後はやっぱりみのりさまらしい作品で終りたかったので、これをオーラスに残しておいた。
温かくてほっとする。
そんな世界を、どうぞ感じて下さい。

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